(番外編)アラミス ー勇者の墓守 1ー
アルちゃんの話と言っておきながら、アラミスの話になりました!予告詐欺ですみません!
カイトとソフィアが亡くなって8年が過ぎようとしていた。
大聖堂となったかつての廃教会で、アラミスは勇者と聖女の墓守として暮らしている。
(寒い)
北部の冬は、凍える。これから更に寒さは増していくだろう。
はあ、と白い息を吹きかけて、アラミスはかじかんだ指先を握りしめた。
大聖堂の鐘楼から見下ろす街並みは、2キロほどでプツリと途切れている。この街は大聖堂がある街としては破格に小規模である。が、無理もない。たった8年前まではただの廃墟だったのだから。
カイトとソフィアが亡くなった際、カイトの養父であるサイオン侯爵は二人の遺体を領地内の教会に安置すると宣言した。勇者と聖女の遺体を一目見ようと世界中から人々が集まり、領地の発展に繋がると考えられたからだ。しかしアラミスは、十代のころから仕えたカイトが、死してなお養父の道具として扱われることに耐えられなかった。せめて、死後は二人が一番輝いていた場所で静かに眠らせたいと、命懸けで陳情した。主君であるサイオン卿にアラミスが意見するなど、狂気の沙汰だ。案の定、首を切られる寸前まで事態は悪化したが、カイトの友人であった第一王子ユーティスや元聖女であるサラが助け舟を出したことで、願いは聞き届けられた。
二人の遺体は二人だけで結婚式を執り行った廃教会に安置されることになり、アラミスは『白蛇』の次期頭領候補の座を剥奪され、墓守を命じられた。
廃教会を取り囲む様にして建てられた大聖堂には、連日千人を超す参拝客が訪れている。この街は、これからも発展していくことだろう。
(ずいぶんと、にぎやかになったものだ)
アラミスは朝を告げる鐘を鳴らしながら、まだ薄暗い街並みに目を光らせた。人が増えると犯罪も増える。最近はそういった者達の相手もせねばならず、忙しい毎日を送らざるを得ない状態だ。
(寒い)
白蛇を体内に飼っているため、見た目はさほど二十代の頃と変わっていないが、アラミスも既に40代である。全盛期の様には動けなくなってきた。
仲睦まじく眠るカイトとソフィアの姿から、ここはいつしか『恋人達の聖地』と呼ばれるようになっていたが、そんな聖地にアラミスは独りで暮らしている。
美人で品があるアラミスに言い寄る男は多かったが、到底そんな気にはなれなかった。
青春時代と呼べる時間を全てカイトに注いできたアラミスにとって、カイトの死から立ち直るにはまだ時間が足りない。それに、ずっと前……カイトがまだ生きていた頃から、心の中に住み着いている男が居る。
恋だとか、愛だとか、そんな感情は白蛇を宿した幼い日に捨てた。だから、その男とはただの腐れ縁に過ぎない。
だが、その男はカイト達が亡くなった後、すぐにアラミスの所に駆け付けてくれた。
その後も、冒険の合間を縫って会いに来てくれた。
あまりにも頻繁にやってくるので、アラミスの夫だと噂が立ったほどだ。おかげで言い寄る男の数がグッと減ったので、訂正もしていない。
(寒い)
その男が、この半年、顔を見せに来ない。
世界でも稀なSSランク冒険者である男が易々と死ぬとは思えないし、仮に死んだとすれば噂にならないはずがない。
だから、きっと生きている。
誰かと結婚して、家庭を築いているのかもしれない。
それでも全く構わない。
(生きているなら、それでいい)
はあ、と白い息で、凍える指先を暖める。
「アラミス話がある! 降りてきてくれ!」
不意に、下から若い男の声がした。身を乗り出して見下ろすと、二十代半ばの茶髪の男が手を振っているのが見えた。
この男はAランクの冒険者で、少しだけ彼に似ている。何度あしらっても、しつこく交際を申し込んでくる面倒な男だ。「早く!」と冴えわたる朝の空気に、男の声が響く。
また来たのかとため息をつこうとして、いつもと様子が異なることに気付いた。
妙な胸騒ぎがして、アラミスは鐘楼から飛び降りた。
「どうしたのですか? こんな明け方から」
「あいつが……SSランク冒険者のユエンが死んだ!」
馬鹿な、と言おうとしたが、声が出なかった。凍る様な空気が肺に突き刺さり、思わずむせ返る。
(彼が、死んだ……?)
人命救助の依頼を受け、ソロで潜ったダンジョンでのことだったそうだ。ダンジョンには本来そこにはいないはずの魔物が住み着いており、彼は対象者を逃がす代わりに魔物に喰われたのだという。
「そんなはずは……そんなはずはない! ユエンはSSランクです。ドラゴンすら単独で倒せる実力ですよ!? 高位魔族でも出ない限り……まさか……!?」
「落ち着け! 俺も人から聞いただけだから……どこ行くんだよ!」
「!?」
身を翻して何処かへ行こうとしたアラミスの腕を、男が荒々しく掴み、グイッと胸の中に引き寄せた。体勢が悪かったこともあり、アラミスの細い体は易々と男の厚い胸板に吸い込まれた。
「何をするんです!?」
「俺を見てくれ! 死んだやつのことは忘れて、俺と一緒になってくれ……!」
馬鹿を言うな、と男の頬を打とうとして、アラミスは力が上手く入らないことに気が付いた。
ユエンが死んだ。
たったそれだけの言葉が、呪詛の様にアラミスの心と体を縛り付ける。
喰われたと言われても、死体をその目で見なければ到底信じることなど出来ない。
(だって……『もう二度と死なない』と約束したもの……!)
「離してください!」
アラミスはギュッと拳を握りしめ、男の胸を押した。
「アラミス! 俺は、あいつみたいにあんたを置いて行ったりしない! ここで、あんたや勇者様を守ってやる! だから」
「私は信じない! ユエンの死は、この目で確かめます。もし、死んだ話が本当なら……仇を討つ」
「アラミス……!」
アラミスの瞳の奥にチロリと紅い炎が揺らめいた気がして、ハッと男は手を離した。
滑る様に男から身を離し、アラミスは8年ぶりに大聖堂を出た。呆然と立ち尽くす男を残して。
「そんな顔されちゃ、勝ち目ないって分かっちまったじゃないか」
そんな男の呟きが、朝の喧騒に呑まれていった。
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今回はクールビューティ、アラミスさんのお話です。
本編ではカイトのお目付け役として、影の薄いアラミスさんでしたが、個人的にはもっと書きたいキャラでした。後日談をずっと書きたかったので、ようやくと言った感じです。
本編で生死がよく分からなかった、と言うか、誰も覚えていないんじゃないか的なユエン氏との話になります。2から3話で終わる予定です。
最期までお付き合いいただけると幸いです!




