59. ルカ湖の魔物
第一話に挿絵を挿入しました。良かったらご覧ください!
「これがルカ湖よ」
ラズヴァンの脇腹にしがみついたまま、エリンはサラ達をルカ湖の畔まで案内した。白い石碑の前で立ち止まると、黒い湖を指さした。ルカ湖は、日本基準で言うと東京ドーム3個分といった広さだ。
「結構、大きいでしょ? それで、ここがお母様とお父様が初めて会ったところ。そこに記念碑が建っているでしょ? 馬鹿よね、お父様。いつもは素敵なのに、お母様のこととなるとホント馬鹿になるの」
どれどれ、とサラは石碑に刻まれた文字を見て「うわ」と顔をしかめた。
「……『女神降臨の地』……うん。ちょっと恥ずかしい」
「ふふ。正直ね。でもね、この石碑を護るために強力な結界を常に張っているから、ちょっとした避難場所になっているのよ。だから、まず魔物退治に来た者はここを拠点にするのが基本よ」
エリンの言葉に「なるほど、セーブポイントね!」と、サラは目を輝かせた。一方で、アマネは湖の縁まで歩を進め、辺りをぐるりと見渡すと怪訝な顔でエリンに振り返った。
「王女様。デュオン様からは、魔物が大量発生していると聞いていましたが……何処に? 何匹か魚っぽい魔物が泳いでいるのは見えますが、アレのことですか?」
アマネの言葉に、エリンが小さく肩をすくめた。
「うーん。実は、昨日から急に魔物が居なくなったのよ。ああ、正確に言うと、新しい魔物が発生していない、ってことだけど。きっと、聖女のせいね」
「ええ!? 私?」
サラが目を丸くした。「だろうな」とグランは頷き、エリンは苦笑した。
「魔物は聖女の気配を嫌うのよ。昔から、聖女の居る国は魔物の被害が著しく減るから、聖女の誘拐事件が頻発していたのよ? それがきっかけで戦争になることも少なくなかったの。って、知らないの?」
「し、知りませんでした」
確かに、ゴルドから「サラが成長するまでは聖女であることを隠すつもりだった」と、聞いたことがある。何故だろうと思っていたが、そういう理由があったのか、とサラは納得した。
「ふふ。呑気な聖女様ね! よほど大事に護られてきたのね。このままハミルトンに監禁しちゃおうかしら。魔物が減るし」
「ひえええええ!」
「冗談よ! でも、まあ、魔物が発生しないのは助かるけど、せっかく来てもらったのに何か悪いわね」
エリンが申し訳なさそうに湖に背を向け、サラ達に謝罪したその時。サラはふと、湖から声が聞こえた気がした。
「……あれ?」
「? どうしたの、サラ。危ないよ」
急に湖に駆け寄ったサラの後を追いかけ、ロイがサラの手首を掴んだ。
「湖が、光ってる」
「え? 何処が?」
「え? 何処がって、全体的に? ほら、ぼわーって」
サラが湖を指さすが、ロイにはサラの言うことがよく分からなかった。ただ、泳いでいる魔物以外の何かが居る、と感じ、サラを庇う様に湖に背を向けた。
その刹那。
「サラ様! ロイ!」
「お下がりください! 姫!」
シグレとラズヴァンが同時に叫んだ。
湖の表面が皮を剥ぐ様に大きくめくれ、前方にいた者達を包み込み、そのまま水中へと引き込んだ。
「きゃあ!」
サラとロイも飲み込まれた。引きずり込まれる間、シグレがアマネを後方に投げ、湖に飛び込むのが見えた。
湖の底が淡く光っている。綺麗だ、とロイの腕の中で、下へ下へと沈んでいきながら、サラはぼんやりと思った。
湖の中はとても静かだった。
不思議と苦しくはない。何か温かい粒子の様な物が、サラ達を覆っている。ロイはサラを抱きしめたまま、気を失っているようだった。サラもゆっくりと目を閉じた。
夢を見ていた。
サラは一匹の魔物になっていた。
サラは土から生まれ、人の形になった。裸のまま、小さな村に辿り着いた。村人はサラを見て驚いたが、すぐに来ていた服や靴を恵んでくれた。貧しい村だったが、皆優しく、暖かかった。村人たちはサラを家族の様に扱ってくれた。サラはこの村が大好きになった。
村に子供が生まれると、村人はサラに抱っこさせてくれた。柔く温かく、乳くさい小さな命が堪らなく愛おしかった。
人々の笑顔や笑い声と共に、何度も季節が移り替わった。サラが抱きあげた赤ん坊も、少年になり、青年になり、老人となり、土に還った。サラは何人も何人も、抱き上げては、その死を見送った。
何度笑って、何度泣いたことだろう。
