75. 呪縛からの解放
今回も、ロイ君のための回となっております。
「ロイ。話して?」
向かい合って床に座り、サラはロイを促した。ロイが目のやり場に困って目を閉じるので、サラはロイの上着を正面から肩にかけている。
「うん……。勇気を出さなきゃって、思うけど、やっぱり怖い。言えばきっと、サラは反対しない。でも、きっとサラを苦しめてしまう」
何から話そう、とロイは迷っていた。父は喜んでくれたけど、この計画はサラの力があってこそだ。成功するとも限らない。万が一失敗したら、優しいサラはどれだけ傷付くことだろう。サラに大きな責任が降りかかることが分かっていて、相談するのは卑怯に思えた。
「ロイ。大丈夫だよ。私は、ロイを助けるって、ずっと前に誓ったの。その気持ちは、今も変わらない。だから、何でも言って?」
サラは真っ直ぐにロイを見つめていた。濃紺の大きな瞳が、星のように瞬いている。アグロスに捕らわれていた時に、みじめな自分を助けてくれたあの頃と変わらない美しい光だ。
「ふふ。サラは、父上みたいな事を言うね」
笑いながら、ロイは「ああ、サラ。大好きだ」と心の中で呟いた。
ロイは今まで、人生を諦めていた。サラとの未来など、思い描けなかった。でも、希望があると分かった途端、急に欲が出てきた。
……王子にも、パルマにも、リュークにも負けたくない。
「サラ。もし、サラが将来、誰かと一緒に生きたいと願った時、その候補に俺も入れてもらえる?」
ロイがそう言うと、サラは少し驚いたように目を見開いた。そして少しだけ目を逸らすと、「当たり前じゃない」と真っ赤に染まった頬を膨らませた。
「サラ、大好き」
「し、知ってるよ! 仲間だもん! 私も、ロイが大好きだよ?」
「知ってる。でも、俺のとは違う『好き』だ。サラが俺を孫娘としか思ってなくても、俺は、サラが女の子として好きだ」
「…………思って…………ないもん」
「え?」
「もう、ロイのこと、孫娘とか思ってないもん…………」
いつからだろう。ハミルトンの病室で一緒に寝た時だろうか。髪飾りを贈りあった時? …………いや、きっと、仲間になると手を差し伸べてくれた時だ。
「サラ!」
ロイは腕を伸ばし、サラを引き寄せた。「うひゃあ」と身を強張らせるサラの耳元で、低く囁く。
「キスしていい? 俺に、勇気を分けて欲しい。運命を、変える勇気を」
「………ううっ……そんなのズルい。断れないじゃない……!」
断ることも、出来たかもしれない。でも、ようやく過酷な運命に立ち向かおうとしているロイの気持ちに、水を差したくない。………それに、断る理由もなかった。
「うん。俺、ズルくなる」
「!」
ギュッと目を瞑るサラの桜色の唇に、ロイの柔らかな唇が重なった。窓から差し込む光に照らされ、二人はまるで絵画のようだった。
沈黙が、二人を包み込む。唇を合わせるだけのキス。サラはしだいに力を抜いて、ロイの温もりを受け入れていた。
…………が。
「……」
「……」
「……?」
「……?」
「????」
「????」
「「……ぷはっ! 苦しい!」」
二人同時に顔を離した。息が荒い。
「え!? 皆、キスってどうしてるの? 息してないの!?」
「わ、分かんないよ! 私だって、初めてなんだからっ!」
苺の様に赤い顔で、ロイとサラは絶賛混乱中である。どうやら二人とも呼吸をするタイミングが分からなかったようだ。
「え!? だって、王子としたって……」
「あれは、一瞬だったし、よく覚えてないしっ」
「! じゃあ、長いキスは俺が初めてだね? はは! 嬉しい!」
「よ、喜ばないでよ! 恥ずかしいでしょ!」
