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(番外編)鬼姫と侍 5 -大義名分ー

「姫様。いい加減に泣き止んでくださいませ」


 赤く染まった紅葉がヒラリと舞い、さめざめと泣くツバキの髪に落ちた。

 その紅葉を拾い上げながら、乳母のシノギクが涙目で懇願する。

 シノギクはアマギの妻であり、幼くして母を亡くしたツバキとタロウマルにとっては実の母に等しい存在だ。

 十日ほど前、屋敷を抜け出したツバキが町人風の美丈夫と逢引きしているところを目撃してしまい、シノギクは大混乱に陥った。ツバキは『鬼の里』の頭領であり、由緒正しき血筋の姫である。どこぞの馬の骨にくれてやる訳にはいかないが、年相応の娘らしく顔を赤らめて微笑むツバキを見ていると、母としては邪魔をするのがためらわれた。……それが良くなかった。

 ツバキは男に引き寄せられたかと思うと、突然男を突き放し、逃げ出した。

 ああ、鬼であることがバレたのだ、とシノギクにはすぐに分かった。

 赤子の時によくしてやった様に、泣きじゃくるツバキを胸に抱いて子守唄を歌ってやると一時的に落ち着くのだが、歌を止めるとツバキはまた泣き出してしまう。

 なまじ体力のある鬼だけに、ほぼ飲まず食わずのまま、この状態が続いている。


「姫様。後生ですから、血だけでも啜ってくださいませ」

「……いらぬ」


 薄暗い部屋で臥せったままのツバキを前に、アマギとシノギクが夫婦揃ってため息をついた。

 先日の、タロウマルが生きた人間を喰った事件よりも性質が悪い。食欲をコントロールできる鬼と普通の人間が夫婦になることは珍しいことではない。この里にも人間は沢山いる。しかし、ツバキの立場上、名門の公家や武家ならともかく、その辺の男に嫁ぐなど許されない事だった。

 ツバキも分かっているのだろう。

 だからこそ、泣くことしかできないのだ。


「姫様」

「くどいっ!」


 十日ぶりに、ツバキが顔を上げた。

 痛々しいほどやつれた姿に、アマギとシノギクはハッと目を見張る。二人にとってツバキは主であると同時に娘のような存在でもある。その娘のあまりにも悲痛な様子に、ぎゅっと心の臓を掴まれた気分になった。


「のう、アマギ、シノギク。どうしてわらわは鬼なのじゃ?」

「「!?」」

「鬼は……嫌じゃ。わらわは人に生まれたかった。のう、わらわが何をした? 人も何年も喰っておらぬ。血すら飲んでおらぬのに、どうして人にはなれぬのじゃ? アマギ。そなたは賢いのじゃろう? どうすれば人になれる? 教えてたもれ。教えて……たもれ……!」


