46. 再会 3
「どうしましょう! どうしましょう!」
ソフィアは姿を隠す魔法を使い、町の中を駆けていた。
まさか、こんなところでカイトに会うとは思ってもみなかった。
「とにかく、逃げなきゃ!」
何故、自分がカイトから逃げているのか、理由はよく分からない。カイトはソフィアを傷付けない。先ほど頬に触れた指も、とても暖かくて優しかった。だが、触れられた瞬間、胸から背中にかけて言いようのない変な感覚が走ったのだ。
「! 行き止まりだわっ」
どうやら商業エリアの端まで走ってきたようだ。目の前には、ポルカの町を2分割する4メートルほどの高い壁がそびえ立っていた。ぐるりと見回しても、入り口らしきものは見当たらない。
「ええい!」
ソフィアはふわりと飛び上がった。魔力を浮力に変えてそのまま壁を飛び越えた。
「まあ!」
壁の向こうには、美しく整備された街並みが広がっていた。広い石畳の道路の両脇には街路樹が植えられ、ところどころに小さな噴水がある。2メートルほどの高さの塀で囲われた大きな屋敷が整然と立ち並び、遠くには畑や牧場らしきものが見えた。道を歩く魔物や人もほとんど居らず、閑静な住宅街、といった感じだ。ごちゃごちゃとした商業エリアとは全く趣が異なる美しくのどかな景色に、ソフィアは一瞬目と心を奪われた。
おかげで、ふわりと着地した時には、すっかり姿を消す魔法をかけ忘れてしまっていた。
「おや。何が侵入したかと思えば、エルフでしたか」
「え? あ、魔法が……」
いつの間に現れたのか、ソフィアの横に紫の髪をした美しい男が立っていた。ソフィアはその男に面識はなかったが、一目で彼が中位の魔族であることが分かった。ぞくっ、と背筋が凍る。
「美しいお嬢さん。ここは、部外者が来てはいけない場所なのです。残念ながら、私と一緒に来ていただきます。大丈夫。一瞬で終わりますから」
「遠慮します。私、帰らないといけないの」
薄く笑う男を前に、ソフィアは一歩足を引いた。
「帰しませんよ」
「きゃあ!」
男がソフィアの腕を掴んだ。男が僅かに眉をしかめた。
「意外に骨ばった腕ですね……なるほど、他の者の腕を繋いでいるのですか。器用なことをするものだ」
「放してください! 人を呼びますよ!?」
「はは! 侵入者は貴女だというのに、誰を呼ぶというのですか? ……面白い。気に入りました」
男は笑うと、軽々とソフィアを横向きに抱え上げた。
「貴方に興味があります。私の妻になるなら、殺すのは止めましょう」
「何を……!」
ソフィアが言葉を言い終わる前に、男はソフィアと共に転移した。
その直後、2人のいた場所にカイトが舞い降りた。
「ソフィア!」
一瞬だけ、ソフィアが男といるのが見えた。
カイトは素早く周りを見渡すと、人気のない路地に入り込んだ。
「お前!」
「ヒィ!」
カイトはそこに居たオークに掴みかかった。
「さっきの2人を見ていたな? あの男は誰だ。何処へ行った!?」
「ブヒィ! オデ、知ラナイ!」
「言葉が分かるんだな? 良かった。僕は、魔物には容赦しない。死にたくなければ、答えろ」
「言ッタラ、殺サレル! オデ、言ワナイ!」
「言わないってことは、知ってるんだな? 分かった。言わなくていいから、僕をそこに案内しろ」
「アンナイ?」
「僕をそこに連れて行ってくれ。言わなければいいんだろ? 案内するのも駄目だと言われたのか?」
「アンナイ、駄目、言ワレテナイ。アンナイ、スル。殺サナイデ」
「分かった。良いオークは殺さない」
「分カッタ! オデ、良イ、オーク!」
オークはそう言うと、人気のない道を選びながらカイトを一軒の屋敷の前に案内した。カイトは目を閉じて、光の精霊に呼びかけた。魔力は封じられていたが、僅かながら光の精霊を使役することは出来た。カイトの意を察した精霊がソフィアの気配があることを、告げている。
「オデ、アンナイ、上手! 首、カイテ!」
「うん。ありがとう。僕の事は誰にも教えちゃいけない。話しても、書いても、案内しても駄目だ。いいな?」
「分カッタ! オデ、良イ、オーク! 首、カイテ!」
「分かったよ」
カイトが首の後ろをガシガシと掻いてやると、オークは嬉しそうに鼻を鳴らして帰って行った。
「……僕、ホントに変わったな……」
昔のカイトなら、ありがとう、と言いながらオークの首を違う意味で「かいて」いたはずだ。少しだけ苦笑いしながら、カイトは屋敷を見上げた。
この辺りで、一番大きな屋敷だ。
街の景観を守るためなのか、侵入者を警戒していないのか、屋敷を囲む塀は2メートル程度で高くはない。
カイトは光の精霊を身に纏い、軽々と塀を越えた。
「解いてください! 私、ここに来ちゃいけないって、知らなかったの」
ローブを脱がされ、薄手のワンピース姿でソフィアはベッドに転がされていた。その両腕はベッドの柵に繋がれている。紫の髪の魔族は、少し困った顔をした。
「ポルカは表向き、人の町です。ポルカの裏側が魔族や魔物の住処だと、知られては困るのですよ」
「この街の事は誰にも言わないわ。ね?」
ソフィアは可愛らしく首を傾げた。頭の中で、必死で脱出策を考える。
(魔王の妹だと言えば、解放してもらえるかしら。いいえ、この魔族は魔王の顔を知らない。信じてはもらえないわ。いっそ、ガイアードを呼ぶ? 駄目だわ! この街ごと無くなっちゃう!)
