77. 突然の解散、聖女の自覚
馬車に揺られること5時間。途中で休憩を挟みながら、サラ達一行は王都レダの北門近くまで到達した。
ここからは、4頭の白馬が牽く屋根のない煌びやかなパレード用の馬車に乗り換え、そのまま大通りを北から南へ向かって城まで進む予定だ。
クロードから馬車を降りる様に促され、まずアマネが降りた。降りる時、間にロイが居るにもかかわらず、アマネがサラに抱き着いてきた。
「パレードで、素を出しちゃ駄目ですよ! ゴリラだとバレたら、指差して笑いますからね!」
「分かってるって! 心配しないで、アマネ。……って、ゴリラじゃないし!」
笑いながら降りたアマネに続き、ロイ、グランが降りた。グランはチラリと後ろを振り返り、シグレと視線を合わせ、コクリ、と頷いた。
「? シグレさんとサラは降りないの?」
ロイが不思議そうに、振り返った。
「直ぐに降ります。ですが、パレード前に一度サラ様に今後の流れを説明しておきたいのです。ロイはグラン殿と先に移動してください」
馬車の中から、シグレが答えた。
「うん。分かった!」
ロイが晴れやかな笑顔でグランの手をひいて駆けて行く。ルカを取り込んで、驚くほど心と体が軽くなったようだ。
「先程は言いそびれましたが」
二人きりになった馬車の中で、眩しいものを見る様に目を細めてシグレが微笑んだ。優しい、父親のような笑顔だ。
「とても良くお似合いです。……言ったでしょう? サラ様なら着こなせる、と」
突然、シグレから褒められて、サラはボンッと赤くなった。
「うひゃああ! グ、グレ兄様に言われると、何か、大人の女性になった気になる……!」
「ふふ。私から見れば、まだまだ子供でいらっしゃいますが、世間一般からすれば、貴女は充分、大人の女性です。もう少し、自重なさいませ。貴女の微笑み一つで、多くの者の人生が狂うのですから」
「え!? そんな大ごと!?」
「逆に聞きますが、王子やパルマ殿、ロイ殿……だけならまだしも、バンパイアやエルフ達の心を乱しておいて、大ごとではないとお考えですか? 先程も、第三騎士団を配下になさいました」
「えええ!?」
「ふふ。貴女はお優しく、素直に感じたまま人と接しているだけなのでしょう。少し前まではそれでも良かったのですが、今の貴女は存在しているだけで周囲に影響を与えています。聖女の力が強まっているのですから、特定の異性と懇意にするのは今後はお控えなさいませ。貴女を巡って争いが起きるのは、本意ではないでしょう?」
「……ロイとのこと、怒ってる?」
上目遣いで、サラが肩をすくめながら尋ねた。シグレは笑って「いいえ」と答えた。
「あれは、お止めすべきでした。ですが、この1年で私もすっかりロイに情が移ってしまいました。あれは、ロイのために止めなかったのです。ですが、私は『鬼』として貴女を監視する義務があります。旅は終わりました。これからは……せめて、魔王を倒すまでは、一人の女性ではなく、聖女としての自覚をお持ちください。もう、楽しいだけの夢は終わったのです」
シグレの口調は優しい。だが、鋭い眼光がいつもの「グレ兄様」ではなく、「『鬼』のシグレ」に戻っている。これが本来のこの人の眼なのだろう。
「……はい」
それは、『黒龍の爪』の事実上の解散を意味していた。サラを鍛えるための冒険の旅は終わり、これからは聖女として自分の役目と向き合って生きろと言われているのだと、サラは理解した。
「まだ16歳の貴女には酷なことと存じます。私を、恨んでも構いませんよ?」
「ううん……いいえ。大事なことを思い出させてくれてありがとうございます。私は、魔王を倒すために生まれてきたんだ、って、ずっと忘れていました。冒険者サラは、今をもって封印します」
