(番外編)ランヒルドの恋 パート2 ー4
本日2話目です。
「……マール殿?」
「そうだぞ!」
「むむむっ?? ……うっ!」
予想していた幼い姿とは全く異なるマールの姿に混乱し、ランヒルドはマールの腕から飛び降りようと体を捻った。胸から肩にかけて激痛が走る。
「無理に動いちゃだめだ」
細身だが長身のランヒルドを、青い髪と瞳を持つ美青年は軽々と抱え直した。包み込む様に添えられた腕と胸の温かく逞しい感触に、ランヒルドの心臓が一気に破裂しそうになる。今まで味わったことのない感情が、一瞬で全身を駆け巡った。
「あまり一度に治すのは良くないんだけど……治癒魔法かけるぞ」
「むむ? むむむむむ!?」
耳元で甘い音色で囁かれ、ランヒルドの頭はパニック状態だ。
温かい魔力が体中の細胞に蓄えられた水に伝わっていく。その心地好いはずの感覚ですら、ゾワゾワと心と体をかき乱す。
―――おかしい。
言ってることも、口調も、匂いも、マール殿で間違いないのに。
なんなら、体長もほとんど変わらないのに。
手足が伸びて、シュッとなって、まつ毛が伸びて、鼻筋が通って、口が小さくなって、柔らかそうな髪がフサフサして、声がちょっと低くなっただけなのに。
「むわああああああぁぁ……」
「え!? どしたのラン!? ラン!?」
プシューッと音がして頭が真っ白になり、ランヒルドはそのまま気を失った。
◇◇◇◇
ランヒルドが目を覚ますと、既に太陽は空高く昇り、燦燦と海を照らしていた。
天蓋の付いた柔らかいベッドの上で、ゆっくりと身を起こす。
ベッドは屋外に置かれているらしく、海風が心地好く髪を撫でていく。
体の痛みは消えていた。そればかりか、左腕が手首近くまで伸びている。心なしか、いつもより体が軽い。
「!」
急に昨日の事を思い出し、カアッと顔に血が上った。思わず枕を手に取り、胸に抱えて顔を埋める。
が、何かがおかしい。
「うぱぱっ! こちょばゆいゾ! ラン!」
「むっ!?」
枕だと思っていたのは、青龍の尻尾だった。慌てて手を離す。
「すすすすすすまない」
「いいゾ! 大歓迎だゾ!」
キャッキャと可愛らしくマールが笑う。
いつもと同じ幼いドラゴンの姿を見て、ランヒルドの心がフッと軽くなった。昨日の変な感覚は、きっと体調のせいだったのだ。
ランヒルドもマールにつられる様に柔らかく微笑んだ。
一瞬、マールはキョトンと固まったが、すぐに「てへへ!」と尻尾を振った。
マールの話によると、ランヒルドは治療中に気を失った後、この小島で二日も眠っていたらしい。興奮のあまりランヒルドを放り出してしまった兄ラグドールは大層落ち込み、一夜にして鱗があちこち剥がれ落ちたそうだ。名誉挽回とばかりに、昨日は気合を入れて母ドラゴンを叱ってくれたらしいが、母はちっとも反省していなかったらしい。
兄は今は、愛しの妹のために食糧調達に出かけている。
「ラン。僕はちょっと行くところがある。ラグドールに修行をつけてもらうといいゾ」
「……はい」
ランヒルドの胸が、ズキンと痛んだ。マールも自分を置いて何処かに行ってしまうのかと、悪い方に考えてしまう。
―――どうしたら引き留めることが出来るのだろう。
でも、引き留めるのは、きっと迷惑だ。迷惑はかけたくない。
そんな想いが、グルグルと頭を搔き乱す。
「そんな寂しそうな顔をするんじゃないゾ! ……すぐ戻るから」
「!!」
まるでランヒルドの心を読んだのかのように、マールは笑いながらランヒルドの胸に飛びつき、そのまま人の姿になって顎の下に鼻先を付けた。本当は格好良く額や頬にキスしたかったのだが、自分より背の高いランヒルドには届かないのだ。
ちえっ、と思って顔を上げると、ランヒルドの真っ赤になった美しい顔があった。目を大きく見開いて、あわあわと震えている。その姿が予想以上に可愛くて、マールは満足そうに声をたてて笑った。
「行ってくる! 待っててね、ラン!」
そう言い残して、マールは何処かに消えてしまった。少し寂しかったけど、ランヒルドの胸はホカホカと暖かかった。
◇◇◇◇
それから数カ月間、兄ラグドールは一生懸命に修行に励む妹が可愛くて仕方がないらしく、時に厳しく、時に優しく、手を変え品を変え根気強く指導してくれた。
