(番外編)シズとサザレ1 ー幼馴染からの誘いー
「私がユーリアです。テスから話は聞いています。よろしく頼みますわ。シズ」
サリワリル王国の王城の一室で、シズはユーリア王妃との面会を秘密裏に果たしていた。
ユーリア王妃はまだ20歳になったばかりの若い王妃だが、サリワリルに嫁いで五年になる。政略結婚とはいえ、夫婦仲は良く、第三王子となる男児を産んでいる。シェード家の血筋とは思えぬほど線の細い可憐な美女であり、国民からの人気も高い。
「はい。サザレに代わり、私が侍女として身辺の警護をいたします」
「ふふ。そうしてもらえると有難いわ。サザレは見事に侍女として仕えてくれたけれど……その……殿方ですわよね?」
「……殿方です……ね……」
侍女として仕えていたのか、と内心で冷や汗を拭いながら、シズは脳内のサザレの急所という急所に鉄拳を叩き込んだ。
昨日、シズのやる気をテスに伝えたところ、早速サリワリル王国に潜伏している『鬼』達と話がつき、侍女としてユーリアの傍に潜り込むことになった。「怪我をして田舎へ帰った侍女の代わりに、同郷の者を寄越した」という設定だ。まさかその「侍女」がサザレだったとは不覚である。
ユーリアはレダコート王家の出身ではあるが、母カミラからシェード家と『鬼』のことは聞かされており、今回の事件を解決するにあたって非常に協力的である。というよりも、異国から嫁いだユーリアには『鬼』達以外に信頼できる者が少ないのだ。
王と夫婦仲が良いと言っても、サリワリル王国はほんの四十年前まで激しい戦争を繰り返していた敵国である。古い貴族達の中には、未だにレダコート王国に恨みを持つ者も多い。
今回の事件も、そんな反レダコート派の勢力による策略だと思われていた。実際に、その筆頭であるクライン公爵家が激しくユーリアの処刑を求めている。そのため『鬼』達は公爵家を中心に捜査を進めていたのだ。
しかし、真犯人は別にいた。
サザレが怪我を負いながら突き止めたのは、王の唯一の弟であるパント殿下だった。
相手が王からの信頼の厚い王弟となると、公爵家を相手にするより厄介だ。
ユーリアも『鬼』も不用意に動くことが出来ず、手をこまねいている状況である。
「とりあえず、今は噂だけで証拠がありませんから命の心配はないでしょう。王も心配して色々と動いて下さっていますし。シズ、あまり気負わずにね」
「はい」
ユーリアとの謁見の後、シズは早速侍女として働き始めた。
猪突猛進で手の早いシズを周りの『鬼』達は心配していたが、存外、シズは完璧に仕事をこなした。ユーリアとは年も近いこともあり、シェード家で嫌味な奥様に仕えるよりも楽しかったせいもある。ユーリアも、異性のサザレに身の回りの世話をされるよりも、同性のシズと一緒の方が安心できるのか、以前よりも笑うことが増えた。
そんな二人の様子を見て、サザレがギリリとハンカチを噛みしめた。
「くっ……! ジェラシーよ。二人とも仲良しなんですものっ」
「仕方ないでしょう? サザレは……その……殿方なんですから!」
「きぃっ!」
二人がキャッキャとじゃれ合うこの場所は、ユーリア王妃の私室と扉続きの小部屋である。他に人は居ない。
侍女サザレは里に帰っている設定のため、こっそり忍び込んだのだ。城には外からの転移を防ぐ結界が張られているため、直接侵入することは出来ない。だが、隠密であるサザレにとっては、転移など使わなくてもここまで来ることは造作もない。
とは言え、敵に見つかれば大変なことになる。そのため、サザレは極力城に近づかないようにしていたのだが、シズがパーティ用のドレスを試着すると聞いて、居ても立っても居られなくなったのだ。
三日後、王都の端にある親レダコート派の貴族の屋敷で、恒例の社交パーティが開催される。エウロパ大陸の食糧庫と名高いサリワリル王国では、年に4回、国をあげて収穫祭が行われる。それに合わせて各貴族の屋敷でも小規模のパーティが催されるのだ。特に夏・秋に開催される収穫祭は仮装をして楽しむのが慣習であり、貴族のパーティでも仮面舞踏会とするところが多い。マシロがいた世界でいう、ハロウィンの様な感覚だ。
敵からの目が厳しい中、ユーリアは極力外出を控えていたのだが、今回は親しい友人の招待ということもあり、参加することした。仮面を着けることもあり、シズも貴族の令嬢のフリをしてユーリアの護衛として参加することになった。
……サザレが着る予定だったドレスを着て。
「きぃっ!」と奇声を上げながら、サザレはシズのコルセットを締めあげた。
「悔しいわっ! バストはそんなに変わらないのに、ウエストはシズの方が細くて、ヒップはアタシの方が小さいのね!」
「だって、サザレはその……以下略」
「きぃっ!」
器用に衣装に手直しを加えながら、サザレが慣れた手つきでシズを淑女に変えていく。ついでに髪型を整え、軽く化粧を施す。
「さて、こんなものかしら……やっぱり、綺麗ね。シズ」
すっかり深窓の令嬢へと変身したシズを鏡越しに見つめながら、サザレが熱っぽくため息を吐いた。
「そうですか? ふふ。ゴルド様にお見せしたいですね」
満更でもない様子で、シズが嬉しそうに笑う。『鬼』として、幼い頃から働き詰めだったシズがお洒落を楽しむ余裕などなかっただろう。クルクルと鏡の前で踊るシズを見ていると、サザレの胸に熱いものが込み上げてきた。
「シズ」
「!?」
