48. 幸せの答え合わせ
気を失った息子を抱きしめて、カイトが寂しそうに笑った。
ヒューの心の中に直接入られたことで、『勇者』の力をカイトは回収することが出来た。
この力は、小さなヒューには……いや、誰にとっても負担が重すぎる。
カイトは光の精霊達を集め、ヒューを包み込んだ。
ヒューは、光の水晶の中でキラキラと輝いている。
「カイト。ヒュー、可愛いわね」
「うん。ソフィアと僕の子供だもん。世界一、可愛いよ」
「もっと、見ていたかったわ」
「うん。そうだね」
「ちゃんと、いい子に育つわよね?」
「大丈夫だよ。僕達の仲間が、見守ってくれる」
「うん」
真珠の様な涙をこぼしながら、ソフィアは扉に向かって片手を掲げた。そのソフィアを支えるように、カイトが後ろから腰に手を回す。
「この子に宿りし『魔』よ。お前は私が引き受ける。私が、『魔王』になる……!」
ソフィアの魔力が、想いの雨となって混沌の海に降り注ぐ。
かつて、誰もやっと事のない方法で、ソフィアは息子から『魔王』の権限を奪おうとしていた。
「ドレイン!!」
巨大な波が、二人に押し寄せる。
人間の負の感情を濃縮した様な『魔』が、ソフィアの中にグングンと吸い込まれていく。精神体でしかない今のソフィアが『魔』を取り込むなど、本来有り得ない。元々の力を回収しただけのカイトとは意味が違う。だが、ソフィアと繋がるカイトの『勇者』の力が奇跡を起こしていた。
「頑張れ、ソフィア! もう少しだ!」
「うっ……! あああああ!!」
重圧に耐えきれず、ソフィアが悲鳴を上げた。その細い身体をカイトの太い腕が抱きしめる。
「大丈夫。溢れた分は、僕が引き受ける」
「カイト……! カイト……!」
濁流がソフィアとカイトを包み、二人の姿が見えなくなった一瞬の後、パアン、という音と共に波が弾け、光が溢れた。
暗雲が、散っていく。
ヒューの中の全ての『魔』を呑み込んで、ソフィアとカイトは絵画の様に清らかな海の上で抱きしめ合っていた。
「ソフィア。僕が分かる?」
「大丈夫よ。ふふ。『魔王』の力を吸い取ったのに、気持ちはすごく穏やかなの。カイトこそ大丈夫?」
「うん。でも、僕の力で『魔王』を抑えていられるのも限界がある。急ごう? ソフィア」
「うん」
カイトとソフィアはそっと口づけを交わして、笑顔で手を繋いだ。とても晴れやかな表情だった。
ゆっくりと、二人は光の道を扉へと向かって歩いていく。
まるで、バージンロードのように。
『カイト、ソフィア! 何をするつもりなの!? 早く戻ってきて!?』
サラの声が外から聞こえてくる。
その声には振り返らずに、ソフィアとカイトはお互いを繋ぐ手を、きつく握り合った。
「サラちゃん。今までありがとう。何度も、何度も、私を助けてくれて。きっと私が今まで生きてきたのは、この時のためだわ。私は『魔王』を連れて行く。あの扉の向こう側へ」
『何を……言っているの? そんなことしたら、ソフィア死んじゃうよ!?』
「ふふ。何度も死んだから、大丈夫よ。それに……カイトがいる。怖くないわ」
『カイトも!? 駄目だよ、ヒューはどうするの!?』
「サラちゃん。私達はヒューを助けたいの。止めないで」
『どういうこと?』
「例え一時的に『魔王』を封じ込めたとしても、いつ今回みたいな事が起こるか分からない。ヒューはエルフよ? これからもずっと生きていくわ。カイトやサラちゃんが死んだ後にまたヒューの中の『魔王』が復活したら、誰も止められない。だから今、私達の手で『魔王』を消し去るの。サラちゃんから何度も『聖女』の力を分けてもらった私なら、扉を閉められるわ」
『でも……! 他の方法があるかもしれない。一緒に考えよう!?』
ヒューを助けたいと言われても、サラは突然の出来事に頭も心も追い付かない。今ならまだ、ソフィアもカイトも蘇らせることが出来るはずだ。なのに、二人がこのままヒューの心に開いた『魔界の扉』をくぐってしまったら、それが出来なくなってしまう。
「サラちゃん。息子のためなの。あなたになら……分かるでしょう?」
『!?』
息子のため、と言われた瞬間、サラの脳裏に浮かんだのはミユでもルイでもなく、ロイの笑顔だった。もし、あの時、サラの命と引き換えにロイが生きていける方法があったとしたら、サラはためらわずに命を投げ出しただろう。
そう思ったら、ソフィアとカイトの気持ちが痛いほど理解できてしまった。そしてそれが、一瞬の隙になってしまった。
「さよなら、サラちゃん。僕、君の事も大好きだったよ」
言わなくてもいいことを言って、カイトがカイトらしく快活に笑った。
「「ヒューをお願い」」
『待っ……!』
サラが言い終わる前に、カイトの『勇者』の力がサラをヒューの中から追い出した。『勇者』の力の根幹は『否定』だ。今、この空間からサラの存在を『否定』した。これでもう、サラは干渉できない。
「……カイト。本当にいいの? 扉をくぐるのは、私だけでもいいのよ?」
「え? 行くよ!? 勘違いしないでね? 僕が世界で一番愛しているのは、ソフィアだからね!」
「ふふ……私、幸せだったわよね?」
「当たり前でしょ………ソフィアのその癖、治らないね」
「癖?」
「自分が幸せかって、いつも考えてる。誰かに肯定されないと、不安? 僕はソフィアじゃないから、ソフィアが求める幸せが何かは分からないけど、僕はソフィアと出会えて、ヒューに恵まれて、すっっっごく幸せだったよ? 僕は、僕を幸せにしてくれたソフィアが、幸せであって欲しい」
カイトの笑顔に、ああ、とソフィアは息を吐いた。同時に、温かな涙が頬を伝う。
自分は幸せだと言い聞かせながら、ずっと不安だった。
父も兄もレオナルドもトスカも、愛する者達は自分の選択のせいで死んでしまった。
だから、自分は周りの人達を不幸にしているのだと、心の奥底で思い込んでいた。
私が欲しかったのは、『私が幸せか』の答えじゃない。
私が欲しかったのは、『私と居て幸せだったか』の答えだったのだ。
カイトは幸せだと言ってくれた。私に出会えて、幸せだったと。
「カイト……愛してる……!」
「僕も。これからも」
本当の幸せを噛みしめながら、ソフィアは扉をくぐった。
―――誰よりも愛しい、自分だけの勇者様と。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告ありがとうございます!
感謝いたします!
ブックマークが、やっと念願だった1000を超えました!
ありがとうございます!! とっても嬉しいです。
もうすぐ第三章も終わりますが、最後まで頑張ります!
今回も、裏ヒロイン・ソフィアと裏ヒーロー・カイトの回でした。
多くの人に愛され、憎まれ、それでも懸命に生きた二人でした。
残されたヒューとキトが不憫です。
ではでは、次回はサラちゃんのターンに戻ります。多分。




