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(番外編)鬼姫と侍 11 -目覚めー

「……ここは、何処じゃ……?」


 見知らぬ天井が目に入り、ぽつりとツバキは呟いた。

 ズキン、とこめかみが疼く。


(ああ。そうか……)


 自分は、赤子を喰ったのだ。


 赤子を喰い、そこをレンセイに見られた。レンセイは鬼狩りで、タロウマルや仲間を切った。止めてくれと、何度も頼んだのに。


(レンセイ殿……レンセイ殿……!)


 泣きたいのに、涙が零れない。視界に入った自分の手は、驚くほど細くなっていた。

 どれくらい寝ていたのだろうか。涙も出ぬほど、体が乾ききっている。

 老婆の様に肉の削げた今の自分を、レンセイは美しいと言ってくれるだろうか。


「え……ツバキ様……?」


 ガチャンと、何かが落ちる音がした。

 音のした方に目を向けると、目いっぱいに涙を浮かべた乳母のシノギクが見えた。どうやら茶の入った湯飲みを盆ごと落としたらしい。


「シノギク。世話をかけたようじゃの」

「……! ツバキ様。ツバキ様!」


 ガバッとシノギクの豊かな胸に抱きしめられた。

 とても暖かく、懐かしい匂いがした。



 それから後は大変だった。

 ツバキが目を覚ましたという知らせは瞬く間に里に広がり、我先にと鬼達がツバキの居る屋敷へと集まって来た。

 アマギにはシノギクごと抱きしめられ、そこに割って入る様にタロウマルが飛び込んできた。記憶にあるよりずっと大きくなった姿に驚きつつも、ワンワンと泣きじゃくるタロウマルの頭を撫でながら周囲を見回すと、皆も泣いているのが分かった。タチワラは何故か「姫様、申し訳ないことをいたしました」と言って土下座している。

 意味が分からず首を傾げていると、バタバタと足音が近づいて来た。


「ツバキ!!」


 はっ、と顔を上げると、息を切らせたナタが倒れ込む様にツバキの部屋に入り込み……


「このっ……馬鹿者!」 


 罵声と共にアマギやシノギクを跳ね飛ばし、ツバキをタロウマルごと抱きしめた。 


「お、叔父上!?」

「馬鹿者! 馬鹿者! 俺が、どれほど心配したと……!」


 いつも冷静沈着だったナタが、人目もはばからず取り乱している姿を見るのは初めてだった。腹の奥底から、じわっと熱い塊が込み上げてきた。


「……申し訳なくっ……!」


 思わず、言葉に詰まる。

 その代わりに、ポロリと涙が零れた。

 ツバキの涙を見て、里の者達も一斉に声を上げて泣き出した。


「皆、すまぬ……!」


 まだ何一つ現状把握が出来てはいなかったが、これだけは分かった。


 自分がどれほど皆に心配をかけたのか。

 そして、どれほど愛されているのかを。


 だから……


(レンセイ殿のことは、忘れる……! もう二度と、この者達を泣かせはせぬ!)


 大きくなった弟の頭と叔父の背中に腕を回しながら、ツバキは固く、固く、自分の胸に誓った。


 その夜は、目覚めたばかりのツバキの体調を気遣って宴は行われなかったが、里の者は笑顔で帰って行った。


 異世界に転移して四年。

 久しぶりに、鬼達の頭上に光が降り注いだ一日だった。



 それから、あっという間に十日ほどが過ぎた。

 この世界の水も空気も、驚くほどツバキの身体に馴染んだ。

 そのおかげか、ほとんど飲まず喰わずですっかり痩せ細ったツバキだったが、自力で歩き回れるまでに回復した。無意識だったとはいえ、『異世界転移』という大魔術を行使して枯渇した魔力が少しずつ溜まってきたのだろう。


 皆に赤子の様に甘やかされて過ごす間に、ツバキは自分が四年も眠り続けていたことや、ここが異世界であること、そして、ここが鬼狩りから『転移』で逃れて新たに造った里であることなどを知った。


「苦労をかけたな。良い里を造ってくれて、感謝する」


 そうツバキが声をかけて回ると、誰も彼もが涙を流して膝を突いた。

 この四年……特に最初の一年は辛い日々だっただろう。見知らぬ土地で鬼狩りに追われ、一人、また一人と消えていく恐怖に、よく耐えてくれたものだと目頭が熱くなる。里を巡れば巡るほど、あの日、廃寺に居た顔がずいぶん減っていることに気付かされた。

 なのに、皆、自分達のことよりもツバキの心配をしてくれている。

 里の者に会う度、泣きたくなる気持ちを必死で抑え込んで、ツバキは真っ直ぐに背筋を伸ばして微笑む。


(わらわは鬼姫。こんな時だからこそ、下を向いてはいかぬ……!)


 だけど、上は向かない。見上げると、どうしてもレンセイを思い出してしまうから。



「そろそろ、頃合いだな」


 夕餉の席で、不意にナタがそんな事を口にした。


 ちなみに、今日の夕餉は蒸かしたジャガイモと獣の肉を塩で炒めたものと、刻んだ葉の入った汁、そして川魚の塩焼きだ。こちらの食事は小麦やジャガイモという芋が主食らしく、調味料も塩や酢しかない。粟や米に慣れた鬼達はずっと苦心してきたそうだ。せめて味噌や醤油を造ることが出来ればマシになるのだが、とナタが眉間にシワを寄せていたのが印象的だった。


