表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
289/365

(番外編)鬼姫と侍 14 -レンセイー

「ふざげるなあ! 魔物の分際で!!」


 ずん、と鋭い重圧が大気を揺らした。

 魔王は、既に穴に呑まれた自分の左足を付け根から切り落とした。


「くそがっ!」


 餌だと思っていたタロウマルからの思わぬ攻撃に苛立ちを顕わにしながら、魔王は全身を魔力で覆うと穴から逃れるように西へ向けて飛翔した。


「いかん! 鬼狩り、追うぞ!」

「飛べるのか!?」

「否! 転移する! あの先には姫がおる!」

「!?」


 顔面蒼白となったアマギが荒々しくレンセイの腕を掴んだ。傷口を掴まれ痛みが走るが、構っている場合ではない。レンセイは大人しくアマギに身を任せた。


 二人が転移した先は、シェード家の本邸があるノエルという町の門の前だった。町全体に張られた結界のため、中へ直接転移することが出来ないからだ。だが、運が良かった。突然強大な魔力が鬼の里の辺りで発生したことに気付き、ちょうど町の中からツバキ一行が出てきたところだったのだ。


「ツバキ様! お逃げ下され!」

「何があったのじゃ、ア……!?」


 ツバキが何かを言いかけ、レンセイと目が合って息を呑んだその時だった。

 鬼の里から音速で飛翔した魔王の腕が、ツバキの細い体を捕らえた。 


「「ツバキィィィ!!」」


 ナタとレンセイの悲鳴が重なった。

 


 ◇◇◇◇


 白く、柔い体から漂う、甘く、かぐわしい血の匂い。


 うまい。

 うまい。


 鬼となった男は、ほんの一時前まで必死で護っていたはずの女を喰らう。


 うまい。

 うまい。


 無我夢中ではらわたを喰らい、柔らかな双丘を喰らい……女と、目が合った。


『そなたなら許す』


 そう言って笑う女は、レンセイの主君の娘であり、生涯をかけて護り抜くと誓った相手だった。


 ―――ツバキが産まれるよりも二百年以上も前。


 源氏と平氏の争いが終盤を迎えた頃、レンセイは平家一門に仕える父と地方の名家出身の母との間に生を受けた。


 誰もが可愛い赤子の誕生を楽しみにしていたある日、運悪く父と母の寝所の真上に、ほんの一瞬だけ小さな『異界の穴』が空いた。当時のこの世界は戦が多く、人間の負の感情が貯まりやすい不安定な状態であった。そして負の感情が一定の濃度を超えると、大小さまざまな穴が空きやすくなる。レンセイの両親の頭上に開いた穴も、その一つであった。


 父は『魔』を取り込み切れずに死に、母と腹の子は一命を取り留めた。

 しかし、穴が空いてから十日の後。

 母は額に大きな角のある赤子を産み落とした。母は鬼を産んだ衝撃と、角によって傷付いた産道からの出血が止まらず、我が子を抱くことなくこの世を去った。

 レンセイという名は、生前に父が遺してくれた名だった。男児ならばレンセイ、女児ならばレン、と。

 産まれたばかりのレンセイは母の妹に引き取られたが、鬼であったがために武家の息子ではなく下人として育てられた。とは言え、叔母も下人たちも優しく、レンセイを他の子供達と同じように可愛がってくれた。特に、育て親として任されたゾウザという男は、昔産まれたばかりの息子を死なせたこともあり、レンセイを我が子の様に愛した。物心がつく前のレンセイは鬼の腕力を制御できず、体の小さいゾウザには抱っこをしてあやすのも一苦労だったろう。しかしゾウザは「困ったやつだ」と笑いながら、根気強くレンセイを躾けた。


 両親はいなかったが、周りの大人達に恵まれたレンセイは擦れることも無く、大らかで明るい性格の美丈夫へと成長していった。

 後から思えば、叔母がレンセイを下人として育てたのは「戦に行かせたくない」という愛の表れであったと分かる。しかし、そんな想いとは裏腹に、武芸の天賦の才と鬼の体を持ったレンセイは見る見るうちに頭角を現し、主君のお気に入りとして姫の警護を任されるほどになっていた。


