2. 記憶障害の大魔術師と鈍感天然ドラゴン
「あら、お目覚めですの? リーン様」
耳元で、艶のある声に呼びかけられて、リーンは眩しそうに目を開いた。
センスの良い豪華な調度品に囲まれた、フカフカの大きなベッド。レースのカーテンから注ぐ光が優しく室内を照らしている。
そして、目の前には横たわる薄着の美女……
(……誰だっけ?)
表情はそのままに、「はて?」と脳内でリーンは首を捻った。
全く記憶にないが、察するに、ここは高級な娼館で、ほんのり頬を染めている美女はとびきり高級な娼婦だろう。
「御高名な大魔術師様のお相手ができて、昨夜は楽しかったですわ。また、来て下さる?」
「もちろんだよ。僕は美しい花を求めて彷徨う、寂しがり屋の蝶だから」
なんのこっちゃ、と自分で思いながら、この見知らぬ美女に別れを告げて、リーンは豪華な屋敷を後にした。
途中、すれ違った色とりどりの美女達から親しみを込めて手を振られ、「ばいばい、花の乙女達」と笑顔で手を振り返したものの、リーンにはさっぱり彼女達に関する記憶がなかった。とはいえ、すんなり娼館からリュークの武器屋までの道順が分かるところをみると、きっと何度も通っている店なのだろう。
(うーん。覚えてないなあ。……もったいない……)
ぷう、っと頬を膨らませながら、不満そうにリーンは腕を組んだ。
魔王ヒューを討伐してから、半年が過ぎた。
いつもなら、魔王を倒した後はすぐに長い眠りにつくのだが、今回は何故かまだ眠ってはいけない気がして、リーンは耐えていた。
そう思っているのは、どうやらリーンだけではないようで、ジークもリュークも、ランヒルドでさえ眠りにつかずに我慢している。
(やっぱり、サラちゃんの存在だよね……)
サラという聖女は、実に不思議な少女だ。
今までの、どの聖女とも違う力を持っている。
泣き虫で、脆くて、危なっかしくて。
だけど、優しくて、前向きで、力強い。
一人で立とうともがいて、一人では立てないことを知り、仲間に支えられながら、敵さえも救ってしまう、そんな変わった聖女だ。
(ずいぶん、大きくなったね。サラちゃん)
初めてリーンがサラと出会った時、サラはまだ9歳だった。リュークのマントに隠れて怯えていた子供が、たった7~8年で見違えるほど成長した。
(そう言えば、サラちゃんと初めて会った時、ちょっとだけマリエールと同じ匂いがしたんだよね。サラちゃんの体は間違いなくこの世界のものだから、前世がマリエールと同じ世界だったのかな? まあ……大した問題じゃないけど)
生前、聖女マリエールはリーンによく故郷の話をしてくれた。サラの型破りな発想力は、異世界から来たのであれば簡単に説明がつく。
(僕も行ってみたいな。その世界)
ふふふ、と笑いながら、リーンは目的地である武器屋の前で足を止めた。中から、焼き立てパンの良い匂いがする。今日はサラが来ているようだ。
「たっだいまー!」
ガララン、と勢いよく呼び鈴を鳴らしながら、リーンは武器屋の扉を開けた。「あ!」と明るい声と笑顔で、サラが出迎える。
「お帰りなさーい……って、リーンの家じゃないし!」
「サラちゃんの家でもないよ?」
「ぐはっ!」
いつも通りのやり取りに満足しながら、リーンはカウンターの近くにある椅子に座った。まだ早朝のせいか、客はいない。
「リーン。来ていたのか」
呼び鈴に誘われて、リュークが奥から現れた。
「うん。今来たところ。おはようちゃーん」
「む。おはよう」
「おはよう、リーン」
