(番外編)運命の糸 ーデュオンとアルシノエ 2ー
デュオンと出会う一万年程前。
アルシノエは、とあるエルフの男と出会った。
ラシャドと名乗るその男は、紅い髪と漆黒の肌という珍しい色彩に、父リーンと同じエメラルドグリーンの瞳がよく映える知的な美青年だった。
東の果てにある小さな古代エルフの集落の生き残りであり、長い間、人を探してたった一人で旅をしていたらしい。
アルシノエから懐かしい気配がしたので期待していたそうだが、別人だと分かり落ち込んでいるようだった。
そんな彼とは対照的に、生まれて初めて出会う自分以外のピュアエルフ(両親が古代エルフ)に、アルシノエの心は少女の様に華やいだ。
ラシャドを励ますうちに意気投合し、二人は夫婦となった。
数年後には娘が生まれたが、かなりの難産だった。
赤ん坊は逆子だった上に、破水した後も子宮口が上手く開かず、アルシノエは分娩に20時間以上苦しめられた。ついにブチ切れしたアルシノエが「こんちくしょー! 限界じゃあ! さっさと出てこい! 転移で取り出すぞ! うりゃあああああ!」と叫び出したので、産婆に泣きつかれたラシャドが分娩室に入り、立ち会うことになった。
当時、分娩は女性だけの神事であり、男性が立ち会うことは禁忌とされていた。
アルシノエは一瞬「出てけぇ!」と叫びかけたが、あまりの痛さに耐えきれずラシャドの手を取り「助けて! ダーリン!!」と懇願した。するとラシャドは「任せろ」と短く応じた。
その時、初めてアルシノエはラシャドが優れた治癒魔術師であることを知った。
彼の施す治療は、自分や父の使う力任せの治癒魔法とは全く別物だった。
彼はそれを『医術』だと言った。
アルシノエは産後の体調が落ち着くや否や、「私にも『医術』を教えて!」とラシャドに詰め寄った。
ラシャドは一から丁寧に『医術』を教えてくれた。
彼から習う『医術』は革命的だった。
それまでのアルシノエは、『病気と怪我では、治癒魔法をかける場所や強さを変えた方がいい』という感覚はあったが、具体的にどうして良いのかまでは想像できていなかった。アルシノエだけでなく、ほとんどの治癒魔術師が「治れ」と強く念じるだけで、人体の成り立ちや病気の原因にまで気を配ることがなかったのだ。
ラシャドの使う『医術』は、魔力を持たない者でも扱うことができた。
それだけでも画期的だったが、『医術』と『魔術』を組み合わせることで、次々に奇跡の様な治療を施していくラシャドに、アルシノエは愛情と同じくらい尊敬の念を抱くようになっていた。
そんな特別な『医術』を、ラシャドは遠い昔に学んだのだという。
初めてそのことを聞いた時、アルシノエはラシャドの一族が特殊なのだと思った。しかし、時々ラシャドが口走る意味不明の言葉から、ラシャドは『異世界』から来たのではないかと思うようになっていった。
ラシャドはずっと『誰か』を探していた。
「あの人が居てくれたら……」
ラシャドは時々、彼の『医術』でも苦戦する症例に出会った時、そんな風に呟くことがあった。
きっとその人はラシャドと同程度以上の『医術』を扱うことができ、アルシノエがラシャドを想う様に、ラシャドもその人を愛し、尊敬しているのだと分かった。
(私では駄目なの?)
ラシャドが遠い目をする度に、アルシノエは堪らなく寂しくなり、見知らぬ『誰か』に嫉妬して気が狂いそうになった。
その度にラシャドが優しく抱きしめてくれたから、アルシノエは暗い気持ちに蓋をして、幸福を感じながら眠ることができた。
だが、不安は消せない。
いつか、その『誰か』を見付けてしまったら、ラシャドは自分の元から離れてしまうかもしれない。
(早く私もラシャドに追いつきたい)
そうしたら、『誰か』よりも私を見てくれるのではないかしら。
そんな一心で、起きている時間のほとんどを『医術』の勉強に費やした。
だがそれは、リーンやランヒルドと異なり、長期的な眠りにつかない代わりに毎日長い睡眠をとることで体力を確保していたアルシノエとって、大きな負担となっていった。
ラシャドから『医術』を習い始め、ようやく基本的な概念が理解できるようになった頃、事件が起きた。
乳母に預けていた娘が魔族に攫われたのだ。
当時、出産と育児による疲れと『医術』の勉強で負荷のかかっていたアルシノエは、一日の大半を眠って過ごしていた。
娘が攫われた時も、アルシノエは王宮の地下に作らせた特製の水晶ベッドの中で深い眠りについていた。
そのため、娘が攫われたことも、ラシャドが激戦の末に魔族を倒したことも、エルフ達の治癒魔法では間に合わず息絶えたことも知らなかった。
目が覚めた時、血に塗れた夫が娘を抱えたまま息絶えている姿を見て、絶望に打ちひしがれた。
(せっかく学んだ『医術』を、一番大切な人に使えなかった)
その後悔は、どれほどの時が過ぎようとも消えることはない。
時が経ち、最愛の娘が出産で命を落とした時も、もっと『医術』を学びたかったと血を吐くほど後悔した。
『好色で大胆で荒々しい』
そんな風に思われがちなアルシノエであるが、胸の内は深い後悔と悲しみで溢れている。アルシノエと親しい者達は、彼女が誰よりも優しく繊細で純粋であることを知っている。
(もっと『医術』を学びたい。これ以上、愛する人を失わないために)
気の狂いそうなほど長い年月を、アルシノエはそんな事を願いながら生きてきた。容易な願いではなかった。ラシャドほどの『医術』を持つ者が、この世界にはいなかったのだから。
そうして『医術』の習得を諦めかけた頃、デュオンと出会った。
ハミルトン王国の王女と騎士を探すために『異界の穴』に飛び込むのだと聞いた時、アルシノエの胸は高鳴った。
もしかしたら『医術』のある世界に辿り着けるかもしれない、と淡い期待を抱いた。
その時点ではまだ、デュオンが異界から来たことを知らず、魅力的な見た目には惹かれたものの特別な感情があったわけではない。
特別になったのは、『異世界』でカレンに出会った瞬間だった。
デュオンと繋げた魔力が、細く、長く、まるで運命の糸のように、アルシノエをカレンのもとへと導いた。
アルシノエは一目で気付いてしまった。
ラシャドがカレンの生まれ変わりであること。
そして、ラシャドがずっと探し続けていた『誰か』が、デュオンであることを。
更新が遅くなりまして申し訳ございません!
ブックマーク、感想、評価など、いつもありがとうございます。
今回はアルちゃんの過去編でした。
なんと、一万年前に生まれ変わってしまっていたカレン女史。
ですが、幸いエルフだったため、ずっとデュオンを待つつもりでいたのでしょう。
きっと、アルちゃんだけでなく、色んな人に『医術』を教えたり、病院を作ったりと構想があったに違いありません。
だけど、道半ばで魔族のせいでお亡くなりに……およよ(´;ω;`)
次回もよろしくお願いします!




