(番外編)運命の糸 ーデュオンとアルシノエ 4-
(……なんだ?)
急に胸騒ぎがして、デュオンは聴診器を当てている手を止めた。
朝からハミルトン王国の首都ハルラには雨が降っている。デュオンの心の中を映し出したような黒い空には、鳥一匹も飛んでいない。
「どうしました、先生?」
「あ、いえ。肺はもう大丈夫みたいですね。でも、油断大敵ですよ。グリッツさんは肺が弱いんですから、ダンジョンに入る時は必ずマスクをしてくださいね」
「ええ? やだなぁ。あれ、暑いし蒸れるし……」
「また咳で動けなくなったところを、魔物にサクッとやられたいんですか? いいですよ、私は」
「う。先生の笑顔が怖ぇ……」
患者を笑顔で脅しながら冷静を装っているが、デュオンは言いようのない不安で発狂しそうになっていた。
患者に薬を処方して見送った後、秘書のオリバーを呼んだ。
「オリバー君。すみませんが体調が優れないようです。後をお願いできますか?」
「大丈夫ですよ。今日は元々、女王様のお相手の予定だったので先生の予約は入れてなかったので。グリッツさんみたいな飛び込みの患者さんは僕か他の先生が診ておきます」
「そうしてください。私は院長室で寝ているので、何かあれば起こしてくださいね」
「はい」
胸の内を悟られないように、あえて笑顔を作りながらデュオンは足早に自室へ向かった。
今朝、アルシノエと気まずい別れ方をしてから何も手につかない。
勢いに任せて告白してしまったが、よくよく考えてみるとアルシノエとカレンはまるで違う。一緒なのは性別くらいで、性格も見た目も全くの別人だ。アルシノエがカレンであって欲しいと願うあまり、余計なバイアスがかかっていたのだろう。
思春期の少年でもあるまいし、一生の不覚だ。
恥ずかしさのあまり朝からターバンを下ろしたり上げたりしすぎて、オリバーから「大丈夫ですか? 顔が赤いですよ?」と何度も尋ねられたくらいだ。
そんな調子で診察をしていた所に、急な胸騒ぎが起きた。
初めての感覚だった。
何か大切なものを失った時のような喪失感と、激しい焦りが混ざったような奇妙な感覚だ。呼吸も脈も速い。「う」と呻いて胸の辺りを触ると、強い熱を帯びているのが分かった。
(……胸?)
ハッとして上着をめくると、胸の一部……ちょうどアルシノエの肉が埋め込まれた部分が赤く変色していた。
(アルシノエ様……!?)
アルシノエに何かあったに違いない。
デュオンは瞬時にそう判断すると、空間魔法に手を突っ込み『一回のみ転移が出来る魔道具』を取り出した。この魔道具一つで王都に屋敷が建つほどの高価な物だが、デュオンは迷うことなく魔力を込めた。
「アルシノエ様の元へ……!」
◇◇◇◇
「お父様ぁ!!」
黒く煙ったエルジアの空に、アルシノエの絶叫が響く。
転移で戻ったアルシノエの目に映ったのは、轟轟と燃え上がる父の木の姿だった。心身を引き裂かれるような衝撃に襲われ、アルシノエは気が狂ったように水魔法を発動させた。
「消えて! 消えてよ!」
必死で気力を振り絞るが、結界や治癒で大魔法を使い続けたためか、思うように力が出ない。エルフ達も必死で水魔法を使うが、根元を覆う様に水を維持するのがやっとだ。
「やだぁ! やだぁ!」
「お下がりくださいアルシノエ様! 魔族もまだ近くにいます、ここは危険です!」
子供の様に泣きじゃくるアルシノエにマントをかけ、初老のエルフが布越しにアルシノエを抱きしめる。アルシノエは髪を振り乱して、その腕から逃れようともがいた。
「離しなさいよ! あれが見えないの!? お父様が燃えちゃう!」
「木よりも、あなたの方が大事です!」
「ふざけないで! お父様の方が大事よ! お父様、お父様ぁああ!」
「アルシノエ様!」
老エルフの腕を振り払って、アルシノエは杉の木に向かって駆け出した。
その時。
一陣の風がアルシノエの目の前を通り抜けた。
そして
「いやああああああああ!!」
リーンの木は、根元を残してバッサリと切断された。
◇◇◇◇
転移した先は、業火の中だった。
天を突き刺すような巨大な木が燃えており、デュオンはその真上に転移していた。
(これは……リーン様の木……!?)
一瞬の判断でその場から飛びのくと、デュオンは冷静にターバンで口元を覆い周囲を見回した。
木の根元付近でエルフ達が消火活動をしているのが見える。
だが、木の大きさに対してエルフの数が少なすぎる。それに、ここに居るエルフは魔術師というよりも戦士のように見えた。……一人を除いて。
(アルシノエ様!?)
魔力の量が少なすぎて一瞬別人かと疑ったが、美しい金髪と豊満な肢体はアルシノエに他ならない。よほど魔力を消費するような事態が起こったのだろう。弱々しく水魔法を放つ健気な姿は、無垢の乙女のようだった。
ずきん、とデュオンの胸が疼く。
デュオンは、この木がアルシノエの宝物であることを知っている。部屋にも飾れるようにと、デュオンが杉の葉でリースを作りプレゼントした時の、弾ける様な笑みにどれほど癒されたことか。
だからこそ、迷わなかった。
この木を守るために。
アルシノエの笑顔を守るために。
デュオンは腰からサーベルを抜くと、ありったけの魔力を込めた。
デュオンの剣は一陣の風のように、大木の幹を薙ぎ払った。
◇◇◇◇
「ぃやあああああああ!!」
突然の出来事にアルシノエは絶叫した。
何とか鎮火しようと必死になっていたというのに、父の木は地上10メートル付近で見事に両断され、燃え盛る上部はそのまま後方へと吹き飛ばされた。
理解が出来ぬまま顔を上げると、そこには魔族ではなく見知った男が浮遊していた。
剣を片手に肩で息をしている。
彼が木を伐ったことは明らかだった。
(なぜ……!?)
何よりも大切な父との思い出を、誰よりも愛し、信頼していた男に伐られた。
「どうし……あなた……が……」
上手く言葉が出てこない。
心臓が、張り裂けそうなほど拍動している。
永い人生で、別れは沢山あった。ラシャドや娘の死は、半身を奪われる以上の苦しみだった。それでも何とか立っていられたのは、父が居たからだ。底抜けに明るい笑顔で、惜しみなく愛情をくれる父が大好きだった。
その父を失って、まだ二年しか経っていない。父が遺してくれたこの木と、デュオンを支えに、震える足でなんとか立てるようになったばかりだというのに。
「なんで……私の宝物を奪うの……?」
よりにもよって、あなたが。
「アルシノエ様!?」
デュオンやエルフ達の声が遠くなっていく。
アルシノエは怒りと絶望と哀しみのあまり気を失い……魔族にその身を乗っ取られた。
即席の、魔王の誕生である。
ブックマーク、評価、感想等、いつもありがとうございます!
たくさん誤字報告もいただきました。感謝いたします。有難いです。
今回は、『アルちゃん魔王になる』をお届けしました。
アルちゃんは普段はチンピラですが、お父様が絡むと少女のようになります。
リーンが「贔屓目にみてアルちゃんが世界一可愛い」というのも分かります。
アルちゃんとデュオン編はあと2話くらいで終わります。
ではでは!




