(番外編)運命の糸 ーデュオンとアルシノエ 1ー
運命の糸。
そんなものがあるとしたら、きっと私はあなたとその糸によって結ばれている。
だから、待つ。
何年でも、何千年でも、何万年でも。
だから忘れないで。
どんな姿であれ、どんな形であれ、私があなたを愛していたことを。
◇◇◇◇
「先生。今日もいらっしゃってますよ、女王様」
真新しい院内の階段を降りている途中で、後ろから秘書の青年に声をかけられた。
先生、と呼ばれた30代に見える白衣の男……デュオンは足を止め、「おはよう、オリバー君」と言いながら振り返った。
「そうですか。早いですね。私は日課を済ませてから行くので、客間で待っていただきましょう。あ、昨日サラ様から頂いたお菓子を出すのを忘れずにね」
「はい!」
オリバー青年の言う『女王様』とは、このハミルトン王国の女王(通称:クイーン)の事ではない。知り合って以降、事あるごとに理由を付けてやってくるエルジア王国の女王アルシノエの事である。転移で一瞬とはいえ、一国の女王が数日おきに他国に入り浸るのは外聞も悪く、女王が不在であることでエルジア王国の行政にも影響が出ているはずであるが、本人はお構いなしといった様子だ。「また来ちゃいました。あはん」と毎回満開の笑みである。
通常、他国……しかもハミルトン王国よりも数段格上の大国の女王が滞在となると国をあげて対応すべきだが、アルシノエに関してはほぼ放置プレイだ。
ゾルターン王いわく「どうせお前に会いに来たのだ。任せたぞ、デュオン」だそうだ。
実際、アルシノエもほとんどを病院内で過ごし、街に出ることは滅多にないため問題は起きていない。
(はてさて、今日は何を教えましょうか)
オリバーと別れた後、デュオンは1階の待合室に置いたピアノの前に座り、ふう、と息をついた。
優雅な朝に相応しい選曲をしながら、3曲ほど奏でるのが十年前からの日課である。
入院患者の目覚まし兼、職員のリフレッシュにも効果があると評判だ。
長い指で滑る様に鍵盤に触れながら、デュオンはアルシノエの事を考えていた。
アルシノエがここに通う理由は『医術の習得』である。
父親譲りのふざけた性格のため忘れられがちだが、彼女は『世界一の治癒魔法の使い手』なのである。
彼女の治療は、リーンやカイトの様に圧倒的な魔力で怪我や病気を『無かったこと』にしてしまう『世の理を無視したパワープレイ』ではなく、『病態を把握して原因を排除し、本人の治癒能力を高める』という繊細なスタイルだ。
医学が発達していないこの世界においては異例と言える。
そのため彼女は医師であるデュオンの元に通い、自己研鑽に努めているのだ。
……決して、デュオンの気を引くためではない。たぶん。
(それにしても、アルシノエ様は基礎知識をどこで習得したのでしょう)
デュオンにはずっと気になっていることがあった。
アルシノエの医術に関する知識量について、である。
魔法が発達しているためか、この世界の医療に関する知識は低い。
とりあえず聖魔法(回復魔法や治癒魔法)をかければ治ると思っているからであり、医学的な根拠など無い。デュオンがいた世界でいう『中世以前の医術レベル』であるこの世界において、アルシノエの治療は格段に先を行っている。もちろん、難しい病気や手術などの技術が伴う医療は出来ないが、大概のことは魔法で補えている。医術と魔術の使いどころが非常に的確なのだ。実際、魔王戦の際に胸の肉を大きく抉られたデュオンも、アルシノエのおかげで一命を取り留めた過去がある。アルシノエが分けてくれた血肉は、今でもデュオンの体の一部として機能している。本来起こるはずの拒絶反応もなく、だ。
本日の3曲目に選んだ思い出の曲を奏でながら、デュオンはカレンの言葉を思い出した。
『あなたの世界に生まれ変わるわ』
デュオンが哀しまないようにと、冗談で言ってくれた言葉だ。
そんなことが都合よく起こる訳がない。
(起こる訳が……ない……?)