 鬼の里の頭領として言ってはならぬことだと、頭の中では分かっている。

 両親が死んだときも、弟が人を殺した時も我慢した。

 鬼に生まれたのだから仕方がない。鬼たちを守るために自分は鬼として生まれてきたのだと、何度も何度も言い聞かせてきた。

 だが、今度ばかりはどうしても自分の心を宥めることができない。目を閉じるたび、風を感じるたび、胸が鼓動を打つたび、レンセイへの想いが胸を締め付けるのだ。


「……姫様」


 アマギが何か言いかけた時、バタバタと廊下を走る音が近づいてきた。

 勢いよくタチワラが走り込み、倒れるように膝を突いた。


「恐れながら申し上げます!」

「何事だ! 無礼であるぞ!?」


 アマギの叱責に、タチワラがビクッと肩を震わせる。腕が立つとはいえ、タチワラはただの侍女だ。自然に土下座の体勢になる。


「申し訳なく存じまする! ですがっ」

「姫様の御前だ。話は俺が聞こう」

「ナタ様……!」


 いつの間にか、ナタが部屋の前に立っていた。紅葉を背にスラリと立つ姿がやけに絵になる。夫のいるタチワラやシノギクでさえ、一瞬見惚れる男ぶりだ。


「アマギ殿。タチワラを連れて行くが、良いか?」

「かたじけない。姫様がこの状態だ。そうしていただけると助かりまする」

「タチワラも良いか?」

「はっ」


 ナタはツバキに一礼すると、タチワラを伴い庭へと降りた。

 ツバキは泣き顔を隠す様に衣を被り、再び伏せてしまっていた。


 ◇◇◇◇


「何? 姫をたぶらかした男が『鬼狩り』だと?」

「はい」


 タチワラからの報告に、ナタは形のよい眉をひそめた。


「確かか?」

「はい。最初に町で見た時も、ここ数日見張っていた間も、刀を持っていなかったので旅の商人かと思うておりましたが、今朝方、鬼の一人がこの男に殺されたのでございます」

「何だと? 誰じゃ」

「コスケでございます。犬を喰らっていたところを後ろから一太刀で切られたとのことです。若く、力も弱い鬼子でしたが、ただの人に殺されるほど柔い体ではありませぬ」

「……刀を持っていなかったと言わなかったか?」

「はい。目撃者の話では突然体の中から取り出したのだそうです。私も見間違いではないかと思うたのですが、ヌイの言う事なので信憑性はあるかと」

「そうか」


 ヌイはナタの直属の部下で、以前『鬼狩り』の話を持ってきた忍びだ。あれからずっと『鬼狩り』の調査をしていたヌイの話であれば、真実なのであろう。


「そやつは今どうしておる」

「ヌイが今も見張っております」

「そうか……」


 ナタは深くため息を吐いた。

 ツバキの前で話を聞かなくて良かったと胸を撫でおろす。しかし同時に、ツバキに聞かせれば良かったとも思う。相手が『鬼狩り』だと知れば、いくら頭の中が花畑のツバキでも、現実を見て諦めるだろう。

 正直なところ、他の男に心を奪われたツバキを見るのは不快であった。とはいえ、理由も無く男を殺すわけにもいかず歯痒い想いをしていたのだが、相手が『鬼狩り』であれば遠慮はいらぬ。むしろ好都合だ。


「では、姫に気付かれる前に始末するしかないな」

「はい」


 大義名分ができた、とナタはほくそ笑んだ。


 ◇◇◇◇


 幼い頃、ナタには名がなかった。


 ナタの父は、とある守護大名の分家の頭領であった。

 ある時、山へ狩りに行った際に部下とはぐれ、道に迷い、みすぼらしいマタギの家に世話になった。そこに一人で留守番をしていたのがナタの母である。

 ナタの母はマタギの娘にしておくのが惜しまれるほど、美しい女だった。突然の来客に困惑しながらも、せっせと甲斐甲斐しく世話を焼く姿に惚れ、ナタの父は母と愛し合った。屋敷に連れて帰ろうとするも、母が「山に残る」と泣きじゃくったため、父は諦めて山を下りた。

 父は早々に、一夜を共にしただけの女のことなど記憶から消し去っていた。


 それから十年が過ぎた頃、父はふと、あの時の女のことを思い出し、家来を連れてマタギの家を訪ねた。

 そこには、痩せ細った少年が一人で住んでいた。

 祖父と母が相次いで亡くなり、この二年ほどたった一人で生きてきたのだという。

 名を尋ねると、少年は俯いたまま「ない」とだけ答えた。「では父はどうした」と尋ねると、「知らぬ」と言う。そうか、と父が帰ろうとした時、少年はパッと顔を上げ、父の袖を掴んだ。驚いて振り返った父に、少年は一振りの鉈を見せた。それはかつて「食うに困ることがあれば、これを持って屋敷を訪ねるように」と、愛した女へ贈ったものだった。


「おっ(とう)のだ。大事にしろと、言われた」


 そう言って、何かを期待するような目で見上げる少年の顔は、あの女に瓜二つであった。

 父は少年を憐み、屋敷へと連れ帰った。

 道すがら、父は少年のことを「鉈の小僧」と呼んだ。それから少年は「ナタ」と呼ばれるようになり、それがいつしか名になった。


 父はナタを可愛がった。

 公に正室の子らと同列に扱うことはなかったものの、自分と同じところにホクロがあるのを見つけてからは、親としての情が湧き、何かにつけて足を運びナタの面倒をみた。

 そんな父に付いて、年の離れた弟を溺愛したのがナオユキ……後の悪鬼丸である。

 正室に言わせれば「どこぞの馬の骨」でしかないナタであったが、類まれな美貌に加え、右に出る者がいないほど鉈の扱いに長け、一度読んだだけであらゆる書物を諳んじることが出来る知性で、ナタはめきめきと頭角を現していった。


 ナオユキ以外の兄弟からは憎まれ、理不尽ないじめにあうこともあったが、ナタは「将来は父と兄を支えて生きよう」と心に誓い、逞しい若武者へと成長していった。


 父に引き取られて十五年が過ぎた春。

 本家の裏切りにより、ナタの運命が一変する。


ブックマーク、感想、評価等、いつもありがとうございます!


姫様、泣いてばかりでござる(笑)


「鬼姫と侍」編は、ツバキとレンセイ、そしてナタの話になります。

次回もナタの生い立ちが続きます。

レンセイはガタイの良い美形ですが、ナタは色気のある細マッチョです。

ビバ☆細マッチョ!


最後までお付き合い頂けると幸いです。ではでは。


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