95. それぞれの想い
魔王覚醒から数時間が経ち、世界各地で魔物や魔族との衝突が活発化していた。
大多数の魔族の流出はジークやリーン親子、連合軍の活躍で旧アルバトロス王国周辺で食い止められていたが、元々その地に居た魔物達が活性化しており、甚大な被害が出始めていた。
「ぬん!」
ゴルドが短く息を吐き、拳を振り切った。A級のワイバーンが一撃で魔石になる。世界広しと言えど、拳一つでワイバーンを撃沈させる貴族はなかなか居ない。
「次!」
肩をグルグルと回しながら、ゴルドは活き活きと領地を駆け回った。
「ゴルド様。領主自ら動きすぎです」
テスに窘められるが、遠い空の下で愛娘が魔王と戦っているのだ。立ち止まってはいられない。
「次だ! どんどん来い!」
ゴルドは吠えた。
……ノルンは、俺が守る。安心して戦え、サラ。
◇◇◇◇
「魔術師は持ち場から離れずに。騎士達は速やかに領民を屋敷に誘導してください。冒険者には、魔物の質と討伐数に応じて賞金を出すと伝えてください」
ビトレール家の領土では、エドワードが矢継ぎ早に部下達に指示を出している。普段のおっとりした姿からは想像も出来ない程、的確に指示を出していくエドワードの姿に、アイザックは密かに感嘆していた。
(やはり、俺の目に狂いはなかったな)
父とは正反対の雰囲気だが、ゴルドとエドワードの根幹は似ているとアイザックは思う。
「それにしても、義父上。……エルフの魔術師を5人も抱えている子爵領など見たことないのですが……」
エドワードの指示が一段落したところで、アイザックが質問した。他国よりもエルフが多いと言われるレダコート王国においても、エルフの数は限られている。シェード家はお抱えの隠密集団『鬼』が居るためエルフを雇う必要がないが、腕の良いエルフの魔術師となると、上級貴族でも1~2人雇うことが出来ればいい方なのだ。
それが、5人。
明らかにおかしな人数だった。エドワードやシャルロットを守るために飛んできたアイザックだったが、子爵領に不釣り合いな戦力に愕然としたくらいだ。
「ああ、そこだけは亡き父の遺産として感謝すべきところかな? あの子達は、父とアグロスが連れてきた奴隷だったんだ。アグロスの呪縛から解放された時、手ぶらで返しては可哀そうだと、思いつく限りの償いをしたんだけど……。どれだけ償っても償い切れないほどの苦痛を味合わせてしまったのに、逆に懐かれてしまってね。私も子供は可愛くて仕方がない性質だから、うちに居たいと言う子には、そのまま居てもらっているんだよ」
「……なるほど」
アイザックは半ば呆れ気味に納得した。実際には血のつながりのないロイを、あそこまで息子として溺愛できるエドワードのことだ。亡き父のせいで傷付いた子供達に、どれだけ心を痛めたことだろう。どれだけ償っても償い切れない、とエドワードは言っていたが、魔術師も年若い騎士達も、皆エドワードを父のように慕っているところを見ると、充分すぎるほど気持ちは伝わっているのではないだろうか。
「それにね、ロイの師匠としてグランさんにも滞在してもらっていたから、皆魔術がメキメキ上達してね。見ていて楽しかったよ」
ニコニコとエドワードが笑う。
「そうですか」
お抱え魔術師が全員、大賢者グランの弟子ってどういう戦力だよ、とアイザックは内心で突っ込んだ。エドワードを敵に回してはいけない、と心のメモに書き込んだ。
……とりあえず、ビトレール領は心配いらないよ、サラ。
◇◇◇◇
「難民の数が徐々に増えているな。検問所の数を増やせ。それから、アテイニア学園に連絡して、難民の一時的な避難場所として開放するように交渉しろ。急げ」
「はっ!」
レダコート王国の北門がある城壁の上から、ユーティスは部下に指示を出した。門の外には避難民の長蛇の列が出来ている。高さ20メートルの城壁の上からでさえ、列の先が見えなくなっていた。あらかじめ避難民が殺到することが予想されたため、何度もシミュレーションし、魔王覚醒に備えていたつもりだったが、想定外のトラブルに見舞われ受け入れが思う様に進んでいない現状に、ユーティスは臍を噛む思いだった。
受け入れ開始当初は、簡単な身元確認のみで門を通していたのだが、難民に紛れ、魔族が一人侵入したのだ。すぐに魔術師が気付き、近くにいた冒険者やユーティスの活躍もあって大きな被害は出なかったのだが、数人の死者が出て現場が混乱した。そこで今は一人ずつ検問所を通り、魔術師のチェックを受けてから通す様になったため、予定の数倍も時間と手間がかかっている。門の外の難民達はさぞ不安な想いを抱えていることだろう。いつ暴動が起きるとも限らない。ただでさえ、人間と獣人やドワーフなどの非人間との間で小さなトラブルが頻発しており、いつ爆発するか分からない状況だ。『紅の鹿』が居なければ、とっくの昔に人同士の争いが勃発していただろう。『紅の鹿』には民を安心させるため、いつもの冒険者の装いではなく、レダコート王国の騎士の格好をしてもらっている。非人間が騎士をしている国、という印象を与えることで、非人間に安心感を与えることにいくらか成功していた。特に、非人間にも分け隔てなく話しかけ、あれこれ世話を焼くボブの存在は有難かった。
