(番外編)運命の糸 ーデュオンとアルシノエ 3-
「気まずいわね……」
エルジア王国の象徴とも呼べる大きな杉の木陰で、細い葉の隙間から覗く空を見上げながら、何度目になるか分からないため息を吐いた。
デュオンから「あなたがカレンの生まれ変わりではないかと期待してしまっています」と言われてから、アルシノエの頭の中では春風と熱風と寒波が入り乱れている。
愛の告白ともとれる言葉に華やぐ気持ちと同時に、カレンの行方を知っていながら言い出せずにいた罪悪感が、モクモクと入道雲のように膨れ上がってくるのだ。
今からでも打ち明けるべきだろう。
だが、最愛の妻カレンとの再会を心の糧に生きているデュオンに「カレンは既にいないのだ」と告げることが、はたして正解なのだろうか。
それに、カレンの生まれ変わりであるラシャドは、アルシノエにとっても最愛の夫だ。
ラシャドがずっとデュオンを探していたことや、誰よりもデュオンを愛していたことを思い出すだけで、辛かった感情までもが蘇ってくる。冷静に話ができる自信がない。
「どうしたらいいのかしら。お父様……」
はぁ、とため息を吐いて、そっと杉の根に触れる。
この木はかつて、いつ目覚めるか分からない父のために長期の眠りを拒んだ娘のためにと、リーンが植えてくれたものだ。父の愛情が込められた大樹は、アルシノエにとって宝物だった。この木の傍にいる時だけは、『エルフの女王』ではなく、ただの娘に戻って素直に悩みを吐露することができた。
この木は、父そのものなのだ。
「お父様……寂しいですわ。アルの頭を撫でてくださいませ」
無理だと分かっているのに、そんな願いを口に出してしまう。
もう一度「お父様」と呟いて幹に腕を回すと、ポトリと杉の葉が頭に落ちてきた。まるで父が応えてくれたかのように。
そんなちょっとした偶然に、ふっと心が癒される。
「……そうですわね。私らしくないですわよね。堂々と、大胆に、胸を張ってデュオン様と話をしますわ。もしかしたら、同じ人を愛した者同士、もっと分かり合えるかもしれませんもの」
ありがとうございます、お父様。と、微笑んでアルシノエが立ち上がった。
その時。
何の前触れもなく、近くで何かが爆発するような衝撃がアルシノエを襲った。
「何ですの!?」
魔力を感じた方角を振り返ると、黒い煙が立ち上っているのが見えた。
(城が燃えている……?)
ここから城までは10キロほど離れている。それにも関わらず「近くで」と感じたということは、相当大きな爆発だったに違いない。
城はアルシノエ特製の自慢の結界で覆われていたはずだ。それを破って攻めてくるなど、かなりの手練れであろう。おそらく、高位魔族の仕業だ。
当然のごとく、アルシノエは激怒した。
「ざ……けんなよ!?」
カッと目を見開き、アルシノエは城へと転移した。
その姿に、先程までのしおらしさは微塵もなかった。
◇◇◇◇
「何事じゃあ!!」
「あ! アルシノエ様!」
アルシノエの怒声が響くと、それに気が付いた数人のエルフ達が蒼白な顔で駆け寄って来た。
よく見ると、半壊した白いレンガ造りの城の中を五メートルほどの黒い炎の塊が暴れまわっている。
炎と煙と振動が轟轟と襲い掛かる中、ある者は黒い炎と戦うために、ある者は怪我人の救助にと、誰も彼もが突然の混乱にも関わらず自分にできる仕事を見つけ全力を尽くしている。流石は女王の城を守る精鋭達である。
とはいえ、皆負傷している。おそらく、かなりの死者が出たに違いない。
「ぅおりゃあああああああ!」
アルシノエの口から、可憐なエルフとは思えない怒声と共に、強烈な水魔法が飛び出した。
水魔法の塊は威力を落とすことなく黒い炎を追跡すると、大蛇が卵を飲み込むように包み込んだ。エルフの精鋭達が苦戦していた塊が、あっという間に小さくなっていく。
黒い炎が完全に鎮火するのを見届けると、アルシノエはすぐさま天に向かって両手を伸ばした。
「結界じゃぁ!」
次の襲撃に備えて、城に結界を張り直す。時間がないため簡易的なものだが、その辺の上級魔術師が束になっても敵わない程度には、強固な結界だ。
「動ける者は瓦礫を除去! マイラ、魔石を準備して!」
「は、はい!」
アルシノエの命令を受け、マイラと呼ばれたアルシノエによく似た少女が慌てて空間魔法に手を入れた。アルシノエが大魔法を使う気なのだと察し、魔石ではなく消化しやすい魔石水の入った小瓶を取り出し、キュポン、と蓋を開ける。そのまま勢いよくアルシノエの口に突っ込んだ。
「どうぞ、おばあ様!」
「うぐっ……よっしゃああ補給完了! 全力のエクストラヒールじゃああああ!!」
「カッコいいです! おばあ様!」
夜叉孫の歓声を受けながら、アルシノエ渾身の治癒魔法が城ごと負傷者を包み込む。
本来であれば一人一人に見合った『医術』を施したいところであるが、今は時間との闘いだ。綺麗に怪我を治すことよりも、とりあえず救命が先だ。致命傷さえ何とかすれば、あとは家臣達が何とかするだろう。皆、魔術に長けたエルフなのだから。
「はぁ、はぁ、はぁ……どこのクソ野郎だ……許さん! おええええ」
「大変です! アルシノエ様!」
一気に魔力を使い過ぎて嘔吐しているところに、エルフにしては筋肉質な男が駆け寄ってきた。襲撃の後、すぐに魔族を追った戦士の一人だ。全身負傷が激しい様子をみると、たった今転移で戻ったに違いない。
「どうした、メテオル。おえええええ」
「木が……リーン様のご神木が燃えています!」
「!?」
さーっと、音を立てて血の気が引くのが分かった。
周りのエルフ達が騒いでいるが、何も音が入ってこない。
「……様」
「おばあ様、魔石水を」
「お父様ぁぁぁぁぁ!!」
「いけません! アルシノエ様!!」
高位魔族が待ち構えていることなど、頭から消えていた。
血を吐く様に叫びながら、アルシノエは杉の木の元へと転移する。
ただ、ただ、父の元へと。
ブックマーク、評価、感想等、ありがとうございます!
間が空いて申し訳ありません!
あ゛あ゛あ゛……!
『ベルセルク』の作者の三浦建太郎先生がお亡くなりになってしまいましたね。
ショックです。ベルセルクはダークファンタジーの最高峰です。
私も残酷なシーンを書く時はいつもベルセルクを思い出してました。
残酷なだけでなく、地獄の様な世界の中に生きる人々の温かさや優しさなども詰め込まれていて、ファンタジーなのにリアルで重厚な物語です。
残虐なシーンも多いので、綺麗で優しい世界しか見たくない派の方にはお勧めできませんが(トラウマになるので)、多くの作品に影響を与えた名作です。
私は、ボロボロになりながらもキャスカをひたすら護りつづけるガッツが大好きで大好きで……
ううう。ガッツぅ……!
ご冥福をお祈りいたします。




