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55. 私の名は

「あの……」

 深夜2時。眠らない街ハルラの冒険者ギルドのドアを遠慮がちに開ける青年がいた。

 黒髪の美青年、ロイである。

「どうしましたか? 忘れものですか?」

 受付係にお茶を配っていた手を止め、ギルドマスターであるデュオンは微笑んだ。

 ハルラでは、本来夜行性であるバンパイア達のために多くの店が24時間営業を行っている。ギルドも例外ではない。

 冒険者達の中には明け方まで飲んだくれる者も多く、休憩所代わりにギルドを利用する迷惑な連中も少なくないため、デュオンの主な夜の仕事はギルドの警備であった。


 入り口の開閉を知らせる呼び鈴が鳴り、また酔っ払いが来たのかと、不躾な視線を入り口に向けた受付係(主に女性陣)から華やかな歓声が上がった。

「いえ、ギルドマスターに話があって……」

「私にですか? ……そうですね、奥の部屋へどうぞ」

 デュオンに案内されながら目の前を横切っていくロイの姿に、女性達の視線は釘付けである。

 そんな女性達の視線に気付いたのか、ロイはピタリと足を止め、受付台の上に何処からか取り出した箱を置いた。突然、目の前に箱を置かれて、一瞬眉をひそめた受付の男だったが、ロイの顔を見るなり何故か赤くなった。そんな男をよそに、ロイはぐるりと周囲を見渡すと、艶やかに微笑んだ。

「良かったら、皆様で食べて下さい。エウロパ大陸のお菓子で、マカロンといいます。色々な味があるので、楽しいですよ?」

 きゃあ、と歓声が上がる。女性陣が男を跳ねのけ、我先にとロイの元へ詰めかけた。

「はいはい! 皆さん。仕事中ですよ! 頂いたお菓子をお茶と一緒に食べたら、ちゃんと働いてくださいね!」

 パン、パンと手を叩いて、笑顔で注意するデュオンに、従業員達も笑顔で「はーい」と答えた。

 デュオンは苦笑しつつ、ロイを奥の小部屋まで案内した。


「急に押しかけてすみません。お忙しかったのでは?」

 ソファーに座り、出されたお茶を飲みながら、申し訳なさそうにロイが肩をすくめた。

「構いませんよ。ちょうど休憩しようと思って、皆にお茶を淹れていたところでしたから」

「そうですか。よかった」

 ほっと、ロイは肩の力を抜いた。その様子を見て、デュオンは持っていたティーカップを机に置いた。

「……話というのは、体調のことですか?」

「え!? どうして分かったんですか?」

 ロイが目を丸くしている。

「はは。こんな深夜に、一人で私に会いに来るなんて、他に考えられなくて。それに、貴方は私が『医者です』と言った時、反応していたでしょう? 一見すると健康そうですが、何か悩みがあるのでは?」

「……俺は、半分人間ではないのですが、相談に乗ってもらえますか?」

「もちろんです。私だって、人とは言い難い。エウロパ大陸では、私達は魔物扱いなのでしょう? 気にしなくていいですよ。さ、とりあえず脈を見せてください」

 促されるまま、ロイはデュオンに左腕を差し出した。デュオンが慣れた様子で、ロイの手首に触れる。しばらく目をつぶっていたデュオンだったが、ロイの爪や下瞼の裏などを調べてから手を離すと、自分の顎に手を当てて何かを考え込んでいる様だった。

「あの……」

 不安そうに、ロイが声をかける。デュオンが、はっと顔を上げた。

「ああ、すみません。……ロイさん、貴方の脈はとても弱く、早い。乳幼児並みの速さです」

「え!? 赤ちゃん!?」

 ガーン、とロイは胸の上に手を置き、俯いた。孫娘、というワードが頭をよぎった。

「それに、酷い貧血があります。爪の色は薄く、縦に走るスジが多い。下瞼の色も白く、血色が悪い。……正直なところ、バンパイア達と同レベルです」

「ええ!? あ、赤ちゃんバンパイア……?」

「変わった味の好みはありますか? 土を食べたり、氷を齧ったり……」

「それはないです!」

「そうですか。ただの鉄不足による貧血なら治せますが、貴方の場合、爪の奇形はないし、異食症の症状も見られない。鉄不足以外の貧血の原因がありそうですね」

「そ、そうですか……」

 ずーん、と重い気持ちで俯いたロイだったが、はたと当初の目的を思い出した。

「あ、あの。貧血があるのはともかく、相談したいのは、俺の寿命についてです」

「寿命?」

「はい。俺は『ギャプ・ロスの精』です。体に闇の精霊が宿っているんです。精霊は、人の悪意や怨念といった負の感情や、魔に晒されると傷ついてしまうのだそうです。幼い頃あまり良い環境ではなかったせいで、俺の精霊はとても弱っています。それに、つい3か月ほど前、とある事件があって俺の精霊達は魔によって酷く傷つきました。恐らく、僕の寿命はぐっと減ってしまったはずです……仲間にはばれないように振舞っていますが……とても……辛いんです。いつまで隠し通せるか不安で……」

