52. HEROES 2
本日、52、53を投稿します。
「ネイソーン!!」
オースティンが叫んだ。
あっという間の出来事だった。
村まであと1里と少し、いうところで、ふらりとソレは現れた。足元がおぼつかない様子だったが、騎士の格好をしていたため、先行していた貴族側の騎士達の警戒心は薄く、あっけなくソレの餌食となった。
ネイソンは退屈そうにしていた貴族の孫を肩車して、先頭近くを歩いていた。
目の前で次々と騎士達が喉を裂かれていくのを見て、ネイソンは慌てて子供を肩から降ろすと、胸に抱き上げてオースティンとデュオンがいる後方へと走った。
いつだって、ネイソンにとって2人はヒーローだった。
オースティンに初めて会った時は、技師である自分を見下している様子に腹が立ったが、打ち解けてみると、男気があって、優秀で義理堅く、頼りになる男だと分かった。デュオンは控えめで品があり、優男に見えて実は腕っぷしが強く、頭の回転の速さと行動力はオースティン以上だった。医師と技師。同じ医療従事者とはいえ、立場の違う2人が何故自分と仲良くしてくれるのか不思議だったが、彼らの友人であることがとても誇らしく、自分が特別な存在なのではないかと錯覚するほど、ネイソンは2人に心酔していた。
異世界に転移したと分かった時も、ケルベロスに襲われた時も、元の世界に帰る術が見付からず落ち込んだ時も、彼らと一緒だったから、ネイソンは笑っていられた。
彼らは物語のヒーローで、自分はヒーローを助ける友人。悪くない。むしろおいしい役じゃないか、と思っていた。
だからきっと、この状況も2人が何とかしてくれる、そう信じて疑わなかった。
だが、現実は甘くなかった。
背中に走る痛みと衝撃でネイソンは倒れた。それでも胸に抱えた子供は離さなかった。元の世界に置いてきた息子と同じくらいの歳だったのだ。
「ネイソーン!!」
オースティンの叫びが聞こえる。剣を抜きながら走ってくるデュオンの姿が見える。
(ああ、カッコいいなあ)
貴族の服をワイルドに気崩して、剣と盾を自在に操る2人は子供の頃に憧れたヒーローそのものだった。
耳元で子供の泣き声が聞こえる。
「大丈夫。パパが、ついてるよ。リッキー……」
それが、ネイソンの最期の言葉だった。
「うおおおおおお!」
デュオンが吼えた。
たった今、友人の命を奪ったバンパイアの首を狙いすました一撃で跳ね飛ばした。
「ネイソン!」
ネイソンの死に顔は穏やかだった。息子を守ったつもりだったのだろう。デュオンはぐっと唇を噛みしめると、泣きじゃくる子供を抱き上げた。
「ネイソン! ……馬鹿野郎! 絶対帰るって言ってたじゃねえか! こんな所でくたばってどうする!」
駆け付けたオースティンが、ネイソンの遺体に顔を埋め叫んでいる。オースティンの後を追ってきたカドレアが、そっとその背に手を置いている。
デュオンも叫びたかったが、冷静になれ、と自らに言い聞かせ、周囲を見回した。
一行は、狭い山道を2列で進行しており、前方の三分の一はほぼ壊滅状態だった。嫌な予感に、デュオンは眉をひそめた。
この辺りでは1里を置かずして、騎士の詰め所がある。
もう少し先にも、それがあったはずだ。が、あのバンパイアは前方から来たのだ。……騎士の格好をして。
「スタン子爵! 急いで引き返してください! この先の詰め所はもう駄目です!」
もう少し、デュオンが気付くのが遅ければ、一行は全滅していたかもしれない。この5年の間に、貴族から信頼を得ていたデュオンの言葉に異を唱える者も無く、速やかに一行は来た道を引き返すこととなった。
「デュオン、どうする気だ!?」
ネイソンの亡骸を背負ったオースティンが叫んだ。デュオンが一行とは逆の方に歩き始めたからだ。
「ミハイ男爵家に事情を説明してくる。向こうにもバンパイアが行った可能性があるから、注意を呼びかけないと」
その言葉に、オースティンは目が覚めるような衝撃を受けた。
自分がネイソンの死に混乱している間も、デュオンは冷静に状況を分析し、次の手を考えている。いつもそうだった。熱くなって突っ走る自分とは違い、デュオンは常に最善を考えて行動する男だった。
「……! 分かった。気を付けて行けよ、ヒーロー!」
