74. ロイとサラとトキメキ死
今回は、ロイ君へのご褒美の回となっております。
『黒龍の爪』がレダコート王国の王都レダへ帰還する当日の朝早く、最終宿泊地となった下級貴族の屋敷にサラの悲鳴が響き渡った。
「うぎゃああああ! いーやーでーすー! 何? このヒラヒラのフリルのドレス! え? 子供用? いやだ! 恥ずかしい! いつもの格好で行きます! 冒険者サラでいいじゃないですか!」
「馬鹿おっしゃい!」
髪に合わせた薄桃色の可愛らしいドレスを前に、脱兎のごとく逃げ出そうとするサラの正面に、王都から派遣された騎士が立ちふさがった。カフェオレ色の髪が穏やかな印象を与える、中々の好青年である。
「冷静になりなさい、サラ様! 私も『16歳の聖女にこれはちょっと幼稚すぎないか?』とは思いましたけど、国王が直々に用意なさった衣装にケチをつけるとは、何をお考えですか! パレードの間はマントも羽織りますし、良いではありませんか!」
「でも、この1年、ずっと冒険してたんだよ!? キラキラ、ヒラヒラって、こんな頭悪そうな格好で帰ったら、不自然じゃないですか! 冒険者の格好でいいでしょう!?」
「馬鹿おっしゃい! 貴女は元々、伯爵家の令嬢でしょう!? 聖女で、伯爵令嬢の貴女がしみったれた小汚い格好で庶民の前に現れてごらんなさい! 皆、がっかりしますよ? 失望しますよ? 残念な聖女だと、陰口を叩きますよ? 人々を喜ばせるのも、貴女の役目でしょう!?」
「ぐはっ! 国王の使者が口悪い!」
「使者ですが、私は副騎士団長で公爵家です! 聖女とは言え、貴女も貴族なら、口調と考え方を冒険者から貴族に戻しなさい!」
「うう! クロードお兄様! せめてドレスじゃなくて、騎士の格好では駄目ですか!?」
「騎士の格好は、ビトレール家のご子息に用意しています! 騎士と騎士と大賢者が並んでいたら、完全に大賢者様のパレードになってしまうじゃないですか。今回の帰還は、あくまでも聖女のお披露目なんです! 貴方は可愛らしく着飾って、ニコニコ笑ってればいいんです! 黙ってれば可憐な聖女様として、国民を騙せます! 誰もゴリラだとは気付きません!」
「ぐはっ! またゴリラって言われた!」
「シェード家は基本ゴリラでしょう!? 脳筋父ゴリラと爽やか兄ゴリラと姫ゴリラ! 見た目がいいから皆さん騙されてますけど、私は知ってますからね!」
クロード・ジュノーは若くして副騎士団長となった公爵家の次男であり、サラの兄、アイザックの親友でもある。サラとも面識があり、夜会では何度か踊ったことがある。夜会に不慣れなサラが大勢の男性に囲まれて困っていると、スマートに助け出してくれる心強い味方だった。それだけに、お互い素が出てしまう。
騎士と聖女の激しい言い争いを目撃し、騎士を案内してきた家主の男爵と奥方はオロオロと目を白黒させていた。
その様子を、グラン、シグレ、アマネの三人は、お茶とお菓子を摘まみながら、呑気に眺めている。
「クロード様も黙ってたらいい男ですよね。サラ様とお似合いなんですけど」
「実際、縁談の話もあったそうだ。ゴルド様が無言で蹴ったそうだが」
「……公爵家からの縁談を無言で蹴るとは。どんだけ娘が好きなんじゃ……」
グランが呆れたように焼き菓子を口に放り込んだ。
グランは既に国王が準備した白いマントを羽織っている。シグレとアマネはパレードには参加しないものの、護衛のため騎士の格好に着替えている。
後はサラが着替えを済ませ、ロイが揃えば出発できるのだが、サラが駄々を捏ねており、大幅に出発予定時間が過ぎていた。
仕方ない、とため息交じりに呟いて、シグレが立ち上がった。
「サラ様、観念なさいませ。確かに少女趣味ではありますが、サラ様なら着こなせます。それに、いつまでも騎士達を待たせるものではありませんよ? 彼らは外で、身じろぎもせず、貴女の支度を待っているのですから」
「え!? そうなの!?」
目を見開いて、サラは窓に駆け寄った。2階の窓から下を覗くと、シグレの言う通り、護衛として派遣された騎士達が炎天下の中、重たい鎧を身に着けたまま、じっと立たされているのが見えた。
「うわあ! ごめんなさい!」
聞こえる訳はないのだが、サラは騎士達に謝った。そのサラの肩に、ポンッとクロードは手を置いた。
「はい、観念しましたね? さ、隣の部屋に侍女が控えていますから、可愛らしく化けていらっしゃいませ。可哀そうな騎士達のためにも」
にこり、とクロードは笑った。本当はクロードの采配一つで騎士達を休ませることも出来たのだが、サラがこのドレスを嫌がることが予想できたため、保険のために騎士達を立たせておいたのだ。ちょうど、2階から見える位置に。
