96. 勇者のパーティ
「ああ……また成すことを成さぬ人生だったな」
澄み渡る青空を眺めながら、男は独り言ちた。
男の名は、ユエンという。
SSランクパーティ『蒼穹の雷』のリーダーを務めるほどの戦士であり、切れ長の瞳が涼し気な、なかなかの美丈夫だ。
彼は今、死を目の前にしている。
(何でこうなった?)
ユエンは空を舞う青い鳥を目で追いながら、ぼんやりと回想する。
ユエンはイーグルハイという小国の騎士の家に生まれた。厳格な父と優しい母の元で、5人兄弟の末っ子として何不自由なく育った。自分が『記憶持ち』だと気が付いたのは、6歳のころだ。思い出したきっかけは、父の書斎で冒険者の手順書を手に取ったことだった。初めて読む本にも関わらず、記載している全ての魔物の名前や特徴、倒し方が分かった。完全に記憶がある訳ではないが、ユエンは前世がSランクの冒険者だったことを思い出した。
彼はとあるダンジョン攻略に失敗し、その時負った怪我が元で死んだ。
「成すことを、成さぬ人生だった」
それが、彼が前世で語った最後の言葉だった。
記憶を取り戻した瞬間から、ユエンは『ダンジョンの攻略』と『SSランク冒険者になる』という二つの目標に向かって邁進することになる。
ユエンは、騎士の血筋という恵まれた体躯と、前世での経験値のおかげで、僅か16歳という若さでSランクまで辿り着いた。
そして挑んだダンジョンで、ユエンは再び失敗する。
自身の命は助かったものの、仲間を失った。それでも立ち上がり、仲間を集め、ユエンはそのダンジョン……現在は『魔王の森』と呼ばれる世界最高難度のダンジョンに挑戦し続けた。
5度目の挑戦に失敗した時、ユエンは35歳になっていた。
『蒼穹の雷』は、ユエンと同じように何度もそのダンジョンに挑戦している、命知らずの諦めの悪い野郎どもを集めた異様なパーティだった。
その狂った連中ばかりのパーティに、ある時、女とガキが加入してきた。
本来なら、Aランクのガキなど願い下げだが、ちょうど5度目の挑戦で2人減ったところだった。ガキはともかく、女の方は間違いなくSランクの実力者だ。断るのは惜しい、と思った。第一、凛とした佇まいが美しい、好みの女だった。
ガキの方は如何にも「貴族のおぼっちゃま」風で、初めのうちはいちいち勘に触ったものだが、素直で吸収が早く、戦いの度に実力を伸ばしていく姿は、昔の自分を見ているようだとユエンは思った。いつしかガキ……カイトのことを、弟のように可愛がるようになった。
アラミスとカイトの加入により、ダンジョンでの動きが格段に良くなった。
攻略は出来ていないが、SS級魔物の討伐にも成功し、『蒼穹の雷』はSSランクパーティとなった。ユエンもSSランク冒険者となり、前世での夢を一つ叶えることができた。
カイトは見た目の割に中身が幼い。両親から愛を教わらなかったせいだと、アラミスが呟いたのが印象的だった。
そんなカイトが、ある日とんでもない美人のエルフを連れてきた。
正直イラっとして、危うく「絶交だ」と言いかけたが、カイトから「すごく好きなんだけど、どうしたらこの気持ちを表現できるんだろう」と相談された瞬間、ユエンに今まで感じたことのない感情が芽生えた。息子が居たら、こんな感じなんだろうか、とユエンは胸が熱くなり、一冊の本をカイトに託した。
それは、この世界の男なら誰しも見たことがある恋愛指南書で、息子の12歳の誕生日に、父から息子へ贈るのが定番になっている。分かりやすく言うと、エロ本なのだが、少年達はその書物によって色々なことを学ぶのだ。前世の記憶があり、それなりに経験豊富だったユエンだが、それでも父から贈られた時はめちゃくちゃに喜んだ。未だに荷物に入れているのだから、相当なものである。
その本を、カイトに譲った。
結果としてカイトはソフィアと愛を深めることに成功した。流石に子供ができたと聞いた時は腰が抜けそうになったが、野郎どもはカイトの成長に手を叩いて喜び、アラミスには激怒された。
「俺達が教える前に、あんたがちゃんと教えれば良かったんだろ!?」とユエンが咎めると、滅多に表情を崩さないアラミスが「それは……私は女ですので、殿方の事情は存じ上げません……もの……」と赤くなった頬をぷくッと膨らませ、拗ねた。ナンジャソレ、とユエンは思った。好みのタイプだとは思っていたが、毅然として隙の無いアラミスを、ユエンは騎士として扱い、一定の距離を置いてきた。が、今のはヤバイ。隣を見ると、仲間二人も顎が外れていた。