オースティンは親指を立てるサムズアップのサインをした。
「はは! ヒーローはお前だろ? オースティン、スタン子爵達を頼んだぞ」
「ああ!」
力強く頷くオースティンに笑顔を見せ、ネイソンの死に顔を瞼に焼き付けながら、デュオンは飛び上がった。空から行けば、カドレアの婚約者が待つ村へは直ぐに辿り着けるだろう。
「See you!」
「See you soon!」
二人は短く別れの挨拶を交わして背を向けた。
それが、最後の会話だった。
オースティンはネイソンを背に、カドレアの後ろに付き添う様に走っていた。
カドレアは、ネイソンが守った子供の手を引いている。彼女にとっては甥にあたる。
他にも周囲にはカドレアを守るために数人の騎士がいたが、ほとんどオースティンがしんがりを務める様な配置になっていた。
「カドレア様! お逃げ下さい!」
近くを走っていた騎士が叫んだ。間髪入れずに、ドサッと重たいものが倒れる音と、悲鳴が上がった。先程デュオンが倒したバンパイアと別の男が、仲間の騎士の上に覆いかぶさっていた。その男が立ちあがり、カドレアに狙いを定めてニヤリと笑ったのを見て、オースティンは血の気が引くのを感じた。
「Shit! ……ネイソン、すまん!」
オースティンは足を止め、ネイソンを地面に寝かせた。
「うおおおおお!」
「オースティン様!」
オースティンは魔力で全身を覆うと、バンパイアに横からタックルを食らわせた。学生時代、アメフト部ではクォーターバックを務めていたが、試合によっては2メートル近い巨体を生かしてタックルを務めることもあった。
バンパイアになると普段体にかかっているリミッターが外れるのか、感染前の数倍の筋力を発揮するが、鍛え上げられた肉体と技術の組み合わさったオースティンの突撃には耐えきれず、そのまま地面に叩きつけられた。
「お前ら! なんとしてもカドレアを守れ!」
「オースティン様! オースティン様!」
仲間の騎士に背負われたカドレアの姿が遠くなっていくのを確認し、オースティンは「ふっ」と小さく笑うと、バンパイアの頭を抑える腕に魔力を込め、そのままぐしゃり、と押しつぶした。
「はぁ、はぁ。くそったれ! 医者に殺させるんじゃねえ!」
オースティンは肩で息をした。一気に魔力を行使した疲労感に襲われる。それでも何とか気力を奮い立たせて、ネイソンに近づいたその時だった。
がさり、と後方の草むらが揺れた。
「……OMG」
思わず笑ってしまった。バンパイアとなった騎士と女が1体ずつ、そこに立っていたのだ。
バンパイアは陽の光に弱いはずだが、全身を鎧に覆われた騎士とフードを被った魔術師らしき女は、木々に覆われた薄暗い森の中で、本能のままに血を求め彷徨っているのだろう。
2体同時では、今のオースティンに勝ち目は薄い。
かと言って、まだ近くにいるはずの仲間の元へ走れば、カドレアを危険に晒してしまう。
だが、ここで万が一オースティンが感染するようなことになれば、誰の手にも負えないバンパイアになってしまうだろう。
逃げることはできない。
今のオースティンには時間を稼ぐことしかできないが、陽が落ちてしまえばそれこそ絶対絶命だ。
「……Cool……!」
オースティンは剣の柄を握りしめた。デュオンほどではないが、この5年でかなり剣が使える様になっていた。素手で戦うより、感染のリスクは低いだろう。
「ヘイ! カモン!」
無駄だと分かっていたが、オースティンはバンパイア達を挑発した。挑発に乗せられた訳ではないだろうが、騎士の方が動いた。
オースティンはバックステップで距離をとった。一匹ずつなら対処のしようがある。
狂ったように飛び掛かる騎士の頭を、オースティンは剣で横殴りに弾き飛ばした。
「Ha-Ha! ホームランだぜ!」
完全に剣の使い方を誤っているが、デュオンのような剣士にはオースティンはなれなかった。バットのように力任せにフルスイングする方が、性にあっている。
よし、もう一匹も、と思ったオースティンの耳に、聞きなれたか細い声が聞こえた。
「オースティン様っ!」
「!? 何故戻ってきた! カドレア……!」
走ってくるカドレアの姿が見えた。カドレアはバンパイアの女に気が付いていない様子だった。