「うぐぐぐぐ! 人質とは卑怯な……!」
クロードの策略とも知らず、サラが歯を食いしばって悔しがっている。サラはクロードからドレスを奪うと、フラフラとふらつきながら、隣の部屋へと消えて行った。パタン、と扉が閉まり、「うわあああん!」と成人女性とは思えない鳴き声が聞こえた。
「……どんだけ嫌なんじゃ…」
思わず、グランが呟いた。
「ううう。ノーリス様、私はもう16歳ですよぅ……」
国王に文句を言いながら、サラは侍女たちの着せ替え人形になっていた。落ち込むサラとは対照的に、侍女たちの顔は活き活きとしている。
「申し訳ないのですが、サラ様、もう少し、息を吐いて、背筋を伸ばしてくださいませ!」
「うぐっ! コルセット、く、苦しい……!」
「……どうしましょう。やっぱり少し、入らないわ。もう少し締め上げる? いえ、胸を潰すしか……」
「怖っ! やめて、これ以上は死ぬから!」
「大丈夫です! アバラの1本や2本、よくあることですわ!」
「ひええええ! 無理! ギブ、ギブ!」
暴れるサラを押さえつけながら、手際よく二人の侍女がサラを変身させていく。国王ノーリスが用意したドレスは、大胆にデコルテの開いたデザインだった。子供が着ると大人っぽく、可憐さが際立つデザインだが、大人の女性が着ると胸元が強調され、やや刺激的な仕上りになる。国王ノーリスは12歳の夜会の時のイメージが強いのか、サラをまだ子供だと思っている節がある。アルシノエには程遠いとはいえ、サラも充分たわわに実っている。丈や腰回りはぴったりなのだが、胸元がきつく、サラは息ができない程コルセットで締め上げられた。それでも入らないため、急遽、侍女達が手直しをし、何とか納めることができた。サラは死にそうな顔だが、侍女達は満足気に頷いた。
「素敵です、サラ様! あとはお化粧をして、髪を結い直せば聖女に見えます!」
「ゴリラなんて言わせませんわ!」
「コゼットおば様、サラシアお姉様……ぐふっ」
二人の侍女は、どちらも父方の親戚……つまりはシェード家の出身である。他家に嫁いで長いが、サラが聖女として戻ってくると聞き、侍女として名乗りを上げてくれたらしい。が、やはり血は争えないのか、二人とも華やかな顔に似合わず、中身はゴリラだった。先程のクロードといい、ノーリスがサラの出迎えに親しい者を選んでくれたのは嬉しいが、サラの周りにサラを聖女扱いする者はいない。
「さ、サラ様。鏡の前にお座り下さ……」
コゼットがサラを誘導しようとしたその時、前触れもなく入り口の扉がバンッと開かれた。
「サラ! 遅くなってごめん! 話があ……る……」
侵入者はロイだった。寝起きでそのまま駆け付けたのだろう。服はヨレヨレで、前髪には寝癖が付いている。美しい顔は耳どころか首元まで赤く、口をパクパクさせている。
「すみません、サラ様! 着替え中だから駄目だって言ったんですけど、このヘタレ野郎、聞く耳持たな……ぎゃあ!」
ロイの後ろから部屋を覗き込もうとしたアマネの目の前で、ロイは後ろ手にバタン、と勢いよく扉を閉めた。変な音と悲鳴が聞こえたので、アマネが鼻でもぶつけたのだろう。
「さ、サラ……!」
ロイは走りながら自分の上着を脱ぐと、サラの肩に正面からそれを掛けた。「あらまあ」と楽しそうに侍女達が後ろに下がった。
「ロイ? どうしたの!?」
「さ、サラ! とて、とて、かわ、かわわ、かわわ」
「ロイ、落ち着いて人の言葉をしゃべろう!?」
いや、頼むから、可愛いくらいサラッと言ってくれ、と内心で突っ込みながら、サラはロイの腕を握った。ロイは時々不意にイケメン発言をするが、普段は「可愛い」も言えない純情少年だ。4年前の夜会以来、サラのドレス姿を見たことのなかったロイは、大いに混乱していた。
「サラ、お、お」
「お?」
「お胸がこぼれてた……!」
「きゃああああ!」
確かに、サラも初めの内は露出の高さに抵抗があった。しかし、恥ずかしがる方が逆に悪目立ちすると考えを改め、「見るなら見るがよい!」くらいの心意気であったが、真っ赤になって変な指摘をするロイの初心さを目の当たりにして、サラも再び恥ずかしさが込み上げてきた。
「こここ、これは夜会ではよくあるデザインだからね!? 破廉恥じゃないからね!? ほ、ほら、アルシノエさんなんか、もっと出してたし、シャルロットもこんなドレス持ってるんじゃない? 平気、平気だよ、これくらい!」
「わわ! だめ!」
ロイの上着を払おうとするサラの手を、ロイは上から押さえつけた。
「他の人に、見せちゃ駄目!」
「ロイならいいの!?」
