64. 君に贈る歌 ー異界にて1
63話に、アルシノエさんのイメージ画を載せました。
ルカ湖の周辺には、100人を超す騎士達が配置されていた。
彼らの見守る中、石碑の前に立つ美貌のエルフが高々と両手を上げて天を仰いだ。
「湖なんか、パカーンと割れて底が見えればいいんですわ!」
「アルちゃん、呪文が雑!」
雑ではあるが、アルシノエの言いつけ通り、湖の水が割れ、底に道が出来た。ゾルターンとアルシノエを先頭に、リーン、グランと続き、サラ、デュオン、シグレが穴の場所まで歩を進めた。湖は意外に深かったようで、両側に20メートル近い水の壁が出来ている。
穴はルカが「小さな、小さな穴」と言っていた通り、鍵穴ほどの大きさであり、そこから風船が膨らむ様に、魔物が一匹這い出そうとしていた。「お前の仕事だろ!?」と視線でアルシノエから命じられたグランが、速やかに排除した。大賢者は、エルフの王女様が苦手らしい。
「いいかい? 僕の魔力と繋がってるといっても、穴の外はどうなってるか分からないからね? ラズヴァン君との絆を強く感じるんだよ? 他の事考えちゃ駄目だからね?」
子供に言い聞かせるように、リーンがサラの肩を掴んで語り掛けている。
「はい」
サラも真剣な表情で頷いた。
「帰る時は、向こうの物を持ってきちゃ駄目だよ? まあ、服とか、ちょっとした小物くらいはいいけど、生き物とか駄目だからね! モフモフしてても、駄目だからね!?」
「……はい」
サラの視線が泳いだ。
「あ! 今、ちょっと『ちぇっ』って思ったでしょ! 駄目だよ、これからすることは、とっても危険な事なんだからね? ただの転移じゃないんだよ?」
「はい。……善処します」
「善処じゃなくて、絶対だからね!? デュオン君、サラちゃんを頼んだよ?」
「……善処します」
「えええ!? 君も何か持って帰ろうとしてた?」
もう、心配だなあ、とリーンがぼやき、天を見た。リーンの横で、アルシノエがフルフルと震えている。
「お、お父様、早くしてください。思ったより、これ、きついですわ。……誰だよ、2時間っつーたの」
「ひぃ! 僕です」
「秒だ。秒で帰ってこい」
「秒は無理です! アル姉様!」
「ご、ごめんね、アルちゃん! 僕もフォローするから頑張ってね! じゃあ、サラちゃん、デュオン君。頼んだね!」
リーンが必死で娘をなだめている。ゆっくりしている場合ではなさそうだ。
「デュオン。聖女様を頼んだ」
「はっ」
「サラ様、お気をつけて」
「はい! みんなー! 行ってきまーす!」
一同が見守る中、「そおれ!」と言いながらリーンが僅かに広げた穴に向かて、サラとデュオンはしっかり腰を抱き合ったまま飛び込んだ。
「「!?」」
ぐにゃり、と存在が捻じれるような感覚があった。
しかし、それも一瞬のことであり、サラが瞬きをした時には、見知らぬ森へと転移していた。
「うっ、眩しい」
デュオンが顔をしかめ、とっさにターバンで顔を覆った。アルシノエの術によって、皮膚の表面ギリギリのところで陽の光が遮られているとはいえ、長年の習性は止められない。
サラも目を細めた。常に夜のようなハミルトン王国での生活に慣れてしまっていたため、木漏れ日が痛いほどに眩しかった。
「……ここ、どこだろう」
サラは周囲を見回した。緑の木々が美しい、なだらかな森だった。近くに人が住んでいるかもしれない。
「分かりません。ですが、魔界ではないようです。瘴気がない」
「魔素もすごく少ない。魔法、使えるかな。……あ、使える。良かった!」
指先に炎を灯し、サラは笑顔になった。とはいえ、大気中の魔素が少ないのは確かだ。大魔法は使えない。転移も数回が限界だろう。
「ラズヴァンの気配を感じますか?」
「ん……。んんん? 感じるけど、遠いよ? 何でだろう。ちゃんとラズヴァンの事考えてたのに」
「着地点にズレがあるのかもしれませんね。もしくは……まさか……!?」
「え!? ちょっと! デュオンさん!」
急に走り出したデュオンを追って、慌ててサラも走り出した。バンパイアであるデュオンの身体能力は、サラを凌駕する。あっという間に見失ってしまった。