(全く。サラの友人は頼もしいな)
獣人の子供を肩や頭に乗せて走り回っているボブを見ながら、ユーティスはため息をついた。
ユーティスとしては、魔族よりも人々の暴動の方が恐ろしい。魔族は討伐すればよいが、民を、ましてや避難してきた人々を攻撃する訳にはいかないからだ。今は、列に沿って数メートルおきに配置された騎士達の誘導が功を奏しているが、もし、また魔族が暴れる様な事があれば悲劇は避けられないだろう。
「ん?」
ふと、外へ応援へ行く騎士の中に見知った顔を見た気がした。
「どうされました? 王子」
「いや、何でもない」
馬鹿な、と背筋が凍る。彼女は城の中で、母の側にいるはずだ。人違いだと、言い聞かせユーティスは難民たちを誘導し続けた。
突然、門の外で騒ぎが起きた。
「何事だ!?」
「大変です、王子! 2キロほど先で、魔族が出現しました!」
「何だと!?」
ユーティスは血の気が引くのを感じた。
そっちには、彼女がいる。
「ここは任せた!」
「王子!?」
慌てる部下にその場を託し、肉体を魔法で強化しながらユーティスは門から飛び降りた。
悲鳴を上げ、狼狽える難民や騎士に声を掛けながら、ユーティスは現場へと急ぐ。
遠くに、巨大な人形が立っている。
人形は、手に人形をもって遊んでいる様だった。
よく見ると、それは人形ではなく、人だ。
胃から込み上げてくるものを抑え、ユーティスは走った。
人形は、手の中の人形が壊れる度、新しいモノと取り換え、また壊す、という作業を続けていた。
「!?」
人形から遠ざかる方向に人々が逃げ惑う中、ただ一人、人形に向かって走り、鋭い一撃を放つ騎士がいた。騎士は人形の首を落とすことに成功するが、その騎士の身体を、首のない人形が掴んだ。
人形は、何事もなかったかのように騎士の両腕を掴むと、左右に引っ張った。
「きゃあああああ!」
騎士が悲鳴を上げる。
「はああああ!!」
気合と共に、ユーティスが飛び、華麗に人形の片腕を切り落とした。そのまま身体を回転させ、人形の胸に剣を突き刺した。
「ギャアァアアア!!」
そこには、人形を操る小人族の魔族が居た。ユーティスの一撃は小人の額を貫き、核となる魔石を破壊した。
人形が一気に崩れ始める。
「はぁっ!」
ユーティスは人形を蹴った反動で勢いをつけると、地面へ落下する騎士を優雅にキャッチした。
「何故、お前がここに居る!」
お姫様抱っこされた騎士は、ティアナだった。ユーティスは手荒くティアナを降ろした。
「城に居ろと言ったはずだ!」
「私もあなたの役に立ちたかったんだもの!」
見たこともないほど怒りを顕わに怒鳴りつける王子に、ティアナは怒鳴り返した。
もう、守られるだけは嫌なのだ。皆戦っている。勝手にライバルと定めたサラは、魔王と戦っているのだ。自分も役に立ちたかった。ユーティスと、肩を並べたかった。
「馬鹿者!」
ユーティスが更に怒鳴る。ビクッと、ティアナは思わず目を閉じて身を強張らせた。
殴られる!? と覚悟したが、しかし、ティアナが感じたのは痛みではなく温もりだった。
「こんなところで死んでどうする! 俺の側にいろ……!!」
「!!??」
ティアナはユーティスの大きな胸に抱きしめられていた。自分から抱きつくことはあったが、抱きしめてもらったのは初めての経験だった。
王子にしてみたら、死にかけたティアナの無事に安堵し、危なっかしいから近くにいろ、と言っただけのつもりだが、どうみてもプロポーズだった。
「……! ……! ……はい!」
ティアナは涙をめいっぱい浮かべながら、ユーティスを抱きしめ返した。
どれだけ想っても、どれだけ尽くしても、どれだけ待っても、どれだけ耐えても、届くことのなかった胸に、今、抱かれている。
何度も諦めようと思った。聖女の帰還パーティでのユーティスとサラを見て、叶わぬ恋だと思い知り、せめて役に立つ女になろうと思って剣をとった。
……わたくし、まだ負けていませんわ。必ず、戻っていらっしゃいませ……サラ様!
ブックマーク、評価、感想等、ありがとうございます!
今回は、魔王戦以外の戦いの様子を中継してみました。
というか、ティアナちゃんへのご褒美回でしたね。
次回は、アルバトロスに戻ります。
行ったり来たりですみません! 頑張ります!




