113. 闘いの代償
「デュオンさん! しっかりして! デュオンさん!」
意識を失ったデュオンの胸に手を押し当てて、ロイが必死に叫んでいる。
ロイの精霊魔法により、デュオンの出血は止まっている。だが、既に大量の血液が失われたことに加え、胸に開いた大きな穴により、デュオンの生命力は尽きかけていた。
必死に呼びかけるが、反応がない。
今のデュオンは、バンプウィルスによる自己回復が見込めない。闘いの代償は、あまりにも大きすぎた。
ロイはレオナルドと戦っている間にもデュオンの身体へ精霊を送り込み、治癒を試みていたが、あまりにも怪我の程度が重すぎて癒すことができなかった。
デュオンを助けるには、もっと高度な治癒魔法が使える魔術師が必要だ。
「ああ。死なないで……! せめて、サラかアルシノエさんの所に……!」
ロイが転移しようとアルシノエの姿を思い浮かべたその時、場違いな声が降り注いだ。
「呼ばれて飛び出てボインボイーン! アルシノエちゃんの登場でぇす! ぜぃ、ぜぃ」
きついのならやらなければいいのに、アルシノエが水の花をまき散らしながら華麗に登場した。
「あ……アルシノエさああああん!」
涙でぐしゃぐしゃに濡れていた真っ青なロイの顔に、ぱあっと赤みが戻った。
「いやん、ロイたん可愛い!」と一瞬クネクネと身悶えそうになったアルシノエであったが、ロイの腕に抱かれた瀕死のデュオンを見て、真顔になった。
「どきなさい。ロイ」
ロイからデュオンを奪うと、アルシノエは丁寧に横たわらせた。
アルシノエの目から見ても、デュオンは、ほとんど死んでいた。
大量の出血により、体内のバンプウィルスも流出したのか、ほとんど魔力を感じない。狂戦士化の影響で、全身の筋肉もズタズタに裂けている。ただ、ロイの精霊達が直に傷口から体内に侵入し、ぎりぎりのところで生命を維持させていた。
「よくやったわ。偉いわよ、ロイ」
「デュオンさん、助かりますか?」
心配そうな顔でデュオンの手を握りしめながら、ロイがアルシノエを見上げている。アルシノエは無言でロイの頭を撫で、涙を拭った。
「全力を尽くすわ。今まで通りとはいかないと思うけど、命は助けるわ」
それはアルシノエにとっても決意表明に近かった。
治癒魔法において、リーンと聖女以外にアルシノエの右に出るものはいない。そのアルシノエをもってしても、治せるか治せないか判断がつかないほど、デュオンの状態は酷かった。先ほどのシグレの怪我が可愛く思えてくる。
アルシノエはデュオンの胸に手をあてた。意外に分厚い胸板には、拳ほどの大きさの穴がぼっかりと開いている。心臓は無事だが、肺と、肺に続く大きな血管が損傷していた。兎にも角にも、体内の循環血液量が足りない。シグレの時と同じように、出血した血液を回収し、洗浄して戻す方法も考えたが、今の状態のデュオンにバンプウィルスを大量に含んだ血液を戻すことは、ひどく危険な行為に思えた。
ひとまず循環血液量を確保するために、アルシノエは空間魔法で塩を取り出すと、魔法で生成した水に溶かし生理食塩液を作成した。それをゆっくりと血管内に注入する。そうしている間に、裂けた筋肉を補修しながら、開いた穴を塞ぐための材料を探した。多少の穴ならば、治癒魔法で本人の血肉を用いて再生させられるが、大きくなればなるほど、別のものから補充しなければ塞ぐことはできないのだ。
「………………」
視界に、死んだバンパイアの姿が目に入った。幸い事切れてから時間が経っていない。彼の身体の一部を使えば、この穴を埋められるだろう。問題は……
「ねえ、ロイたん。あそこでお亡くなりになっていらっしゃる騎士様の身体を……」
「駄目です!」
「まだ何も言ってないわよ!?」
「あの人の身体を使って、穴を埋めようと思ったでしょう!?」
「ばれてる!」
「駄目です! ちゃんと綺麗なままで、ご家族や王様のもとに返してあげなきゃ」
「でも、このままではデュオンは死ぬわよ?」
「俺の身体を使ってください」
「!?」
ロイの、しっかりと意思の籠った声に、アルシノエは目を見開いた。ついさっきまで、ぐちゃぐちゃに泣いていたとは思えない程、ロイは覚悟を決めた目をしていた。
「デュオンさんにはずっとお世話になりっぱなしで、何も返せていないんです。俺は、半分精霊だし、多少失っても再生できると思うんです。……だから」
そう言って、ロイは上半身を包んでいた鎧と服を脱いだ。細身だが、鍛え上げられた肉体が露わになる。ロイはアルシノエの左手を取ると、自分の胸に押し当てた。
「お願いします。アルシノエさん」
「………………ご褒美!」
「え?」
「ああ、もう! 綺麗な身体のままで帰らないといけないのは、あなたもでしょう!? あなたのご両親になんて説明しろというのよ!」
「母はいません」
「余計もらい辛いわ! ロイたん、血液型は何型!?」
「え? えと、AB型……」
「デュオン様は?」
「AB型です」
「じゃあ、ロイたんは肉じゃなくて血を分けてちょうだい。肉は、私が何とかするわ」
早口でそう言うと、アルシノエはロイの手を振りほどいた。
「アルシノエさ……」
「行くぜ! うおりゃああああ!」
「!?」
アルシノエは気合を入れると、スカートを捲りあげ、右手で豊満な尻の肉を鷲掴みにし、左手でデュオンの胸に触れた。
「転移じゃあ!」
「えええええええ!?」
