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60. 良い人生でした

 『異界の扉』がこの世界から消えて1年後。

 サラは二度目の結婚式を迎えていた。


 レダコート王国の大聖堂で、多くの仲間に見守られながらゆっくりとバージンロードを歩く。かつて一度だけ着せてもらったことがある、始まりの聖女マリエールのウェディングドレスが紅い絨毯に良く映える。

 その長い道のりを、父と歩く。

 この道の先に待つのは、黒地に紅い刺繍の入った衣装を纏うリュークだ。

 人間の結婚式には不慣れなためか、それとも大勢の前でフードを外しているせいなのか、リュークの瞳孔は縦に伸び、やや挙動不審だ。そんなリュークの様子にベールの下で笑いをこらえながら、サラはこの1年を思い返していた。


 サラが『聖女』の力を失ったことは瞬く間に広がり、大魔術師と勇者の死亡と共に世界中に衝撃を与えた。

 聖女でなくなったとはいえ、サラはレダコート王国の侯爵令嬢であり、魔法も拳も魔獣も使える冒険者だ。生活が大きく変わることはなかったが、大聖堂での勤めが免除され、サラは改めて武器屋で働きながら定期的に冒険に出るようになった。治癒魔法や聖魔法の性質が変わってしまったが、驚いたことに使える魔術が増えていた。どうやら、リーンが聖女の力を使えるようになったのと同じく、サラはリーンから魔術の才能を譲り受けたらしい。そのため、今でもSSランク冒険者として登録されたままでいる。


 世界中を巡り、冒険のついでに武器屋の支店で『S会』の商品をこっそり売り始めたところ、武器よりも人気が出てしまい、むさくるしい冒険者よりも子供や婦女子に人気の店に様変わりしつつある。「リュークはフード取った方が客が増える!」というサラの独断で、フードを取り、上級貴族の装いで店に立たせたところ、貴族のご婦人達からも依頼が来るようになった。たまにリュークに色目を使ってくるご婦人がいるが、そこは『元聖女』と『侯爵令嬢』と『大魔術師』の肩書を盾に、笑顔で払いのけている。……もっとも、その10倍ほどリュークが苦労をしているのだが、サラは気が付いていない。


 リュークと生活を共にしながら結婚式を1年待ったのは、リーンやカイト、ソフィアへの配慮からだ。

 特にリーンの死は、予想通り世界中の人々に多大なる衝撃を与えた。

 1カ月にわたりエルジア王国で執り行われた葬儀には、世界中から数万人が弔問に訪れた。遺体がないため、リーンがエルジア王国でアルシノエのために植えた、樹齢1000年を超す杉の木をご神体とし、祀ることになった。杉の木言葉は「君のために生きる」だ。サラがそれを伝えると、アルシノエは喪主にもかからず幼子の様に号泣した。この木を見れば、リーンのアルシノエへの深い愛情をいつでも感じ取ることが出来るだろう。


 一方で、美しい姿のまま水晶の中で眠っているカイトとソフィアの遺体は、かつて二人が秘密の結婚式を挙げた廃墟となった教会の地下に納められることになった。カイトの養父であるサイオン卿は領地内の教会に納めると宣言したのだが、アラミスが命懸けで頼み込み、サラやユーティスなどの協力もあって実現したのだった。主人を守り切れなかったアラミスは、「せめて二人が一番幸せだった頃の思い出の場所に眠らせたい」と、水晶の前から離れなかったらしい。今は、廃教会を囲うように立派な大聖堂を建築中である。

 ソフィアは『魔王』の扉を閉じた功績が称えられ、死後に『聖女』として認定された。幸せそうに抱き合ったまま、美しい姿で眠る『勇者』と『聖女』の亡骸を一目見ようと、廃教会には世界中から巡礼者が後を絶たないのだそうだ。

 廃教会しかなかったこの土地も、近い将来、大きな街として発展していくことだろう。


 両親を失ったヒューは、サイオン侯爵家で大事に育てられている。サラやユーティス一家も時々様子を見に行っているが、健やかに成長している様子であった。


 ノリアは、3歳の誕生日以降の記憶を失っていた。そのため、同年代の子供と比べて知能の遅れが見られたが、元々スペックの高い少女だ。すぐに取り戻せるだろう。今度こそ、カナではなく、ノリアとしての人生を歩んで欲しい。


