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(番外編)ランヒルドの恋 パート2 ー6(挿絵あり)

本日2話投稿します。(今回が1話目です)

2話目は20時ごろ投稿予定です。

「ラン!」

「マール殿!?」


 血まみれのマールがランヒルドの前に辿り着いた時、ランヒルドは美女と対峙している最中であった。


 母から前触れもなくパクリと食べられた際、危うく咀嚼されそうになったところを何処からか伸びてきた白い腕に捕まれ、ランヒルドは広い空間の中へと移動させられた。広場には、白く光る魔石が散りばめられている。

 目の前には、白銀の髪を豊かに伸ばした30歳前後の女が無表情で佇んでいた。

 髪の長さと体の凹凸具合と耳の形を除けば、その女はランヒルドと瓜二つである。


 一目で、母ラエスローズの人化した姿なのだと分かった。


 しかし、母の体内に母が居るはずがない。

 頭の中は絶賛混乱中であったが、これは虚像か姿を真似る魔物に違いないと、ランヒルドは拳を握りしめた。だが、女は微動だにせず、ランヒルドを見つめている。その視線に、なんとなく温かいものを感じ、ランヒルドは動くことが出来ないでいた。


 女が、ゆっくりと口を開いた。


 女は、このダンジョンの番人だという。

 ラエスローズの中にある、残り少ない知性と良心なのだそうだ。ここはダンジョンの最深部で、白龍であるランヒルドが死ぬのは忍びないと、喰われた瞬間に引っ張ってきてくれたらしい。


 子守唄の様に優しい声と調に、思わず涙が溢れそうになる。

 彼女は、ランヒルドが想像していた理想の母そのものだった。

 残念なことに、彼女もまた表のラエスローズ同様、ランヒルドの事を娘だとは知らない様子である。


「迷い人よ。そなたは白龍ゆえ、このまま外へ出してやろう。だが、青龍は生かしてはおかぬ」

「!? マール殿は、やはりこの中に居るのですか!? 無事ですか!?」

「……」


 ぱあっと顔を輝かせたランヒルドに、ラエスローズは僅かに顔をしかめた。


「……無事ではある。だが、あやつのせいで我が体内は酷く傷付いた。青龍を外に出したければ、どちらかの核を置いて行け」

「核……?」


 『核を置いて行く』とは、『ここで死ね』という意味である。

 マールの中には核が二つあるが、どちらもマールにとって大事な物のはずだ。

 それに、そもそもマールが危険な目にあっているのは自分のせいだ。

 考えるまでも無い。


「ならば、私の核を差し上げます」

「……良いのか?」

「はい。それで、マール殿が助かるのなら」

「何故、そこまでする」

「何故? ……何故だ……?」


 死ぬのは嫌だ。

 だが、マールのためならそれもいいと思える。むしろ、誇らしくさえある。


「分かりません。ただ……」


 ランヒルドは一瞬言葉に詰まり下を向いた。だが、すぐに顔を上げた。穏やかな笑みを浮かべて。


「マール殿には、内緒にして欲しい」

「……承知した」


 不憫な子だ、とラエスローズが呟いたその時だった。

 突然、壁に大きな穴が空き、小さな青龍が広場に飛び込んできた。


「ラン!」

「マール殿!?」


 血まみれのマールを目にして、ランヒルドが悲鳴を上げる。ダンジョンの番人と話をしていた最中だということも忘れ、一目散にマールに飛びついた。


「マール殿! 怪我をされたのですか!? ヒール! ヒール!」

「うわああ! 落ち着いて、ラン! これはババァの血だゾ! 嬉しいけど、苦しいゾ!」


 マールが慌てて、ランヒルドごと自分の体に浄化魔法をかけた。一瞬で血液が洗い流される。元気そうなマールの姿に、ランヒルドはホッと安堵の息を吐いた。そんなランヒルドの様子に、マールも嬉しそうに尻尾を振った。


