42. 大好き
今回で『竜神の花嫁』編は最後です。暗いです!
「哀れな。やはり、こうなってしまったか……」
魔族へと堕ちていくルーラを目の当たりにし、グランは小さく呟いた。
あの落雷の後、グランとシグレは宙に浮かぶ男と対峙した。
男はセイレーンの様だが、その種族ではあり得ない程の魔力を内に秘めていた。また、翼を使わずに空を飛ぶセイレーンなど見たこともない。
「お主。何者じゃ」
グランは男に問いかけた。男はストンと着地すると、グランに対し優雅に一礼した。その礼の形に、グランは見覚えがあった。
「ほう。お主、サフラン大陸の貴族か」
「はい。この大陸に近い、ルドラス国の出身です」
「なるほど。サフラン大陸という事は、バンパイアであったか」
ルドラス国はエルフを神聖な者として尊ぶ国だ。彼がグランに対し礼を尽くした意味が分かり、グランは大きく頷いた。
「グラン殿。彼は魔物では? 討伐の許可を」
「待て」
抜刀しようとするシグレをグランは片手で制した。世界中を旅したグランと違い、レダコート王国があるエウロパ大陸しか知らないシグレが、バンパイアの生い立ちについて詳しくないのは仕方のないことであった。この大陸では、バンパイアは滅多に見かけることはないが、その影響の大きさからS級の魔物として取り扱われている。
「シグレよ。バンパイアはバンプウィルスに感染した病人じゃ。魔物ではない」
「しかし、大量に殺人を犯したことは事実です。魔物でないなら、魔族として討伐すべきです」
「お待ちください」
グランとシグレの会話に、デュオンが割って入った。
「私は、討たれても構いません。それだけのことをしてきた自覚はあります。ですが、お願いがあるのです」
「願い、とな?」
「はい。近くの村に、セイレーンとその娘が居るのです。遠い昔に、私のせいで群れを失ったセイレーンと、彼女が新しい群れで生んだ娘です。どうか、その母娘を見逃してやってはいただけないでしょうか」
「ほう?」
グランが片眉を上げた。自分ではなく他人の命乞いをする姿に、シグレも興味を抱き柄を握った右手を緩めた。
「娘の方は魔術を使いますが、魔物としては目覚めていません。母親の方も、よく食欲を抑えています。20年近く、人として生きているのです」
「しかし、今しがたお主がその『新しい群れ』とやらを滅ぼしたではないか。群れを失ったセイレーンが大人しく生きていけるとは思えん」
「大人達は彼女達の素性を知り、彼女達を殺そうとしていたので排除しました。ですが、村に赤子を残しておきました。たくさん子供を産んで、育てたいと言っていた優しい女です。きっと、自分の群れを作り直すでしょう」
「ふむ。娘の方はともかく、母親の方は実際に見てみんことには何とも言えんな。ワシらの目で見て、問題ないと判断すれば見逃してやろう」
「……ありがとうございます!」
デュオンが改めて一礼したその時だった。
「お助け下さい!」
両腕のない女が、グランとシグレの前に飛び込んできた。
上手く化けてはいるが、女がセイレーンであることは、グランとシグレには一目で分かった。気配が違う。そして何より、女からは血の臭いがした。
バンパイアの男が、ひどく哀し気な顔をしたのがグランには印象的だった。
その女が死に、男も死んだ。
そして哀れな魔族が一人、生まれてしまった。
「ルーラァ!」
サラが悲痛な叫びを上げる。
サラにとっては、できたばかりの友達が魔族になったのだ。目の前で起こった事が、信じられなかった。
まだ、ルーラのことを何も知らない。人間ではなかったことすら、気が付かなかった。もっと注意深く接していれば、気付いただろうか。昨日、もっと寝る間を惜しんで話をしていれば、打ち明けてくれただろうか。
「ルーラ……! 戻って……!」
「無理です。サラ様。ああなってしまった者は、元には戻せません。一度魔族となった者は、そういう体に作り替わるのです」
「でも! ロイは戻ったわ! きっとルーラだって」
「俺の時とは、違う気がする」
「ロイ!」
いつの間にか、サラの隣にロイとアマネが来ていた。子供達を村に置いて、サラの元へ転移してきたのだ。
「たぶん俺の時は、俺の中に入ったアグロスが核となって魔を吸収していたから、俺自身は無事だった。でも、ルーラは違う」