兄が「母に見つかったらまた襲われるから」という理由で小島を囲う様に張ってくれた結界の中で、ランヒルドは昼夜を問わず修行に明け暮れた。
しかし半分エルフのせいか、いまだに思う様に白龍の力を引き出せないでいる。
完全にスランプに陥っていた。
そうなると、悪い考えが次々に浮かんで、いじけてしまうのがランヒルドだ。
兄が食糧調達でいなくなると、夕焼けを眺めながら膝を抱えてボロボロと涙を流す毎日が続く。
すぐに戻ると言っていたマールも帰ってこない。
(ひょっとしたら、お兄様もこのまま帰ってこないかもしれない。そもそもお兄様の家は別の島だ。家族もいる。不出来な私などに構っている暇などないはずだ。一向に強くならない自分が恥ずかしい……むむむぅぅ)
いっそ消えてしまいたい、とゴロンと横になった。ちょうどその時、タイミング良くラグドールが帰って来た。
泣きながら倒れた妹を目撃し、サーッと血の気が引く。両手いっぱいに抱えた食料を放り投げ「うおおおおお!!」と叫びながらダッシュで近づき、ガバッと妹を抱え上げた。
「どうしたんだいランヒルド! 傷が痛むのかい!?」
「むぁっ! お兄様っ」
「すまないランヒルド! 今日の修練は厳しくし過ぎたかな? 無理をしていたんだね? ランヒルドは我慢強いから気が付かなかったよ。ああ、私は駄目なお兄様だ! 怪我はどこだい? 全力で治すよ、見せてごらん? さあっ!」
「だっ、大丈夫です!」
「でも、泣いていたじゃないか」
「本当に、大丈夫です」
怒涛の勢いで心配する兄の姿に、思わずホワッと胸が熱くなった。ランヒルドは潤んだ瞳のまま、精一杯微笑んでみせた。
「……お兄様が、帰ってきてくださったから……」
「ラ……ランヒルドッ……!」
ギュッと、痛いくらいに兄に抱きしめられた。
人化したマールに抱きしめられた時とは違う感情が湧き上がり、ランヒルドの胸がトクトクと高鳴った。マールの時は、ギュンギュンというか、ドクンドクンというか、心臓が張り裂けて死んでしまうのではないかと思う様な感覚だったが、兄の腕の中はちょっとこそばゆくて、じわじわと歓びが湧き上がってくる感じだ。リュークに頭を撫でられた時の、あの感覚に似ている。
急に父やリュークの事を思い出してしまい、じわりと目頭が熱くなった。
「!? ランヒルド、また泣いているのかい? 哀しいことがあったなら、お兄様に話してごらん?」
「……うっ……!」
こんな駄目な自分に無償の愛をくれる兄が愛しくて、有難くて、ランヒルドは縋りついて泣いた。
兄はランヒルドを抱えたまま地面に座って、不器用な妹がたどたどしく紡ぎ出す言葉を辛抱強く聞いてくれた。語り終えた頃には、すっかり陽は落ち、満天の星が輝いていた。
「ずっと、寂しかったのだね。ランヒルド」
「寂しい……? そうかも、しれません。でも、私が独りぼっちなのは私が至らないからです。私は、とても惨めなのです」
「何を言っているんだい! ランヒルドは惨めなんかじゃないよ!?」
「マール殿だって……」
「?」
「すぐに戻ると言ってくれたのに、もう何カ月も経ちました。きっと……きっとランのことなど忘れてしまったのです。母上のように!」
「……!」
マールの事を話す時、自分が少女の様な表情を浮かべていることに妹は気が付いているだろうか。
ラグドールは「ふうー」と深く息を吐いた。
胸の中でめそめそといじける妹の頭を優しく抱き寄せ、頬を乗せる。柔らかい髪の間から、ふわりと花の様な香りがした。本当にこの子はまだ若いのだと、匂いで分かる。兄として、今まで何もしてやれなかった事が、酷く歯痒かった。
「言うんじゃないゾ! ……と言われたので黙っていたのだが……」
そう前置きをして、ラグドールは語り始めた。
『出来損ない』と言われる青龍マールの物語を。
ブックマーク、評価、感想等、ありがとうございます!
今回もお兄様のランヒルド愛が炸裂しております。
自己評価の低いランヒルド。
自己肯定力を高めるって、自分だけの力じゃ難しいですよね。
ではでは、次回はマール君の過去です。
よろしくお願いいたします。