 姫はレンセイよりも三つほど年上で、大人しいが凛と背筋の伸びた美しい女だった。

 角が生え、六尺を超す背丈のレンセイを怖がる者も多かったが、姫は初めて会った時からレンセイを可愛がり、何処へ行くときも二人は共にあった。

 十五の歳から五年、レンセイは姫に仕えた。


 姫は別の家門に嫁ぎ、一男一女をもうけた後もレンセイを側に置き続けた。

 二人の間に恋愛感情があったのかどうかは、今となってはレンセイにすら分からない。ただ一つ言えることは、レンセイにとって彼女は特別な存在だったということだ。


 だからこそ、源氏により平氏が討たれた際、レンセイは主君らと共に最期まで戦う道を拒み、姫とその子らを連れて逃げる道を選んだ。

 叔母や育て親のゾウザらと共に、山から山へと逃げ続けた。

 しかし、鬼であるレンセイでも難儀するほどの険しい山道を、幼い子を連れた一行が進むには限界があった。


 レンセイ達は源氏の追っ手に囲まれ、絶体絶命の窮地に陥った。


 その時。

 運が良いのか悪いのか、山を覆うほどの『穴』が空いた。


 レンセイの一行も追っ手も、平等に『魔』に呑まれた。

 しかし、レンセイの額の角が避雷針の様な役割を担い、近くに居た者は『魔』の被害を逃れた。しかし、一度に大量の『魔』を取り込んだレンセイと、少し離れた場所に居た者達は次々に理性を失い、人を喰らう魔物となった。


 本能の赴くままに、レンセイは最も美味そうな獲物を手に取り貪り喰った。


 そして……目が合った。


 雷の直撃を受けたかの様な衝撃が、レンセイの身体を突き抜けた。


 一刻前に背負っていた時よりも、ずいぶんと軽くなってしまった姫。

 その体からは赤い血と肉が滴り、かぐわしい匂いが立ち昇っていた。


 レンセイは、特別な存在であった姫を喰ったのだ。


 発狂したように叫びながら、しかし理性を取り戻し、気が狂えないままレンセイは自らの角を折った。このまま死んでしまいたかった。消えて無くなりたかった。だが、少なくなった母の死骸に縋りつく子供達と、その子らを守ろうと奮闘する叔母の姿が視界に入った。そして、それらに襲い掛かろうと牙を剝く、育て親のゾウザ……


 せめて、せめて、この者達は守りたい。


 強い想いと、鬼の体に満ちた魔力がレンセイに新たな力を与えた。

 レンセイは折った角を刀に変え、次々に鬼と化した者達の角を切り落としていった。

 追っ手と、体まで化け物のようになった者は殺すしかなかったが、ゾウザを含む何人かは正気を取り戻し、生き残った。


 レンセイは姫の残した子供達と生き残った仲間を連れ奥州まで逃げ、そこで小さな村を造った。


 本来、角を折られた鬼は魔力を制御できずに永く生きることが出来ない。だが、元々生まれながらの鬼であったレンセイは、魔法使い達がそうであるように、魔力を魔脈に流して制御する方法を本能的に理解し、実践することが出来た。そのおかげか、レンセイはほとんど年を取ることなく、永い時間を生きられるようになった。

 レンセイは角を失った他の鬼達にも魔脈を使う方法を伝授した。全ての鬼が習得出来た訳ではなかったが、魔力の制御できない者は定期的にレンセイの刀で魔力を吸い上げることで命を永らえ、普通の人間と変わらぬ寿命を全うすることが出来た。また、鬼となった者でも子を成すことが出来、生まれた鬼子はある程度成長したところでレンセイが角を切り落した。

 こうして鬼達に守られたレンセイの村は少しずつ人が増え、規模が大きくなっていった。

 年を取らない鬼の存在を誤魔化すため、レンセイ達は村の外へ出る際は面を着け、村人の子や親を名乗った。レンセイは姫の残した子供達の親となり、その子達が年を取ると、息子として振舞った。


