83. 凱旋パーティ -?-
「さあ! 次の方!」
病院の受付か、と突っ込みたくなるような勢いで、サラは長蛇の列を捌いていた。
しかし、サラがいかに元ゴリラとはいえ、本来は16歳の少女であり、限界はある。
20曲近く踊り続けていることや、コルセットがきつすぎることもあり、次第に気分が悪くなってきた。だが、自分のためのパーティで粗相をする訳にはいかないと、サラは気合で笑顔を作り続けた。
ふう、と息をつきながら、あと三人、と思ったところで、ぐらりと世界が回った。近くで誰かが悲鳴を上げたのが聞こえたが、どうすることも出来ない。
しかし、天井と床が反転し、そのまま床に叩きつけられるはずのサラの身体は、ふわり、と宙に浮いた。
誰かが横向きに抱えあげてくれたのだと分かったのは、右頬に穏やかな心音を感じたからだ。
(あ……)
懐かしい匂いがした。途端に、サラの胸がキュンと締め付けられた。体中の細胞が、再会を喜ぶかのように熱を帯びてくる。
「……リューク……?」
目がまだグルグルと回っていたため顔ははっきりと確認できないが、サラの嗅覚が間違いなくその人だと告げている。
「サラ。ドレスのサイズが合っていないのではないか?」
あまり感情を込めず、淡々と事実だけを述べているだけなのに、声を聞いただけで、じわっと涙が溢れてきた。サラは涙を隠すように、リュークの肩に左腕を回し、胸にしがみついた。周りが騒めいているが、そんなことはどうでもいい。
「感動の再会なのに、第一声がそれは酷いよ、リューク」
「そうか? すまなかった。リーンに呼ばれて来てみたら、目の前でサラが倒れたので驚いた。てっきり服がきつくて倒れたのかと思ったが、違ったか?」
「違わないけど、そうじゃなくて」
倒れた理由を考察してほしい訳ではなく、せっかく一世一代の晴れ姿なのだ。別の言葉をかけて欲しかったのだが、おそらく目を丸くして首をかしげているであろうドラゴンには、乙女心は通じない。それでもいいか、とサラは顔を胸から離した。気分は悪いが、眩暈は治まったらしい。リュークの整った顔を間近にとらえ、サラはあることに気付き、目を見張った。
「……え? リューク、フードは!?」
リュークはいつものフード付きのマントを羽織っていなかった。そればかりか、貴族の礼服を身にまとっている。黒を基調とし、紅いラインが入った特注品だ。
「リューク、すごく似合ってる……! 王子様みたいよ?」
「フードは置いてきた。リーンがこれを着ろというので着てみたが、動きにくいな」
少し困ったように、リュークが笑った。
ズキューンと、サラのハートに穴が空いた。
大して意味のある言葉でも、動きでもないのに、攻略対象者以上の破壊力だ。
さっきとは別の意味でサラは眩暈を感じた。
「りりりりリューク、降りるね!」
「そうか?」
このままではヤバいことになる、とサラは慌ててリュークの腕から降りた。
「ああ……!」
ぽん、と何か閃いたらしく、リュークが手を打った。
「何かいつもと違うと思ったが、そうか、大人っぽくなったのだな。ドレスも、化粧もとても似合っている。綺麗だ」
「……あふっ!」
「!? サラ!」
不意打ち褒めは、卑怯なり! と言わんばかりに、サラは倒れた。倒れたというより、ぶっ倒れたという表現が正しい。ギリギリのところでリュークの反射神経に助けられ、腕を取ってもらえたので頭を打つことはなかったが、周りがギョッとしている雰囲気は伝わってきた。もちろん、そんなことはどうでもいい……!
(ありがとう……! 神様、仏様、リーン様!)