 メリルは、最近よく笑うようになった。ティルトやヒュー、ノイリスといった貴公子達があれやこれやと理由を付けて遊びに来るため、臥せっている暇がないのだそうだ。いつか冒険に出かける日のため、サラが魔術や剣術を教えている最中である。

 今日の結婚式にも、可愛らしい緑色のフリルワンピースを着て出席してくれている。キラキラと輝くその笑顔に、どれ程の少年達が心を騒めかせていることだろう。将来が楽しみだ。


「サラ。またお前の旅立ちを見届けることになるとは……寂しいな」


 不意に、腕を組んで歩く父からそんな言葉を投げかけられた。足は止めず、視線を上にあげてサラは父に微笑んだ。


「お父様。今度は王都に住んでいますから、いつでも会えますよ?」


 サラは実家に近い一等地に、店舗と工場(『S会』商品の製造)を兼ねた大豪邸を与えられていた。ゴルドだけでなく、ノーリス王やエドワードが出資してくれたのだ。その際、エドワードは「サラ様が再婚することがあったら、これを渡して欲しいとロイに頼まれていたんだよ」といって、大量の金貨が入った箱をいくつも渡してくれた。おそらく、日本円にしたら億を超える金額だろう。こんなに受け取れない、とサラが言うと、エドワードは蕩ける様な笑顔で「ロイがサラ様のために貯めたヘソクリなんだから、ちゃんと使ってあげて。それに、私達にもいくらか残してくれたんだよ、あの子は。だから、うちの事は気にしないで……あ、将来、ビトレール家に何かあったら助けてくれるかい?」とウィンクしてくれた。当たり前です、とサラは答えた。今でも、そして永遠に、ビトレール家はサラの大事な家族なのだから。


「お父様。皆が注目していますから、泣いちゃ駄目ですよ?」

「うるさい。……ロイを失った時、お前の心も死んでしまうのではないかと、本当に不安だったのだ。それがこうして、可愛い笑顔を見せてくれている。リュークには感謝しかない」

「リーンにもね」

「ああ」


 祭壇で待つリュークまで数歩の所まで来て、ゴルドは足を止めた。

 サラが腕を離すと、ゴルドは力強くサラを抱きしめた。花婿の目前での熱い抱擁に、会場がザワッと騒めく。


「お、お父様!?」

「シズに……! フィナに……! 見せてやりたかった!」

「!」

「幸せに、なってくれ。サラ……マシロ……!」

「……はい、お父さん!」


 ステンドグラスから零れる光の中。

 沢山の愛に見守られながら、サラはリュークと夫婦となった。


 ◇◇◇◇


 庭に植えた桜が、ヒラヒラと舞っている。

 サラの髪の色とよく似た花びらが一つ、窓を越えてサラの皺くちゃの手のひらに舞い降りた。


 気持ちのいい、うららかな日だ。


 サラはリュークと結婚し、四人の母となった。

 子供達は健やかに成長し、今ではひ孫までいる。


 長男はドラゴン族の血が強く、リュークよりもジークに似た性格に育った。ドラゴンと鬼の血が混じった腕力、サラ譲りの魔力もあって、成人前にSSランクに到達した。曲がったことの嫌いな豪快な性格だが、考えることが苦手な彼をサポートするため、シグレとアマネの娘が一緒に冒険に出るうちに愛が芽生え、今では子沢山の家庭を築いている。


 長女はヒューに嫁いだ。

 ノリアは独り身を貫き、ヒューとは結婚しなかった。あの後、魔法が使える様になったノリアは、カナが書いた日記を見つけてしまったのだ。自分のせいで不幸になった人達やヒューを想い、巫女として神殿に入り、世のため人のために力を尽くす人生を送った。彼女と一緒になりたいという男性も多かったが(もちろんヒューも)、ノリアは自分が許せないまま、その短い生涯を閉じた。

