28. 二人のヒロイン ー判決ー
本日、2話投稿しています。(今回が2話目です)
サラは怒っていた。
自分でも驚くほど、はらわたが煮えくり返っている。
メリルは、サラの兄であるアイザックと、ロイの妹であるシャルロットの娘だ。
シェード家とビトレール家の宝は、そのままサラとロイにとっても我が子の様な存在だった。メリルも、良くロイに懐いており、寝たきりになる前はもちろん、寝たきりになった後も、遊びに来る度ロイのベッドに潜り込んでいた。ロイも嬉しそうに、絵本を読み聞かせたり、子守唄を歌ったりして、メリルを可愛がった。本当の父と娘のようで、サラは二人の仲睦まじい姿を見る度、幸せと哀しさがこみ上げ、物陰で泣いた。
「サラ。俺の代わりに、メリルを見守ってあげてね」
ロイが亡くなる数日前、お昼寝をするメリルの髪を撫でながら、ロイがそんなことを言った。
「馬鹿ね。一緒に見守ろう、でしょ?」
メリルを挟んで川の字になりながら、サラは答えた。うん、と笑うロイも、スヤスヤと眠るメリルも、とても、とても愛おしかった。
そんな大事なメリルが、窮地に立たされている。
しかも、自分の目の前で、だ。
メリルは普通の4歳児よりもずっと分別があり、しっかりしているとはいえ、大人の権力争いの道具になって良い訳がない。
メリルは、ノリア姫よりも一つ年上の女の子という事や、シャルロットがティアナやユーティスの同級生という事もあり、王家からの要望もあって、ノリア姫の遊び相手として時々王城に呼ばれている。
そのため、ユーティスやティアナを快く思っていない相手から、何らかの攻撃を受ける可能性があることは考慮していた。だからこそ、今日の『お茶会』には立場の弱いシャルロットではなく、サラが保護者として付いて来たのだ。
なのに、ほんの少し目を離した隙に、事件は起きてしまった。
殴られたのか、腫れた顔で騎士に引き摺られたメリルの姿を見た時、ぞわり、と心の中で魔力の塊が蠢いた。
妃が剣を掲げた時、無我夢中で転移していた。
腕に抱いたメリルの温もりのおかげで魔術の暴走は避けられたが、無意識で使った凍結魔法は、サラの怒りを反映した結果だろう。火炎系の魔法が出なくて助かった。火炎系の魔法が発動していれば、今頃ここは灰の山だ。
「う……」
「もう大丈夫よ、メリル。怖かったね」
「……うわああああ!」
メリルが無事だったことにホッと胸を撫でおろすと同時に、メリルが置かれている状況に背筋が凍る。
メリルが毒を盛るなど、有り得ない。
だが、現状を見る限り、メリルが犯人であることは間違いない。
……真犯人を暴かなくては、メリルは死ぬ。
ノーリス王が現れた直後、サラは青ざめた顔のパルマに念話を試みた。
(パルマ! メリルの無実を暴く! 時間を稼いで!)
(何考えてるんですか、サラさん!? でも、分かりました!)
即座にパルマがノーリス王に耳打ちをしているのを確認し、サラは空間魔法からスカーフと天使の輪を取り出した。
怪しいのは、あの化粧の濃いお妃だ。
ノーリス王がメリルや妃を相手に時間を稼いでいる間、サラはスカーフに話しかけ、ジョイスに連絡を取った。そして、ジョイスにグラシア妃の過去の動向を『視て』もらったのだ。
「時間稼ぎはこれくらいでよいか? サラよ」
「はい。充分です、王様」
そう言うと同時に、天使の輪でジョイスを召喚する。
この場に、ジョイスの姿を知る者はいない。
初めて見る天使族の姿に、一同が唖然とする中、サラはジョイスに「真実を暴いて!」とお願いする。
「分かりました」
久々の地上にワクワクとテンションの上がっているジョイスは、嬉々として空中に映像を投影し始めた。
そこには、メリルに暗示をかけ、毒の入った小瓶を渡すグラシア妃の姿があった。
「あ」と、グラシア妃が息を呑む。
眉間にシワを寄せたノーリス王がパチンと指を慣らすと、騎士達がグラシア妃を取り押さえた。
「王様! これは罠です! その者が見せているのは、作り物です! 王をたばかっているのです!」
グラシア妃が必死の形相で訴える。まさか過去を再現できる魔術があるなど、思いも寄らなかったのだ。
(崩れる……今までの努力が、消えて無くなる……!)