リーンの言っていた「プレゼント」とはリュークのことだったのかと、サラは心の中でリーンに最大限の感謝を述べた。
リュークはサラがまた倒れたので「???」と頭の上に疑問符を出しながら首をかしげている。
「サラ、やはりドレスがきついのだな? それとも踊り疲れたのか? まったく、リーンやパルマがついていながら何をしているんだ?」
「あわわ、リーンやパルマは悪くないよ? むしろ……神!」
「何を訳の分からないことを言っている。サラ、着替えたほうがいい。ちょうど前の制服を作り直したところだ。ドラゴン繊維を配合したから伸縮自在だ」
「ドラゴン繊維!? え、あ、きゃああ!」
サラが突っ込んでいる間に、リュークの魔法により一瞬にしてサラの衣装が変わった。魔法少女の変身シーンよりずっと短い。
白い長袖のブラウスに、ダークピンクのネクタイとフレアスカート、白いハイソックスとダークピンクの靴のコントラストが『大人可愛い』、武器屋オリジナルコスチュームだ。
「き、きゃああああ!」
「「「おおお!」」」
と、一部から歓声が上がる。突然、夜会のドレスから武器屋でアルバイトをしていた時の制服姿(ちょっぴり大人バージョン)になって、恥ずかしさのあまりサラは顔から火をふいた。
「ちょ、ちょ、ちょ」
「どうだ。もう苦しくないだろう?」
「苦しくないけど、著しく恥ずかしい!」
「恥ずかしい!?」
顔を真っ赤にしてしゃがみ込んでしまったサラを見て、ガーン、とリュークはショックを受けて固まった。どうやら渾身の作だったようだ。
「あの、この場では、って話よ!? 凄く可愛いと思うけど、TPOというか、場違いというか」
「そ、そうか」
サラの必死の言い訳に、リュークは気を取り直し
「では、これではどうだ?」
と言って、再びサラに魔法をかけた。
観衆から、「「「おお……!」」」と先ほどとは意味合いの異なる歓声が上がる。珍しく、リーンがポカンと呆けている。
サラも思わず目を見張った。リーンと目が合うと、リーンは「僕聞いてない!」と目で訴えてきた。
ドキドキと、鼓動が早鐘を打つ。
「リューク、これって……!」
「サラにぴったりの鎧は、まだ出来上がっていないんだ。手持ちの装備でサラが着ても違和感がないのは、これしか思いつかなくてな」
リュークが選んだのは、真っ白な鎧だった。
身体の凹凸を意識したデザインから、女性用であることが分かる。近衛騎士団の鎧も白で統一されているが、明らかにデザインが異なる。しかも、驚くほど軽い。そればかりか、着用者の魔力を増幅させ、軽く魔力を通すだけで身体能力を何倍にもしてくれる代物だ。
サラに合わせたのか、本来白のマントの代わりにダークピンクのマントが付いているものの、サラはこの鎧に見覚えがあった。
最も過酷なルートであったがために、ゲームでも一度しか手にしたことがなかったが、幼いサラが一人で魔王を倒すために手に入れようとした逸品である。
「伝説の鎧……!」
サラが口に出すと、周囲がどよめいた。
無理もない。
この世界の住人にしてみれば、神話の時代に「始まりの聖女」が身に着けていたとされる伝説の装備の一つであり、奇跡の至宝なのだ。
ゲームでは、武器屋に10000回通い、Sランク以上の冒険者になって初めて貰える、聖女専用装備だ。もちろん、この世に一つしか存在しない。ゲームでも、「何故、武器屋がそんなお宝を所有しているのか」と、ファン達の間で大喜利のネタにされるほどのアイテムである。
「いいの? 私、10000回達成してないよ?」
目を輝かせて、サラがリュークを見上げた。リュークは小さく微笑んだ。
「オマケだ。ずっと欲しがっていただろう? SSランク昇格祝いだ」
「え!?」
「まあ、必要がなくなれば返してもらうぞ。母の形見だからな」
「えええ!?」
「ん? リーンが踊れと言っている。踊れるか?」
「お、踊れるけど……え? ちょ、理解がっ」
ワタワタと混乱するサラの手を取って、リュークが意外なほど優雅に踊りはじめた。「いったい、どこの貴公子だ?」と、あちこちから熱い視線が向けられている。リュークのダンスはこの国のものとは異なっていたが、リュークのリードが素晴らしくサラは難なく合わせることが出来た。「SSランク? 母の形見!?」と、頭の中は絶賛混乱中であったのだが。
「サラ。もう一着あるのを思い出した。鎧姿では踊り辛いだろう?」
「え? あ……!」
気付いた時には、サラは再び着替えさせられていた。わあ、と、会場がいっきに華やいだ声に包まれた。
サラは、純白の生地に小さなピンクの花の模様が散りばめられたドレスを身に纏っていた。
(こ、こ、こ、これって……!)
