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(番外編)ランヒルドの恋 パート2 ー3

 夢を、見ていた。


 母から「お前など知らん」と存在を否定された後、撃ち落とされた。


 哀しいとか、悔しいとか、そんな感情は見当たらない。

 ただ、ただ、惨めだった。


 夢の中のランヒルドは、幼い少女だった。

 父の役に立ちたくて、必死に勉強した。料理も覚えたし、掃除だって頑張った。

 だけど、父はランヒルドをおいて眠ってしまった。


 お父様に捨てられた。


 そう思った瞬間、ランヒルドは少し大きくなっていた。

 リュークの後を一生懸命に付いてまわっている。リュークに褒められたくて、必死で戦い方を学んだ。細い小さな指は、いつも怪我だらけだった。それでも良かった。リュークが微笑んでくれるだけで、嬉しかったから。


「あんたのそういう所が嫌いなのよ」


 ふいに、アルシノエが現れた。

 初めて会った頃の幼い姿で、妹はランヒルドを睨みつけている。


『そういう所』とは、どういう所だろう。

 どこをどう直せば、妹は自分を好きになってくれるのだろう。


 毎回、会うたびに悪態をつかれ、疲れてしまった。

 乞われるがままに決闘を受けるが、勝っても負けても、アルシノエは「あんたなんか嫌い」と言う。


 どうしたらいいのか、分からない。


 アルシノエが「腕をあげたら?」と言うから、見知らぬ男に腕をあげた。痛くて堪らなかったが、相手が喜んでくれたので良いことをしたのだと思った。

 なのに、妹に酷く叱られた。


 どうすれば良かったのか、分からない。


 悩んでばかりで、誰からも大切にされない自分が大嫌いだ。


 少しでも変わりたくて、一世一代の勇気を出してリュークに「(つがい)になろう」と告白したが、「それは出来ない」と即答された。優しいリュークが初めて見せる困惑した表情だった。それでもリュークにだけは捨てられたくなくて、何度も何度も押しかけたが、その度に同じ顔をされた。ついには、唯一の味方だと思っていた父にまで「ランちゃん。僕と旅に出る? それともママの所に行ってみる?」と、やんわりと追い出されてしまった。


 頭の中が、真っ白になった。


 いやだ、と言おうとして、リュークの所へ行ってみた。

 だが、リュークは薄桃色の髪をした美しい少女と楽しそうに笑っていた。それは、自分には一度も見せたことのないような、はにかんだ表情だった。

 ずどーん、と頭に何か落ちてきた気がした。


 私の何がいけないのだろう。

 皆の役に立とうと必死に生きてきたのに。

 ほんの少しの希望さえ、叶えることができないのだろうか。

 分からない。

 分からない。


 悩んで悩んで、泣いて、泣いて。


(そうだ。もっと強くなれば、きっと父上も兄様も褒めてくれる。自分を必要としてくれる。アルシノエだって、きっと認めてくれるはずだ……!)


 そう思って、母の元へやって来た。


 だけど、母はランヒルドの存在を認めないばかりか、殺そうとした。

 愛されなくてもいい。せめて名前くらい呼んで欲しかった。


 誰からも必要とされない自分が、酷く惨めだった……。


 ◇◇◇◇


「母が、申し訳ない事をいたしました。効かないとは思いますが、きつく叱っておきます。効かないとは思いますが」

「二回言ったゾ……」


 眠っているランヒルドを起こさないように気を遣いながら、白龍の青年がマールに頭を下げた。

 青年の名は、ラグドールという。

 ランヒルドの異父兄である。

 父は古代龍であるイルセージと言う名の白龍だ。父は、母とは真逆の、穏やかな懐の深い男である。

 余談ではあるが、このイルセージの趣味はドラゴン族としては珍しく『子育て』であり、彼の言う『子』とは、ありとあらゆる生物を指す。世界の各地に『白龍の遺跡』があるのは、このイルセージの仕業である。「白龍の作った宝があそこにあるらしいよ。さあ、一緒に冒険に行こう!」と、時折、人の姿で冒険者に混ざり、若いパーティを育てたりしている。ただし、出会った魔獣や魔物、魔族なども「いい闘志だね。素晴らしい。私が鍛えてあげよう。さあ、かかって来なさい!」と育ててしまうため、その結果ダンジョンの難易度が上がり、冒険者パーティの方が全滅してしまうのが常である。……ある意味、ラエスローズよりも性質が悪い。


 そんな困った両親を持つラグドールであるが、女神セレナのお気に入りで、特別に魔術師並みの『知性』を与えられた唯一のドラゴンである。


 ラグドールは昨夜から、二匹のドラゴンが『白龍の里』に近付いているのを感じていた。そのままだと、マールの気配に気が付いた母が嬉々ランランとして襲い掛かることは目に見えていた。しかし、相手の身元も目的も分からなかったため、とりあえず別の島から様子を伺っていたのだった。

