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39. 彷徨えるバンパイア

 レダコート王国があるエウロパ大陸から海を挟んだ先に、サフランと呼ばれる小さな大陸がある。その大陸では遥か昔から、人々に恐れられている伝染病が存在する。

 感染した者は自我を忘れ、他者の血液を欲する様になる。感染者に噛みつかれると、唾液からウィルスが体内に侵入し、潜伏期間などほとんどないまま発症する。

 そのウィルスの名を「バンプ」、感染者は「バンパイア」と呼ばれた。

 この病は人から人にしか感染しない。バンパイアに噛まれても人以外は発症せず、ウィルスが体内を巡って苦しんだ後、陽の光に当たると消滅する。そのため、わざと魔物の多い地域にバンパイアを放し、魔物を一掃させた王がいたと、サフラン大陸の古い文献にある。

 バンパイアは、魔物の種族ではない。

 バンプというウィルスに感染した、病人の総称である。

 感染者の全てが強い魔力を持てるようになるわけではない。多くの者は、ウィルスに対抗しきれず、発症後すぐに死ぬ。元々魔力容量の高い者か、ウィルスに耐性のあった者だけが自我を保ち、バンパイアとして生きていくことを許されるのだ。


 サフラン大陸の西で、田舎貴族の長男としてコーディネルは生まれた。

 のんびり屋で争いごとの嫌いな、気の良い青年に育ったコーディネルには、ルーナという幼馴染がいた。ルーナはコーディネルの乳母の娘で、平民である。

 二人は惹かれ合っていたものの、身分違いの恋だと諦め、想いを告げることはなかった。田舎貴族と言えど、コーディネルは長男である。近隣の上位貴族から妻を娶ることになっており、初夜を明日に控えていた。


「優しい人ならいいが……」

 沈む夕日を眺めながら、コーディネルはポツリと呟いた。コーディネルの部屋からは、村の様子がよく見える。自然にルーナの家に目がいってしまう。ルーナは泣いていないだろうか、と愛しい幼馴染の姿が瞼に浮かんだ。

 花嫁一行はもうすぐ到着予定である。ルーナの家に近い、村のメインストリートを通ってくるはずだった。そろそろ迎える準備をするか、と、コーディネルが窓から離れようとした時だった。

 カーン、カーン、と、村の教会の鐘が鳴った。

 何事だろう? と、コーディネルは目を凝らした。教会の鐘が鳴るのは、朝の礼拝の時だけだったはずだ。

「ん? あれは、馬か?」

 よく見ると、教会の側に立派な鞍のついた白馬が横たわっている。あんな白馬はコーディネルの村にはいない。だとすると、花嫁の家の馬だろう。倒れるほど急いだのだ。花嫁一行に何かあったに違いない。あの鐘は、至急を知らせる意味だったのだろう。

「父上、様子を見てまいります!」

 コーディネルはテキパキと使用人達に指示を出す父に声をかけると、愛馬にまたがり屋敷を飛び出した。

 夕日はほとんど沈みかけており、夜のとばりが降り始めていた。気の早い星達が弱々しく瞬いている。

 村では、村人達が不安そうに教会に集まっていた。

「コーディネル様!」

 コーディネルに気が付いた村人が声をあげた。

「何があった!? 使者は何と言っている!?」

 コーディネルは愛馬から飛び降りると、村人の合間を縫って教会に立ち入った。小さな教会内では、神父と複数の女性達が苦しそうに呻く男の看病をしていた。男は「逃げろ! 逃げろ!」とうなされる様に繰り返している。

 コーディネルは近くにいた女に灯りをつけるよう指示をし、男に近づいた。

「ルーナ。彼は誰だい?」

「コーディネル様!?」

 男の頭を膝に乗せ、汗を拭いていたルーナが顔を上げた。コーディネルに声を掛けられるまで気が付かなかったようだ。

「カドレア様の従者でデュオン様とおっしゃるそうです。カドレア様の御一行が魔物に襲われ、馬を飛ばしてきたとか」

「何だって!?」

 カドレアはコーディネルの妻となる予定の者だ。

「神父! すぐに父に連絡を!」

「先程向かわせました。……すれ違いませんでしたか?」

「……いや。暗くなってきたから気が付かなかったのかもしれない」

 男の様子を見るために、コーディネルが腰をかがめた時だった。

「痛っ!」

 ルーナが小さく悲鳴を上げた。男の汗を拭いていた手から、血が出ている。男はルーナの膝の上で、苦しそうに頭を左右に動かしている。男が横を向いた時に誤って歯に当たったのだろう。