「やっぱり、可愛い女の子は良いナ! テンション、爆上がりだゾ!」

「爆上がりのところ申し訳ないが……」

「むう! 白龍ババア!」

「ババア!? ……娘、やはり先程の話は反故にする。こやつはここで死んでもらう」

「そんなっ! 待ってください」


 ゆらっと立ち昇ったラエスローズの殺気から、慌ててランヒルドはマールを背に庇った。


「話? 何のことだ?」


 くいくいっ、とランヒルドの服を引っ張って、マールがキョトンと首を傾げる。

 あなたの代わりに死のうとしていました、などと口が裂けても言えないランヒルドは、言葉に詰まり「むっ!」と唸った。


「貴様の代わりに死のうとしていたのだ、その娘は」

「言うのか!?」


 思わず悲鳴交じりの声でランヒルドが突っ込んだ。ラエスローズは気にする様子も無く、話を続ける。


「私の体は貴様のせいでボロボロだ。修復のためには、古代龍の核が必要だ。だから、貴様かその娘のどちらかの核を置いて行け、と言ったのだ」

「それで、ランが自分のを置いてくって言ったんだな……?」

「そうだ。珍しく察しがいいな」


 ズズズズズ、と渦巻く様な怒気がマールから発せられている。サーッと血の気が引くのを感じながら、ランヒルドは振り返ってマールの短い手を掴んだ。


「マール殿! 違いますっ。あの、色々と事情が」

「ラン」

「は、はいっ!」

「ラン」


 マールが、滅茶苦茶に殺気立っている。「殺される!」と、ランヒルドは目を瞑った。

 が、ランヒルドを襲ったのは痛みではなく、温かく力強い胸と腕の感触だった。


「ランの、大馬鹿野郎!!」

「むあああああああああ!」


 人化したマールに思わず「きゅん」となりかけたランヒルドの頭上に、文字通り雷が落ちた。意識が飛びそうになるが、マールが腕から離してくれない。「マール殿」と言いかけたところで、止めの一撃が降り注いだ。「むぎゃあああ!」とランヒルドが悲鳴を上げる。ラエスローズは無表情で「うわっ」と一歩引いた。

 バチバチと電気を纏わりつかせたまま、マールはギュッとランヒルドを抱きしめた。


「ランの馬鹿! ランの馬鹿! そんな事したら、死んじゃうんだゾ!? 死んだら、会えなくなるんだゾ!? そんな事されて、僕が喜ぶと思っているのか!?」

「ちょ、ちょっと待ってください。い、意識が」

「自分を大事にしないやつは、誰からも大事にされないんだぞ!!」

「!?」


 血を吐く様なマールの絶叫に、ランヒルドは目を見開いた。


『自分を大事にしないやつは、誰からも大事にされない』


 それは、痛いほど胸に突き刺さる言葉だった。

 そして同時に、自分が今まで自分自身を蔑ろにしてきたことに気付く。『誰かの役に立ちたい』と我武者羅に頑張ってきたが、その根底にあるのは『誰かに必要とされたい、愛されたい』と渇望する幼いランヒルドの願いだ。

 常に人の目を気にするあまり、自分の本当の願いを忘れてしまっていた。

 誰かにそっけなくされる度、『自分は未熟だからだ。我が儘だからだ』と自己嫌悪に陥っていたが、そもそも自分は、自分自身を愛してやれていただろうか。


「自己犠牲なんて、ただの自己満足なんだゾ。相手も不幸にしちゃうんだゾ……!」

「!」


 パッ、とランヒルドの脳裏にマールの記憶と想いが伝わって来た。


 大好きな片割れ(アンジェ)が、だんだんおかしくなっていく。

 マールはアンジェと一緒に居るだけでは満足だった。だが、アンジェはマールを「美味しそう」と言うようになった。アンジェはとても苦しんでいた。食欲を抑えるためか、何度も空から地上に追突したり、自分の尻尾を噛み千切ったりしている。ボロボロになっていくアンジェを、それ以上見ていられなかった。


 アンジェが楽になるなら、アンジェが喜んでくれるなら、僕は食べられていいゾ。


 そう思ったマールは、アンジェの口に飛び込んだ。

 アンジェは一瞬驚いたようだったが……そのまま咀嚼した。


 そうしてアンジェは神の怒りを買い、核を残して消滅させられた。

 蘇ったマールは、自分のせいでアンジェが死んだのだと嘆いた。


 どうして、食べられようと思ったのだろう。

 僕の願いは、アンジェと一緒に居ることだったはずなのに。

 どうして。どうして。


 ―――そんな後悔の念が、押し付けられた胸から痛いほど伝わって来た。


『自分を大事にしないやつは、誰からも大事にされない』


 その言葉は、そのままマール自身に向けられたものだったのだろう。マールは気付いてしまったのだ。アンジェの口に入った時、アンジェはマールを吐き出すことも出来たはずなのに、咀嚼する方を選んだという事に。


