116. 魔王城3階の戦い -双子の守護者 1-
魔王城3階への階段を駆け上り、サラは見覚えのある扉の前に立った。
中から、凄まじい魔力が漏れ出ている。2年前よりも力が増しているのではないだろうか、とサラは胃が重くなるのを感じた。
2年前。
『魔王の森』から魔王の国へ続く広間で、サラ達はガイアードと対峙した。あの頃のサラはまだ聖女と呼ぶには未熟すぎて、せっかくの魔王討伐のチャンスを棒に振った。
ソフィアはサラを友達だと言ってくれる普通の少女であり、倒すべき魔王はまだ覚醒前の、ぼーっとした妹想いの少年だった。恐ろしいはずの魔王の側近も、二人の子を守る父親にしか見えなかった。
ゲームとは、あまりにも違い過ぎた。
この先どうなるか想像しなかった訳ではないが、サラは仲間の反対を押し切り、ソフィアを助けた。
結果として、魔王は覚醒し、多くの犠牲が出てしまっている。
―――常に『選択には責任が伴う』ことを忘れてはいけない。どんな小さな選択でも、自分で選んだのなら、責任を負わなければならない。
これは、リュークが幼いサラに言った言葉だ。
だから、サラは迷わない。
(2年前の自分の選択に、責任を取る)
そう、覚悟してここに来た。
だから。
「ソフィアを蘇らせてほしい」
そんな言葉をガイアードから投げかけられた時、サラは真っ直ぐに敵を見据えて「できません」と答えた。
ちくり、と胸が痛む。
ソフィアが生き返るのなら、力になりたい。だが、魔王軍によって殺された人々はどうなるのだ。サラは、全ての人に生きていて欲しい、と願っている。ソフィアだけを特別扱いは出来ない。ましてや、ソフィアは魔王と肉体で繋がる存在だ。魔王が生きている限りソフィアが死ぬことがないのなら、ソフィアが生きている限り魔王も死なないのだ。
情に負けてソフィアを蘇らせることは、サラを信じて送り出してくれた仲間達を裏切る行為だ。もう二度と、そんなことはできない。
「ソフィアはただのエルフだ。魔族ではない。聖女が、罪なき者を見捨てるのか? お前を『友』と呼ぶ存在を、見捨てられるのか?」
「……っ!」
ガイアードの言葉が胸に刺さる。
サラは、手が白くなるほど強く拳を握りしめた。
「惑わされるな、聖女殿」
サラの肩を後ろから支える者が居る。ゾルターンだ。
今、この『王の私室』にはサラとガイアードの他に、ゾルターンだけが存在している。一緒に来た数人のバンパイア達は、部屋には入らず、扉の前で魔物や魔族の侵入を防いでくれている。ガイアードの洩れ出す魔力の強さから、バンパイア達では到底太刀打ちできないと判断したゾルターンの指示だ。
「聖女殿。あの魔族は水晶の娘を蘇らせた後、我らを殺すつもりだ。付き合う道理はない」
「王様……」
王様、という単語に、ピクリとガイアードが反応した。それは自分のための言葉だ、と改めて聖女を支える若いバンパイアを睨んだ。
「王と言ったか。魔物であれば、大人しく魔王に従えばいいものを」
「馬鹿を申すな。余はハミルトン王国の『人』の王だ。貴様、王に対する礼儀がなっていないな。跪け」
「ははっ! ハミルトンなど、聞いたことがないわ! どこぞの辺鄙な大陸の小国であろう。……俺はアルバトロス王国の王だ。格上の王に対する礼儀をわきまえたらどうだ?」
ゾルターンの挑発に挑発で返したガイアードに対し、ゾルターンは「ふん」と鼻で笑った。
「笑わせるな。アルバトロス王国とは、どこにある? 民のおらぬ王国など、子供のままごと同じではないか」
「貴様……」
ガイアードの気配がユラリと揺れた、と思った瞬間、サラは後方へと投げ飛ばされた。
「楽に死ねると思うなよ!?」
キィイイン! と鋭い音と共に、ガイアードの剣をゾルターンの剣が受け止めた。重く鋭い剣に、ゾルターンの膝が一瞬沈む。ゾルターンでなければ、一刀両断されていただろう。
(楽に死ねると思うな、と言った割に、仕留める気満々ではないか)
と、ゾルターンは口を歪ませた。
「聖女殿! 余が時間を稼ぐ。そなたのやるべき事をやれ!」
ゾルターンの声に、サラは、はっ、と我に返った。
素早く立ち上がり、剣を正面に構える。
やることは決めていた。
ガイアードは魔力も身体能力も桁違いに強い。バンパイアキングであるゾルターンをもってしても、力業では勝てない相手だ。だからこそ、聖女の力を使う。『共有』の力でガイアードの意識に同調し、治癒魔法で『魔』の供給源を絶ち、かつ浄化する。ルカ湖で異界の穴を癒して塞いだ時の応用だ。もちろん、それだけではガイアードを倒すことは出来ない。だが、『魔』を封じられたただの剣士相手であれば、ゾルターンでなくとも充分に勝機があった。
サラは自分の周りに結界を張り、目を閉じて意識を眉間に集中させた。
「させるか!」
「邪魔をするな!」
サラへと標的を代えたガイアードの剣を、ゾルターンが弾く。ゾルターンが並みの魔族よりずっと強いのは知っている。バンパイア達を召喚した際に、魔力をごっそり持っていかれたが、その半分近くはゾルターンだ。ガイアードには及ばないとしても、ゾルターンなら暫く持ちこたえてくれる、とサラは信じた。
「聖女よ! ソフィアを蘇らせれば、褒美としてお前と仲間の命は助けてやろう! ……この小国の王は殺すがな!」
ガイアードが叫んでいる。だが、サラの心は不思議なほど静かだった。サラから、じわり、と温かな光が溢れ出した。光は床や壁を這うように、部屋全体へと広がっていく。
光はやがてベッドへと達し、ソフィアの水晶に触れた。
(……!?)