「なるほど」

 黙ってロイの話に耳を傾けていたデュオンだったが、頭を抱えてうずくまるロイの隣に腰を下ろすと、そっと背中に手を置いた。体温の低いバンパイアでさえ冷たいと感じるほど、ロイの身体は冷えていた。

「ロイさん。私は精霊を診るのは初めてなので、はっきりとしたことは言えません。ですが、医者として出来る限りのサポートはします。一緒に、頑張りましょう」

 ぱっと顔を上げたロイに、デュオンは今夜一番の笑顔を見せた。

「ふふ。まずは、元気を出してもらいましょうか」



 深夜2時。

 サラは中々寝付けず、ベッドの中で右を向いたり左を向いたり、羊を数えたりゴーレムを数えたり、チュールを抱きしめたりアマネに抱きついたりしてみたが、ついに諦めて起き上がった。

(デュオンさんに会いに行こう!)

 幸い、冒険者ギルドで紹介された宿屋はギルドから3軒隣であり、徒歩1分の距離だ。

「アマネ、ちょっと出かけて来るね」

 と、小声で呼びかけ、アマネが面倒くさそうに片足を上げ、足首をひょいひょいと曲げて相槌らしきものを打ったのを確認してから、サラは宿屋を抜け出した。


 ギルドには、24時間営業というだけあって人が多く、受付に10名程度、冒険者達は常時5~6人がウロウロとたむろしていた。

「デュオンさんとお話がしたいんですが」

 そんな人々の視線を一身に浴びながら、サラは近くに居た若い受付嬢に声をかけた。

「あ、マスターなら奥の小部屋で……」

「分かりました! ありがとうございます!」

 サラは受付嬢の話を最後まで待たずに奥へと走った。受付嬢が慌てて立ち上がって制止するが手遅れである。

「ちょっ! ちょっとお待ちくださ……行っちゃった……」

 後で絶対怒られる、と受付嬢は小声でつぶやいた。


「えっと、どこだろう」

 廊下を真っ直ぐ走り、突き当りを右に曲がったところで、サラは悩んでいた。廊下の左右に扉がいくつか並んでいたのだ。

 よし片っ端から開けるか、と思っていると、奥から2番目の扉が開き、中から若い女性が出てきた。髪は乱れ、服の前ボタンを留める仕草が妖艶な、豊満な美女だった。女はサラに気が付くと、上気した頬を緩ませて「失礼」と言って通り過ぎた。思わずサラはその女性の後ろ姿を目で追ってしまった。

(うわ。いい匂い。大人の女って感じ。いいなあ。……でもでも、シズの方が綺麗だもんね!)

 何に張り合ったのかよく分からないが、とりあえずシズ自慢をしてから視線を元に戻すと、同じ部屋から見知った美青年が出てくるところであった。

「あ」

「あ」

 ロイであった。ロイは髪をほどき、ジャケットを脱いで腕にかけていた。前のボタンが、胸元まで外してある。少し血色の良い頬にかかる黒髪が、なんとも艶めかしい。ロイはサラを見ると、気まずそうに視線を逸らした。

「どうして、サラがここに……?」

「え!? あ、デュオンに聞きたいことがあって」

「デュオンさんなら、この部屋の中だよ。……じゃあ、おやすみ」

「え!? う、うん。おやすみ……」

 視線を逸らしたままのロイが横を通り過ぎた時、ふわっと先程の女性と同じ匂いがした。

(んな!? ななななな!?)