 マールの心は、きっと核以上に傷付いている。

 その痛みが、ランヒルドには強すぎるほど共感できた。


「マールど」

「ランの馬鹿ああああああ!」

「ぎゃああああああああ!!」


 容赦がない。

 本気で死んだと思ったその時、ランヒルドはマールが小さく「ううっ」と呻くのを聞いた。

 ドキン、と止まりかけていた心臓が跳ね上がる。


「マール殿……泣いて、いるのですか?」

「泣いてなんかないゾ! うわあああああああん!」


 泣いている。盛大に泣いている。

 堪えきれず、ランヒルドはマールの背中に腕を回し、優しく擦った。


(ああ。この人が愛おしい。好きだ)


 ランヒルドの目からも涙が溢れた。今思えば、リュークに対する気持ちは、兄に対する気持ちとよく似ている。マールに対する想いとは、まるで違う。


「マール殿……ごめんなさい。私、私はっ」

「もっと自分を大事にしろ!」

「はい」

「自分勝手に死ぬな!」

「はい」

「僕の番になれ!」

「はい」

「駄目って言われても僕は諦めないゾ……ええええええええ!?」

「マール殿の、番になります」

「え? ええええええ!? ええ? えええ!?」

「私はまだ、自分が好きではありません。自分を、大事にできません。だから、マール殿から大事にされなくても文句は言いません」

「い、いや、そ、それは、ちょっと別というか……」


 自分から「番になれ」と言っておきながら、あっさりランヒルドから承諾を得たことにマールはパニックを起こしていた。涙目で見下ろしてくるランヒルドの可愛さに、理性が吹っ飛びそうだ。


「僕は、今のままでもランが大好きだゾ。ランは、優しくて、可愛くて、素敵なレディだゾ!だから、もっと胸を張って生きて欲しいんだゾ!」

「大事にしてくれますか?」

「当たり前なんだゾォォォォ!!」


 むぎゅーっと、マールはランヒルドの鼻に自分の鼻を押し当てた。ドラゴン族特有の親愛の表現である。


「マール殿」


 耳まで真っ赤に染めたランヒルドが、花が咲いたように笑った。それは、今まで見せたことのない、艶やかな笑顔だった。


「自分が、好きになれそうです」

「―――むむぅ!!」


 悶絶しながら、もう一度マールは鼻を押し付け、きつくランヒルドを抱きしめた。互いの鼓動を感じるこの瞬間が、永遠に続けばいいと思いながら。


「そろそろ良いか?」

「むぎゃあ! 邪魔するな、ババア!」


 ラエスローズは両手で顔を隠し、指の隙間から二人の様子を覗いている。


「すすすす、すみません!」

「むぎゃあ!」


 ドン、と照れたランヒルドに押され、マールが転がった。

 転がったついでに翼だけ生やし、パタパタと翼を動かしてラエスローズの目の前に降り立った。そして、ゆっくりと自分の胸に腕をねじ込むと、青白く光る拳大の球を取り出した。傷一つない、美しい核だ。


「この核をやるゾ」

「マール殿! それは」

「アンジェの核だ。僕にはもうランヒルドが居るから、アンジェの核とはサヨナラするゾ」

「ですが、マール殿の核はほとんど壊れていると聞きました! 寿命が……」

「いいんだゾ! ずいぶん回復したし、これでもランより長生きするゾ」

「マール殿……!」


 ウルッと、ランヒルドの瞳が潤む。

 マールは微笑みながら、アンジェの核をラエスローズに差し出した。


「良いのだな?」

「「はい」」


 いつの間にかランヒルドがマールの横に立ち、マールの手を握っている。

 力強く頷く二人に、ふっと微笑んで、ラエスローズはアンジェの核を受け取った。

 マールの手から核が離れた瞬間、ぐらりとマールがよろめいた。繋いだ手にグッと力を込めて、ランヒルドがそれを支える。その様子に、再びラエスローズは目を細めた。


「……お前達、そこでじっとしていろ」


 そう言うと、ラエスローズはアンジェの核を両手で持ち、高々と頭上に掲げた。核に魔力を籠め始めると、キーンと耳鳴りの様な音が響き始めた。やがてその音はダンジョンを呑み込み、これ以上は耐えられないという大きさまで膨れ上がると、パアン、と軽い音がしてアンジェの核が粉々に砕け散った。

 核の粉は青白く光を放ちながら、ダンジョン中を巡っていく。


「「あ」」


 マールとランヒルドが同時に声を上げた。

 光は祝福の様に二人の上にも降り注ぎ、肺から体内へと入り、それぞれの核を修復していく。傷口に、スウッと温かい光の液が染み込んでいくような不思議な感覚だった。


「これでいいだろう」


 ラエスローズが笑った。

 マールの核も、ランヒルドの核も、完全に再生している。

 ラエスローズが初めから二人を殺すつもりなど無かったのだ。


(娘だと思われていなくてもいい)