ああ、夢から覚めなければ、とサラは目を閉じてギュッとスカートを握りしめた。その手に、シグレの大きな手が重なる。はっ、とサラは目を開けた。目と鼻の先に、シグレの顔があった。シズによく似た、綺麗な顔だ。
「……サラ様。貴女は一人ではない。今までの様に自由に生きることは叶わなくても、今まで以上に仲間を頼っていいのですよ。それだけは、お忘れなきよう」
「……はい」
この手が離れた瞬間から、本当に冒険者サラとグレ兄様の関係は終わってしまう。きっと、アマネとの関係も主従に戻ってしまった。馬車を降りる時に、アマネがサラに抱き着いた理由がやっと分かった。
パレードが終わったら、またすぐに冒険に戻れる気がしていた。
だが、子供の時間は終わったのだ。
このパレードの瞬間から、サラは聖女として生きなくてはならない。
聖女は、この世界の宝だ。勝手な行動は許されない。
敢えて最後に時間を作って、サラに別れを告げてくれたのは、シグレの優しさだろう。
夢は終わった。急に現実を突きつけられた。
「ありがとうございました。グレ兄さ……シグレ」
涙を堪え、何とか微笑むことが出来た。
「サラ様」
シグレの大きな手がサラの小さな手を掴み、そのままサラはシグレに抱きしめられた。大きな、大きな、暖かい胸。性別は違うのに、シズを連想させる大好きな人。
「僭越ながら、妹の娘と旅をしている気分でした」
「!」
「我々は、いつでもお傍におります。もう、このように抱きしめて差し上げることは出来なくなりますが、『黒龍の爪』の絆は決して消えることはありません。この1年、私は、とても楽しかったですよ、サラ様。……ありがとうございました」
「……うっ」
「泣いてはいけませんよ」
少し明るい口調で、シグレがサラをあやす。サラはぐっと顔を上げた。瞬きはしない。涙がこぼれてしまうから。
「さあ……参りましょう」
「はい゛」
シグレに手を引かれて、サラは馬車を降りた。
パレード用の馬車では、グランとロイがサラを迎えてくれた。ロイもグランから話があったのだろう。サラの事を「サラ」ではなく「サラ様」と呼んだ。震える声で「ロイ様」と返すと、ロイは哀しそうな目で、ふっと笑った。
ロイとキスをして皆に冷やかされたのも、ロイが生まれ変わって皆で抱き合って喜んだのも、つい、数時間前のことだというのに、こんなにも変わってしまうなんて。
サラ達を載せた馬車がゆっくりと動き出す。
王都の北門は既に開け放たれており、外からでも多くの観衆が歓声を上げているのが聞こえてくる。
「サラ。ロイ。笑うんじゃ。なあに、魔王を倒すまでの辛抱じゃ。聖女とその騎士が暗い顔をしてはならんぞ。二人とも、せっかく綺麗な顔をしとるんじゃから、思い切り微笑んで、民を喜ばせてやれ」
「「……はい……!」」
一瞬だけ、ロイがサラの手を握った。うん、とサラは頷いて立ち上がった。
「ただいま戻りました! 皆様、声援ありがとうございます!」
王城に入るまでの間、サラは笑顔を絶やすことなく、手を振り続けた。パレードの会場となる大通りには、美しい聖女と騎士、大賢者の姿を一目見ようと、数万人が集まっている。
サラはその中に、知っている顔をたくさん見つけることができた。皆笑顔でサラの帰りを喜んでくれている。
さすがに貴族の姿は少ないものの、『S会』のメンバーに、リーンスレイ魔術学園の学友達、冒険者ギルドの関係者の姿もあったし、シェード家の使用人の姿も見えた。
(ああ、帰って来たんだ)
じんわりと、胸が熱くなる。
(『黒龍の爪』は解散するけど、私にはこんなに沢山の仲間がいる。今まで待ってくれてありがとう。これからは、聖女として皆を守ります)
サラ。16歳。聖女として自覚が芽生えた瞬間であった。
ブックマーク、評価、感想等ありがとうございます!
だいぶ、第2章も後半になってきました。
予定より、ずいぶん長くなってますね(汗)
最後までお付き合いいただけると幸いです!




