23. それぞれの夜 1
「で」
冷たく通る声で、シズが目の前で正座する3人に問いただした。
ロイとの邂逅の後、泣きじゃくるサラを抱えたリュークは、そのままサラの部屋へと転移した。部屋では泣きそうな顔のシズが若い男女に説教をしているところだった。
シズは二人に気付くと、パニック状態の主をリュークから奪い取った。シズはアマネに『眠りの香』を持ってくるように命じ、サラを胸に抱いたままベッドへ潜った。幼子をあやすように「大丈夫ですよ。大丈夫ですよ」と囁きながら、サラの体を擦り続けた。
今、サラは泣きつかれて眠っている。
アマネが焚いた香が効いたようだ。
「さて、この状況は一体どういうことでしょうか。私が留守をした間に何があったのか、一人ずつ説明していただきましょう。まずはアマネ」
仁王立ちになり、びしっと、シズは一番右に座る10代半ばの少女を指さした。
前髪を眉毛の上できっちり切り揃えた黒髪の少女は、「はっ!」と言うと、床に両手を突いた。
「申し上げます。私が控室でお茶の準備をしておりましたところ、突然、サラお嬢様と殿方の話し声が聞こえてきました。お茶を飲んでいると、お嬢さまがドレスを両手に控室へ飛び込んでまいられました。お嬢様が楽しそうでしたので、お菓子を摘まんで見ておりました」
「ちょっと待ちなさい」
淡々と事実だけを報告するアマネの頭をがっちり掴み、シズは話を遮った。
「言いたいことは色々ありますが、まず、お茶は自分用に準備を?」
「はい。好きなので」
「……サラ様が男と話していたのを放置した理由は?」
「噂のリューク様だと思ったので」
「……着替えの間、何故着替えるのか聞かなかったのですか?」
「? 出掛けるから着替えるに決まっているではありませんか」
馬鹿ですか?シズ様、と少女は首を傾げた。
がんっ、とシズの肘がアマネの後頭部に沈んだ。
「馬鹿はお前だ!」
「い、痛い……」
「シユウ! あなたも付いていながら、何故サラ様を一人で行かせたのですか? 私はサラ様をお守りしろと、言っていたはずです!」
シユウ、と呼ばれた10代後半の少年は目を閉じて、両手で耳を塞いでいる。
シズは無表情のまま、右手の人差し指と中指を鍵状に曲げてそのまま下に降ろすと、勢いよく真上に引き上げた。
「おのれ!」
「ぐわっ!」
シユウの体が浮き上がる。
「鼻フック!?」
突然少年に降りかかった災難に、リュークは心底怯えた。
「シユウ、無視とは良い度胸ですね。私、転移魔法は苦手なので小さなものしか消せないのですが、アレとアレではどっちがいいですか?」
「アレとアレとは何と何だ!?」
リュークはますます怯えた。
「ふが、申し訳ありません。シズ姉様」
シユウはくるりと体を回転させてシズの手から逃れると、高速で身を伏せた。
「お言葉ではございますが、我々は姉様の配下ではありません! 我々はテス様からサラ様の行動の邪魔をするなと言われております。命令に従ったまで、です」
「命令のために、目的を見失うな! サラ様の身になにかあったらどうするつもりですか!」
「それでしたら」
シユウはちらりとリュークを見た。
「リューク様が付いていれば安心だ、と言ったのはシズ姉様ですよ?」
「それは詭弁です!」
「もう、いいだろう?」
リュークはシユウに降ろされようとしていたサラの肘を止めた。
「全ての責任は俺にある。子供を責めるな」
リュークは鼻血を垂らすシユウにハンカチを差し出した。
「お前も、命令に従ったとはいえ、シズの期待に応えず、迷惑をかけたことは反省すべきだ。シズの頼みが聞けないなら、最初から断るべきだった」
シユウは目を丸くし、まじまじとリュークの顔を見た。その瞳孔は縦に細く、爬虫類を思わせた。少し戸惑った後、シユウはリュークからハンカチを受け取った。
「……姉様を呼び捨てにすんな。クソ野郎」
「…………え?」
瞳孔が丸くなったリュークを無視して、シユウは正座をし直すと、真っ直ぐにシズの目を見た。
「俺の、判断ミスでした。姉様にご迷惑をおかけしたこと、サラ様を危険にさらしたことをお詫び申し上げます。……アマネ、お前も謝れ」
「………………申し訳、ありませんでした」
二人が、しっかりと頭を下げた。
シズは、深いため息をついた。
「起きたことは仕方ありません。あなた方に頼んだ、私の判断ミスでもあります。……次は、許しませんよ?」
「「はい!」」
判断ミスと言いながら、次の機会を与えられたことに気付き、若い二人は顔を上げた。
「今日はもう良い。下がりなさい」
「「はっ!」」
音もなく、二人は消えた。転移魔法だけなら、シズは二人に敵わない。
「お見苦しいところをお見せしました」
シズはリュークに頭を下げた。
「構わない。謝るのは俺の方だ。サラが、あんなに取り乱すとは思ってもみなかった」
「詳しく、お聞かせ願えますね?」
「……ああ」
リュークはゆっくりと、今日の出来事を語り始めた。
3人が去った後、静かになった部屋でシズは主の顔を見つめていた。
月明かりに照らされて眠る頬には涙の跡が残っている。
(一体、どれほどの重荷をこの人は背負っているのだろう)
「そんな顔をされたら、怒れないじゃないですか」
シズは静かに囁きながら、白い手で、薄桃色の髪を梳く。
「心配したんですよ」
シズの声は子守唄の様だ。
「あなたが、何に苦しんでいるのか私には分かりません。だから、せめて一番近くで守らせてください。魔王にだって、指一本触れさせません。こう見えて、私、強いんですよ?」
そう言って、静かに笑うシズの頬も、濡れていた。
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