「そんな……!」
サラは急に足の力が抜けるのを感じた。シグレに支えられていなければ倒れ込んでいただろう。
「というか、何でこんな状況になってるんですか!?」
アマネが珍しく困惑している。シグレの左腕を掴み、睨みつけている。
「あの娘の母がセイレーン、夫がバンパイアだった。その二人が死に、娘が魔族となった」
淡々と、事実だけをシグレが告げた。何の感情も籠らない声だった。
シグレにしてみれば、三人とも魔物に過ぎないのだ。
アマネは非常なシグレの声に、声を荒げた。アマネにとって、ルーラは主でも仲間でもなく、初めてできた友達だったのだ。
「ルーラは普通に恋する、普通の女の子です! 魔族になんて、なって良いはずがないです!」
「良い悪いの問題ではない。アマネ。魔族になって良いものなど初めからいない」
「そうですが……!」
「取り込み中すまんが、あれ以上魔を取り込むと厄介じゃ。さくっと狩るぞい」
「えっ!? 待って、グラン!」
グランの場違いな程ひょうひょうとした声に、サラは青ざめた。ルーラの元へ行こうともがくが、シグレの腕がそれを許さない。
「ロイ!」
「闇の精霊よ! ルーラの魔を払え!」
サラの意思を察し、ロイは闇の精霊達に命じた。精霊達はルーラの周りを取り囲むと、外の魔素とルーラを遮断した。そしてルーラの体内に侵入すると、体内の魔と戦い始めた。
「うがあああああああああ!!」
ルーラが頭を抱え、暴れ始めた。体内で二つの勢力が争う衝撃に苦しんでいるのだ。
「凄いです! ロイ! 体内でも戦える精霊は闇の精霊だけです! 精霊が勝てばルーラを元に戻せるのでは!?」
アマネが興奮気味に、シグレの腕を引っ張り、反対側の手でルーラを指さしている。だが、シグレもグランも厳しい表情だ。
「うっ……!」
ロイが小さく呻いた。その声に、サラはハッと顔を上げた。
「だ……駄目! ロイ! 止めて!」
「でも……ルーラが……!」
「駄目! シグレ、ロイを止める! 離して!」
今度はシグレは素直に手を離した。サラはロイの胸に飛び込んだ。
「何故止めるのですか!? サラ様!」
信じられない、といった表情でサラを止めようとするアマネを、シグレは抱え込んで止めた。
「ロイ! 駄目よ! 精霊達が傷付いてる! ロイの……! ロイの寿命が縮まっちゃう!!」
「!」
アマネが目を見開いた。パッとシグレを見上げると、シグレは無言で頷いた。ロイは歯を食いしばって耐えている。
「分かってる! でも、ルーラがここでグラン師に殺されるより、ずっといい……!」
「……ロイ!」
サラはロイから身を離すと、シグレが止める間もなくルーラの元へ転移した。
「うがああああああ!」
「ルーラ」
サラはルーラの身体を背中から抱きしめた。鱗や棘がサラの身体を傷付ける。それでも、サラは密着するように、ルーラを包み込んだ。
「ルーラ。聞こえる?」
「!?」
耳元で語り掛けるサラの声に、ルーラが反応した。闇の精霊が魔を抑えているのだろう。このチャンスを逃すまいと、サラは祈りを込め、話し続けた。魔に聖女の『共感と共有』の力は反応しない。だが、今、ルーラの体内には精霊達が居る。精霊の力を借りて、サラはルーラの心に呼びかけた。
「ルーラ。何が起こったか、私にもよく分からない。ルーラも混乱してるよね。ルーラの心がぐちゃぐちゃになってるの、伝わってくるよ。辛いね。怖いね。苦しいね。憎いね。哀しいね。寂しいね。……でも、一番伝わってくるのは『愛しい』だよ。ルーラ」
「う……うう……サラ……サラ、ちゃん……?」
「ルーラ……!」
サラはルーラの正面から抱きしめ直した。首のすぐ近くに、ルーラの尖った歯が迫っている。シグレはアマネから手を離すと、刀の柄を握った。グランも杖を構え、いつでも聖矢を放てるようにしている。
「ルーラ! 良かった。私が分かるのね? サラだよ。友達の、サラだよ! アマネとロイもすごく心配してるよ? 魔族になんかならないで。一緒に帰ろう? 一緒に、旅をしよう?」
「サラ……ちゃん。サラちゃん……!」
ルーラもサラの身体に腕を回した。
泣きたいのに、涙が出ない。嬉しいのに、喜べない。