改めて朝の挨拶を交わしながら、ふと、リーンはリュークの表情が冴えない事に気が付いた。リュークは魔王討伐以降、人前でフードを外すことが多くなった。何万年も貫き通した「リューク=黒フード」のイメージが大きく変わってきている。サラの影響だろう。
そんなリュークの表情が、暗い。
よく見ると、目の下に隈ができている。
「リューク、ちゃんと眠れてる?」
「「……え?」」
「え?」
何気なく聞いたつもりが、二人から意外な反応をされてリーンはキョトンとなった。
一瞬、リュークはサラと視線を合わせた後、リーンに向き直り、不安そうに顔をしかめた。
「リーン。この数カ月、寝込みを襲われて眠れないから、ランヒルドを故郷に連れて帰って欲しいと、何度も頼んでいると思うが……」
「……」
「覚えていないのか!?」
「…………てへっ!」
「「いやいやいやいや」」
笑ってごまかそうとするリーンに、リュークとサラは慌てて突っ込む。
「てへっ! じゃ、ないよ? 私も何度か聞いてるよ?」
「リーン。昨日も言ったぞ? 毎回、ランヒルド可愛さに、わざと忘れたフリをしているのだろうと思っていたが、流石に昨日の今日で忘れたとは言わせないぞ?」
「ラ、ランちゃんの腕、そろそろ生えそろったかなぁ」
「「話を逸らすな」」
「ひんっ! 睨まれた!」
リュークとサラに低い声で問い詰められて、リーンは「やーん」と肩をすくめた。
「リーン。もしかして、活動限界なんじゃないか?」
「ぎくっ」
「? リューク。活動限界って何?」
聞き慣れない単語に、サラが首を傾げた。
「ああ。俺達ドラゴンもそうなんだが、激しい戦いの後は失った魔力を蓄えるために、長い眠りにつくのは知っているな?」
「うん」
「そうじゃなくても、何千年、何万年と生きていると、ちょっとした魔術の行使が、身体にはかなりの負担になるんだ。『もうこれ以上は戦えない』という状態が活動限界だ」
「……要するに、『僕ちゃん疲れた。とっても眠たい』ってこと?」
「そうだな。いつもは、リーンは魔王を倒した数日後には眠りについている。今回は聖女と勇者に加え、父さんやマールといった古代龍の手も借りられたから、消耗が少なくて余力があるのだろうと思っていたが……眠った方がいいんじゃないか?」
心底心配そうに、リュークはリーンを見つめている。純粋な瞳が胸に突き刺さる。
「うっ! ヤダヤダ! 僕ちゃん、今回はもうちょっと粘るの!」
「だが、すでに記憶障害が……」
「ヤダヤダ! ランちゃんもジークもリュークも起きてるのに! 僕ちゃんだけ眠るのヤダ!」
「夜更かししたい子供か!」
リュークのマントにしがみついて駄々を捏ね始めたリーンをリュークが叱るが、リーンは更に食い下がる。
「だって、僕ちゃん、今回まだ奥さんもいないし、孫の顔も見たいじゃない? あ! いっそ、本当にリュークがランちゃん貰ってくれたらいいのに。リュークとランちゃんの子供なら、ぜったいカッコ可愛いドラゴンになるよ!」
我ながら名案じゃない!? と、リーンはドヤ顔で胸を張った。
「ちょちょちょっ! 何言っているの、リーン!!」
リーンの無責任な台詞に、サラがリューク以上に反応した。
何を言いやがるこの野郎、と目が語っている。ただでさえ、突然降って湧いた恋のライバルに、サラの心中は穏やかでないというのに、ライバルの親が縁談を後押ししている。うっかりリュークが「いいぞ」と言ったらどうする気だ。いや、言いそうな気がして怖い。
「適当なこと言わないでよ!」
「そうだぞ、リーン。ランヒルドは真面目で賢くて良い子だが、商売には向かない」
「「へ?」」
至極真面目な顔で、リュークが的外れな返答をする。意図を測りかね、リーンとサラは同じような顔で「?」と首を傾げた。
