(番外編)運命の糸 ーデュオンとアルシノエ 5-
世界が、揺れた。
エルジア王国で起こった異変に気付いた魔術師や古代龍、天使族などが転移でエルジアに集まっていく。サラやリューク、パルマやランヒルドといったアルシノエとも縁の深い者達も即座に動いた。
「これは……何があったの!?」
惨状を目の当たりにし、サラが叫んだ。
サラがリュークと共に転移した場所は、リーンの木の根元だった。本来そこにあるはずの大樹はずぶ濡れの切り株だけになっており、周囲には膨大な量の灰と火の粉が舞っていた。
「サラさん! 怪我人が居ます。治療を!」
「分かった!」
既に到着していたらしいパルマが、怪我人達を一か所に集めていた。
怪我人の多くはエルフの戦士達だ。何人か見知った者もいる。いずれもアルシノエの側近達である。
彼らに駆け寄り、サラは「うっ」と呻いた。怪我人、というよりも死人といった方が適切に思えた。鎧やマントのせいで遠目では分からなかったが、彼らのほとんどは干からびていた。怪我も酷いのだが、水分ではなく、魔力のほとんどが吸い取られていたのだ。体が青黒く変色し、所々変形している。魔力容量の大きな者ほど状態が悪い。
「何これ……どうやったらこんな目に……!」
サラは歯を食いしばって治癒魔法をかけた。怪我は治すことができる。だが、失った魔力はサラの魔法では補うことができない。魔力を補充しない限り、彼らが回復することはないのだ。サラが傷を治した者からパルマは魔石水を飲ませていくが、時間がかかりすぎる。もっと人手と魔石が必要だ。
「魔族の仕業です。魔族の中には、魔王のように意図的に他人の魔力を吸収出来る者がいます。僕達で言うところの『ドレイン』みたいなものです。ただ、これだけのエルフの魔力を枯渇させるだけの魔力容量があるとすると、かなり高位の魔族でしょうね」
「そんな……」
青ざめた顔で、サラが呟いた。
『異界の扉』が閉じた後、異界からの魔素の流入はほとんど途絶えた。
しかし、元々魔素の多い世界であり、魔物や魔族の数が減った訳ではない。高位魔族の中には、より良い器を得るために虎視眈々と機会を狙っている者も多い。そういった者の中には魔王に仕えることを拒み、地下深くで眠り、魔王や勇者が居なくなった時を狙って目覚めてくる者もいる。
おそらく、先程の世界を揺らすほどの衝撃は、魔王クラスの高位魔族の目覚めであろうとパルマは考えていた。
「目覚めてすぐの魔族は、枯渇した魔力を補うために魔力の強い種族を襲うことがあります。そのため、エルジア王国が襲われたのでしょう。……姉上はご無事でしょうか」
魔力には、その者特有の色や匂い、波動がある。エルジア王国どころか、世界の何処に居ても感じることができる、姉の魔力は独特だ。ピュアエルフと呼ばれるだけのことはあり、どこまでも透き通った水のような清涼感のある魔力だ。
その魔力が酷く濁っている。
彼女の身に何かが起きている証拠だ。
エルフ達や父の遺した木を蹂躙されてアルシノエが黙っている訳がなく、魔族と戦っているはずなのだが場所が特定できない。
「サラ! パルマ! デュオンを助けてくれ!」
突然、二人の近くに酷く焦っている様子のリュークが転移してきた。その腕には、ぐったりとしたデュオンを抱えている。
「デュオンさん!?」
ひぃっ、と声と顔を引きつらせながら、サラがデュオンに飛びついた。エルフ達と違ってデュオンの魔力は枯渇してはいないが、怪我が酷かった。
「ヒール!!」
迷わず治癒魔法をかける。
すると、みるみるうちに傷が癒えデュオンの意識が戻った。しばらくうなされていたが、デュオンはサラ達に気付くと安堵したのか「あぁ」と深く息を吐いた。
「アルシノエ様が、魔族に乗っ取られました」
「「「!?」」」
驚愕に目を見開く三人に、デュオンは魔族により城が燃やされ多くの死傷者が出たことや、大樹が燃やされたこと、更にはその木が燃え尽きるのを防ぐためにデュオンが伐採したことを告げた。
「せめて一言説明すればよかったのですが、無断で私が木を伐ったことでアルシノエ様の心に魔族が入り込む隙を与えてしまいました……私の責任です」
デュオンの頭に、怒りと絶望で色を失くしたアルシノエの暗い瞳が浮かぶ。アルシノエのためを思ってしたことだったが、自分自身に置き換えると、突然信頼していた人物からピアノを燃やされるようなものだ。裏切られたと思っても仕方がない。