 サラに悔いがあるとすれば、ノリアの心を救ってやれなかったことだろう。


 次男は、ランヒルドとマールの娘とつがいになった。

 子供はまだ居ないが、永い人生を送る彼らの事だ。焦ることはないだろう。


 二女は……なんとゾルターンに嫁いだ。小さい頃からの憧れだったらしく、成人すると同時に家を飛び出し、側室にして欲しいと直談判したのだ。目を丸くするゾルターンだったが、サラの娘ならば大歓迎だ、と国中がお祭り騒ぎになったそうだ。サラによく似た風貌と人懐っこい性格で、正妻からも可愛がられているらしい。


 パルマは数年前にこの世を去った。

 セレナの念願だった扉が閉じ、もうレダスとして転生することはないかもしれないと言っていたが、そこは神のみぞ知る、というやつである。

 死期を悟った時、サラと陽だまりの中で寝転がり、手を繋いだ。若かった、あの時のように。

 パルマはサラの良き友人として、穏やかな、陽だまりの様な愛で常に見守ってくれた。

 ユーティスの燃える様な愛でも、ロイの縋る様な愛でも、リーンの包み込む様な愛でもなく、気が付けばいつもそばにあった、優しい愛だった。


 パルマの息子のティルトは、メリルと結婚した。バージンロードの先で見つめ合う二人の姿に自分とパルマを重ね合わせ、サラはじんわりと胸が熱くなったことを今でも覚えている。


 パルマの死後間もなく、ユーティスやティアナも家族や国民に惜しまれながら永眠した。彼らが王や王妃として世界に与えた功績は、あまりにも大きかった。


 ゴルドやアイザック、それにシグレも既に他界している。

 シグレとアマネの子供達は、サラの長男に嫁いだ娘以外はアイザックの子供達(シェード家)に仕えている。皆、賢くていい子ばかりだ。父親と母親の良いところを引き継いだのだろう。……良かった。


 『紅の鹿』も、あの頃のメンバーはライラだけになった。

 何度も一緒に冒険して、家族の様なパーティだった。ライラは、今は新米冒険者を教育する仕事をしているらしい。今でも独身だが、まだ300年も生きていない若いエルフだ。これからいくらでも出会いはあるだろう。


「サラ。寒くないか? 窓を閉めようか」


 サラが昔を思い返していると、温かい紅茶と共にリュークが部屋に入って来た。


「ううん。とても、気持ちがいいの。……いい天気ね」

「ああ。……とても綺麗だ」

「うん。桜、綺麗ね」

「ん? 俺はサラが綺麗だと言ったのだが……」


 リュークは、初めて会った頃と何も変わらない。若々しい、逞しい青年の姿のままだ。一方でサラは、90歳になっていた。しわくちゃのお婆ちゃんだ。それでも「綺麗だ」と言ってくれるリュークが愛おしい。


「ありがとう、リューク。私、リュークと出会えて良かった」

「ああ。俺もだ。俺は、お前と出会うまで一人だった。だが、今では沢山の子供や仲間がいる。昔は『寂しい』という気持ちが分からなかったが、今なら分かる。皆が居ないのは、寂しい」

「……リューク。皆を見守ってあげてね」

「……ああ」

「リューク。もうすぐ、あなたを置いて私は逝かなくちゃいけない。……ごめんなさいね」

「! ……仕方のないことだ。人の命は、短い」

「うん」

「だから、俺は待つ」

「……?」

「お前が生まれ変わるのを、何度でも待つ。何度生まれ変わっても、必ず見つける。会いに行く。だから、心配するな」

「……うん……! 約束……約束だよ?」


 ―――こうして、沢山の仲間と愛する家族に見守られ、サラは90年の生涯を閉じた。


 リュークは、サラが死んだあと、眠りについた。だが、きっと数年で起きて、子供や孫、子孫の行く末を見守っていくのだろう。



 ―――良い人生だった。


 色々な事があったけれど、どれも素敵な想い出だ。


 またね、皆。愛してる。


ブックマーク、評価、感想等、いつもありがとうございます!

励みになってます!


いやー。ついにここまで来ました!

次話で最終回です。

皆様、永い間お付き合いありがとうございました……って、まだ終わってませんよ!

次回もご覧いただけると幸いです。

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