「サラ、下向かないで。耳まで真っ赤だよ。か、可愛い!」
「うわ! 可愛いって言えた! ロイこそ、真っ赤でしょ! もう、馬鹿!」
「もう一度いい? 今度は、ちょっと角度変えるから」
「角度の問題!? そもそも鼻呼吸? 口呼吸?」
「じゃあ、まず鼻呼吸で! やってみよう」
「ひゃ! ま、待って! ここここ心の準備がっ!」
「嫌?」
「い、嫌じゃない……です……」
これ以上にないほど真っ赤な顔で、サラが恥じらっている。ああ、凄く愛おしい、とロイの涙腺が緩んだ。ロイの胸の中で、精霊たちが拳を握って応援している。声援を力に変えて、ロイはギュッとサラの肩を抱きしめ直した。
「サラ……大好き」
「ロイ……」
「そこまで!!」
突然、バンッと扉が開いて、アマネが突進してきた。「ぎゃあああ!」とうろたえるサラの目の前で、ドンッと勢いよくロイは跳ね飛ばされた。
「うわああ! 何で邪魔するの!?」
「それ以上は、駄目です! ヘタレ野郎にしては上出来ですけど、見てられません! 勉強して出直してきてください!」
「「見てたの!?」」
「見てないですが、声が丸聞こえです! どんだけ二人して初心なんですか!? こっちがムズムズします!」
赤い顔をしたアマネが、仁王立ちで二人を見下ろしている。
「ひゃああああああああ!」
アマネ達が控えている部屋は、扉一枚隔てた隣室であったことをサラは思い出し、恥ずかしさのあまり上着を頭から被って床に伏せた。
「失礼。止めなければならないと分かっていたのですが、ロイの成長が感慨深く、サラ様も満更ではない様子でしたので、つい、聞き入ってしまいました」
真面目な顔で報告するシグレの後ろでは、使命を忘れた親戚の年増達がニヤニヤしている。グランはすっかりお爺ちゃんの顔で、孫達に微笑みかけている。
クロードだけが顔をしかめていた。
「お遊びはこれくらいにして、さっさと準備してください! サラ様、あと10分以内に準備しないと、このことを報告しますからね! ……お父上に」
「きゃあああああああ! それだけは止めてえええええ!」
男爵家にサラの悲鳴が響き渡った。庭で待機していた騎士達がぎょっとして2階の窓を見つめ、ざわめきだした。
15分後。
ざわめく騎士達の前に現れたのは、王都近衛騎士団の制服に身を包んだ3人の男女と、白いローブを纏った大賢者、そして、「女神だ」と思わず誰かが呟くほど、美しく輝きを放つ聖女だった。
「お久しぶりです。サラ様、ロイ様。ずいぶん大人になられて、見違えました」
ぼーっと呆ける騎士達の中、一人の中年の騎士が進み出た。第三騎士団、ゲイル団長だ。クロードの所属する近衛騎士団とは所属が違うが、サラが帰還すると聞き、無理を言って同行してきた。ゲイルはかつて、アグロスの魔の手からサラとロイに救われていた。命令とはいえ、恩人である二人を牢に入れたことを、今でもずっと後悔していたのだ。
「あ! あの時の団長さんですね? お身体は、大丈夫でしたか?」
「!?」
恨まれていても仕方ない、誠心誠意謝ろう、と覚悟していたゲイルに、聖女は睨むどころか眩いばかりの笑顔を向け、身体の心配までしてくれている。ああ、とゲイルはその場に崩れ落ちた。そのゲイルの後ろに数人の騎士が続き、剣を地面に置き、片膝を突いて深く頭を下げた。
「サラ様……聖女様! 私はっ、我々第三騎士団有志は、貴女にこの身を捧げます! どうか、お傍で御身をお守りすることをお許しください!」
ゲイルの言葉に、クロードが青ざめた。国の守りである騎士団長が、聖女とは言え個人に忠誠を誓うなど、あってはならないことだった。
