62.クイーンの頼み
「よく来てくれた。早速、クイーンに会ってくれ」
王城の廊下で、サラとデュオンはゾルターンに呼び止められた。ゾルターンの後ろには、数人の騎士とグランがいた。会議が白熱し、熱くなりすぎたため一旦休憩をとることにしたらしい。
「あれ? 王様、敬語止めたんですか?」
「……昔は普通に使えていたのだが、長い間頂点に居ると、忘れてしまったのだ。心の中では敬語を使っている。許してくれ、聖女殿」
サラに咎められたと思ったのか、気まずそうにゾルターンは頭を下げた。サラは慌ててしゃがみ込んだ。
「いえいえ! そんな、かしこまらないでください! 私もいつもの王様の方がいいです!」
「ふむ。助かる」
下から覗き込む様に見上げるサラに、子供みたいにニコッと笑ってから、ゾルターンは顔を上げた。
(うわっ! 王様、笑顔超可愛いっ!)
サラは普段不愛想なゾルターンの「不意打ち笑顔」にズキューンとハートを撃ち抜かれた。恐るべし、バンパイアキング。
「王様も一緒に行きますか?」
「いや。……俺は行かない方がいいだろう。聖女殿。エリンが行方不明でクイーンは気落ちしている。ゆっくり話し相手になってやってくれ。デュオン、頼んだぞ」
「はっ」
ゾルターンに一礼してから、サラとデュオンはクイーンの寝室へと向かった。グランとすれ違った際、ロイが目を覚ましたことを報告したところ、グランも嬉しそうに微笑んでくれた。
(やだ、お爺ちゃん、笑顔超可愛い!)
と、サラは思い、
(誰でもいいんかい!)
と、自分で突っ込んだ。余談である。
クイーンの部屋は地下室の一番奥にあった。
地下といっても、風通しはよく、ジメジメした感じはなかった。むしろ、清潔感があり、レダコートの王城にも負けない華やかな装飾で彩られている。……真っ暗なのがもったいない、とサラは思った。
「よく来てくださいました。聖女様」
侍女に支えられ、ベッドからゆっくりと身を起こした王妃の姿に、サラは一瞬息を飲んだ。
美しい。
しかし、まだ10代に見えるその顔は青白く、手足は異様なまでに痩せ細っていた。「死の床についている」と、以前デュオンが言っていたことを思い出した。
「こんな格好でごめんなさいね。ドレスは重くて、着飾るのが大変なの」
「気になさらないでください! 私こそ、正装じゃなくて、すみません」
「ふふ。可愛らしい聖女様だこと。……エリンと同じくらいの歳に見えますわね」
クイーンの言葉に、サラは身を固くした。若く見えるが、この人はエリンの母親なのだ。
気が付くと、サラはクイーンの元に駆け寄り、その手を握っていた。
「クイーン。エリンも、ラズヴァンも、きっと戻ってきます! 私、全力を尽くします!」
「まあ」
娘と同じくらいの見た目だが、娘よりもずっと体温の高い少女の温もりが、ほんわりと胸を熱くした。
「聖女様。お尋ねしたいことがありますの」
「何なりと!」
「……ルカに、会ったのですか?」
「……ルカ?」
クイーンの問いに、サラは首を傾げた。
「ルカ湖の魔物です。魔物と言っていいのか……美しい青年の姿をした、優しいヒトです」
「あ! 会いました!」
サラは夢で見た魔物を思い出した。
「淡い金髪で、ふわってした感じの……」
「! 会ったのね!?」
急に、クイーンの手に力が籠った。侍女が止めるのも聞かず、クイーンは前のめりになり、サラの両手を握りしめた。
「元気だった? 泣いていなかった?」
クイーンは王妃らしい言葉遣いも忘れ、見た目の年相応の少女の様な話し方になっていた。初めて見る主の様子に、侍女とデュオンは困惑した表情で顔を見合わせている。キングが一緒に来なかった理由はこれか、とデュオンは納得した。目の前で、最愛の女性が別の男のことを心配するのは面白くないのだろう。
「元気はなさそうでした。泣いてはいませんでしたが……寂しそうでした」
「ああ……! 他には? 何か言ってなかった?」
「えっと、異界の穴を塞いで欲しいって。コルネを助けて、って」
「!?」
「ちょっ! クイーン!?」
