47. 再会の裏で
前回の後書きで嘘をつきました!
前回が長すぎて入りきらなかったエピソードを書きました。すみません。
「何? またソフィアが居なくなっただと?」
薄暗い執務室でキトから報告を受けたガイアードは、苦虫を嚙み潰したような表情になった。
「何をやっておる、キト」
「私は止めたんですよぅ! でも、人間のところに行くって……」
「何だと!?」
ダンッ、とガイアードは机を叩いた。ビクッとキトが震えあがる。
「いつの話だ!」
「えっと……昼過ぎの話です」
「何時間前の話だ!」
「はいっ! 2時間ほど前の話です!」
「なぜ直ぐに報告しない!?」
「直ぐに戻ってくるかなあって思ったんですぅ!」
「馬鹿もん!!」
ガイアードの目がギラリと光った。
「ひゃあ!」
キトが耳を抱えて縮こまったその時だった。穏やかな男の声がキトの窮地を救った。
「ソフィア様はご無事ですよ? キトを許してあげて下さい」
「レオナルド様ぁ!」
目を潤ませながら、キトはピョンピョンと跳ね、レオナルドと呼ばれた男の懐に飛び込んだ。レオナルドは、「碌な部下がいない」と嘆くガイアードが唯一信を置く高位魔族である。
柔らかな栗毛とダークグリーンの瞳が知性を感じさせる、見た目が30歳前後の男だ。
「よしよし。ガイアード様は顔が怖いですからね。でも大丈夫ですよ。これくらいのことで、皮を剥いで骨を抜いて切り刻んで兎鍋にはしませんよ」
「ひいっ!」
「お前は発想が怖い」
はぁ、とため息をついて、ガイアードは椅子に深く腰をかけ直した。兎相手に熱くなってしまったことを反省する。本人達は気付いていないが、ヒューの「なぜなぜモード」は完全にガイアード譲りだ。
「ソフィアは今何処に?」
「自室に戻られています。キト、部屋に帰りなさい。それとも、ここでガイアード様に怒られますか?」
「帰りますぅ!」
キトは耳をピンッと立てて、飛び跳ねながら部屋を後にした。
二人きりになった執務室で、レオナルドは壁際にあった椅子を運んでガイアードの前に置いた。
「座っても?」
「座ってから聞くな」
「では、報告をしても?」
「無論だ」
不機嫌そうに報告を促す主相手に苦笑しながら、レオナルドはソフィアの動向について調査内容を語り始めた。
「ソフィア様が行かれたのは『ポルカ』です」
「ただの観光か? それとも誰かに会っていたのか?」
「トスカに、会っていたそうです」
「!? トスカだと? ……まだ生きていたのか」
「はい。トスカに尋問したところ、声を掛けたのはトスカの方だそうです。母親のソフィア様と見間違えたのだとか」
「……では、ソフィアは母の事を知ったのか?」
「いえ。詳しい話をする前に、邪魔が入ってソフィア様とは別れたと言っていました」
「邪魔だと?」
「エルフは絡まれやすいですからね。ゴロツキが言い寄ってきたので、ソフィア様はその場から逃げたのだそうです」
「その後どうした?」
「……」
「何故黙る!? ソフィアに何かあったのか?」
「いえ……何かあったかと言われれば、あったのでしょうが、結論を言えば中位魔族が一人死にました」
「は? 何故ゴロツキに追われて中位魔族が死ぬことになるのだ?」
「どういう経緯かは分かりません。私が、死んだガストン子爵の使用人から連絡を受けて屋敷に行った時には、すでに誰も居ませんでしたから。ただ、ソフィア様の魔力が残っていましたから、ソフィア様が倒したのでしょう」
「ガストンだと?」
ガイアードは「はて、誰だったか?」と、顎に手をやり首を傾げた。
「人体採集が趣味の、元変態貴族ですよ」
「あいつか! ソフィアに手を出したのか!? 死んだと言ったな。生き返らせろ! 八つ裂きにしてやる!」
「落ち着いてください。ソフィア様は無事だと言ったでしょう? それに、ソフィア様自身が鉄槌を下したのですから、良いではないですか。あの街での魔族討伐は当然重罪ですが、ソフィア様を罪に問うことは出来ませんし、私が適当に誤魔化しておきましたよ」
「むぅ。……それにしても、あの優しいソフィアが中位魔族を倒すとは……よほどの事があったに違いない」
「それは……本人に聞いてみないと分かりませんね。聞いてみます? 『変態貴族に何をされましたか?』と」
「聞けるか! むしろ黙って記憶を消してやれ!」
「まあまあ。本当に未遂で終わってると思いますよ? 先程お顔を拝見しましたが、何だか楽しそうでしたし。魔族を倒してスッキリした、ということではないと信じたいですが、少なくとも落ち込んでいる雰囲気ではありませんでした」
「……そうか。なら良い」
「それよりも、トスカをどうしますか? ソフィア様のことです。また、トスカに会いに行かれるでしょう」
「……」
「トスカを消しますか?」
「!? 本気で言っているのか?」
「本気ですよ。私は、魔族ですよ? 貴方は自分が特別だから理解できないかもしれませんが、魔族になると今までの自分ではなくなるのですよ。見た目では分からなくても、ボタンを掛け違えたように、価値観がズレているのです。あの時、私は自分が魔族になってでも家族や仲間を守りたいと思っていましたが、今はその気持ちすら単なる記憶でしかないのです」
レオナルドは、16年前のスタンピードの生き残りだった。当時、魔法騎士団長として最後まで魔物と戦い続けたレオナルドは、力を使い果たし、数人の部下と共に地下へと逃れついた。それは、ソフィアの両親が出て行った直後だった。もし、レオナルドが先に着いていれば、彼は2人を見捨てることはなかっただろう。部下にその場を託し、2人と共に旅だったはずだ。死しか待っていないと、分かっていても。
だが、神は彼に死よりも過酷な運命を用意していた。
地下室に魔物が到達したのだ。
非戦闘員を背に、彼と彼の部下達は魂を削りながら抵抗した。一人、また一人と部下が死んでいく中で、彼の心は魔に蝕まれていった。
力が欲しい。
家族を、仲間を、民を守る力が欲しい。彼らを守れるなら、私は魔族になる……!