サラの中で、世界が一変した。
砂漠に在って聖なる水を湛える美しい城塞都市の姿が眼下に広がる。
街を行く人々は笑顔でサラに手を振っている。サラの横には、美しい妻と愛らしい娘がいた。名を呼ばれた気がして振り向くと、友である魔法騎士団長と王都魔術師団の師団長が笑っていた。師団長の横では、腹の大きな休業中の副師団長がにこやかに手を振っている。
(ソフィア……ヒュー……それに、レオナルド?)
ああ、これはガイアードの記憶だ、とサラは理解した。
だとすると、あのお腹の大きな女性はソフィアとヒューの母親だろう。
誇らしく、暖かい気持ちでいっぱいになる光景だった。
(あ……)
その光景が一転した。
むせ返りそうなほどの血の匂いがする戦場で、サラは謀反の知らせを聞いた。
怒りと、憎しみと絶望が心の底から湧き上がる。胸の奥に魔界の穴が開いたのではないか、と思えるほどの衝撃だった。
サラは魔族となり、怒りにまかせて戦場を蒸発させ、いくつもの街を焼き、王都を滅ぼした。
憎い。憎い。憎い。
憎悪で我を失ったサラの耳に、ふと、赤子の産声が届いた。
血塗られた井戸に、魔物が集まっている。
サラは、枯れ井戸の底で生まれたばかりの双子の赤子と、息絶えた友の姿を見付けた。涙は出なかった。悲しいと思うより先に、地面を転がりながら『魔』を吸い込み続ける赤子に手が伸びた。
暖かい。
不意に、サラの心に火が灯った。赤子に自分の『魔』も吸われたせいかもしれない。
サラは双子の臍の緒を切ると、両腕に抱えた。
力尽きて死んだ友の額に口付けし、遺体を蒸発させた。双子の父のように、魔物に喰わせたくはなかった。
サラの腕の中で、安心したのか双子はスヤスヤと眠っている。
サラは双子に、両親の名を与えた。
ヒューとソフィア。
二人の成長を見るのが、サラの生きがいになった。
この子達のために、国を作ろう。
この子達のために、魔物を鍛え、軍を作ろう。
この子達のために、強い魔族を集めなければ。
この子達のために。この子達のために……
数えだしたらキリがない。
サラは、実の娘に与えるはずであった行き場のない愛情を双子に注いだ。
双子から「お父様」「父上」と呼ばれた時、人として持っていた様々な感情が堰を切った様に溢れ出した。
幸せだ。
そんな想いの波に、溺れてしまいそうだった。
しかし、場面はまた一転する。
娘が、死んでいた。
人間達に攫われ、逃げ出そうと戦ったのだろう。ボロボロに傷つきながら、それでも友を守っていたと、冒険者が教えてくれた。
震える手で、冷たくなった躯を受け取った時、娘の中に別の命が宿っていることに気が付いた。
「お孫さんも、残念だったな」
と言われ、目の前が真っ暗になった。
怒りと、憎しみと絶望が、再びサラを襲った。その場で発狂しそうになったのを抑えられたのは、ヒューの存在があったからだ。
(まだ、望みはある。待っていろ、ソフィア。父様が、助けてやる)
サラは、ゆっくりと目を開けた。
ブックマーク、評価、感想等、ありがとうございます!
更新が遅くなり、申し訳ありません!
別の連載を更新していたのと、
116からの数話をまとめて書いていたこともあり、投稿が遅くなりました。
今日はもう一話投稿できればと思ってます。
ちなみに次回のあらすじは「ガイアード、めっちゃ叱られる」です。
次回もよろしくお願いいたします!




