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56. ラズヴァン

 バンプウィルスの感染経路は3通り存在する。

 1つ目は、正式な儀式を行って意図的に感染する方法であり、ハミルトン王国において「バンパイア」とは、通常このルートにより感染した者を指す。便宜上、300年前のコルネを使った実験によって生まれたバンパイアもここに属す。

 2つ目は、自分の意思とは関係なく事故によって感染する経路であり、国に登録されていない者は「はぐれバンパイア」あるいは「野良バンパイア」と呼ばれている。デュオンは、感染後「野良」の状態で捕獲され、その後正式に認められた稀有な例である。

 3つ目は、バンプウィルスを保有する母親からの垂直感染である。通常、バンプウィルスに感染すると見た目の成長が止まるが、このルートにより感染した者はある程度の年齢まで成長した後、発病する。現キングとクイーンの娘であるエリン姫がこれに当たり、エリンが発病したのは14歳の時であった。


 300年前。魔族を討ち、国王となったゾルターンは、感染拡大を防ぐため大規模な「野良狩り」を決行した。かなりの犠牲を伴ったが、現在、サフラン大陸においてバンパイアの数をコントロール出来ているのは、この時の英断によるといえる。


 それでも毎年、数件の「野良」による事故が発生しているが、被害者が50名を超える規模のものは15年前のルドラス国で起きたのが最後である。


 しかし、それよりも遡ること30年。

 かつてキリリアと呼ばれた国の端で、1つの村が消滅している。

 被害者は、幼い兄弟2人を除く93名の村人全員であったが、ハミルトン王国の歴史書に記載がないのは、そこが獣人達の村だったからである。

 バンプウィスルは、一般に人族と呼ばれる種族の中でも、人間にしか感染しない。したがって、獣人の村が襲われたとしても、外への感染拡大には繋がらないため国も重要視しなかったのだ。

 その村を襲ったのは、300年前の野良狩りから逃れ、長い眠りについていた飢えたバンパイアだった。獣人達が蹂躙される一部始終を、半地下の窓から怯えながら見ていた幼い兄弟を救ったのは、一人のバンパイアナイトだった。ナイトは死闘の末に野良バンパイアを葬ると、兄弟を連れて王都へと連れ帰った。

 兄の名をヴァシレ。弟をラズヴァンという。

 二人の母親は人間であった。

 二人は成長し、儀式を受け、バンパイア騎士となった。


 あの村の様な犠牲を無くすため。弱い立場の者を護るため。


 やがて二人は実力を認められ、ナイトの称号を受けることとなる。



 サラ達一行がデュオンと邂逅した翌日。

 ロイを除くサラ達一行が遅めの朝食をとっていると、デュオンがニコニコしながら宿屋にやってきた。今日はまだ日が高いせいか、デュオンは青いターバンを厚めに巻き、手袋をはめ、目元しか露出のない出で立ちであった。

「ふふ。驚いて下さい。早速、国王のアポイントメントが取れましたよ。午後からお会いできるそうです」

「ええ!? 凄い! 国の一番偉い人に、そんなにすぐに会えるものなの!?」

 サラが目を見開いた。昨夜はほとんど寝れておらず、寝ぼけながら食事していたが、デュオンの言葉で眠気がふっとんだ。そんなサラの様子に、デュオンは苦笑する。

「私は、一応、ナイトですが……」

「はっ! そこそこ偉い人だった!」

「サラ。失礼じゃぞい」

「わわ! ごめんなさい!」

 グランに叱られた。悪気はないのだが、サラは素で失礼なところがある。

「いえいえ。気にしてませんよ。それから、あいにく、私は今日はギルドの仕事があるので一緒に行けませんが、代わりにラズヴァンという別のナイトが案内しますので、このまま宿でお待ちください」

「分かりました!」

 サラが元気よく返事を返した。

「……ところで、ロイさんは?」

 デュオンはロイが見当たらないことが心配らしく、辺りを見回している。

「まだ寝ています。朝方まで外出していたので、もう少し寝かせます」

 シグレがサラのカップに紅茶を足しながら答えた。シグレは夜中にロイが外出したことも、朝方サラが抜け出したことも、そのサラの護衛をさぼってアマネが惰眠をむさぼったことも承知している。アマネの額が赤いのは、割と強めのデコピンを喰らったからだ。

「少し様子を見てきても?」

「構いませんが……ロイが何か?」

「いえいえ。昨日、寝つきが悪いというので薬を処方したんです。初めての薬なので、身体に合わなかったら大変でしょう? 副作用が出ていないか、確認したいだけなんですが……」

