93. 泉の守護者
「セーブポイント? 何だそれは」
目の前の巨大な蟹を一太刀で葬りながら、ゾルターンが聞き返した。
デュオンだけが「おお! セーブポイント!」と目を輝かせている。
「安全地帯、って感じの場所よ。ここから北に真っ直ぐ行った先に、聖水が湧き上がる噴水があるはずなの。まず、そこをおさえたい!」
「分かった。……皆の者! これから聖女を大聖堂前の噴水まで連れて行く! 道を確保せよ!」
「「「はっ!」」」
サラの要求に応え、ゾルターンが命じる。細かい指示は無くとも、迅速に反応するバンパイア達は流石だ。魔王軍の指揮官も元は何処かの騎士なのか、中々いい働きをしているのだが、精々17年の経験値しかない魔王軍に対し、バンパイア軍は300年の積み重ねがある。個体別にみれば魔王軍にもかなりの手練れはいるが、連携のとれたバンパイア達の動きに翻弄され、少しずつ数を減らしている。
サラ達は騎士団に助けられながら、大聖堂前広場に向けて全力で走っていた。
「サラ様、失礼」
「きゃ!」
急にシグレに背負われて、思わず可愛い声が出た。
「この方が、速いので」
「あわわ、ありがとう!」
サラを背負ったシグレが一気に加速した。それに合わせる様に、周りも加速する。どうやら皆、サラに合わせて遅めに走っていたようだ。よくよく考えたら、鎧の力で運動能力が上がっているとはいえ、サラの身体は普通の16歳の少女だ。バンパイアや『鬼』の足には程遠い。
「うわあ! 速い!」
「はは! 喋んな! 舌噛むぞ!」
「はい!」
横を見ると、何故かご満悦なダイにロイがお姫様抱っこをされていた。「ヒロインがおんぶなのに、野郎がお姫様だっこ!?」とサラは脳内で突っ込んだが、どちらも楽しそうで何よりだ。それよりも、このメンツと同じスピードで普通に走っているグランが怖い。見た目は、よぼよぼのお爺ちゃんなのに、魔胴衣からチラ見えするふくらはぎがアスリート並みだ。真面目に肉体強化魔法を習得しよう、とサラは思った。
サラ達一行の目の前には、かつて裁判所や各種ギルドがあった建物が並んでおり、その先に目的地がある。サラ達は建物を迂回し、噴水の見える位置まで辿り着いた。
「!? 噴水が枯れてる!?」
サラは驚きに目を見開いた。
ゲーム『聖女の行進』では、魔王城へはラストダンジョンである『魔王の森』から地下を通り、大聖堂に出る仕様になっている。大聖堂で高位魔族と一戦あった後、大聖堂正面の広場にあるセーブポイントに辿り着くまでが魔王戦の序盤の難所であった。
マシロの記憶では、広間の噴水は『聖女の泉』の水で満たされているはずであったが、今は噴水は涸れはて、魔物達が闊歩している。正規のルートではないことによる弊害なのだろうか。それとも、何か重大なことを忘れているのだろうか。
「! 待て!」
「どうした、ラズヴァン!」
噴水まであと50メートル、と言った所まで先行していたラズヴァンが、急に立ち止まった。それに合わせ、バンパイア達も一斉に動きを止めた。その反動でサラはシグレの背中から吹っ飛びそうになったが、シグレが上手くコントロールしてくれ事なきを得た。……隣でこけている二人組は見なかったことにしよう。
ラズヴァンはゾルターンの問いには答えず、身を低くして構えながら、前方に警戒している。バンパイア達は獣人であるラズヴァンの感知能力には一目置いており、ラズヴァンの動向に注目しながら、襲い掛かる魔王軍と戦っている。
サラもシグレの背に守られながら、ラズヴァンを見つめていた。
ピクリ、とラズヴァンの耳が動いた。
「来る!」
ラズヴァンの合図とほぼ同時に、噴水の周りに黒い穴が現れ、小さいが途轍もない熱量を感じさせる魔物が一体出現した。
その姿にサラは思わず息を呑む。
それはゲーム中、最高難易度ダンジョン『魔王の森』で極まれに出現する幻の魔物と酷似していた。……最高の装備とパーティを揃えて、何度もトライして、やっと倒すことができた相手……ある意味、魔王より厄介だ。
「青龍……!」
「何じゃと!? 水龍ではなく、青龍だというのか!?」
サラの言葉に、いち早く反応したのはグランだった。見た目は子供の水龍とよく似ているが、水龍と青龍では大きな隔たりがある。青龍は、かつて神々が作り出した古代龍であり、水龍は青龍の子孫、もしくは力を受け継いだ眷属に過ぎない。ただの子供の水龍であれば、Aランクパーティでも討伐可能だが、青龍となるとSSS級……勇者や大魔術師でなければ相手にならない。
