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49. バイバイ、愛してる

『魔王』と『勇者』が消えた。


「カイト! ソフィアア!」


 気を失っているヒューを抱きしめながら、サラは絶叫した。

 二人が何をしたのか分かってしまった。そして、どうなってしまったのかも。


 ヒューの中の扉は閉じた。


 扉の先が何処へ繋がっているのかは分からない。

 だが、例え何処に繋がっていようとも、あの二人が再びカイトとソフィアとして、このダンジョンの何処かに横たわっている肉体に戻ることはないだろう。


 それはカイトとソフィアの死を意味していた。


「カイト……ソフィア……!」


『ヒューをお願い』と言った二人の声は、とても清々しく、迷いが無かった。

 サラを信用していることが痛いほどに伝わって来た。


 無念だったと思う。

 愛する我が子に、もう二度と触れることが出来ないのだから。

 教えたいことも、伝えたいことも、一緒にやりたいことも、山のようにあっただろう。


 聖女であるサラから見ても、あの二人は特別な存在だった。

 『勇者』であるカイトはもちろん、『魔王』の片割れとして生きて、『勇者』の伴侶となり、『聖女』と何度も共感して、その全ての存在と魔力を共有させたソフィア。

 彼女はまさしく『もう一人の聖女』と呼ぶべき存在だった。


 そんな二人が、最期の最後に最愛の宝をサラに託した。だが。


「ごめん……! ごめんね、カイト、ソフィア……!」


 サラは、謝ることしか出来ない。

 扉を閉じるために扉の向こうへ渡ったソフィアの行為はまさに、サラがこれから『異界の扉』に対して行わなければならないことだった。

 もっと時間をかけて、聖女を犠牲にしなくてもすむ方法を探す予定だった。しかし、『その時』は誰も予想していなかったタイミングで訪れてしまった。

 ……サラには、ヒューを見守ることなどできない。


『サラ! サラ!』

「! リューク!?」


 突然のリュークの呼びかけに、サラはハッと顔を上げた。あまりにも想定外のことが一度に起こり過ぎて頭がパンクしていたが、ここがリュークの体内であることを思い出した。


「リューク! 怪我は大丈夫なの!?」

『大丈夫だ。魔王が消えたおかげで、サラの治癒魔法が良く効くようになった。天使族も外から治癒をかけてくれている』

「そう……! 良かった! 本当に良かった!」


 リュークの姿は見えないが、声には覇気があり命の危機を脱したことが伝わってくる。ソフィアとカイトの死の衝撃で心が潰れそうだったが、リュークを救えたことに少しだけ気持ちが立ち直った。


 サラはヒューの体を横抱きにして、立ち上がった。

 落ち込んでいる場合ではない。


 サラはヒューと共にソフィア達の亡骸の側に転移した。本来ダンジョン内で転移は出来ないのだが、テイムで繋がっているサラには可能らしい。

 ヒューを二人の近くに降ろして頭を一撫ですると、サラは気合を入れて立ち上がった。


「リューク! 『異界の扉』を閉じに行きたい!」

『分かった。このまま扉までサラを運んで、適当な場所で外に出す』

「リューク、飛べるの!? 無茶しないで」

『大丈夫だと言ったろう? それに、サラは飛べるのか?』

「うっ……飛べません」

『では決まりだな。安心しろ。魔王が消えたことで扉からの圧力がかなり減っている。それに、リーンとジョイスも一緒に飛んでくれるから、心強い』

「………うん!」


 サラは首を大きく縦に振った。顔が強張っているのが、リュークにバレていないことが救いだ。


 ……本当は、扉を閉めるのが怖い。


 向こうがどうなっているのかも分からない。

 きっと、サラはこの世界から消えてしまう。……ソフィア達のように。


「!!」


(怖い!)


 今から死ぬのだと気付いた瞬間、急に不安症の発作に襲われた。心拍数が跳ね上がる。言いようのない恐怖に胸が締め付けられ、見えない出口を探してキョロキョロと周りを見渡す。息が苦しい。外に出たい。新鮮な空気が吸いたい……!