「そうですか。どうりで珍しく熟睡していると思いました。2階の左端の部屋です。……起こさないであげてください」

 シグレは基本的に子供に優しい。ロイは見た目は大人だが、実年齢は誰よりも若いこともあり、シグレは兄の様な気持ちで接していた。

 デュオンは柔らかく笑った。

「承知しました。……サラさんは寝なくて大丈夫なんですか?」

「食欲に負けて起きました! 起きてよかったです。ここのオムレツ、すごく美味しいです!」

 サラの返答に、デュオンは「ははは!」と朗らかに笑った。

「食欲があるのは元気な証拠ですね。では、皆さん。王城から帰ったら、一度ギルドに寄ってくださいね。じゃあ、また」

「はーい!」

 2階へと上がるデュオンの背中を見送って、サラ達は再び食事を楽しんだ。


 昼過ぎ、サラ達を訪ねて一人の若い男が宿屋に現れた。白地に青いラインの入ったターバンを巻いたバンパイアナイトである。

「俺がラズヴァンだ。案内するから、付いてきてくれ」

 背が高く、目つきの鋭い、ワイルドな容貌の美丈夫だが、サラは「おや?」と、彼が醸し出す雰囲気に違和感を覚えた。

「あれ? ラズヴァンさんって、もしかして獣人ですか?」

「なっ!? 何故分かった」

 ラズヴァンの鋭い目が大きく見開かれ、ギラリと光った。明らかに警戒されている。が、それで怯えるサラ様ではない。可愛らしく首を傾げると、ニコニコと微笑んだ。

「んーと、何となく……?」

「今まで初対面でバレたことは無かったんだが……」

 そう言うと、ラズヴァンはターバンを外した。すると、ひょこっ、と三角形の尖った灰色の耳がラズヴァンの頭上に現れた。「あっ!!」と、サラの目が輝いた。

「ワンコだ!」

「狼だ! 一緒にするな!」

 ラズヴァンが吠え、グランとシグレがため息をついた。サラが「ワンコ」を見ると理性を無くすことを知っていたからだ。「すまん」とか「気の毒に」など言っているが、サラの耳には届かない。

 サラはラズヴァンに近づくと、ひょいと手の平を上に向けて片手を差し出した。

「お手!」

「するか!」

「伏せ!」

「するか!」

「待て!」

「……」

「おお! 出来た!」

「阿呆か! 呆れて黙っただけだ!」

「ほーれ! 取ってこーい!」

 サラは空間魔法でボールを取り出すと、ポーンと投げた。

「人の話を聞け! ……っくそ! ……ほら!」

「きゃああ! 偉い! 良い子、良い子!」

「くっ! くそおおお! 耳の後ろを撫でるな! 尻尾を触るな! 遊びに付き合ってやってるだけだからな! 勘違いするなよ!? 腹を触るか!?」

「うわあ! 割れた腹筋すごい!」

「おお! 野性味があって良いですね! 適度な毛皮具合も良いです! 私も触ります! わしゃわしゃわしゃ」

「ふはははは! よせ、くすぐったい! ボール投げるか!? 取ってくるぞ!?」

「……何、やってるんですか? ラズヴァン」

「はっ!」

 いつの間にか、宿屋にデュオンが訪れていた。

 床に寝転がり、腹を出して尻尾を振って美少女二人と戯れているバンパイアナイトの醜態に、宿屋に居たほとんどの者が視線を外し、見なかったことにしてくれている。

「ぐあああ」

 しゅん、とラズヴァンの耳と尻尾が下がった。

「お、俺のイメージが……」

「よしよし」

「お前のせいだからな!?」

「どれどれ?」

「尻尾めくるな! 普通に駄目だろ、それは! 何なんだ!? お前はっ」

 アマネの手を振り払って、ラズヴァンは立ち上がると、デュオンの後ろに回って身なりを整えた。その顔は赤く、若干、涙目である。

「珍しいですね。こんなラズヴァンを見るのは、初めてです」

 デュオンが笑っている。ラズヴァンとは20年来の付き合いだが、デュオンにとってのラズヴァンは、気難しく近寄りがたい雰囲気の男だったはずだ。それこそ、狼の様な。

「うるさい。自分でも良く分からん! あの桃色の娘に近づけるな! 無駄にテンションが上がる! あっちの黒い娘は近づけるな! 身の危険を感じる!」

「申し訳ない。ラズヴァン殿」 

 アマネの頭をミシミシと掴みながら、シグレが頭を下げた。

「アマネは近づけません。それと……サラ様」

「はい!」

「……獣人を、テイムしてはいけません」

「……」

「……」

 サラとラズヴァンが同時に絶句した。そして一瞬目を合わせ、同時に絶叫する。

「「えええええええ!?」」

「ごめんなさいいい!」という、サラの叫びがハルラの街に響き渡った。


 その後、下の騒ぎを聞きつけ起きてきたロイと合流し、一行はラズヴァンの案内のもと、馬車で王城へと赴き、国王ゾルターンと面会した。


 マントの上からでも分かるほど尻尾を振っているラズヴァンを見て、キングが大爆笑したとデュオンが知ったのは、翌日のことである。


ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、ありがとうございます!


ワンコの登場です。

おかしいな。ラズヴァンさん、知的で寡黙なイケメンの予定だったのに。


次回は王様との謁見です。

今後ともよろしくお願いいたします。

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