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(番外編)鬼姫と侍 6 -奪われる者ー

 当時、ナタには許婚がいた。

 重臣の一人娘で、キクコという名の可愛らしい乙女だった。母の身分が低く、他の兄弟と違い後ろ盾のないナタの将来を心配した父が選んだ相手だった。むろん、ナタに不満はない。


 祝言(しゅうげん)を一月後に控えたある日。

 本家に出向いていた父が、謀反を起こし処刑されたと知らせが入った。


 父が謀反を起こすなど有り得ない。


 兄弟達はいきり立った。

 当然、ナオユキも憤慨した。父はただ、元服したばかりのナオユキの息子を本家の殿に紹介するために出向いただけなのだ。忠義に厚い父が、幼い息子共々、謂れ無い罪に問われ死んだ。あまりと言えば、あまりの仕打ちだった。

 そればかりか、ナオユキたちのいる領地に本家から軍勢が押し寄せてきたのだ。


 本家に使者を送り誤解を解くべきだ、人質を差し出し助命懇願すべきだ、等々、兄弟や家臣が騒ぐ中、ナタは高台から冴えた頭で軍勢を見下ろしていた。


(無駄だ。我々は嵌められたのだ)


 父や兄の影として忍びの様な働きをしていたナタには、今回の件が本家と将軍家の争いに巻き込まれただけだと分かっていた。

 本家は力を付け過ぎた。

 それを良しとしない幕府が潰しにかかっているのだ。おそらく、本家に「謀反の疑いあり」と何癖をつけたのだろう。そこで本家は父を身代わりにしたのだ。謀反人はこの手で始末した故、見逃せと。

 父は忠臣で、武将としても名高い男だった。その名高さ故に、恰好の身代わりであったのだろう。

 汚いやり方だが、本家としても苦渋の決断であったに違いない。


(だからと言って、同情する気も許す気もないが)


 敵軍は目前に迫っている。

 領地の女子供、百姓どもは既に逃がしている。

 山城に残っているのは、武士と一部の女だけだ。許婚のキクコも残っている。何度も説得したが、「私は武家の娘です。ナタ様の妻として、最後まで戦いまする」と、頑として聞かなかった。父が死んだ今、ナタにとって家族と呼べる者はナオユキとキクコだけだ。


(俺が守る)


 その夜、ナタは配下の忍びを引き連れ、夜陰に乗じて敵の本陣を襲った。

 敵は油断をしていたのか、面白いようにナタの鉈の餌食になっていく。今回の軍勢を追い返したとしても、父の一族がこのままこの土地に暮らすが出来ない事は分かっていたが、今を凌がねば落ち延びて再起を図ることも出来ない。


 我武者羅に鉈を振るい、いくらか致命傷を受けながら、それでもナタは進んだ。仲間も、ほとんどが死んだ。


 そうして、ようやく敵の大将を見付けた。


 父の形見である鉈を振り上げた、その時。


 空に、穴が開いた。


 軍勢も、山城も、全てをのみ込むほどの大きな穴が、夜空に波紋の様に広がり、消えた。


 穴が開いていた時間は、ほんの一瞬だったろう。

 しかし、その一瞬で全てが変わった。


 体の中で龍が暴れるような激痛に、ナタは悲鳴を上げた。

 周りでは、次々に人が死んでいく。

 煙の様に消えた者もいれば、のた打ち回った末に息絶えた者もいる。あるいは、異形となった者に食い殺される者もいた。


(俺は……死なぬ!!)


 ナタが正気を保てたのは、元々魔力容量が高い肉体だったことに加え、偶然にも近くにいた者の振り回した刀が角に当たったからだろう。鬼となったナタは、傷が癒え、力が溢れ、気分が高揚していることを自覚した。


 ナタは笑いながら、敵も、異形の者も喰らいまくった。

 殺して、喰って、喰って、殺して。


 気が付くと、ナタは山城に戻っていた。

 城の中は、惨憺たる状況だった。一目で、敵陣で起こった事と同じ事が、ここでも起きたのだと分かった。燃え盛る炎の中、累々と横たわる死屍を抜け、ナタが向かったのはキクコが居るはずの部屋だった。


(キク……!)


 無事でいてくれ、と祈りながら障子を開けた。


 そこで見たのは、可憐な乙女を喰らう、かつて異母弟だった者の姿だった。その男は以前からナタを恨んでいた。キクコとの祝言が決まった時も、真っ先に反対したのがこの男だった。

 その男の腕の中で、キクコは目を開いたまま事切れている。

 ナタだけに見せるはずだった柔肌は喰い荒らされ、赤い肉が花びらの様に散っている。


 ナタの中で、何かが音を立てて崩れていく。


 ナタは鉈を振り上げ、鬼となった異母弟を一太刀で葬った。

 火は既に、城全体を覆っている。

 ナタはキクコの遺体の側に膝を突くと、愛おしそうに頬を撫で、瞼を下ろし、唇を重ね……愛し合う様に、その体を貪り喰った。


 ◇◇◇◇


 兄弟で生き残ったのは、ナオユキとナタだけだった。

 その他は、アマギやシノギクといった十人程の家臣が残っただけだ。焼野原には、もっと沢山のモノが蠢いていたが、全て正気を失っていた。それらを全て倒し、追っ手を逃れるため『悪鬼丸』と名を変えたナオユキ達一行は、安寧の地を求め流浪の旅に出た。