「ランヒルドとつがいになること自体は構わないのだが」
「「ひっ!」」
リュークの問題発言にサラは固まり、リーンはサラを見て血の気が引いた。聖女様、顔がゴリラになっておいでです。
「ランヒルドは純粋すぎてすぐ騙されるだろう? 店は任せられない。きっと、子供にも難しいと思う。だから、駄目だ」
店を任せられない=結婚は出来ない、と言おうとしていると分かり、リーンは目を丸くし、サラはぱあっと目を輝かせた。
「え!? そんな理由でランちゃんフラれてるの!?」
「はいはい! 私、お店のことはバッチリですっ!」
ここぞとばかりに、サラはアピールする。リュークとの仲は全く進展していなかったのだが、リュークが結婚相手の条件に「店を任せられるか」を挙げているのであれば、サラにとっては好都合だ。
「そうだな。サラは初めから店のシステムも、武器の値段も知っていて助かった」
「で、でしょう!?」
『え? これって、告白チャンスなの? 言っちゃっていいの? え? ホントに?』と、サラは絶賛混乱中だ。心臓が弾け飛びそうなほど、バクバクと言っている。
「えっ!? リューク、サラちゃんを奥さんにする気なの!?」
「きゃー!」
リーンの台詞に、サラは両手で赤い顔を隠して悲鳴を上げた。
「それはない」
「「ええええええ!?」」
涼しい顔であまりにもきっぱりと否定されて、思わずサラとリーンは揃って悲鳴を上げた。
気まずさと恥ずかしさと動揺から、サラの身体がカタカタと震え出す。
「べべ別に奥さんにして欲しいとか、思ってないからね! わわ私は仕事が楽しいだけだからっ!」
思わず、涙目で強がった。そんなサラを見て、リュークは満足そうに頷く。
「そうか、仕事は楽しいか。……良かった」
「くはっ!」
リュークの嬉しそうな笑顔が眩しい。サラは思わず脳内吐血した。
もう駄目だ。耐えられない、と、サラはカウンターを飛び越えた。
「そそそ、そうだわ! 今日、ロイと約束があったんだ! もう行かなくちゃ! じゃ、じゃ、じゃあ、またね!」
動揺を露わに、ガタン、ゴトン、とあちこちに体をぶつけながら、サラは武器屋を後にした。何本か剣やら鎧やらが服に引っかかって引き摺られていったが……まあ、その内気が付くだろう。
「サラは元気だな……」
店には、ポカンとサラを見送ったリュークと、「あわわわわ」と動揺しているリーンが残っている。
「まだ開店して一時間なんだが……サラは忙しいんだな」
困ったものだ、とリュークがため息をついた。
「このっ! 鈍感天然ドラゴン野郎! ……君ねえ。鈍感すぎるのは罪だよ?」
そもそもは自分がサラの目の前でランヒルドとリュークの縁談を勧めたのが原因なのだが、そこはきれいさっぱり忘れて、リーンはリュークの鈍感ぶりに頭を抱えた。
これは、冗談抜きでまだ眠りにつくわけにはいかない。二人の乙女の運命がかかっている。
「リューク。モテ期到来だねぇ……」
「モテ期?」
「何でもない。とにかく、僕はもう少し起きて、見守ることにするから、しばらくここに泊めてくれる?」
「もちろんだ。出来れば、ランヒルドと同じ部屋で寝泊まりしてくれ」
「オッケー。……はあ。前途多難だねぇ……」
ある意味、魔王よりもやっかいだよ君は、と、リーンは楽しそうに苦笑した。
ブックマーク、感想、評価等、いつもいつもありがとうございます!
今回は、魔王戦から半年後のお話でした。
サラちゃん、苦労なさってましたね(笑)。
次回は、ロイ君の登場です。ロイ君はサラちゃんと旅がしたいようです。
では、次回もご覧いただけると幸いです!