幸い、青龍は目覚めたばかりで頭がぼんやりとしているのか、襲ってくる気配はなく、ポリポリとお腹を掻きながらキョロキョロと周りを見渡している。青龍を吐き出した穴は、既に消えている。
突然現れた強者の存在に、噴水の周りに居た魔物達が一斉に襲い掛かった。
「があ!」
何なの、もう! と言わんばかりに、青龍が吠えた。可愛らしい声と見た目とは裏腹に、小さな体から放たれた魔力により、魔物達は瞬時に溺れ、消滅した。
「全員、下がれ!」
ゾルターンの号令が響く。
サラ達も含め、騎士達は一斉に青龍から距離をとった。
「んんん……があう! がああああう!」
小さな青龍が、短い前足を使って苦しそうに頭を抱えている。
「あ……!」
不意に、サラの脳裏に見たことのない映像が走馬灯のように駆け抜けた。
初めに見えたのは、水中に眠る、水晶に閉じ込められたエルフの女性の姿だった。胸に赤ん坊を抱えている。小さな龍の手が、水晶を撫でた。水晶は、冷たくて、暖かくて、心地よかった。小さな龍は、いつしか水晶の傍らで眠るようになった。
次に見えたのは、小さな龍の小さな掌にすっぽり収まるくらいに小さくなった水晶の欠片だった。長い年月を経て、水晶ごと女性も赤ん坊も溶けてしまったのだと、小さな龍は理解している様だった。
「さみしい。きれいと、かわいい、いなくなった」
それでも龍は、小さな欠片を握りしめて眠りについた。
次に見えたのは、空っぽの掌だった。嫌な気配を感じて、久しぶりに目を覚ました小さな龍は、気配の方に泳いで行った。嫌な気配は、小さな龍が通れない程、小さな、小さな水路の先から漂ってくる。龍は怒りを感じ、地上へと飛び上がった。嫌な気配で、お気に入りの寝床が汚されるのが、とても我慢できなかった。
「ぼくが、まもるんだ」
気が付いたら、サラは青龍の言葉を口にしていた。
「サラ様?」
サラの異変に気付き、正面を見据えたままシグレがサラの身を案じた。時間にすれば、ほんの数秒であったが、サラは青龍と記憶を『共有』した。そして知った。地上へ出た青龍に、何があったのかも。
「あの青龍は、『聖女の泉』に近付くものから、泉を守ろうとしている。その気持ちを利用して、噴水を守らせているのよ。あの子、ガイアード達によって洗脳されてる。『噴水を通して悪いやつが泉にやってくる。ぼくが、ここをまもらなきゃ』って魔法で噴水を堰き止めて、涸らしたのはあの子。その状態のまま、あそこに封印されていたんだわ」
仲間に説明するために、サラが軽く魔力を込めて声を発する。
「何でそんなことが分かるんだよ!」
ダイだけが疑問をぶつけてくるが、その他は「聖女だからな」という顔をしており、誰もサラの言葉を疑っている様子はない。
「きっと、これだけの人数が近づいたことで、目を覚ましたのね。もしくは、聖女の気配に反応したか」
ダイの質問はスルーして、サラが言葉を続けた。「参ったのぉ」と、グランが眉を寄せた。
「どちらにせよ、酷く混乱しておる様じゃ。近づけば、さっきの魔物どものように瞬殺されるぞ。見た目は幼体じゃが、紛れもなく古代龍……ジークとどっちが強いかの? ワシらが束になっても敵う相手ではない」
グランの言葉に、ざわっとバンパイア騎士達の間に動揺が広がった。
「では、どうする。セーブポイントは諦めて、迂回するか?」
「いいえ!」
ゾルターンの問いに、サラは首を横に振った。
「たぶん、あの噴水が『聖女の泉』と繋がることを魔王軍は恐れている。そのために、わざわざ危険を冒してまで青龍を洗脳し、あそこに封じたんだわ。きっと、青龍を解放して、聖水をこの都市に呼び込むことには意味があるのよ」
「ああ、なるほど!」
ぽん、と手を叩いて、今まで黙ってついて来ていたエリンが口を開いた。
「さっきから、砂漠なのに水系の魔物が多いなって思ってたの。元々この城塞都市には水が溢れてたんじゃない? ほら、よく見たら、石畳の溝が全部繋がってるわ」
確かに、エリンの言う通り、噴水から放射線状に溝が彫られ、街中に伸びている。かつてはこの溝に聖水が流れ、街を魔物から守っていたのかもしれない。
「では、やることは一つだな!」
ゾルターンが声を上げた。
「聖女殿。あの噴水を復活させるぞ。……任せてよいか?」
ゾルターンが意図することが、サラにははっきりと分かった。青龍を倒す戦力は無い。ならば、やれることは一つだけ。
「あの子を、テイムします!!」
更新が遅くなりました!
申し訳ありません!
数話同時に書き進めていたので、今日、明日はもう少し投稿できそうです!