 レンセイとゾウザ以外の鬼達は、ほとんど見た目の歳が変わらぬまま、ある日突然寿命が尽き、一人、また一人とこの世を去った。元々老人であったゾウザだけが生きているのは、レンセイと過ごした時間が永かったためだろう。常にレンセイから洩れ出す魔力に触れていたため、自然に魔脈が発達していたものと推測される。


 二百年が経ち、あの日鬼となった者がゾウザだけとなった頃、京での『鬼狩り』の話が持ち掛けられた。


 もう、この村に鬼は必要ない。


 そう判断したレンセイはゾウザと共に旅に出た。


 そして、ツバキと出会ったのだ。


 惹かれたのは、ツバキから僅かに感じ取れる『鬼』の気配のせいだったのか、それとも、佇まいや声が『姫』と似ていたからだろうか。


 レンセイは姫を喰ったあの日以来、毎晩悪夢にうなされていた。

 うまい、うまいと姫を喰う夢。

 いや、夢ではなく、過去の記憶そのものだ。

 鬼が憎い。何よりも憎い。何よりも……自分が憎い。

 永遠に消えることがない罪悪感と喪失感と絶望と……快感に、レンセイはずっと苦しめられてきた。

 その悪夢が、ツバキに会った日からピタリと止んだ。


(もしかしたら、ツバキとなら人間らしく生きられるかもしれない)


 そんな希望がレンセイの胸に小さな花を咲かせた。


 ツバキが鬼と分かった後も、その花は枯れることはなかった。

 異世界に飛ばされた後も、鬼達に守られながら眠るツバキの顔を見る度に、その花は大きくなっていった。満開の、椿の花だ。

 鬼達がゴブリン達に囚われた娘達を喰っていると気付いた時、絶望という名の雨で、その花は音を立てて落ちていった。

 それでも、鬼達が転移を覚え、レンセイが検知できないところに逃げた時、一度落ちた花が一斉に芽吹きだした。


(会いたい。もう一度、ツバキに会いたい)


 そんな想いだけが募っていく。

 レンセイはゾウザと共に世界中を探し回った。

 そして、ツバキが目を覚ました瞬間、レンセイはツバキの居場所を察知した。まるで暗雲の隙間から差した光に導かれるように、レンセイは『鬼の里』を見つけ出した。


 その里は、レンセイが造った村とよく似ていた。

 追っ手から逃れ、死に物狂いで造った自分達の居場所。


(人を喰う鬼を野放しには出来ない)


(だが、闇雲に悪と決めつけ滅ぼすことが正しいことなのだろうか。あの者達は、かつての自分と何が違うというのだろう)


(共に生きる道は、無いのだろうか)


 様々な想いを巡らせながら、レンセイが里に向かって重たい足を動かしていた時、前触れもなく強大な『魔』が里を襲った。


 気が付けば、助けに入っていた。

 かつて殺そうとした少年と共闘し、その死に心が痛んだ。


 そして、転移した先でツバキを見付けた。


 凛とした美しい立ち姿に、守れなかった姫の姿が重なり、不覚にも涙が溢れそうになった。


(守りたい)


 そう思った矢先。

 レンセイの目の前で、ツバキは男に捕らえられた。


「ツバキィィィ!!」


 魂を引きちぎられるような衝撃がレンセイを襲う。

 ツバキの首を掴む男の姿が、姫を喰らう自分の姿に重なった。


(もう二度と死なせない)


 レンセイは愛刀を握りしめ、全身全霊で地を蹴った。



ブックマーク、評価、感想等、いつもありがとうございます!


今回は、レンセイの過去を見てみました。

次はナタの回です。


福岡では昨日から雪が降ってます。

ほとんど積もってないのですが、

滅多に降らないので、外に出るのが怖いです!

雪国の民、マジでリスペクト……!


ではでは。次回もお付き合いいただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