青ざめた顔で笑顔を作るソフィアの横に、男は座った。
「駄目です」
くすくすと笑いながら、男はソフィアの柔らかな髪を梳いた。
「ああ。素晴らしい魔力です。貴女なら高位魔族になれるでしょう。貴女を魔王に献上すれば、私も高位魔族にしてもらえるかもしれませんね」
男はうっとりとした表情で、ソフィアの髪に口をつける。
「……ああ、でも貴女を献上するのはもったいない。私はね、魔族になる前は人間の貴族でして。美しいものを集めるのが趣味だったのです。エルフの奴隷も沢山集めましたが、貴女ほど血の濃いエルフを見るのは初めてです。ああ、素晴らしい」
「いやっ!」
男の舌が首筋を這う感触に、ソフィアは小さく悲鳴を上げた。
「ああ。純血のエルフは味も違うのですね。面白い。やはり、貴女を献上するのは止めましょう。献上するのは、貴女の子供で十分だ」
「何を……!?」
男の意図することを察し、ソフィアは青ざめた。いかにソフィアが男女の事に疎いと言っても、この男は自分に子供を産ませる気だ、という事は分かった。兎と植物と親馬鹿に育てられたソフィアには、何をされるかまでは分かっていない。分からないが故に、余計に恐怖が込み上げてくる。
「いやよ! 私、貴女の奥さんにはならないから!」
不意に、カイトの顔が浮かんだ。じわり、と涙が込み上げてくる。
「いや! いやだったら! 変なとこ触らないで! 助けて……カイト!!」
「カイト、参上おおおおおおおおお!!」
バリーンッ! と窓を突き破って、カイトが部屋に飛び込んできた。
「何者だ!」
「ソフィアを放せ!」
侵入者に驚き顔を上げた魔族の頭に、カイトの剣がフルスイングでめり込んだ。
「ぐっ!!」
男はベッドの上から勢いよく弾き飛ばされた。
その隙に、カイトはソフィアをベッドから解放し、魔族から庇う様に剣を構えた。
ソフィアはカイトの後方へ駆けたが、途中腰が抜けて床に座り込んだ。一気に震えが込み上げてくる。ガタガタと、歯の根が噛み合わない。
「ソフィア、大丈夫!?」
「カイト! 前!」
「! うわっ!」
思わず後ろを振り返ってしまったカイトの身体に、魔族の放った氷の礫が降り注いだ。
光の精霊を纏っていなければ、穴だらけになっていただろう。
「きさまああああ! よくも私の顔に傷を付けたな!」
「ひいっ!」
男の形相に、ソフィアは喉を引きつらせた。男は鼻を境に上下が分かれ、それらは薄皮一枚で繋がっていた。切断面は黒い何かに覆われており、血は流れていない。
「せいっ!」
男が回復するより早く、カイトは男に切りかかった。間髪入れないカイトの猛攻から、男は魔力で全身を覆い耐えている。回復する暇を与えるつもりはない。
相手は中位魔族。S級なのだ。今のカイトで勝てる相手ではない。
「ソフィア! 早く逃げて!」
カイトは声を張り上げた。勇者がこんなところで死ぬわけにはいかない。だが、ソフィアを見捨てることなどカイトには出来なかった。
「でも、カイトが……!」
「僕はいいから! ソフィアが……無事で良かった!」
「!!」
ずきん、とソフィアの胸が痛んだ。自分がカイトから逃げさえしなければ、こんな事にはならなかったのだ。そもそも、ガイアードの言いつけを守ってここに来なければ、カイトに会う事すらなかったのだ。
ソフィアは拳を握りしめた。
怯えている場合じゃない……!