「俺も我慢する!」
ぶはっ、と離れて見ていた侍女達が吹き出した。実は、コゼットとサラシアには「聖女の異性関係の調査」という使命があり、1年も寝食を共にしたロイという青年を最も警戒していたのだが、今の様子を見て「これは潔白だ」と確信した。逆に応援したくなったくらいだ。
「サラ様、少しくらいは時間が取れますから、お話が済んだらお声掛けください」
そう言うと、侍女達は「「えええ!?」」と困惑する二人を置いて、部屋を出た。
二人きりで残されて、サラはますます恥ずかしくなった。
「ロ、ロイ! 大丈夫よ? そんなんじゃ、夜会で踊れないよ? 慣れよう? ほら!」
サラは少し屈んでロイの手からスルリと抜け出すと、上着を男性に見立てて踊り始めた。久しぶりとは思えない程、軽やかで優雅な舞だった。全身を真っ赤に染め、ぼーっと見とれていたロイだったが、サラが窓に近づいた瞬間、何かに気付き、ハッとなった。
「サラ!」
「きゃ!」
ロイはサラの腕を取り、窓から隠す様に壁にサラを押し付けた。一瞬、訳が分からなくなったサラだったが、目の前にロイの首筋が迫り、こめかみに熱い息がかかっていることに気付くと、一気に顔が赤くなった。図らずも、壁ドンの様な態勢になってしまい、サラの心臓は張り裂けそうなほど早鐘を打っている。
「ロイ、どうしたの?」
平静さを装って、敢えて笑いながら問いかけた。
「サラ」
「ひゃあ!」
低く、艶っぽい声で囁きながら、ロイはサラの腕ごと抱え込む様にサラの背中に腕を回した。壁とロイに挟まれて、サラは完全に身動きが取れなくなった。普段は女性と間違われるくらい華奢なイメージだが、こうして抱かれると、ロイが逞しい大人の男性なのだと否応なしに意識させられる。上着を脱いでいるせいで、シャツ一枚を隔てただけのロイの感触と体温が直接サラの胸に届いてくる。鼓動が、伝わりそうで……怖い。
「ロイ……! 近い! 近いよっ」
「サラ」
もう一度、ロイはサラの名を呼んだ。甘い吐息がサラの髪をくすぐる。
「窓に近づいたら、騎士から見えてしまう」
「ひゃぁっ! ……う、そそそそうだね」
「他の人に、見せちゃ駄目」
先程と同じセリフを、全く違うトーンでロイが囁く。
ロイの胸も早鐘を打っていた。サラの嫌がることはしない、と心に決めていたが、妖精のように舞うサラを見て急に精霊達が暴れ出し、気が付いたらサラを抱きしめていた。この1年で、ロイは急激に衰え、サラは急速に聖女としての力をつけていった。誰よりも近くにいるのに、どんどん遠くなっていくサラが、実はこんなにも華奢で小さな女性だったのかと、ロイは静かに驚いていた。
父には誰よりも幸せになって欲しい。
サラは……自分の手で幸せにしたい。
そのためには、何としても生き延びねばならない。
「サラ。話がある。聞いてくれる?」
「ロイ。もちろんよ」
ロイの首に、サラの甘い息がかかる。サラは両腕を上げて、そっとロイの胸に沿わせた。
「……でも……」
「ん?」
突然、ぐいっと、ロイは胸に圧を感じた。
「うわああああ! 限界じゃあああ!」
「ええええ!?」
ドンッとサラに突き飛ばされ、ロイはよろめき尻餅をついた。「何で?」と見上げると、サラは真っ赤な顔で涙ぐんでいた。
「ロイの馬鹿! トキメキ死させる気!? わ、私、免疫無いんだからね!? 危うく心臓が爆発するとこだったからね!?」
「ご、ごめん! そんなつもりは……え? トキメキ死?」
「はわわわ! ドキドキ死っていうか、キュン死って言うか……うわあ、何でもないっ! ほら、話! 話があるって!?」
サラが慌てて顔の前で手を振っている。耳どころか、指先まで赤い。
「……トキメキ死。あははは!」
「もう! 笑わないで!」
サラがポカポカと胸を叩いてくる。結構痛い。でも、とても楽しい。
「ごめん! サラ、怒らないで」
ロイはひょいと、サラの手首を握った。
(父上、勇気を下さい)
ロイは、心の中で父の言葉を思い出していた。仲間を、頼ってあげる。
「大事な話があるんだ。とても、大事な話。……一緒に、考えてくれる?」
少し怯えた目で見つめてくるロイに、一瞬、キョトンとしたサラだったが、すぐに柔らかい笑顔になった。
「……当たり前でしょ!」
ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、ありがとうございます!
更新が遅くなって申し訳ありません。
年末で仕事が立て込んでおりまして。
今回はメスゴリラ達と口の悪い騎士も出てきましたが、
ロイとサラの回でした。
次回もロイへのご褒美は続く……予定です!