「何の話じゃ?」


 魚を突いていた箸を止め、ツバキが首を傾げた。

 共に夕餉を囲んでいた者達も箸を置いた。


「この地を治める大名……貴族にツバキを合わせる約束をしているのだ」

「何じゃと?」


 ナタの説明によると、この地は「シェード家」と呼ばれる貴族の土地なのだという。


 一年程前、シェード家の当主自らが千人ほどの軍隊と共に里を訪ねてきた。

 訪ねるというよりは、討伐しに来た、と言った方が正しいのだろう。

 どう見ても、鬼は魔物だからだ。

 しかし、この数年、急激に近隣の魔物の被害が減ったことに加え、ゴブリンやオーガの集落とは全く異なる『鬼の里』の様子を目の当たりにして、当主は明らかに討伐に二の足を踏んでいるようだった。


 里を囲む様に兵を配置しながら、一向に攻めてこない。

 玉砕覚悟で戦うことも考えたナタだったが、いまだに眠ったままのツバキを思うと、下手な争いは避けたかった。


 そこで、ナタは賭けにでた。


 たった一人、丸腰のまま敵陣に乗り込んだのだ。


 ナタは白装束に着替えると、敵の本陣の目の前に転移した。

 突然の鬼の登場にうろたえる騎士達を横目に、ナタはその場に膝を突き、ゆっくりと頭を下げた。


「我らは人と争う気はありませぬ。ここは、『鬼狩り』から逃れ、やっとの思いで手に入れた里。ここにいるのは、ほとんどが女子供でございます。我が首を差し出します故、どうか、見逃していただきたく存じまする」


 ナタは他の男の鬼に比べると細身で小柄な印象がある。

 しかし、明らかに強力な魔力の宿った一本角と端正な顔立ちに加え、スッと伸びた背筋と洗練された足運びはオーガというよりもエルフの戦士を連想させた。

 シェード家は文武両道で知られた辺境伯であり、質実剛健、清廉潔白、正々堂々をモットーとする一族だ。

 そのため、当主だけでなく一兵卒に至るまで、このナタの命懸けの行動に感銘を受けた。


 こうして鬼達は、「魔物からシェード家の領地を守り、人を襲わないこと」という条件で、シェード家の領地の一角に安寧の地を得たのだった。


 今では定期的に交流があり、物資などもずいぶん融通してもらっている。シェード家は鬼達のことを「魔物ではなく、角の生えた『人の種族』」と認識してくれたらしい。


「ここはシェード家から借りている土地だ。今、我らはシェード家の傘下に入ったことになっている。この里の長が主人に挨拶に行くのは当然だろう?」

「分かった。そうしよう」


 ナタの提案に、ツバキはニコリと笑って頷いた。


 翌朝。

 早めに起きたツバキ達は、朝餉をとった後、支度を済ませてシェード家の本宅へと旅立った。ツバキに同行するのは、ナタと侍女のタチワラ、護衛でありタチワラの夫であるユキの三人だけだ。タロウマルが「ワシも姉者と行く!」と駄々をこねたが、最近になって急に魔物達の動きが活発化したこともあり、里の警備のためにタロウマルやアマギは残すこととなったのだ。


「行ってくるわえ。良い子にしておるのじゃぞ? タロウマル」

「うん! ……って、ワシはもう十五じゃ! いつまでも子供扱いしないでくれ、姉者!」

「ふふ。タロウマルは本当に逞しくなりましたなぁ。よしよし」

「えへへ、そうじゃろう? 叔父上やアマギより背も高く……なんで笑うのじゃ、皆の者!」

「姫様が目を覚まして一番喜んだのはタロウマル様ですからねえ。良かったですね。大好きな姉様が元気になられて」

「うん! ……って、シノギク! 何を言うのじゃ!? 皆にまた笑われたではないか!」


 タロウマルの反応に、皆が声を上げて笑う。

 ツバキも目に涙を溜めながら、思い切り笑った。ひとしきり笑った後、ぷくっと不貞腐れたタロウマルの胸に顔を埋め、背中に回した手でポンポンと宥めた。また子供扱いしたことを怒られるかと思ったが、意外にもタロウマルはギュッとツバキを抱きしめ返してきた。


「姉者……話があるのじゃ……ワシは」

「そろそろ行くぞ! タロウマル、話は後にせい」


 タロウマルの言葉を遮る様に、ナタがツバキをタロウマルから引き剥がした。ツバキは困った様に一度肩をすくめたが、タロウマルに手を振って背を向けた。


「あ……」

「帰ったら、たっぷり話を聞いてやろう。なんなら、今宵は一緒に寝るかえ?」

「うん! 一緒寝る! ……あ」

「ふふふふ! では、行ってくるのじゃ」


 またも周囲から笑われて顔を真っ赤にするタロウマルに手を振りながら、ツバキ達は転移した。


(そうじゃ、土産を沢山買って帰ろう)


 目が覚めて喜んだのはタロウマルだけではない。この世界に来る直前、タロウマルはレンセイによって腕を切られていた。その弟が五体満足な姿でツバキに抱き着いてきた時、ツバキは心から喜びをかみしめたのだ。

 鬼子のためか、七尺を超すほど大きくなったが、中身はあまり変わらない。


「美味い柿などあるかのう?」

「どうかな。タロウマルの好物だったな」


 子供扱いするな、と言いつつ甘えてくる可愛い弟の顔を思い出しながら、ツバキは初めての街に胸を躍らせていた。


 ……まさか、あれが弟との最期になるとも知らずに。


ブックマーク、評価、感想等、いつもありがとうございます。


ようやくツバキが目を覚ましました。おはようございます。

今回は、暗い話の多い『鬼姫と侍』編で唯一明るい回でした。


ナタが丸腰で乗り込むシーン……初めはふんどし一丁にしようとしていたんですが(笑)、

かえってオーガと区別がつかなくなると思って、白装束にしました。

それに、ナタ様のイメージに合わないし……

これがレンセイだったら、自信満々、堂々とふんどし姿にひん剥いたんですけど!(笑)


ではでは。

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