「ドレイン!」
ソフィアは魔力吸収魔法を魔族に放った。魔族を覆う魔力が見る見る吸い取られていく。
「何だと……!?」
「今よ! カイト!」
「てやああああ!」
ドンッ! と音を立てて、カイトの剣が魔族の胸に吸い込まれた。
「馬鹿め! 魔族がこの程度で死ぬとでも」
「光の精霊よ! 魔を払え!」
「なっ!?」
魔族が驚愕に目を見開いた。
カイトの剣を通じて、光の精霊が魔族の体内になだれ込んでくる。光の精霊は魔の天敵だ。逃げ場を求めて、魔族の体内から急速に魔力が抜け出していった。
「うっ……! うおおおおおおおおおおお!!」
男は力をふり絞り、抜け出した魔の塊をカイトに放った。
「ドレイン!」
その攻撃を、無情にもソフィアが吸収する。
「おのれえええええ……!」
「さよなら、名前も知らない魔族」
カイトが呟くと同時に、パーン! と音を立てて、魔族の魔石が砕け散った。
耳障りな奇声を上げながら、魔族はそのまま光となって、消えた。
「はぁ、はぁ」
静かになった部屋で、カイトは肩で息をした。
「うっ!?」
突然、眩暈に襲われ、カイトは床に倒れ込んだ。光の精霊を酷使し過ぎたのだ。完全に、今のカイトにはキャパオーバーであった。
「カイト!」
半ば悲鳴の様に叫びながら、ソフィアが駆け寄った。ソフィアはカイトの肩を抱いて、半身を起き上がらせた。
ソフィアと至近距離で目が合い、カイトは自然と笑顔になった。
「ご無事ですか? お姫様」
その笑みに、じゅん、とソフィアの胸が疼いた。
「カイト」
「はい、お姫様」
「怖かった……!」
「うわっ!? ソフィア!」
ガバッ、とソフィアに抱き着かれ、再び床に倒れながら、カイトは一気に赤くなった。薄着のソフィアの色々な所が体に当たって、カイトの心臓は破裂寸前だ。そんなカイトにお構いなく、ソフィアはカイトに縋りついて泣き始めた。
これがカイトではなくユーティスやリーンであれば、甘い言葉を囁いて唇を奪っているシーンであろうが、そこはコミュ障界の勇者である。抱きしめるどころか、両手をぎゅっと握りしめて何かに耐えている。
「怖かった! 私を妻にするって……! カイトが助けてくれなかったら、私っ……私っ……大魔法を放つとこだった!」
「えええええ!?」
「ありがとう、カイト! 私、あの魔族に触れられて、すごく嫌だったの。カイト助けてって、本気で思ったの!」
「ソフィア……!」
衝動的に、カイトはソフィアを抱きしめた。ソフィアの重みと温かさが、カイトに力を与えてくれるようだった。
「ソフィア。ごめん」
「え!? どうして謝るの? 助けてくれたのに……」
突然、謝り始めたカイトにソフィアは戸惑った。
床に横たわったまま、太い腕で抱きしめられている現状に、すでに頭がパンクしそうだというのに。
「ごめん。ソフィア。ずっと謝りたかったんだ。君は僕の大切な友達だったのに、僕は、君の大切な家族を傷付けてしまった。たぶん……ううん。きっと、僕はこれからもそうしていかないといけない」
「……カイト」
ああ、カイトは1年前のことを謝っているのだ、と、ソフィアは気付いた。そして同時に、これからのことも。
ソフィアは胸の興奮がすっと治まるのを感じた。代わりに、言いようのない不安が押し寄せてきた。
「僕は、ソフィアの敵になる。でも、ソフィアの事が大好きで、とても苦しいんだ。ソフィアを幸せにしたいのに、僕は、ソフィアの家族を倒さなきゃいけない。ごめん。ソフィア。だから僕、友達を辞める」
「えっ!?」
突然のカイトからの宣言に、ソフィアは金槌で殴られた様な衝撃を受けた。
「いや……嫌よ、カイト!」
ソフィアは思わず顔を上げて、カイトの目を見つめた。
「友達を辞めるなんて言わないで!? 私、家族が傷付くのは嫌よ? でも、カイトが居なくなるのも嫌! 何で? 何でこんなに苦しいの? 友達って、そんなに難しいの!?」
ソフィアの両眼から、ボロボロと涙が溢れた。それを見たカイトの目からも涙がこぼれた。カイトが流す、初めての涙だった。胸が熱くて痛い。これも、初めて感じる痛みだった。
「ソフィア……!」