「母のドレスだ。自分では着ることがないから、すっかり忘れていたが、良く似合ってる」
サラの腰を持ち上げて、クルクルと回りながら、リュークが嬉しそうに目を細めた。きっと、リュークは気がついていない。ただのドレスだと思っているのだろうが、これはおそらく……
(ウェディングドレス……!)
皆が動きを止め、二人のダンスに見惚れている。純白の花嫁と、漆黒の花婿。まるで一国の王と王妃の結婚式の様だった。
(ああ。そうか)
と、サラは胸に熱を持ちながらリュークを見つめた。
サラと視線が合って、リュークが「どうした?」と微笑んでくれる。
(リュークは変わらない)
昔と変わらず、サラを小さな子供だと思っている。何万年も生きているリュークからみれば、サラの存在など限りなく小さな石の一つに過ぎないだろう。
それが、ひどく寂しかった。
先程、パルマが恋について教えてくれたけれど、やはりあれは恋とは少し違う、とサラは思った。
(だって私、リュークが好きだ……!)
意識したら、ストンと胸に落ちた。
よりによって、攻略対象者どころか、自分を恋愛対象としてみることのないドラゴンを好きになってしまった。
「どうした、サラ? 何故泣く? 疲れたか?」
「うん……ちょっとだけ」
何故だろう。訳の分からない涙が頬を伝う。
「そうか。では、この曲が終わるまで、こうしていよう」
リュークはそう言うと、幼いサラによくしてくれたように、右腕だけでサラを抱き抱えた。その体勢のまま、ゆったりとステップを踏む。サラは思わずリュークの頭を抱きしめた。
「リューク。大好き」
「ふっ。久しぶりに聞いたな」
「……そうだね。久しぶりに言った気がする。ねえ、リューク、ずっと傍にいてくれる?」
「当たり前だと、何度言わせる気だ?」
「魔王を倒した後も?」
「? 当たり前じゃないか」
「……うん。絶対だよ? 約束だからね?」
「ああ」
リュークが苦笑しているのが伝わってくる。
会話が大事なところで噛み合わない。
(昔の『好き』じゃ、ないんだよ)
と、リュークの腕に抱かれる間、サラはずっと涙が止まらなかった。
曲が終わると、真っ先に飛んできた父の腕に、サラは強奪された。リュークは苦笑しながら「今度、うちの父とも踊ってやってくれ」とサラに言い残して武器屋へと戻っていった。
聖女が疲れているということもあり、この日はそのままお開きとなった。
サラの住居には、自宅ではなく王城の隣にある大聖堂の一室があてがわれた。
部屋では、初めて会う侍女に紛れ、アマネがスタンバイしていた。
白いメイド服にソワソワと落ち着きのなかったアマネだったが、瞼を腫らしたサラを見ると人目もはばからず抱きしめてくれた。
シズよりもずっと小さな胸だったが、負けないくらい温かい、とサラは思った。
明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いいたします。
今回は、鈍感ドラゴンの回でした。
サラちゃんもようやく、少年達の気持ちが分ったでしょうか……
それにしても、ドラゴン繊維が気になります……
では、次回は登場人物のおさらいです。その前に、短い話を入れるかもしれません。
お付き合いいただけると幸いです。