そう、覚悟を決めた瞬間、彼の身体から放出されるだけだった魔力のベクトルが変わった。
元々、魔法が使える騎士達のトップに君臨していた男だ。彼は周囲の魔を吸い上げると、高位魔族として生まれ変わった。
守ったはずの母から恐怖の眼差しを向けられた。だが、彼は傷付かなかった。むしろ、皆が抱く畏怖の念が心地好い。これが魔族なのか、とレオナルドは得心した。
「貴方にとって邪魔なら、私はかつての母を殺すことを、ためらいはしませんよ?」
レオナルドは薄く笑った。
「考えておく」
少し寂しそうに、ガイアードは答えた。
翌日、ガイアードはソフィアを呼び出した。
もちろん、昨日の脱走を咎めるためだ。
鬼の形相をしたガイアードの説教に対し、ソフィアは大人しく頭を垂れて聞いていたが、説教が終わるとおずおずと「言いたいことがあるの」と顔を上げた。
「何だ」
「あのね……その……」
「ごにょごにょ言うな! はっきり言え!」
「誕生日おめでとう! ガイアード!」
「は!?」
「ぷっ!」
噛み合わない父娘のやり取りに、思わずレオナルドは噴き出した。そうか、今日はガイアード様の誕生日だったか、と、そんな大事なことすら忘れていた自分にレオナルドは驚いた。
「お誕生日、おめでとうございます。ガイアード様」
「笑うな! レオナルド! ……ソフィアも!」
再び鬼の形相になり、ガイアードは2人を睨んだ。
「毎年、言いたかったの! でも、ガイアードが嫌がると思って言えなかったの」
「じゃあ、今年も言わなくて良かっただろう!」
「嫌よ! 私、今年で16になったの。成人したのよ? ちゃんと一人の大人として、ガイアードにお礼が言いたかったの!」
「礼だと?」
「そうよ」
そう言うと、ソフィアは軽やかにガイアードに駆け寄り、首に腕を回すと、スッと無表情になったガイアードの頬にキスをした。レオナルドが大爆笑しているが、気にしない。
「ガイアード。今まで育ててくれてありがとう! 私、ガイアードの娘で良かったわ」
「……」
「本当は、何か記念になるものを贈りたくて町に行ったのだけど、買いそびれちゃったの。そもそも、お金を持ってないことにさっき気付いたんだけど……」
「……」
「ガイアード? 聞いてるの?」
「…………ああ」
ガイアードがあまりにも無表情なので、ソフィアは不安になった。何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。レオナルドが腹を抑えて地面に突っ伏しているのも、だんだん気になってきた。
「もしかして、まだ怒ってる?」
「怒ってない!」
「やっぱり怒ってる! 今度から『お父様』って呼んでいいか、聞こうと思ってたのに聞けないじゃない!」
「それは!? それは……呼んで良し!」
「いいの!?」
「うるさい! もう大人なら、いちいち確認するな!」
「ありがとう! お父様、大好き!」
ソフィアは再びガイアードに抱き着くと、頬にキスをした。レオナルドが顔を地に伏せたまま、手の平で床を叩いている。何かの儀式だろうか。
「もういい! さっさと部屋に戻れ!」
「はい! お父様」
ソフィアは可憐に微笑むと、スカートを翻して鮮やかに消えた。
「……いい加減に笑うのを止めろ!」
ガイアードとレオナルド、2人だけになった執務室に、ガイアードの怒声とレオナルドの大爆笑が響いた。
その日、ヒューとの手合わせでヒューを一瞬で叩きのめしたガイアードだったが、休憩中にレオナルドから事の顛末を聞いたヒューから「俺も父上と呼びたい」と言われ、次の手合わせではあっさり負けた。再びレオナルドから大爆笑されたことは言うまでもない。
「トスカのことだが」
夕方。執務室に呼び出されたレオナルドは、ガイアードからそう切り出された。
「そのままでよい。ソフィアも、ヒューも、もう大人だ。何を知って、何を感じ、どう行動するかは本人次第だ。我々は、見守るしかない」
「……御意」
レオナルドは深々と頭を垂れた。
(ですが、貴方の脅威となることがあれば、私は何の躊躇もなく母もソフィア様も手にかけるでしょう。私は、魔族なのです。……我が王よ)
夕日が、2人の魔族を赤く照らしていた。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、ありがとうございます!
今回、ふらりと新キャラが登場してしまいました。
意外に抜けているガイアードの尻拭い……補佐をするのが彼のお仕事です。
そういえば、前回を読み直して「オーク、可愛いな、こいつ」となっております(笑
サラ様も昔はブヒブヒ言ってましたね。
今はゴリラですが、子供の頃はオークでした。
将来が楽しみです。
では、次回こそ、サラ達の出番です!
今後ともよろしくお願いいたします。