気が付くと、ダンジョン攻略だけが生きがいになっていた『蒼穹の雷』は、愛する女性と、息子、それを見守る野郎どもの疑似家族パーティになっていた。
カイトが勇者だと知ったのは、2カ月ほど前だ。
カイトが突然、「彼女と駆け落ちする」と言ってきたのだ。父代わりとして、そんな事を許すわけにはいかないと説得するユエン達に、カイトとアラミスは事情を話し出した。
愕然とした。
こんな子供に、何て運命を押し付けやがる、と神に怒りを覚えた。
アラミスも、ソフィアが魔王の妹だということは知らなかったそうだ。二人の将来を想い、アラミスが涙をこぼした。「すみません」と言って席を立つアラミスの姿に、「ああ、まただ」とユエンは思う。今のは、ヤバイだろ。
(俺達が守ってやる。アンタも、カイトも、子供も)
俺達は勇者のパーティだ、と、男達は無言で頷き合った。
そして今朝。
魔王覚醒の際、『蒼穹の雷』は別の大陸を旅していた。
前触れもなく、カイトが悲鳴を上げてうずくまったことから「魔王が覚醒したのでは」と察し、転移でアルバトロスまでやってきたのだ。
幸い、着地点の近くに連合軍第二部隊の拠点があり、飛び入りの冒険者も受け入れていたため、『蒼穹の雷』は彼らと共に王城を目指すことになった。
「俺達の使命は、カイトを魔王の元へ送り届けることだ」
アラミスとカイトが席を外した際、ユエンは仲間と盃を交わした。
ずっと長い間、自分の「成すべきこと」を探し続けてきた男達だった。恵まれた身体に生まれ、努力する才能に恵まれ、運にも恵まれた。だが、何のために生まれてきたのか分からないまま、最高難易度ダンジョンを攻略することだけが目的になっていた。
カイトに出会って分かった。
自分達は、勇者の仲間になるために生まれてきたのだと。
ダンジョン攻略のために、ひたすら戦い続けた日々も、無駄ではなかった。あの日々が無ければ、カイトと会うことは無かった。ましてや、アラミスと出会うことは無かっただろう。
「生き残った奴が、アラミスに告るってことで」
「三人とも生き残ったらどうすんだよ」
「じゃ、お前死ねよ」
「やだよ!」
仲間と軽口をたたき合う。何度も死線を超えた仲だ。『魔王の森』を攻略するためだけに集まったメンバーが、いつの間にか家族になっている。こんな関係も、悪くない。
「三人とも生きてたら、同時に告るぞ」
「同時にフラれるパターンだな」
「同時にOKかもよ?」
「「「……それ、ヤバくね?」」」
はははは! と、大声で笑い合う。連合軍の連中から白い目で見られるが、そんなことどうでもいい。
(俺達は、『蒼穹の雷』。SSランクパーティだ。好きにやらせてもらう)
ユエンは、戻って来たカイトの頭を撫でながら、朗らかに笑った。
「……カイト。ソフィアに会えたか……?」
城壁の内側。
魔王城へと続く一本道の真ん中で、ユエンは空を眺める。
腹には、大きな穴が空いている。
共に盃を交わした仲間達は、ユエンより先に旅立った。
ユエン達は、カイトとアラミスを大魔術師の結界まで送り届けるのが精一杯だった。
あそこに行けば、カイトの封印とやらを解いてもらって、勇者の力を取り戻せると巨人の男が言っていた。無事に封印は解けただろうか。そして、ソフィアに再会できただろうか。
魔王の元まで送り届けると誓ったのに、ずいぶん手前でギブアップだ。
「成すべきことを成さぬ人生だった」
ユエンは声にならぬ声で呟く。
ゆっくりと目を閉じる。瞼に浮かぶのは、アラミスの笑顔だ。ほとんど笑わないくせに、腹が立つほど可愛いらしい。
成すべきことは成せなかった。
だが、それなりに良い人生だった。
……頑張れよ。勇者。
ブックマーク、感想、評価などありがとうございます!
もうすぐ第2章も100話になります!びっくりです!
今回は、いきなりの新キャラ登場! からの、死亡!? でした。
次回はカイトサイドからお届けします。ずっと放置でしたので。
今後ともよろしくお付き合いいただけると幸いです!