ある日、サラは森を歩いていると、一人の少女と出会った。少女は行商をしている両親と共に、数日前に村に戻ってきたばかりだった。少女は木に登り、細い枝に向かって手を伸ばしている。手の平には、小さな雛がいた。少女の手よりも少し上に、巣が見えた。サラは木を登ると、少女から雛を奪い巣へ戻した。少女が振り返って微笑んだ。
とても、綺麗だった。
サラが記憶を共有している魔物は、少女に恋をした。
やがて二人は沢山の笑顔に囲まれながら、結婚式を挙げた。とても、幸せだった。
「だけど。あの病が村を襲ったんだ」
気が付くと、サラは魔物と向き合っていた。
美しい青年の姿をした魔物は、寂しそうな顔でサラに語った。
陽に当たると肌が焼け、炭のようになり、死んでいく恐ろしい病のこと。
村人を救うため、毎日血を吸ったこと。
ある日、王様の兵隊がやってきて、村を焼き払ったこと。
皆が、魔物を逃がしてくれたこと。
奥さんも、犠牲になったこと。
魔物も発病し、長い間お城の地下で眠っていたこと。
奥さんの姪っ子だったソリンという少女が会いに来てくれたこと。
その孫のコルネという少女と仲良くなったこと。
そして、コルネと共にこの世界にやってきたこと。
「僕は、溶けてしまった。どれくらいの時が経ったのかも分からない。この湖は、とても怖い。魔物が、どんどん生まれてくる」
そう言って、青年はサラの後方を指さした。
「あそこに、異界の穴がある。小さな、小さな穴。お願い、塞いで聖女様。アレが広がると、また沢山人が死ぬ。どうか、コルネを助けて」
お願い。お願い、聖女様。
繰り返し懇願する青年の声を聴きながら、サラは再び意識を失った。
「……。……様。サラ様!」
「……あ、れ?」
名を呼ばれて目を開けると、近くにサラを覗き込むアマネの顔があった。
「サラ様! 良かった。グラン様、シグレ兄様、サラ様が目を覚ましました!」
アマネは振り返って叫んでいる。サラもつられて身を起こし、アマネの視線の先に目をやった。そこには、ぐったりとしたロイを看病するグランと、石碑にもたれかかり目を閉じて肩で息をしている辛そうなシグレの姿があった。
「ロイ!? グレ兄様も、大丈夫!?」
サラは這う様に近づき、シグレの膝に手を置いた。服が濡れている。よく見ると、全身ぐっしょりと濡れていた。サラの声に、シグレがうっすらと目を開いた。
「……ご無事で、何よりです。サラ様」
シグレが柔らかく微笑んだ。その顔がシズを思い出させて、サラは小さく悲鳴を上げた。
「いやっ! 死んじゃいやっ! ヒール! ヒール! ヒール!」
「落ち着くんじゃ、サラ! 魔に酔っただけじゃ! 死にはせん!」
「やだ、やだ、シズ……っ!」
「大丈夫です、サラ様」
ふわっと、太い腕が優しくサラの頭を抱え込んだ。シグレの心音と体温がシズと重なる。シズの胸も、暖かかった。
「さすがは聖女の回復魔法ですね。一瞬で、酔いが覚めました。ありがとうございます」
「……本当?」
「はい。この通り」
おそるおそる顔を上げたサラに、至近距離でシグレが微笑んだ。本当に、シズに似ている。この人が死んだら、次は立ち直れない、とサラは思った。
先程、魔物の夢を見ていたせいか、サラは少し感傷的になっているようだった。
「はっ! ロイ、ロイは無事なの!?」
サラは倒れていたロイを思い出し、グランに尋ねた。
「さっきのサラのヒールで何とか落ち着いた感じじゃが、元々、弱っとったからの。しばらく休息が必要じゃ。サラも、宿に戻って休んだ方が良い」
サラはようやく、自分もずぶ濡れであることに気が付いた。それと同時に、湖に引きずり込まれたことを思い出した。
「ロイが守っていたおかげで、サラ様とロイは引き揚げることが出来ましたが……」
サラは背中が冷たくなるのを感じた。
あの時、サラの近くには彼らが居たはずだ。
湖のあちこちから、喧騒が聞こえてくる。
「ラズヴァンとエリン様が……行方不明です」
シグレの言葉に、サラは全身の力が抜けていくのを感じた。
この日、一人のナイトと王女が姿を消した。
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この2日ほど、ひたすらゴリラを描く練習をしていました(笑)
ゴリラ大好きです。シャバーニの腕枕、欲しい。
ところで、全然関係ありませんが、皆さまは「葉っぱ隊」ってご存じですか?
久しぶりに動画を見て、超、元気になりました! 大好き!
ヤッタ! ヤッタ! ってやつです。
見たことない方、元気がない方、是非ご覧ください(笑)