 そこに現れたのが、小さな青龍と若い白龍だ。

 かなり若いが、遠目で見ても驚くほど母に良く似た白龍が、噂でしか聞いたことのない『妹』だとすぐに分かった。

「いくら戦闘狂単細胞破壊神母ドラゴンでも、あれほどソックリなら娘だと分かるだろう」と鷹揚に構えていたのが間違いだった。

 母は、ラグドールの期待を見事に裏切り、妹に向かって本気の閃光を放った。

 距離が近く躱しきれなかったのか、可哀そうな妹は右肩から胸にかけて、かなり深い傷を負った。

 ラグドールが転移でしてランヒルドを受け止めて即座に治癒魔法を使わなければ、今頃命は無かったに違いない。


「ん……」


 焚火に照らされたランヒルドの瞼が、ピクリと動いた。蚊の泣く様な小さな声を、マールもラグドールも聞き逃さなかった。


「むっ! 気が付いたか、ラン!」

「大丈夫かい!? ランヒルド!」

「む……ここは?」


 ランヒルドは起き上がろうと腕に力を入れた。が、酷い痛みに思わず「むむっ!」と顔をしかめた。誰かが駆け寄り体を起こしてくれたが、意識が朦朧として視界もはっきりとしない。


「ここは『白龍の里』からずーっと離れた小島だゾ! 白龍バ……ラエスローズが大暴れして、ランは大怪我したんだゾ。ラエスローズは僕がやっつけておいたから、しばらくは安心だゾ! ゆっくり休むといいゾ」

「やっつけた……? 母上は、母上はご無事で……?」

「大丈夫だよ。アレくらいで死ぬような人ではない。むしろ、お前の方が酷い怪我なのだよ」

「あ……」


 そこでようやく、ランヒルドは自分を支えているのが人化した白龍の青年だと気が付いた。

 一瞬、鏡を見ているのかと思った。

 月明かりと松明に照らされたその顔は、耳の形こそ異なるが自分と瓜二つだった。


「あなたは……」

「初めまして。会いたかったよ、ランヒルド」

「!!」


 急に、意識がはっきりした。

 同時に息が出来ない程の激痛に襲われるが、それ以上の感動にランヒルドの目から涙が零れた。


『会いたかったよ、ランヒルド』


 その一言を、どれほど渇望していたか。

 母でさえくれなかったその言葉を、あっさりとくれる人物がいたことが奇跡の様に思えた。


「わ、私も、お会いしたかったです。お、お、お兄様……!」

「うっ!!」


 突然、ラグドールが口元を押さえてグラリとよろめいた。

 怪我をしている妹をなるべく動かさないように、とっさに尻尾を出して体を支える。


「な、なんてことだ。私は今、かつてないほどの衝撃を受けているよ。これが妹というものなのか! 長年夢見てきた以上の感動だよ。ああ、それが歓喜の涙だとしても泣かないでおくれ、ランヒルド。傷が開いてしまうよ、可哀そうに。母は考える前に手が出てしまうからショックだっただろう? お兄様がビシッと叱っておくからね。お兄様が! ああ、それにしても『お兄様』という響きの何と甘美なことか……! 娘から呼ばれる『お父様』も捨てがたいが、この歳になって初めて呼ばれる『お兄様』の破壊力たるや、そのうち生まれるであろう孫娘からの『お爺様』にも匹敵するに違いない。ああ、いっそ『お兄ちゃま』でも良いのだよ。可愛い可愛い妹よマイラブ」

「コイツ怖いゾ!!」

「お、お、お兄ちゃま!」

「言っちゃったゾ!!」

「くはっ!」

「逝っちゃったぞ!?」


 妹の可愛さに、ついにラグドールは吐血して後ろにひっくり返った。知性は何処へ行ったのだろう。


「むあっ!?」

「危ない、ラン!」


 急に宙に放り投げ出されたランヒルドに向かって、マールはとっさに手を伸ばした。しかし、マールの短い腕では到底間に合わないように思えた。

 地面に叩きつけられる、とランヒルドはギュッっと目を瞑った。


 が。


「危なかったぞ……何処も痛くないか? ラン」

「!? !? !?」


 ふわり、と力強い腕に抱きかかえられていることに気が付き、ランヒルドは目を丸くした。理解が追い付かない。


「だ……誰だ??」

「? 僕だぞ?」


 そこには、マールと同じ匂いのする見知らぬ青年がいた。


ブックマーク、評価、感想等、いつもありがとうございます!


嘘つきました。

ランちゃん編は、あと2から3話続きます。

ラグ兄様が予定外に妹を可愛がるからいけないんですヨ。

嘘です。

自分の文才が足りないからです。ごめんなさい。


次回もよろしくお願いします!

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