急に後ろから抱きしめられ、シズの足が止まる。いつもなら、反射的に投げ飛ばしているところだが、ドレスのせいか、相手がサザレだからなのかは分からないが、反応が遅れた。
「ちょっ、ちょっとサザレ」
「シズ。仮縫いしたところが解けるわ。動かないで」
「あ……そ、そうですよね!」
何をサザレ相手に勘違いしているのだと、シズは赤くなった。サザレは後ろからシズの胸の前へと腕を伸ばし、胸元の飾りを器用に整える。サザレの長い指が動くたび、シズは今まで経験したことのないゾワゾワとした感覚が背中を走るのを感じていた。
意識してはいけないと自分に言い聞かせ、平静を装い微笑みを浮かべて前を向く。だが、鏡に映る自分よりも、後ろからシズの胸元を見つめるサザレの真剣な顔に目が行ってしまう。長いまつ毛とスッと通った鼻筋が綺麗だ。
呼吸や鼓動を自在に操れる修行をしておいて、初めて良かったと思った。
「シズ」
「何ですかっ」
サザレの甘い吐息が耳にかかり、意図せず声が上擦ってしまった。サザレはそんな様子に構うことなく、ギュっとシズを抱きしめた。
「シズ。もし、鬼の継承戦にアタシが出ると言ったら、パートナーになってくれる?」
「!? そ……それは……」
思わず言葉に詰まる。
『鬼の継承戦』とは、次期頭領を決める儀式のことだ。今、里には四人の鬼姫が居る。鬼姫、もしくは各鬼姫に選ばれたパートナーが継承戦で争うことになり、信頼できる強い相棒を得ることが勝利への鍵である。最年少のアマネが成人するまであと三年。それまでに、サザレはパートナーを決めなければならなかった。
シズは即答をためらった。
パートナーが必ずしも結婚相手という訳ではなく、親兄弟であることも多い。サザレと姉弟の様に育ったシズがパートナーとなるのは、全く不自然なことではない。だが、血の繋がった家族ではない男女で組んだ場合、そういう目で見られることは想像に難くない。ゴルドとのハッピーエンドを夢見るシズにとって、それは享受しがたいことだった。
「サザレ。私……私は……」
「やあね! そんなに真剣に悩まないでよ!」
あはは、と笑ってサザレが腕を離した。
「軽い気持ちで聞いただけよ? 本当なら、アタシはシグレ様と組みたかったのよ? 私と組めば、まさに鬼に金棒! 間違いなくシグレ様を頭領にしてあげられるでしょう?」
「サザレ」
「だけど、テス様がアマネ様の相手をシグレ様にする気満々だから、無理みたいなのよねぇ。だったら、シズと組んでシグレ様を陰から応援しようと思って! むしろ、その方が確実じゃない? 名案だと思ったんだけどね~」
「サザレ……ごめんなさい」
「……ぃやあね! 気にしないでちょうだい。そんな顔してたら、せっかくの美人が台無しよ? あらやだ、もうこんな時間! ドレスはまだ手直ししたいから、持って帰るわね?」
ほら、笑って! とサザレに励まされながら、シズは元の服に着替えた。
気にしないでと笑ってはいたが、サザレの笑顔が曇っていたことにシズは気付いていた。アマギ家以外に後ろ盾のないサザレにとって、シズから拒否されることは「一人で戦え」と見捨てられたも同然だ。可愛い弟と愛しいゴルドの顔が交互に浮かび、シズは鉛を呑み込んだ様な気分になった。
結局、その日からサザレに会うことのないまま、収穫祭当日を迎えた。
◇◇◇◇
仮面舞踏会は盛況だった。
招待客は他の客には知らされていないため、ユーリア王妃が参加していることを知っているのは、ホストである侯爵家とユーリア側の人間だけのはずである。
身分を忘れて楽しそうに談笑しているユーリアは実に可愛らしい。
その後ろで、シズは仮縫いの時よりも豪華になった真紅のドレスにグラマラスな肢体を包んで、周囲に目を光らせていた。艶めく黒髪と、細かい宝石を散りばめた黒い仮面に覆われた目元、そして赤みを抑えた紅い唇がミステリアスな印象を与えている。長身なこともあり、その姿は会場にいるどの令嬢よりも目立っていた。
「レディ。私と一曲……」
「お呼びじゃありませんことよ」
次々に舞い込むダンスの申し込みを、バッサバッサと手際よく断っていたシズは、ふと、会場の一角に目を留めた。
取り繕ってはいるが、明らかに挙動のおかしい集団が会場から抜けていく。
何かある、と直感したシズは、別の『鬼』にユーリアの警護を託してその場を離れた。
酔ったふりをしながら、怪しまれない程度に速足で会場を出ると、妖しい集団が消えた方向へと進んだ。事前に叩き込んだ侯爵家の見取り図と照らし合わせ、彼らが屋敷の裏手にある地下室への入り口に向かっていることを確信する。
ならば、とシズは道を外れ、中庭を突っ切ることにした。幸い中庭には背の高い植物や彫刻があちこちに配置されており、身を隠せる場所は多い。
会場から遠ざかるにつれ、闇と静寂が深まっていく。
気配を消しながら向かった先で、シズは突然、横から茂みへと引きずり込まれた。
ブックマーク、評価、感想等、ありがとうございます!
気が付けば、100万文字を越えていました!! ビックリです。
100万文字もお付き合いいただき、誠にありがとうございます。感謝です。
さて、今回も何かとスキンシップの多いサザレさんでした。
お茶目で綺麗なオネエさんなので、あまり相手に不快感を与えません。
ちなみに、侍女をやっていた時は髪型で角を隠していました。
ノリノリで女装をしていたサザレさん……輝いていそうです。
内面はゴリゴリの男子なんですけどね……役者です!
ではでは、次回もよろしくお願いします!