「カドレア! 逃げろ、左からくる!」
「え? きゃあああああああ!」
「カドレア―!」
女が、カドレアの華奢な首に噛みついた。
「やめろおおおお!」
オースティンは女にタックルを食らわせ、カドレアから引き離した。
「オースティン様」
カドレアはガタガタと震えながら首を抑えている。女がゆっくりと立ち上がるのが見えた。首が、変な方向に曲がっている。更に、死んだ仲間の一人が立ち上がるのが視界に入った。
「くそっ!」
オースティンはカドレアを抱え上げると、道を外れ森の中へと走り出した。
カドレアの身体が燃える様に熱い。バンプウィルスの潜伏期間は個人差があるが、カドレアが発症するのは時間の問題だった。
「私を殺してください! あいつらみたいになるのは嫌です!」
カドレアが叫んだ。
「黙ってろ! 舌噛むぞ!」
オースティンは走った。
すると急に目の前が開け、崖が現れた。陽の光が眩しい。バンパイア達が追ってこないことに気付き、オースティンは足を止めた。
「オースティン様」
「何だい、お嬢さん」
わざと白い歯を見せて、オースティンは笑った。熱い息を吐きながら、カドレアもつられて笑った。
「オウ、エム、ジィ、ですわね」
「! ……ああ、OMGだ」
オースティンはカドレアの頭を大きな手で抱え込んだ。元の世界に居た時は、女性との付き合いなど、スポーツと同じだと思っていた。今度は誰を落とそうか、どうやって落とそうか。天性のモテ男にはただの遊びでしかなかった。
だが、この世界で出会ったカドレアという女性は、今まで会ったことのないタイプだった。奥ゆかしく、礼儀正しく、慎ましく、触れれば簡単に折れてしまいそうなほど細くて可憐だった。初めのうちは、強引に手を握ったり肩を組んだり腰に手を回したりして、デュオンから叱られていたオースティンだったが、そのうち自分のやっていることが恥ずかしくなり、カドレアから距離を置くようになった。すると不思議なことに、カドレアの方から少しずつ話しかけてくれるようになり、こっそり人目を盗んでは手を繋いで庭園デートを楽しむまでになっていた。恥ずかしそうに顔を赤らめ微笑むカドレアを見ていると、胸が締め付けられ「OMG……!」となった。プラトニックな関係ではあったが、オースティンは生まれて初めて心が満たされるのを感じていた。
そんな人が、今、理不尽な病で死のうとしている。
こんな病のために、身を引いたのではない。温厚で優しいと評判の男爵家の跡取りに嫁ぐ方が、いつ向こうの世界に帰るかも知れない自分といるより彼女は幸せになると信じたからだ。
「カドレア。今更だが、俺と結婚しないか?」
オースティンがカドレアの耳元で囁いた。
「ふふ……! お父様に、叱られて、しましますわね」
弱々しく、だが、明るい声でカドレアが笑う。
「返事は?」
「喜んで。……あなた……!」
オースティンの唇が、カドレアのそれと重なった。熱い、口付けだった。
「!」
カドレアの歯がオースティンの舌を噛む。血の味と匂いに、カドレアが涙を流した。
「……あなた。ごめんなさい……ごめんなさ……!」
慌てて顔を離したカドレアの唇を、オースティンが強引に奪う。泣きじゃくるカドレアからオースティンは顔を離すと、ニカッと白い歯を見せて笑った。
「刺激的だな! ハニー!」
「……ふ。ふふふ……!」
オースティンはカドレアを抱いたまま、崖の縁へと進んだ。
なるべくカドレアに陽が当たらないように、太陽に背を向けてカドレアの小さな体を自分の胸に抱え直した。
崖は想像よりも高く、遥か底は岩場になっていた。崖の底から吹き上げる風がオースティンの金髪をなびかせる。
「カドレア。汝は、私オースティンに愛を誓いますか?」
「誓います」
「私オースティンも、カドレアに永遠の愛を誓います。アーメン」
神父の真似事をして、オースティンは再びカドレアと唇を重ねた。
そしてそのまま、二人は抱き合いながら崖の底へと消えて行った。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、ありがとうございます。
オースティンさんが脱落しました。
もうちょっと活躍させたかったです!