目が飛び出すほど驚くロイの目の前で、アルシノエの肉により、デュオンの傷が塞がっていく。
「ロイ! 血! 入れろや! 輸血する感覚でゆっくり転移しやがれ!」
「は、はい!」
アルシノエに指示されるまま、ロイは自分の身体から細い管が伸びていく感覚でデュオンの身体へと血液を転移させた。
「うおおおおお! 死ぬ気でやれば何でも出来……痛いいいいい!! 何これ! すっごく痛いんだけど!? ちょっと、ロイたん! 助けてっ!! やだ、痛い! うわーん!」
アルシノエは右の臀部に燃える様な痛みを感じ、あまりの痛みにロイに抱きついて泣いた。アルシノエの胸に押し倒された拍子に、ロイの手がデュオンから離れた。幸い、デュオンには必要な血液を転移した後だったが、デュオンの様子を確認する間もなく、ロイはアルシノエの傷を癒さなければならなかった。
「あわわわわ! 精霊達! アルシノエさんを癒して!」
アルシノエの胸に顔を潰されて傷口が確認できなかったが、ロイは泣き叫ぶエルフの女王の尻に手を当てて力の限りの願いを精霊に託した。
その手に、ギュっと、別の手が重なった。
「……デュオンさん!?」
呼吸が荒く、青白い顔をしたデュオンが、這いつくばりながらロイの手を握っていた。
「ロイ、君。出血を止めるのと、痛みを抑えるように精霊に指示を。下手に癒すと、歪な形のまま治ってしまいます。おそらく、傷口が固まる前なら、リーン様の魔術で再生させられる。早く、リーン様の元へ……」
「分かった! デュオンさんのことも、すぐに迎えに戻るから!」
「ええ」
目の前でロイと気を失ったアルシノエが転移するのを見届け、デュオンは仰向けに寝転がった。
全身の筋肉が、ねじ切れるように痛い。いや、実際にねじ切れていたのを、アルシノエが痛みを感じられるまでに治癒してくれたのだ。
レオナルドは強かった。
狂戦士化という禁術を使っても、勝てるはずのない相手だった。だが、時間を稼ぐためにはそうするしかないと判断した。狂戦士化は賭けだった。理性を失わなかった要因の一つとして、サラとの繋がりを強く意識したからだと、デュオンは考える。サラにテイムされていなければ、怖くて流石に思い切れなかったかもしれない。
「デュオン様!」
「ご無事ですか!?」
バンッ、と扉が開いて、部下のバンパイア達が戻って来た。どうやら、二人は無事だったようだ。目だけで頷いて、デュオンは笑った。
「魔族は、死にました。最期は誇り高く、自害して果てました」
「そうでしたか……あの、デュオン様……お身体が……」
「……ああ」
部下達が、どこか悲し気な表情でデュオンを見つめている。何も言わずとも、彼らの言いたいことはよく分かった。
デュオンは短時間でバンプウィルスのほとんどを失った。それは、もはやバンパイアとは言えない身体になったことを意味していた。
「バンパイアナイトの称号は、返上ですね」
デュオンは、ポツリと呟いた。
◇◇◇◇
「痛かったあああああ!!」
「よしよし! アルちゃん、いい子、いい子!」
「お父様ああああ!」
うえーん、と号泣しながらアルシノエがリーンの腕に抱かれている。
ロイが転移した時、幸いリーンは魔王城の中に足を踏み入れた直後だった。最愛の娘の惨状を目の当たりにしながら、顔色一つ変えずに冷静に治癒魔法を使ったリーンは流石である。アルシノエの自慢のお尻は、見事に修復されていた。
ロイは、ほっと胸を撫でおろした。
「ロイ君、僕はアルちゃんをなだめてから行くから、先に3階に向かって」
「はい! リーン先生!」
「待ってロイたん! ご褒美のチューして!」
「ええええ!?」
アルシノエのおねだりに、ロイは滅茶苦茶に戸惑った。しかし、命がけでデュオンを救ってくれたアルシノエの勇姿が脳裏をよぎった。感謝しても、しきれない。
「ごごごごごごごごご褒美です!」
ロイは勢いよく、アルシノエの頬に口付けした。
「く、唇はサラの物だから、ほっぺたで我慢して下さい! アルシノエさん、本当にありがとうございました!」
顔を真っ赤にしながら、もう一度頬に口を付けて、ロイは姿を消した。おそらくデュオンのところへ転移したのだろう。アルシノエはキョトンとしたまま固まっている。
「いいご褒美貰ったね、アルちゃん」
リーンは朗らかに笑うと、娘の額にキスをした。
◇◇◇◇
デュオンの元へ戻ったロイは、デュオン達が無事なことを確認すると、思い切り笑顔になった。なぜか顔を赤くするバンパイア達に「?」と首を傾げると、今度は顔を背けられ、ロイはガーンとショックを受けた。
「ロイ君。この辺りの『魔』は、私達が回収しますから、黒い魔石をもう少し出してもらえますか? それから、サラ様達の後を追うなら、一つお願いがあります」
「何ですか!? デュオンさん!」
デュオンの頼みなら何でも聞く、と言わんばかりに顔を輝かせたロイに、デュオンは苦笑した。
「ロイ君。人の事は言えないのですが……服を、着ましょう」
「………………あ」
ロイは、裸のままだった。
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今回は、レオナルド編の後始末の回でした。
アルシノエちゃんのお尻が……治って良かったです(笑)
次はとうとうガイアード戦です。
次回もよろしくお願いします!