グラシア妃は、思いつく限り、これが捏造された映像であることを訴えた。
「ふむ。確かに、そちらの天使族が作ったものではないと言い切れない。幻を見せる魔術はあるからな。サラよ。これが真実だと証明できるか?」
「う……」
「できますよ?」
言葉に詰まったサラの代わりに答えたのは、他でもないジョイスだった。なんだか、活き活きしている。
「更に過去の映像をお見せしましょう。私は、その女性の過去を見せるだけです。不特定多数の者に見せる幻術に、自分が知らない者を作り出すことはできませんから、それを見てどう判断するかは、あなた方にお任せします」
そう言ってジョイスが見せた映像は、過去に不慮の事故や自殺で亡くなったとされる側室や王族、貴族のものだった。その死の全てに、グラシア妃が関わっていたことが明らかになっていく。
衝撃的な映像に、グラシア妃の娘達が抱き合って泣き崩れるが、誰も手を差し伸べる者はいない。
徐々に、グラシア妃とその娘を避ける様に、輪が広がっていく。
映像の中で、グラシア妃から囁かれ、そのまま塔から飛び降りた女性がいた。一瞬だけ見えた虚ろな顔はとても美しく……ゴルドによく似ていた。
「……マーゴット」
ポツリ、とノーリス王が悲しそうに呟いた。その様子から、サラはその女性が、王家に嫁いですぐに亡くなったゴルドの末の妹だと察した。
「もうよい。充分だ」
ノーリス王が右手をあげ、ジョイスを止めた。うっすらと、瞳が潤んでいる。
既にグラシア妃は力なく項垂れていた。ここまで証拠を見せられてしまっては、言い訳もできないのだろう。映像の中でグラシア妃と共謀していた幾人かの側室や貴族の元にも、『梟』達が向かっている。
「グラシア妃は処刑。共謀した者にも相当の処分を下す。……連れて行け」
騎士達に引き摺られて、グラシア妃の一派の者達が去っていく。グラシア妃が、顔を上げることはなかった。騎士達に抱えられ、泣きじゃくる幼い姉妹の姿が、ひどく印象的だった。
「……王様。子供達には、ご慈悲を……」
「……分かっている。サラよ。あれらは私の娘でもある。……すでに成人し、悪事に加担していた第四王子は処刑を免れぬが、な」
そう言って目を伏せたノーリス王の長いまつ毛が揺れている。
愛するメリルを救うため、そして、自業自得だったとはいえ、ノーリス王に妻と子供を殺させる結果になってしまった。
胸が重く、痛い。
サラは胸を抑えた。
この後、あの幼い姫達は罪人の娘として生きていかなければならない。母と、兄を殺した父の元で。
「サラさん。グラシア妃については以前から疑っていたのです。今回のことは、きっかけに過ぎません。気を落とさないでください」
「パルマ……」
人目がなければ、パルマに抱き着いて泣いていたかもしれない。
サラは、ギュっとメリルを抱きしめて涙を堪えた。
「王家の揉め事に巻き込んでしまい、すまなかった」
ノーリス王が、サラとメリルの元に歩み寄り、スッと膝を突いた。側仕えの者達が焦っているが、王はメリルに視線を合わせ、その頭を撫でた。
「メリル。そなたは魔術で操られていただけだ。被害者であるそなたを罰することはない。……どうか、今まで通り、ノリアの友達でいておくれ」
「……」
メリルは答えなかった。よほどショックだったのだろう。サラの腕の中で、瞬きも忘れて固まってしまっている。「大丈夫。大丈夫よ」と、サラは抱きしめることしか出来なかった。
結局、ミネルヴァ・グラシア第三王妃の思い付きで起きた毒殺未遂事件が発端となり、第三王妃、第四王子の他、王妃が2名、貴族が5名、使用人が8名処刑される事態となった。グラシア妃はレダコート王国史上最悪の事件を引き起こした悪女として、歴史に名を刻むこととなる。
グラシア妃の娘達は王家から除籍され、地方の下位貴族に養子に出された。
グラシア妃の処刑、および子供達の処遇に対し、グラシア王国は沈黙を貫いたという。