カイトはソフィアを抱きしめる腕に力を込めた。
「カイト……!」
ソフィアもカイトの腕の下に手を回した。二人はお互いの肩に顔を埋めた。
「カイト。友達って、難しいのね」
「うん。難しいね、ソフィア」
ソフィアが町でカイトから逃げたのは、カイトが勇者だからだ。関わってはいけない、これ以上関われば、戻れなくなると、心が警鐘を鳴らしたのだ。
「カイト。私、どうしたらいいの……?」
ソフィアは、自分の心が一線を越えてしまったことに気付いてしまった。きっと、もう昨日までのソフィアには戻れない。
「ソフィ……」
カイトが何か言いかけたその時だった。バタバタと、数人の足音が近づいてくるのが聞こえた。
「ソフィア、僕魔法が使えない」
「大丈夫。一緒に飛ぼう?」
カイトの厚い胸に顔を埋めて、ソフィアは魔力を込めた。
二人が転移した先は、ポルカの外だった。
ソフィアは魔族達が魔王の国から出られないことを知っていた。
「ここなら大丈夫よ」
「ありがとう。助かったよ。ソフィア」
「それはこちらの台詞よ?」
草原の風に吹かれながら、二人は自然に体を離していた。先程まで密着していたことが急に気恥ずかしくなり、ソフィアはカイトに背を向けた。
その手を、カイトが握った。
「か、カイト?」
「ソフィア」
振り返って目が合ったカイトの顔も赤かった。カイトが勇気を出して自分の手を握ってくれたのだと思うと、じわっとソフィアの目頭が熱くなった。
「僕は、君の敵だけど、友達のままで居てくれる?」
矛盾していることは、カイトもよく分かっている。友達でいることを諦めようともした。だが、先程のソフィアの涙を見て、諦めたくないという想いが込み上げてきたのだ。
「これからどうしたらいいのか、僕にも分からない。でも、ソフィアが許してくれるなら、一緒に考えよう?」
「……」
「……嫌?」
「……嫌」
「!? そ、そうか」
「友達のままは、嫌」
「え!? ソフィ……!?」
ソフィアは落ち込んで下を向いたカイトの唇に、自分の唇を押し当てた。この行為が、ガイアードの頬や、兄のオデコにするものとは意味が違うことくらい、ソフィアにも分かっている。でも、どうしても今しなければならないと思ったのだ。
カイトは固まったまま、全く微動だにしない。
ソフィアはたっぷり5秒ほど頭の中で数えた後、顔を離した。
恥ずかしくて、カイトの顔が見られなかった。赤い顔のまま、ソフィアは視線を足元に向けた。
「また会える? カイト」
「……」
「カイト?」
「あ、会える! 会おう! 時々、この町に来るよ! うわあ。さっきの何!? え? 僕、何か変なんだけど!?」
「ええ!? キスよ!? 知らないの!?」
「ええ!? キス!? あれが、キス!? うわあ! すごいや! もっかいして!?」
「い……嫌よ! カイトのバカ!」
ソフィアは空間魔法で枕を取り出すと、思い切りカイトに投げつけた。
「私、帰るから! バカカイト、またね!」
照れ隠しに悪態をつきながら、ソフィアは自分の部屋に帰って行った。
「待って、ソフィア!」
カイトの声が、むなしく草原に散っていく。
「あ……この枕、ソフィアの匂いがする」
カイトはフリルの付いた柔らかな枕をギュッと抱きしめた。その顔には、清々しい笑みが浮かんでいた。
「ああああ! 失敗したわ!」
その夜。
キトを枕にして寝ていたソフィアは、急にあることを思い出し、呆然となった。
「……誕生日プレゼント、買い忘れちゃった……」
結局、誕生日プレゼントは感謝の言葉と頬へのキスになってしまった。
ガイアードは無表情でそれを受け取ったが、その後、ヒューとの手合わせでヒューを瞬殺したところを見ると、手加減を忘れるくらい喜んでくれたのだろう、とソフィアは思った。
ブックマーク、感想、評価、誤字報告等、いつもありがとうございます!
助かります!
今回、長めでした! でも、とても楽しかったです。
そして、やっぱりヒロインの座を奪われているサラ様。
攻略対象者の一人があっさり攻略されてしまいました。
大事件です(笑)
次回はサラ達の話に戻ります。
よろしくお願いいたします。