 ランヒルドは、その優しさに触れることができただけで胸が熱くなった。

 

「もう、行くがいい」


 ラエスローズは出口と続く光の道を示した。


「世話になったゾ。あっちのババアはどうかと思うけど、あんたのことはママンて呼んでもいいゾ!」

「お世話になりました。……どうか、お元気で」


 長居すれば、里心が付いてしまう。

 ランヒルドは断腸の思いで、母に背を向けた。


 マールと共に、一歩足を踏み出そうとした時、ランヒルドは不意に後ろから柔らかい物に抱きしめられた。


「む!?」

「大きくなったわね。ランヒルド……!」

「!?」


 心臓が、今度こそ本当に止まるかと思った。

 何事が起きたのかと、信じられない想いで横を見ると、マールが目を細めて数歩後ろに下がった。その笑みに、これが夢ではないと確信する。


「は……母上……?」

「会いたかったわ、ランヒルド! ああ、駄目ね、気付かないふりして別れようと思っていたのに……!」

「母上!!」


 ランヒルドは母の胸に飛び込んだ。夢で見るよりもずっと柔らかく、温かい。全てを包み込んでくれるような弾力は、言いようのない安心感を与えてくれる。


「本当にごめんなさいね。表の私は、あなたの事も、リーンの事も忘れてしまっているの……馬鹿だから」

「馬鹿だから!?」

「でも覚えていて。私はずっとここに居て、あなたを愛していたわ。もう会うことはないでしょうけど、あなたには母が居て、ちゃんと愛されているわ」

「……母上……!」


 ランヒルドは、幼い子供の様に母の胸に縋って甘えた。


 しばらく母の温もりを堪能し、後ろ髪を引かれる想いで二人はダンジョンから帰還した。その際、母から何度も「私に会いたくなっても、絶対に口の中に入っちゃ駄目よ」と念押しされた。それほど危険な場所なのだそうだ。

 今までのランヒルドなら、母と二度と会えない哀しみに膝を抱えて泣いていただろう。

 だが今は違う。


(いつか、もっともっと強くなったら、また会いに行こう。待っていてください。母上!)


 そんな風に思えるようになったランヒルドの心には、爽やかな風が吹いていた。


 ◇◇◇◇


 母の耳の穴から外に出ると、ちょうど母と兄が大喧嘩をしている最中であった。

 どちらも怪我だらけだが、怒り心頭といった兄に対し、母は久々に全力で勝負ができて嬉しそうだった。


「ランヒルド!?」


 急に現れた妹とマールの気配に気付き、ラグドールがパアッと顔を輝かせた。妹が母に喰われたと知って、よほど心配していたのだろう。

 その安堵の表情に、先程の母の面影を見出し、ランヒルドの胸は温かい光で満たされた。


「誰だ、お前!」


 油断した兄を尻尾でポーンと跳ね飛ばし、母がランヒルドを睨みつけた。

 三度目の問答だ。

 本当に、忘れてしまっているのだと実感し、少しだけ胸が軋む。


「あなたの娘です」


 それでも、自信を持って真正面から母に向き合った。後ろからマールが両肩を支えてくれている。遠くで、地面を転がりながら兄が見守ってくれている。母の心の中に居る優しい母も、きっとハラハラしながら見守ってくれているだろう。


「あなたの娘の、ランヒルドです」


 もう一度、名乗る。

 一度目は「知らん!」と言って攻撃を受けた。

 二度目は、喰われた。

 三度目は……


「そうか! 娘か! ……そんな気もするな!」

「「「!?」」」


 思わず、耳を疑った。

 マールも兄も、目を見開いている。

 何となく、あの母の笑い声が聞こえた気がした。


「だが、弱いなお前! 稽古をつけてやろう! さあ、来い!」

「は……はいっ!!」


 思わず振り返ると、マールは肩から手を離し、満面の笑みで手を振ってくれた。


「参ります! ……母上!」


 勇ましく踏み出したランヒルドの心には無限の花畑が広がっている。

 そこにはもう、泣きながら愛を求める少女の姿はどこにも無かった。


挿絵(By みてみん)

ブックマーク、感想、評価等、いつもありがとうございます。


ランちゃん編、予想以上に長くなってしまいました!すみません。


マール君のイメージ画をのっけてます。

青年というより少年っぽい状態ですが、ランちゃんという番を得て、

これから少し成長してイケメンになっていくことでしょう!


次回は、ロイです。

かつて一度アップして、差し替えたものになります。ロイ~!

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