ぐらり、とよろめいたクイーンの身体を、侍女とサラが慌てて支えた。細い指で、クイーンは目を覆っている。ボロボロと、大粒の涙が指の隙間から零れていく。
「……ああ。ルカ。私を覚えていてくれたのね? ずっと一人で、暗闇で……! そこは寒いでしょう? 可哀そうに。可哀そうに……!」
「クイーン……」
心配そうに、サラがクイーンを見つめて居る。クイーンは顔から手を離し、くいっと顔を上げた。
「聖女様。コルネは私です」
「え!?」
「お願いです、聖女様。私はもう、歩くことも出来ません。どうか、これをルカに渡してください」
そう言うと、コルネは首から下げた守り袋から、小さな石を取り出した。
「これは……魔石?」
サラは、手渡された小さな塊を手の平で転がした。3センチ程の小さな魔石だが、ずっしりと重たい。暗がりでは白っぽく見えるが、金なのかも知れない、とサラは思った。
「私が倒れていた時、これを握っていたそうです。きっと、ルカの魔石です。ルカに『一人じゃないよ、ずっとコルネと一緒だったよ』と、伝えて欲しいのです」
クイーンの、いや、コルネの瞳が必死でサラに訴えている。
「任せてください! 頑張ります!」
サラは魔石を握りしめ、力強く頷いた。
「と、いう訳で、私、また湖に潜ろうと思いますが……反対の方は挙手をお願いします」
デュオンとギルドに戻ったサラは、グランを除く『黒龍の爪』メンバーに、ロイの病室でコルネとのやり取りについて説明を行った。コルネと話をした後、サラの治癒魔法とデュオンによる輸血治療が終わってから戻ったため、明け方近くになっていた。と言っても、この国は常に暗いか、薄暗いかなので体内時計が狂いっぱなしであるため、それほど眠くはなかった。昼間にたっぷり睡眠をとったせいもあるだろう。
「「「「はい」」」」
一瞬の迷いもなく、全員が挙手した。デュオンまで、である。
「えええええ!?」
「えええ? ではありません。逆に、反対されないと思ったんですか? 馬鹿ですか?」
「そうだよ、サラ。いくら『うえっとすーつ』があっても、シグレさんでさえ魔力酔いを起こす場所だよ? 何かあったらどうするの?」
「サラ様がお優しいのは存じ上げておりますが、再び潜ったところで、例の魔物に出会える保証はないのでしょう? 前回も、夢を見たとおっしゃっていました。気を失わなければ会えない相手など、会わない方が良いでしょう」
「先程はクイーンの手前、反対できなかったんですが、危険すぎます。万が一、聖女まで異界に飛ばされて戻って来られなくなれば、国際問題です。魔王軍の前に、レダコート軍と戦う羽目になります。……まあ、負けませんけど」
「うぐっ! デュオンさんまで……」
全員から矢継ぎ早に苦情を言われ、サラは「うぬぬ」と唸った。寂しそうな魔物とコルネの懇願を知らないから、そんな薄情なことが言えるのだ、とサラはふくれっ面になった。
「一度だけチャレンジさせて? ね?」
「駄目です。異界の穴が空いているところに、サラ様を行かせる訳には行きません」
「グレ兄様ぁ」
「甘えても駄目です」
だって、コルネと約束したんだもん! と、サラはロイのベッドに顔を伏せた。
そのサラの後ろから、
「せめて湖から水が無くなればいいのにねぇ?」
と、呑気な声が聞こえた。
「そんなこと出来ないよぉ。グラン師匠も試したんだよ?」
ベッドに伏せたまま、サラが愚痴る。
「ふっふーん、出来るよ! 僕ちゃんの魔法、凄いんだから」
「もう、また調子のいいこと言って! リーンったら……」
「「「「……」」」」
「てへっ! 来ちゃった」
「「「「リーン(様、殿、先生)!?」」」」
デュオンだけが「?」とする中、クルリ、と鮮やかにターンして颯爽とポーズを決めたのは、世界一の大魔術師こと「ゆるふわエロフ」リーンだった。
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今回はちょっと短めでした。
そして、「頭のネジがゆるくて、脳みそがふわっとしている」ゆるふわエロフの再登場です。