一瞬ピアノを弾く手が止まるが、何事もなかったかのように続ける。
この世界と向こうの世界では時間軸が似て異なる。
転生、あるいは転移した場合、どの時代に飛ぶかは運次第である。
だが、かつて『異界の穴』を通じて地球に転移した際に、デュオンはカレンと再会することができた。
運命の糸というものを、デュオンの強い想いが引き寄せたに違いない。
(だから)
もしかしたら、という想いが頭の中で雑音となって駆け巡る。
デュオンが転移した年から50年以上未来から転生したカレンが、今よりも数万年過去に生まれ変わることも有り得るのではないか、とそんな考えが浮かんだ。
根拠に乏しい妄想だが、考えだしたら止まらない。
一度そう思ってしまうと、そんな風に思えて仕方がなくなってしまう。
(まさかそんなはずは……でも)
アルシノエは初めて会った時からデュオンに好意を持ってくれた。
ピアノを気に入ってくれた。
医学的な素養が高く、知的で美しい。
そういえば、笑顔がカレンに似ている気がする……
考えれば考えるほど、肯定的な要素が増えてくる。
心臓の鼓動に合わせて、曲もだんだんとテンポが速くなってしまった。
弾き終わった時には、デュオンは肩で息をしていた。脈拍は軽く150を超えているだろう。不整脈だ。
今日の演奏は情熱的だったな、と、いつの間にか集まっていた観客の盛大な拍手に笑顔で応えると、デュオンは逸る胸を押え急ぎ足で立ち去った。
駆け足で階段を上り、院長室のドアを勢いよく開ける。一目散に宿直用の簡易ベッドに倒れ込み、数を数えながら深呼吸を繰り返した。
「何を考えているんだ。私は」
「何を考えていらっしゃるの? デュオン様」
「ぅわあっ!」
不意に煌めくような金髪が顔にかかり、デュオンは素で悲鳴を上げた。いつも冷静沈着で優雅なデュオンが初めて見せた狼狽する姿に、驚かれたアルシノエの方もビクッと一歩下がる。
「どどどどどうしましたの!?」
「失礼しました! 誰もいないと思っていたので」
「こちらこそごめんなさい。客間よりここの方がピアノがよく聞こえたから」
アルシノエは大きな目を丸くさせながら、慌てた様子で胸の前で両手の指をパタパタと動かした。
ピアノを弾くジェスチャーだろうか。
大人びたアルシノエの美貌と可愛らしい仕草のギャップに、デュオンは思わず「ぷっ」と噴き出した。
「どうして笑いますの!? 笑っても素敵ですけれど!」
「いえ、アルシノエ様が可愛らしかったので」
「へ!? あ、あ、ありがとうございます! ……不意打ち褒めとか、やべぇ……」
「何か?」
「ひゃっ! なななんでもありませんわ、オホホ」
頬どころか全身を真っ赤にさせながら、アルシノエが笑って何かを誤魔化している。
アルシノエが『気に入った殿方』以外の前ではチンピラ同然なのは既に周知の事実であるが、こうやって誤魔化す姿は何とも微笑ましい。いつも通りの茶番ではあるが、それを楽しんでいる自分が居ることにデュオンは気が付いていた。
(そう言えば、カレンもよく笑って誤魔化していたな……)
真面目な性格で嘘が苦手なカレンは、都合が悪くなると冗談を言ったり笑ったりして誤魔化す癖があった。彼女のそんな不器用なところも、デュオンは愛していた。
「ど、どうしましたの? そんなに見つめられたら……アルは期待しちゃいますぅ。あはん」
「すみません。あなたを見ていると妻を思い出してしまって」
言いながら『しまった』とデュオンは身を強張らせた。
何処までが本気か分からないが、自分に好意を寄せてくれている女性に『私はあなたではなく妻の事を考えてました』と言うのは無神経というものだろう。悪気があった訳ではなく(むしろ好意だったのだが)、アルシノエを傷付けたに違いない。
案の定、アルシノエは表情を曇らせ俯いてしまった。
「すみません。失言でした」
「いえ……今でも、奥様を愛していらっしゃるのね」
長いまつ毛を伏せながら、アルシノエがポツリと呟いた。
その言葉に、デュオンの胸がドキンと疼く。
アルシノエの方からカレンの話を振ってくるのは初めてのことだ。
こんな機会は二度と訪れないように思える。
「私は」
思わず、口が動いていた。
(何を言おうとしているんだ)
よせ、と頭の隅で警鐘が鳴る。
だが、バクバクと高鳴る鼓動が警鐘を掻き消し、先を促している。
「私は、妻を愛しています。そして……あなたがカレンの生まれ変わりではないかと……期待してしまっています」
「!?」
はっ、とアルシノエが顔を上げた。
そこには『驚き』というよりも『恐れ』に近い表情が浮かんでいることに気が付き、デュオンは言いようのない後悔の念に襲われた。
「すみません、また失礼なことを……!」
ガツ、と勢いよく片膝を突き、頭を下げる。
何の根拠もない妄想に囚われて、一国の女王に言うべき言葉ではなかった。
デュオンは穴があったら入りたいほどの恥ずかしさを覚え、下を向いたまま言葉を続けた。
「忘れてください。今日の私はどうかしているようです」
「……ない、わ」
「……え?」
「私は、カレンではないわ」
「! お許しください! 自分でも馬鹿なことを言ったと」
「カレンは私ではないわ」
「!?」
はっと顔を上げると、潤んだブルーサファイアと目が合った。
「ごめんなさい。帰りますわ。私も……今日はどうかしているみたい」
「ア……!」
アルシノエ様、と呼ぶ間もなく、黄金のエルフは光の様に消えた。
ブックマーク、評価、感想等、いつもありがとうございます。
今回からはチンピラ乙女☆アルちゃんとデュオン氏のお話になります。
二人とも大好きなキャラなので気合入れて頑張ります。
最後までお付き合いいただけると幸いです!