 言葉に出来ない胸騒ぎを覚えながら、サラは呆然とロイの後ろ姿を見送った。動揺していたため、ノックをせずにドアノブに手をかけた。

「サラさん!?」

 ガチャリ、と扉の開く音に、デュオンは慌てて何かを隠した。

「あ、ごめんなさい! うっかりしてました!」

 サラはノックをしなかったことを詫びた。デュオンは笑って「大丈夫ですよ」と言ってくれた。部屋の中には、先程の二人と同じ匂いが充満していた。

「いらっしゃい。私も、貴女と話がしたかったので嬉しいです。さ、ここに座って」

「はい! あ……あの、ロイは何を……?」

 勧められた椅子に腰かけながら、サラは遠慮がちにデュオンに尋ねた。胸がどきどきする。

「ふふ。秘密です。守秘義務がありますので」

 デュオンは片目をつぶって意味ありげに笑った。

「ふええええ! いじわる!」

「ははは! それよりも……」

 すっと、デュオンが真顔になった。はっ、と、サラも姿勢を正した。

「改めまして。私はデュオン・ウィリアムスです。ニューヨークで医師をしていました。こちらの世界に来たのは、20年前になります」

 やはり、とサラは唾を飲み込んだ。

「私は、サラ・フィナ・シェードです」

 いつも通りの挨拶をしてから、サラは深呼吸して気持ちを落ち着かせた。

「前は、カシワギ マシロと言いました。日本人です」

「日本人!」

 デュオンは心底驚いたらしく、目を見開いて、座ったまま前のめりになった。

「日本には学会で1度行ったことがあります。いい国でした。ディナーで食べた『カツ丼』が最高でした。友人は『量が少ない。OMG』とぼやいていましたが」

 久しぶりに「カツ丼」と聞いて、サラのテンションが上がった。

「ありがとうございます! わあ、カツ丼、懐かしい! 私も、アメリカ行ったことありますよ。ネズミーワールドに行きました」

「ネズミーワールド!? フロリダですね。私の故郷です」

「そうなんですか!? 奇遇ですね」

「はは! 素晴らしい。まさか、こんなところで故郷の話ができるなんて、夢のようだ」

「私もです。私、地球の話をするの生まれてから16年で初めてです!」

「16年!」

 デュオンは小さく繰り返して、ため息をついた。

「……やはり、他の大陸でも転生者や転移者は少ないのですね」

「そうですね。私が知る限り、疑わしい人が1人だけです」

「そうですか。……実は、私は友人2人と転移しまして。それに、これは秘密ですが、この国のクイーンも転移者です」

「ええ!? じゃあ、この国に4人も地球人がいるんですか?」

 今度はサラが前のめりになった。考えてみれば、サラは転移者に会ったことがない。また、転生ではなく、転移してきた者がいるということを考えたことも無かった。

「いえ……友人2人は亡くなりました。クイーンも死の床についています」

 サラの問いに、デュオンは少し寂しそうな表情になった。

「あ……ご、ごめんなさい」

「気になさらず。もう、15年前のことですし。彼らが残してくれた医療を未来に繋げることが、今の私の生きがいなんです。ですが、一人では限界があって歯痒い想いをしていました。貴女に会えてよかった」

「え!? でも、私、医者でも何でもないですよ!?」

「構いません。医学的な素養は、この世界のほとんどの人よりあるはずですから」

「医学的な素養?」

「はい。例えば、風邪の原因は? と聞かれたら、何と答えますか?」

「風邪ですか? えっと、細菌とかウィルスが感染した?」

「では、アレルギーの原因は?」

「ええ? んーと、カビとか、花粉とか、ダニとか、埃とか?」

「ふふ。そういうところですよ。この世界の大半の人は、全て『魔のせい』だと言うんです。『気が弱ってるから、魔物に憑りつかれた』ってね。『だから聖魔法で治るんだろう?』って、本気で信じているんですよ。だから、医学が少しも発達しない」

「た、確かに……」

 言われてみれば、サラ自身もそう思っている節があった。マシロとしての知識があるにも関わらず、この世界の病はそうなのだろう、と思い込んでいた。

「もちろん、魔物の毒などが病を引き起こすことはありますが、実際に軽い貧血なんかは鉄分を多く取ることで劇的に改善しています。この世界には、魔法がなくても治せるのに、治せていない病が沢山あるんです。私はそれをどうにかしたいんです」

「なるほど。何というか……目からウロコが落ちる思いです」

「魔法は素晴らしいですよ。でも、魔術と医術を組み合わせれば、もっと色んなことができるはずです。サラさん。協力してもらえませんか?」

「分かりました。私に出来ることなら、何でもします!」

 サラは胸の奥が熱くなるのを感じ、力強く頷いた。

「有難い! 改めて、よろしくお願いします」

 デュオンは右手を差し出した。サラはためらわず、その手を握り、上下に振った。

「よろしくお願いします!」


 その後、サラから「国連」の事を聞いたデュオンは「それこそ、目からウロコが落ちる思いです!」と感激した様子でサラの手を握り、国王へもそれとなく進言してみると約束してくれた。


 サラは宿屋に戻り、ベッドへ潜り込むと、今度はぐっすりと深い眠りについた。


 『異世界の医者であるバンパイアナイト』という、心強い味方ができた。


ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、いつもありがとうございます!

はげみになります。


さてさて、デュオンさんが仲間になりました。

スペックが高いわりに、いまいちキャラ立ちしてないのが悩ましいです。

オースティンの方が書きやすかったな……くっ、無念!


それよりも、ロイ君、何があったんでしょう?(笑)


次回もよろしくお願いいたします。

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