「とっくの昔に、グラシア王国はレダコート王国とは対等ではなくなっていたんです。そのことに気付かぬまま、グラシア妃は好き勝手にやり過ぎたんです」
事件から1カ月が経った頃、王家からの詫びと見舞いの品を持ってきたパルマが、サラと二人になった時に色々と教えてくれた。
メリルは少しずつ良くなっているが、ふとした瞬間に恐怖心が蘇るらしく、誰かが傍に付いていなければならない状態のままだ。
当初、ゴルドは「だから王家に関わるのは嫌だと言ったのだ!」と心底怒っており、頑なに王家からの詫びを受け入れようとしなかった。しかし、妹を死なせた犯人が処刑されたことと、レダスであるパルマがわざわざ足を運んだこと、そして、サラからじっくり説得されたことで、ようやく受け入れる気になってくれた。王からの手紙を読み「マーゴット」と呟いた顔は、あの時の王とよく似ているとサラは思った。
(お父様と王様のわだかまりが、少しでも溶けてくれますように)
と、サラは祈る。
パルマの話によると、王もパルマもグラシア一派を排除する機会をずっと伺っていたのだそうだ。
偶然、サラがいる時に事件が起こり、自分達がその場に居合わすことが出来て良かった、とパルマは微笑んだ。
(……偶然……?)
パルマが帰った後、サラは自室から夕陽を眺めていた。オレンジ色の光が、メリルの髪を連想させる。
(本当に、偶然だったの?)
狡猾なグラシア妃が浅はかな行動をしたのも、メリルが実行犯にされたのも、都合よく王が居る時に事件が起こったことも。
誰かの掌の上で転がされているような気がして、サラは気分が落ち着かなかった。
そして、考えに考え抜いた結果、一つの結論に辿り着く。
(確かめなくては……!)
サラは、ギュっと目を瞑った。
◇◇◇◇
「お母しゃま。ノリア、ちゅまんない」
王城の一室で、ノリアは母に不満を訴えた。ティアナは困ったような顔で、娘の髪を梳く。
「ごめんね、ノリア。メリルはしばらく来られないのよ。元気になったらまた遊べるようになるから、もうしばらく待ってあげてね?」
「むーん」
「ふふ。そんなふくれっ面しないで。もうお休みなさい。明日は、ヒューが来るんでしょう?」
「むーん」
「ふふ。じゃあ、また明日ね」
そう言って、ティアナはノリアの寝室からいなくなった。父と母の寝室には、昨年生まれたばかりの弟が眠っている。そのため、ノリアの寝室は家族とは別々だった。
一人残された暗い部屋で、ノリアは「ふう」とため息を吐いた。三歳児のフリをするのは、予想以上に疲れる仕事だった。
(さて、日記をつけましょう)
ノリアはベッドから抜け出し、机へと向かう。
前世の記憶は、目覚めてから徐々に薄れつつある。そのため、ノリアは毎晩『聖女の行進』のストーリーを日記にまとめる作業を続けていた。
もちろん、前世の記憶があることは誰にも言っていない。そのため、母や侍女達が居なくなった夜だけが、ノリアの自由時間だった。
(さて、今日は何を書こうかしら)
いつものように、蝋燭に火を灯し、ぬいぐるみや練習中の刺繍を片付け、空間魔法から日記とペンとインクを取り出す。生まれ変わって、真っ先に練習したのが空間魔法だ。おかげで簡単な物なら自由に取り出し可能だ。もちろん、まだ誰にも知られてはいない。
「……やっぱり」
「誰!?」
突然の声に、ノリアはビクッと飛び上がった。部屋には誰も居なかったはずだ。
「あ……」
口を押えて振り返った先にいたのは……第一部のヒロイン、サラ・フィナ・シェードだった。
ブックマーク、感想、評価等、ありがとうございます!
励みになっています。
今日で、投稿を始めてからちょうど1年です!
これまで続けてこられたのも、皆様のおかげです。ありがとうございます!
これからもよろしくお願いします。
次回は、新旧ヒロインの対峙、です。