 そうして三十年の歳月が過ぎた。

 永い旅の間に、正気を失い始末せねばならなくなった仲間もいた。あるいは、立ち寄った土地で生きる理由を見付け、別れた者もいた。


 八匹となった悪鬼丸達は、ある時、朝廷から認められた『鬼の里』の話を耳にした。


 疲れ果てていた悪鬼丸達は、そこに一縷の望みを託した。自分達を受け入れてくれるのではないかと。


 そしてその里で、ナタはツバキの母ボタンと出会う。


 ◇◇◇◇


 ボタンは、皇族の父と将軍家の母を持つ由緒正しき姫だった。


 当時の日本は戦が絶えず、各地で人の『負の感情』が堆く積もっていた。そんなところには、異界の穴が開きやすい。ボタンが鬼となった原因も、小さな穴が身近で開いたせいだった。ボタンの周りにいたほとんどの者が『魔』の侵略に体が耐えきれずに死んだが、奇跡的にボタンは魔力容量が高く生き延びた。しかし、額に角が生え、人肉を好む姫を人目の多いところに住まわすわけにはいかず、ボタンの父は山奥に里を造ったのだった。


 里には、ボタンと同じく鬼となった数名の家臣の他、ボタンの世話をするために、侍女や武士、農民など、百人近い者達が派遣されていた。定期的に運び込まれる『餌』のおかげで、ボタンたちは狂う事無く生きることが出来た。

 ボタンの鬼の里は、人を食べること以外は普通の人の暮らしをしているようだった。


 ナタは偵察のために一人で里に忍び込み、ボタンと出会った。

 お互い、一目惚れである。

 憎き将軍家の娘であったが、自分達と同じく鬼となった哀れな少女にナタは憐憫の情を抱いた。

 ボタンも、実家のせいで家が滅ぼされ、流浪の旅をすることとなった悪鬼丸達を憐れみ、こっそり里に受け入れてくれた。


 しばらくは平穏な日々が続いた。


 ナタはボタンと愛を育み、いつか夫婦となるはずだった。


 ……しかし、ボタンが選んだのは、ナタではなくナオユキだった。


 ボタンは当初、ナタの麗しい見た目と知性に惚れていた。しかし、永く付き合う間に、次第にナタの心の内にある狂気に気付くようになった。

 食欲をコントロールでき、人としての知性と理性を保っているとはいえ、鬼は魔物だ。

 幼い頃から、人の上に立つ者として己を律してきたボタンやナオユキ、あるいは武士としてストイックに鍛錬を積み重ねてきたアマギなどと異なり、ナタは山中で獣と共に育った少年だった。うまく隠していても奥深くから滲み出る魔性が、ボタンは恐ろしかったのだ。


 ボタンはナタの手から逃れるように、ナオユキを頼った。

 ナオユキは父に似て豪胆で優しい男だ。そして、ナタ達の頭領である。ナタとナオユキ、どちらがボタンに相応しいか、比べるまでも無かった。


 祝言を上げる二人を笑顔で見つめながら、ナタの心には冷たい雨が降り注いでいた。


 祝言から一年後、ボタンとナオユキの間にツバキが産まれた。

 鬼と鬼から生まれたツバキは、生まれながらに強い魔力を持った鬼子であった。

 よくよく触らなければ分からぬほどの小さな角だったことと、人肉を好まないことも幸いし、ボタンの両親は娘に似て愛らしいツバキを可愛がり、時折ツバキを屋敷へと呼び寄せることがあった。


 大規模な『鬼狩り』があったのも、そんな時だった。

 鬼狩りを指示したのは、ボタンの実家である将軍家だった。今はボタンの弟が家督を継いでいる。弟にしてみれば、化け物が姉などと、家の恥でしかなかったのだ。


 思えば、珍しくボタンと生まれたばかりのタロウマルにも声がかかった時点でおかしいと思うべきであった。

 『鬼の里』に火がかけられ、千人規模の軍勢が山を取り囲み、鬼も人も関係なく襲われた。ナタはナオユキが指揮を執って軍勢を蹴散らしている間に、隠し里へと動ける者を誘導した後、兄達が戦う戦場へと舞い戻った。


 そこで、ほんの一時、ナタは兄と二人だけになった。

 仲間達は別の場所で戦っている。

 兄はナタに背中を任せ、敵に刀を振るっている。


 父とよく似た、無防備な背中。

 自分から、愛する人を奪った背中。


 ぞわり、と、ナタの中で何かが蠢いた。


 兄の刀が敵の兜に当たり、折れた。


「兄上!」


 思わず叫んだ。

 自分が相手にしていた敵に背を向け、背後から槍で突かれながらも、ナタは兄の元へ駆け寄り鉈を振り上げた。


 そして、万感の思いを込めて振り下ろした鉈で……兄の首を討った。


ブックマーク、感想、評価等、ありがとうございます!


今回も、日本昔話が続いております。

番外編じゃなくてスピンオフで別作品にすればよかったと後悔中です(笑)

いつか、もっとじっくりナタ氏の人生を書きたいものです。


ではでは!

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