きっとサラ達との旅は、母と夫を失った傷をいつか癒してくれるだろう。けれど、ルーラの身体がそれを拒んでいる。サラの身体は柔らかい。傷口から滲む血液から、甘い香りがする。
「サラちゃん。ごめんなさい。私、サラちゃんを竜神様に捧げたら何年苦しまずに済むだろう、って思ったの」
「……ふふ。ひどいなあ。ルーラ! 私、第二夫人なんて嫌だよ」
サラは泣きながら笑っている。サラの涙が、ルーラの首筋を濡らす。
酷い告白をしたのに、サラは攻めもせず、笑って許してくれている。
(ああ……そうか。サラちゃんは『聖女』なんだ)
きっと、人間のままのルーラでは気が付かなかっただろう。魔族だからこそ感じる……嫌悪感。大好きなのに。大切なのに。もっと、仲良くなりたいのに。
サラの肩越しに、肩で息をするロイと、ロイを支えるアマネの姿が見える。二人とも、嫌になるほど聖女の仲間に相応しいオーラを纏っている。
(ああ……なんでこんなに、違うんだろう。私は、なんで……魔族なんだろう)
ふと、サラ達と船に乗る自分を想像した。
魚を釣って、料理して。荒波を乗り越えて、新しい大陸を発見したり。ロイの恋を応援したりして。
(クラーケンに襲われても、今の私なら平気ね。セイレーンの群れにも会えるかしら……ああ、楽しいだろうな……でも)
「サラちゃん。大好き」
ルーラは優しくサラを抱きしめた。
「私も! 私もルーラのこと大好きだよ!」
サラもギュッとルーラを抱きしめ返す。サラの温もりに、心は震え、身体は凍り付く。
「サラちゃんのお友達になれて、良かった」
「私もだよ。もっともっとお話ししよう?」
(そうできたら、素敵ね。デュオン様との『のろけ話』聞いてくれる?)
「だけど……」
最期に「愛してる」と言いながら死を選んだ母とデュオン。
二人の気持ちが分かってしまった。
どうしようもないのだ、と気づいてしまった。
(私は、もう、戻れないのだ)
「ごめんね。サラちゃん」
ルーラは大きく口を開けた。ゆっくりと、サラの白く甘い首筋に歯を立てた。
「え?」
目を見開いたサラの目の前で、シグレの剣がルーラの首を刎ねた。
ルーラは哀しそうに笑っていた。
「いいいいいいやあああ! ルーラァァァァ!!」
ルーラの身体から、行き場を無くした魔と精霊達が溢れ出した。
アマネは無言で黒い魔石を取り出すと、一つ残さず吸収させた。
精霊達は慰める様にロイの周りを飛んだ後、ロイの身体に戻っていった。
グランとシグレは無言のまま、若者達の様子を見守っていた。
サラは、塵となったルーラが残した紅い魔石と小さな指輪を握りしめたまま、動かなくなった。
放心状態だった。
アマネに手を握られ、ロイに抱きしめられ、シグレに抱え上げられて宿に戻ってからも、三日三晩、目を開けたまま天井を見つめていた。
時々、手を伸ばし、涙を流し、悲鳴を上げて、誰かに抱きしめられて眠るまで、ベッドの上で暴れまわった。
四日後、ようやく正気に戻った時にはサラだけでなく、ロイもアマネも憔悴しきっていた。
シグレの作ってくれた温かい粥を口にしながら、「ごめんね。助けてあげられなかった」と、サラはようやくルーラの死を悼むことができた。
アマネとロイに抱きしめられ、三人は声を上げて泣いた。
その様子を、シグレは無言で見つめていた。
ルーラとの出会いは、若者達に消えることない大きな傷を与えるものだった。
だが、この傷はいつか必ず彼らに成長をもたらすだろう、と祈りにも似た想いを込めて。
アマネ達に救出された子供達は、エストの冒険者ギルドマスターに預けられた。
グランは、魔族となったルーラのことを伏せ、すべて竜神の仕業と報告した。ギルドマスターは何か言いたげだったが、竜神討伐の依頼があったことが証拠となり、受理された。
こうして、トマス国の地図から村が一つ消えた。
ブックマーク、評価、感想、誤字報告等、ありがとうございます!
皆様、台風大丈夫でしたか??
ところで、『竜神の花嫁』編、終わりました!
ハッピーエンドを望まれていた方には申し訳なく思います。
次は海を渡ってサフラン大陸に行く予定です。
サフラン大陸にはバンパイアの国があるそうですじゃ。イヒヒ。
その前に、サラ様が元気になっていただきたいです。
では、今後ともよろしくお願いいたします!