「ふおおおおおぅ。どうしよぉぉぉぉぅ」
心細さに、思わず変な声が出た。
タイムリミットは2時間しかないというのに、序盤で躓いてしまった。
サラがデュオンの魔力を追いながら歩いていると、大きな道に出た。
「きゃっ!」
目の前を大きなトラックが音もなく通り過ぎ、サラは悲鳴を上げた。トラックの荷台に乗った牛と目が合い、ドナドナの曲が頭をよぎった。
「……荷馬車が揺れ……んん!? 荷馬車じゃないし! トラックだし!」
サラは雷に打たれた様な衝撃を受けた。トラックと逆の方向に走り出し、標識に目を止め絶句した。
「……英語だ……」
よく見ると、道の向こうに閑静な住宅街が見えた。更にその向こうには、霞の中に高層ビル群の姿があった。
「……ここ、地球だ。……え? うそ、本当に?」
住宅街には、広い庭付きの豪邸がいくつも並んでいた。何処からともなく、子供の声や犬の鳴き声が聞こえてくる。何人かとすれ違ったが、皆、サラの奇抜な服装と髪の色を見ても何も言わなかった。むしろサラの方が、マシロがイメージしていた一般的な庶民の生活とはかけ離れた人々の暮らしぶりに、ショックを受けていた。
「なんだろ、あのヘルメットみたいなの……。え? ええ!? あの人飛んでる!? あ、靴が特殊なのかな? バランス感覚凄いな。うえ! あの車も浮いてる。ひょええ! 未来だ、未来だよ、パルマぁ!」
意味もなく、語呂が良いので幼馴染の名を呼んでみた。それくらい、サラは混乱していた。
うひゃあ、うひゃあ、と言いながら、しばらく進むと、小奇麗な家が多い中、ひときわ古びた住宅に辿り着いた。あちこちに修繕の後があり、年代物であることは一目瞭然だが、家の周りには色とりどりの花が咲き、綺麗に管理されている様だった。
「あ!」
デュオンが、庭から家の中を覗いているのが見えた。
呼びかけようとして、サラは息を飲んだ。デュオンが泣いている様に見えたからだ。サラは声を掛けるのを止め、ゆっくりと近づいた。
サラに気付き、デュオンが振り返った。泣いてはいなかったが、酷く、哀しげな表情に見えた。サラはデュオンの横に並んで、部屋を覗いた。
日当たりのいい、可愛らしい内装の部屋の中には、古いピアノとベッドがあった。ベッドには、老婆が一人、横たわっていた。
「……妻です」
「!?」
「時間がないのは分かっています。すみません。私が、妻に会いたいと願ってしまったから、ラズヴァン達から遠いところに着地したのでしょう。行きましょう、サラさん」
「いいの?」
「いいも何も、私はこの世界ではとっくに死んだ人間ですよ。……少なくとも、そう思われているはずです。それに、来るのが遅すぎました。妻は、私のことなど忘れてしまったでしょう。……新しい家族もいるようです。彼女の生活を、荒立たせたくはありません」
「でも……!」
「……デュオン?」
突然、室内から弱々しい女性の声がした。
「「!?」」
ほとんど窓から背を向けかけていた二人は、反射的に振り返った。
いつの間にか、老婆は上半身を起こし、窓の外を見ていた。ごくり、と、デュオンが喉を鳴らす音が聞こえた。
「デュオン、帰ってきたの? どこ、どこなの?」
デュオンの妻は、しわくちゃの手で空中を探っている。目が見えないのだ、とデュオンには分かった。
「デュオン、私よ、カレンよ? そこに居るんでしょう? おばあちゃんになったから、分からないの? ごめんなさい。去年までは、ちゃんとお化粧して待ってたのよ? でも、急に悪くなってきちゃって、もう、起き上がれないの。ねえ、どこなの? 近くに来て……!」
「!」
嗚咽が洩れそうになり、デュオンが口を押えた。
何か言いたげに見上げてくるサラの腕を振り切ると、デュオンは窓から背を向けて走り出した。
評価、ブックマーク、感想、誤字報告等、ありがとうございます!
とっても励みになります!
秒では帰ってこられませんでした(笑)
アルシノエ様、漢らしい。
1話で終わらす予定だったのですが、思ったより長くなりそうだったので2話に分けました。