「ゲイル団長!? 騎士団は王の物です! 勝手な振る舞いは」
「許します」
「サラ!?」
とっさのことで、思わず「様」をつけ忘れるほどクロードは困惑した。当のサラと言えば、なぜクロードが怒っているのか分からないらしく、きょとんとしている。サラにしてみれば、ここからパレードが終わるまでゲイル達が警護してくれるのだろう、くらいの理解だった。
「ありがたき幸せ!」
ばっ! と、ゲイル達が一斉に立ち上がった。どの顔も、輝いていた。「あちゃー」と、カフェオレ色の頭を掻きながら、クロードがため息をついた。
「ゲイル団長、王都に戻ったら覚悟してくださいね?」
「無論だ」
クロードとゲイルの会話に「?」と首を傾げながら、促されるままサラは仲間と共に一台の豪華な馬車に乗りこんだ。『黒龍の爪』はこのまま王都の北門までこの馬車に乗り、そこから別途用意されたパレード用の馬車に乗り換え、王城まで向かう手筈となっている。
世話になった男爵家に別れを告げ、クロード率いる近衛騎士団とゲイル率いる第三騎士団有志に守られながら、サラ達は王都へと出発した。
その馬車の中、先程サラから勇気を満タンにしてもらったロイが、仲間達に話をし始めた。
皆、神妙な面持ちで黙って聞いてくれた。話し終えた時、両側からサラとアマネに抱きしめられた。サラはともかく、アマネまで涙ぐんでいたことが意外だった。
「実はね、ロイ」
サラがロイから身を離し、涙を拭ってロイの手を握った。
「私達も、ずっと話し合っていたの。ロイのこと」
「え!?」
サラの言葉にロイは目を見開いた。そんなことは初耳だった。
「ロイが体調を気にしていたことくらい、皆知っていました。デュオンさんの治療のおかげで最近顔色が良かったため、流石にそこまで寿命が縮まっていたとは思いませんでしたが」
「ふむ。ルカ湖に入ってから魔力も満ちておったからの。それに、お前の精霊達はワシらの前では元気に振舞うのでな。お前がそこまで悩んでおったとは、気付いてやれずすまなかったな、ロイや」
「ロイがヘタレ野郎のまま死ぬのは嫌だったんです。だから、皆で考えたんですよ? 私も20年分くらい頭使いましたからね!」
仲間達が次々と、ロイに言葉をかけてくれる。今まで一人で抱え込んでいたことが嘘のようだ。
「ロイ。私達の考えた方法を言うね?」
「うん」
サラ達が考えた方法と、デュオンが提案した方法は、「ロイの身体に魔物を入れて、寿命を補う」という意味ではよく似ていた。
サラ達が選んだのは、バンプではなく別の魔物だった。
「別の、魔物……?」
ロイは首を傾げた。バンプが人に憑りつけるのは、目に見えない程小さな魔物だからだ。そんな小さな魔物が、他に居ただろうか。
「うん。本人に聞いたら、『多分、出来る』って言ってくれたわ。バンプよりは大きいけど、水に溶ければ体に入れるし、入った後は魔脈に住めばいい、って。ロイの精霊達とも上手くやっていけると思う、って笑ってくれたわ」
「え? え? 本人? 笑う? 魔物が?」
ロイは混乱していた。確かに、サラにテイムされた魔物の中には、ケンタウルスなどの人型の魔物もいるが、それほど話のできる小さな魔物など思いつかなかった。まして、水に溶けるなど……
「あ……!」
あることに思い至り、ロイは思わず立ち上がって、ゴン、と馬車の天井に頭をぶつけた。
「分かった?」
クスクスと、サラが笑う。ロイの頭を優しく擦りながら、サラは魔物の名を告げた。
「ルカ、よ」
「……土の、妖精……!」
ロイは、全身に鳥肌が立つのを感じた。