「アルシノエ様は……いえ、魔族は王宮の地下にいます。私や、そちらの老エルフ様も奮戦したのですが、王宮にいたほとんどのエルフが魔力を喰われました。魔族は、地下で何かをするつもりのようです」
デュオンが「ぜい、ぜい」と肩で息をしながら一気に説明をすると、何か思い当たる節があったのか、パルマが「はっ」と目を見開いた。
「まさか、お母上の遺体を使う気では……!?」
「!?」
パルマの言葉にリュークもピクッと肩を震わせる。
エルジア王宮は、アルシノエの母である古代エルフの遺体を安置した地下室の上に建てられている。神々の創造物であるその体は、遺体といえども膨大な魔力を保有している。リーンによって厳重に結界が施された水晶に閉じ込められてはいるが、もしその体を魔族が乗っ取りでもすれば、これまでに類をみない魔王が生まれてしまうだろう。
今のアルシノエでも歴代最強と呼ばれたヒューに匹敵すると言えるのに、それ以上の化け物が誕生してしまう。しかも、聖女も勇者もリーンもいないこちらの戦力は、先の魔王戦よりもずっと脆弱だ。
「それって、めちゃくちゃヤバくない!?」
「ヤバいんです、サラさん。おそらく、今は父上の結界を解くのに時間がかかっているのでしょう。完全に解かれる前に姉上の意識を取り戻させないと、世界が滅びます」
「ひえっ!」
「今、ランヒルドとマールが相手をしているはずだ。俺達も急ごう」
「うん!!」
「待ってください!」
今すぐにでも転移で行ってしまいそうなサラの手を、デュオンが掴んだ。反動でサラがこけそうになるが、リュークが支える。
「私も連れて行ってください!」
「でも、その体じゃ……それに、デュオンさんはお医者さんだからここの人達の手当てを」
「アルシノエ様のことは、私に責任があります! お願いです、サラ様!」
「でもっ」
「……ているのです。あの方を」
「「「!?」」」
「お願いです……お願いです……!」
地面に這いつくばる様に頭を垂れるデュオンに、サラは胸が締め付けられた。デュオンはバンパイアではあるが、バンプウィルスの量が少なく以前のような力はない。はっきり言って足手まといである。しかし、テイムで繋がっているデュオンの想いが直に伝わってきて、サラは即答できずにいた。
「分かりました」
「パルマ!?」
「ここには僕が残ります。僕の魔力じゃ足手まといですし、後から集まった仲間に指示するのも、今の状況を各国に知らせるのも僕の方が適任でしょう」
「ありがとうございます、パルマ様!」
「ありがとう! パルマ!」
何故かサラも礼を言った。
「さ、行って」と手を振るパルマに深々と頭を下げるデュオンの肩に手を置いて、サラとリュークは王宮へ向けて転移した。
◇◇◇◇
半壊した王宮の外には、大勢のエルフが横たわっていた。
皆、リーンの木の根元にいた人々と同じ状態だった。
「あ! サラ」
今まさに瓦礫の下から怪我人を引っ張り上げて移動させていたマールが、サラに気付き尻尾を振った。
サラ達はマールの元に駆け寄ると、怪我人を受け止め地面に寝かせた。
「この辺に居たエルフはほとんど全滅だゾ」
「ランヒルドは?」
「地下室に向かったゾ。城にはアルの結界が張ってあって、僕は入れないんだゾ!」
マールの話によると、即席の魔王となったアルシノエの力で、より強固な結界が張り直されたらしく、血族であるランヒルドしか中には入れなかったのだという。マールの力なら結界を破壊することも可能だが、城の内外に大勢のエルフ達が放置されており、強硬手段をとれないでいるらしい。
「ランが心配だゾ。サラはリーンの魔力を受け継いでるから入れると思うゾ! 早く行って! 中から僕を召喚して欲しいんだゾ!」
「分かったゾ!」
語尾がうつったサラが力強く相槌を打ったその時、ドォオオンという凄まじい衝撃が大地を震わせた。
「きゃあ!」
「! 上だ」
よろめくサラとデュオンを支えながら、リュークが天を仰いだ。
「ラン!」
「アルシノエ様!」
視線の先には、禍々しい魔力に覆われたアルシノエと、それに対峙するランヒルドの姿があった。
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久々のサラ&リュークとパルマ、マールの登場だゾ。
今回、脇役ですけども。
次回でアルちゃん編は終わりです。たぶん!
どうぞよろしくお願いいたします。