 無我夢中でしゃがみ込み、ヒューの手を握りしめた。

 ヒューの小さな温もりと、聖女としての責任感が無ければ発狂していたかもしれない。

「はっ、はっ」と浅い呼吸を繰り返しながら、サラは症状が治まるのを待った。


『サラ。どうした。深く息を吸え』

「リューク……! うううっ……! やっぱり怖いっ! ちょっと待って! 出して! ここから出して!」

『サラ!? 落ち着け。大丈夫だ! 俺達が付いている』


 俺達が付いている。


 何度も何度も、リュークがサラに言ってくれた言葉。

 いつもなら、その言葉だけでサラは安心し、目の前の困難に立ち向かっていけただろう。

 だが、今回は違う。


 リューク達が付いてこられるのは、扉の手前までだ。

 それ以上進めば、皆死んでしまう。


 死ぬのは、私だけでいい。


 リュークに一緒にいて欲しいけど。

 大好きだからこそ、付いてきて欲しくない。


 リュークには生きていて欲しい。


「リューク……! 貴方の顔が見たい! そしたら、ちょっと落ち着くから……!」

『分かった。ヒュー達は安全が確保できるまでここに入れておくが、良いな?』

「うん!」


 サラが了承すると、一瞬で場面が代わり、サラは龍化したままのリュークの掌の上にいた。


「サラちゃん!」

「サラ様!」


 サラの気配に気付き、リーンとジョイスが近づいてくるのが見えた。親しい顔を前に、サラの心は幾分落ち着いた。外に出られたことで閉塞感が無くなり、呼吸も楽になる。


「リューク」

「落ち着いたか? サラ」

「うん。少し」


 『異界の扉』は、すぐ目の前に迫っていた。周囲では、一体一体が魔王クラスの魔物達が古代龍や天使族達と戦っている。


 深く息を吸って、サラはパアンと両頬を打った。


 よく見ると、リュークはまだあちこちウロコが剥がれ、血が流れている。

 サラは何も言わずにリュークの指にしがみついた。


 全部、良くなって欲しい。

 どうか、私が居なくなった後も、この人を癒して欲しい。


 ありったけの想いを籠めて治癒魔法をかける。


「サラ。ありがとう。ヒュー達はリーンに預けて、このまま突入するぞ」

「駄目だよ、リュークは外で待っていて」

「? 何を言っているんだ。約束したろう?」

「約束?」

「お前を守ると。ずっと一緒だ」

「!」


 それはいつだったか。

 シズを失った時だったか、自分の選択に自信が持てず不安に押しつぶされそうになった時だったか。

 幼いサラと交わした約束を、リュークは忘れずにいてくれている。

 死ぬと分かっている状況でも、当たり前のように約束を守ろうとしてくれている。


(それだけで、充分だよ)


 サラは笑った。


 そして、リュークの指から手を離し、生まれて初めてテイマーとして従魔に命令する。「お願い」ではなく、強い意志を持った「命令」だ。


「リューク。中に入ることは許しません。……バイバイ。愛してる」

「!! サラッ! 駄目だ! サラ!」


 サラからの命令で身体が強張るリュークに笑顔で手を振って、サラは転移した。


『異界の扉』の向こう側へと。


ブックマーク、評価、感想等、ありがとうございます!

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さて、更新が遅くなって申し訳ありません!

ちょっと体調が悪くて……と言うより、体調崩した後の精神的な不安からの不安症の発作がきつくて凹んでました。サラちゃんと一緒です(笑)

あ、体調は一時的なものなのでご心配なく!


不安症とかパニック障害とかって見た目では分からないので理解されにくいのですが、私の場合は閉鎖空間で起こる事が多いです。MRIとか飛行機とか。人間魚雷とか、生きたまま棺桶に入れられて埋められる姿を想像しちゃうんですよね。今週は普通に家で起こったので凹みましたけど。

ちょっと前に、「高所とか閉所とか、ゴキ〇リとか蛇とか、不安の対象は人それぞれ」みたいな記事を読んだ時、「Gくらいで大げさだなあ。気持ち悪いし、大嫌いだけど、そこまで騒ぐことなくない?」って思っていた過去の自分にパンチしました。笑ったり、呆れたりしちゃ駄目なんだなって反省しました。


今回のサラちゃんの場合は、「明確な死」を想像したことによる発作です。

頑張れ! サラちゃん!


次回はエダム氏の回です。ではでは。

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