(番外編)ロイ ー 願わくは ー
本日2話目です。
その夜。
ロイは不意に目を覚ました。
山に囲まれた小屋はとても静かで、木々のざわめきと梟の声、そして、隣で眠るサラの寝息だけが聞こえてくる。
星の降る音まで聞こえてきそうな、美しい夜だった。
闇の精霊達がロイを包み込み、誘うように漂っている。
(ああ、そうか)
ついにこの時が来たのだと、ロイは悟った。
(もう少しだけ、待っていて)
ロイは目を閉じて、精霊達に語り掛けた。
『ギャプ・ロスの精』であるロイにとって、闇のもたらす静寂は心地好い。
闇に溶け込む様に意識を集中させると、身体から魂が抜けたような感覚があり、世界が広がっていく。
幼い頃、真っ暗な教会の地下室でいつもこうして父の帰りを待っていた。
(父上。眠ってるかな……)
エドワードは、ロイの具合が悪化してから、隣に建てた来客用の小屋で寝泊まりしている。領主としての仕事も、孫たちの相手もしたいだろうに、ずっと傍にいてくれていた。
すっ、と意識を向けると、体はサラの隣に残したまま、ロイの意識はすんなりと父の枕元へと行くことができた。
もう、転移をするほどの体力も魔力も残っていないが、こうして闇の力が使えることはせめてもの救いだった。
(父上。痩せたなあ)
父は二年前の印象よりも、ずっと老けていた。
いったい自分は、この人にどれほどの心配をかけてきたのだろう。
魔術師でも騎士でもない、ただの貴族の青年だったはずなのに、何度も危険な目に遭わせてしまった。
血の繋がらないことは知っている。
当然、父も分かっているはずなのに、人ですらない自分を実の息子として愛してくれた。
全てのものから守ってくれた。
諦めずに探してくれた。
この人が居なければ、自分はとっくに死んでいただろう。
(ありがとうございます、父上。母上、あなたが愛された事実が、僕を生かしてくれました。母上にも、感謝します)
会ったこともない母の顔が浮かぶ。夢の中の娘が、将来そうなるであろう美しい顔だ。
(父上。少しだけ、隣で寝させてくださいね)
ロイの意識を乗せた闇は、ほんの少しだけ浮いている布団の隙間から、エドワードのベッドに潜り込んだ。いつの間にか背を追い越してしまったけれど、父の背中はいつまでも偉大だ。
ロイの闇がエドワードを覆うと、エドワードはくすぐったそうに微笑んだ。
いつもロイを包んでくれた、優しい笑顔だ。沢山辛いこともあったのに、ロイの頭の中のエドワードは、いつも笑っている。
(シャルロット。いつも父上を独り占めしてごめんね。もうすぐ返すからね)
愛しさと感謝を込めて、ロイは父を抱きしめた。
(父上。愛しています。どうか、いつまでも笑顔でいてください)
「……ロイ……」
(!?)
むにゃむにゃと、満ち足りた表情で寝言を言う父に笑顔で「おやすみなさい」と告げて、ロイの意識はサラの下へと戻った。
月明かりを浴びて眠るサラは、女神の様に美しい。
まだあどけなさが残る頬のラインが可愛らしいが、もう立派な大人の女性だ。この美しい人が、自分の妻であることが誇らしい。
(サラ。綺麗だ)
サラは、ロイにとってはまさに『運命の女神』だった。
絶望の縁で醜く腐りそうだった心に、光を与えてくれた。生きる道を示してくれた。
サラが何故、奴隷屋敷の地下で囚われていたロイを見付けることが出来たのか、ずっと不思議で仕方がなかった。
疑問が解けたのは、天使族の存在を知ってからだ。
(サラはきっと、俺の人生を見てきたんだ)
サラには天使族のように何かを視る力があるのだろう。そう思ったら、全てが納得できた。
自分を見付けてくれたことも。
自分と結婚してくれたことも。
(俺は思う存分生きたよ。君が居てくれたから)
おそらく、サラはロイの人生が短いことを知っていた。だからこそロイを選び、そばに居てくれたのだろう。
できれば、この優しい少女に、もっと何かを残してあげたかった。
(ごめんね。サラ。俺はもらってばかりだった)
寝返りをうつサラの白い肌が、柔らかくロイに触れる。
(……ああ! 死にたくない……!)
まだやりたいことが沢山ある。サラや父上と、もっと生きたい。
サラを、一人にさせたくない………!
身体が動くなら、君を抱きしめられるのに。
大好きだと、何度でも口にして、キスをするのに。
(サラ。サラ。サラ。サラ……!)
どんなに願っても、どうにもならないと分かっている。
出来る限りのことはした。
それでも、サラへの愛も、感謝の気持ちも伝え足りない。
残した手紙は、サラの心の支えになってくれるだろうか。
(ごめんなさい。リュークさん。俺が死んだら、あなたにサラを返そうと思っていたのに。卑怯で、ごめんなさい。俺はもう少し、サラの一番でいたい)
ふと、脳裏にサラからコーラルの髪飾りをもらった瞬間が蘇った。
あの瞬間、サラはロイの一番になった。
たった二年だったけれど、一番大切な人の一番になれて、嬉しかった。
『長寿』は叶わなかったけど、『幸福』は叶った。
(ああ。楽しかったな)
意識が、ゆっくりと闇に溶けはじめた。
―――ロイの願いも、想いも、全て呑み込んで、闇は静寂を縫って、どこまでも広がっていく。
まるで、形の無いものになって、世界の一部に還って行くようだった。
爪も、髪も、心さえ、この身体は初めから世界の一部に過ぎなかったのだと、改めて気付かされる。
(もう行かなくちゃ)
母の愛を受けて生まれ、エドワードの愛に育てられ、サラの愛に包まれ、サラを精一杯愛した。
闇の精霊の人生としては、上出来だ。
(どうか哀しまないで。俺は闇に還るだけだから)
溶けゆく意識の中、サラの愛らしい寝顔に唇を寄せた。
この愛しい人は、どんな夢を見ているのだろう。
(ありがとう……愛してる)
ロイの意識は、そこで途切れた。
◇◇◇◇
翌朝。
ロイが目覚めることはなかった。
ロイの生涯は、あまりにも短く、波乱万丈であった。
しかし、その純粋な人柄は多くの人の心を癒し、誰からも愛された。
ロイの葬儀は人里離れた山小屋で執り行われたにも関わらず、参列者の列が絶えることはなかったという。
……木々の木陰に。ちょっとした物陰に。誰かの足元に。
闇は何処にでも居て、きっとこれからもサラを守り続けるだろう。
―――願わくは。君の見る夢が幸せでありますように。
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今回は久しぶりのロイでした。
ロイに出会えて、エドワードパパも、シャルロットも、サラも幸せだったよ!
と、言ってあげたい。
次回からもお付き合いいただけると幸いです!