ルカは元々土から生まれた魔物だが、泥となって湖に溶け、核となる魔石を失ったまま300年もの間、膨大な魔の中を漂っていた。その湖がサラの治癒魔法を浴びて浄化され、清らかな魔の中で核を取り戻し、生まれ変わった稀有な魔物だ。
生まれ変わったルカがハミルトンの街に現れた時、真っ先に気配を感じ、迎えに行ったのがロイだった。ロイには、彼の気配が魔物ではなく、自分と同じ精霊だと感じたからだ。
魔物でありながら、限りなく精霊に近い存在。それが、ルカだ。
「でも、それって、ルカが消えてしまわない? 俺、自分のせいでルカが消えるのは嫌だよ?」
鼓動が高鳴る。確かに、ルカならバンプよりもずっと安全であり、ロイの身体にも馴染むだろう。胸の中の闇の精霊達も興奮している。
「大丈夫よ。ルカの本体には魔石があるから、身体の一部をロイに住まわせるだけなんだって。ルカが死んじゃったらロイの中からも消えちゃうけど、ルカの寿命は人間よりもずっとずっと長いのよ? 心配いらないわ」
「う……わあ……」
目からウロコが落ちる思いだった。
(ああ、父上が言っていたことは本当だ)
仲間に相談したら、もっといい方法が見つかるかもしれないよ。
ロイは目頭が熱くなるのを堪えられなかった。
ボロボロと涙をこぼすロイの頭を、サラは胸の中に抱え込んだ。せっかくの衣装が濡れてしまうが、そんなことは、どうでもいい。
「ごめんね、ロイ。もっと早く言えば良かったね。でも、ルカとはいえ、魔物を体に入れるのをロイは嫌がるかもしれないって思って……ううん、普通、嫌がるよね。魔物になるって、事だもん。だから、もう少し様子をみてロイに話そう、って皆で決めてたの。でも、ロイがバンプを受け入れる覚悟をしたって話してくれたおかげで、言う事が出来たわ」
「ありがとう。サラ。ありがとう。皆」
ロイは顔を上げた。今まで見せたことが無いほど、晴れやかな笑顔だった。
「僕は小さい頃、ずっと半魔だと思って生きてきた。『化け物』って呼ばれて、それが自分の名前だと思うくらいに。だから、バンパイアになるのが、とても怖かったんだ。サラや、皆と生きたくて覚悟を決めたつもりでいたけど、ルカの話を聞いて、びっくりするくらい心が軽くなった。皆に、言って良かった。勇気を出して、良かった」
「……ロイ……!!」
サラとアマネが再びロイの首に抱きついた。その三人を包み込む様に、グランと、シグレが腕を回す。
(父上。俺の仲間は、こんなに優しくて、暖かいです)
歓喜の涙は、暖かくて、少ししょっぱかった。
その後、そのまま馬車の中でサラはルカを召喚した。
サラが魔法で生み出した水にルカが自分の左腕を差し込むと、腕はみるみる溶けていった。仲間とルカが見守る中、ロイは水を飲み込んだ。少しトロッとした、甘い水だった。以前、サラから貰った魔石水は口に合わなかったけれど、ルカ水はとても美味しかった。喉を通り胃に落ちるまでの間に、ルカの魔力が全身にいきわたるのを感じた。全身が、ポカポカと熱を持つ。精霊達が、歓喜の声を上げている。驚いて顔を上げると、ルカが「成功だね」と微笑んだ。ルカにとっても、直接誰かを救えたことが、至上の喜びだったのだ。
サラは嬉しそうに、ロイとルカを見つめ、二人を抱きしめた。
こうして、ロイは、長い、長い呪縛から解き放たれた。
ブックマーク、感想、評価、誤字報告等、ありがとうございます!
励みになります!
今回、ようやくロイ君の寿命問題が解決しました!
第1部からの課題だったので、長かった~!
早くエドワード卿とデュオンさんに報告してあげたいです。
さて、次話はパレードの前に、別のカップルの話を挟みたいと思います。
とても短いので、本日中にアップしますね!
ではでは。