「大丈夫かい? ルーナ」

「私は大丈夫です。ですがこの方が苦しそうで……」

「うがあああ!」

「!? 危ない、ルーナ!」

 コーディネルは異変を察し、ルーナの身体を強引に男から引き離した。

 ビクン、と男の身体が大きく跳ね上がり、そのまま立ち上がると近くにいた女の首に噛みついた。一見すると、立ち上がった拍子に眩暈を起こし、女に倒れかかっただけにも思えた。 

 その為、誰もが理解するのに時間がかかってしまった。

「……きゃあああああああ!」

「皆、逃げろ! バンパイアだ!」

 コーディネルは男の身体を思い切り蹴り飛ばした。先ほど灯りをつけるよう指示した女から松明を奪うと、剣を抜いて男に襲い掛かった。

 バンパイアの弱点は陽の光と聖魔法だ。この男は恐らく、バンプウィルスに耐性があったのだろう。敢えて陽の光の中、馬を飛ばし、聖なる場所である教会に籠ったのだと、コーディネルには分かった。陽が落ちたことと、偶然ルーナの血を口にしたことでウィルスの力が彼の精神力を上回ってしまったのだろう。それでもなお、男は苦しそうに、頭を振り続けている。強く、気高い男に同情の意と敬意を込めながら、コーディネルは剣を突き出した。

 が、その剣が止まった。

「ルーナ……?」

 ルーナがコーディネルに後ろからしがみ付き、その首筋に歯を立てていたのだ。愛しい人の吐息が、初めてコーディネルの首に触れる。

「……ああ……」

 ガチャン、とコーディネルは剣と松明を落とした。

 男は片手でコーディネルとルーラを払い飛ばすと、次から次へと村人に襲い掛かった。もう、彼に自我は残っていない。

 壁に打ち付けられ、ぐったりと横になるコーディネルに覆いかぶさり、ルーナが美味しそうにペチャペチャと血を舐めとっている。

 村中から悲鳴が聞こえてくるが、どこか他人事の様に思える。ふと視線を横に向けると、最初に噛まれた女がふらりと立ち上がり、数歩進んで倒れ、そのまま動かなくなるのが見えた。その足元に倒れている者達も、明日の朝には灰になるだろう。

「ルーナ……美味しいかい?」

 コーディネルはルーナの髪に触れた。幼い時に触れて以来、触れたくて堪らなかった髪だ。

「ルーナ。君に言えなかったことがあるんだ」

 コーディネルの目から、涙がこぼれた。体が熱い。自分も皆と同じように直ぐに死んでしまうだろう。その前に、ルーナを手にかけなければならない。ルーナに人殺しをさせたくない。ルーナに、他の男の血を飲ませたくない。

「愛してる。ルーナ」

 ピクン、とルーナの肩が動いた。ルーナはゆっくりとコーディネルの首から顔を上げた。教会の窓から漏れる月明かりが、ルーナの顔を照らした。ルーナもポロリと、大粒の涙を流した。

「わた……しも」

 月明かりが、小さな奇跡を起こしたのだろうか。自我を失ったはずのルーナが、コーディネルの告白に応えた。

「ルーナ。生まれ変わったら、僕の花嫁になっておくれ」

「……」

 ルーナは、にっこりと微笑んだ。その細い背に、コーディネルは短剣を突き刺した。抱きしめる様に。深く、深く……


「……うっ!」

 焼ける様な痛みに、コーディネルは目を覚ました。額の辺りが、陽の光に触れて燻っている。

「うわあああ!」

 陽の光がとてつもなく恐ろしいものに感じられた。

 コーディネルは慌てて身を起こすと、壁に張り付くようにして光を避けた。その胸から、小さな指輪と短剣が落ちる。指輪は、幼い頃にルーナにあげた物だった。

「ルーナ……ルーナ!?」

 コーディネルは辺りを見回した。荒れ果てた教会には、誰もいなかった。所々に、灰だけが積もっている。コーディネルの身体も灰だらけであった。

「ああ……ああああああああ!」

 夢ではなかった。コーディネルの叫びが、無人の村に響き渡った。

 コーディネルは生き残ったのだ。バンパイアとして。


 コーディネルは教会の地下で夜が来るのを待った。

 日中は、暗闇にいても高熱にうなされた時のように体が重かった。陽が落ちると、昼間の苦しみが嘘の様に体が軽く、気分も高揚した。

 コーディネルは教会を出ると、生存者、もしくは自分と同じようにバンパイアとなった者を探して回った。空を飛べることに気が付いたのは偶然だ。高いところから探せば早かろう、と屋根に飛び乗ろうとしてジャンプした際、そのまま空中に留まったのだ。

 空高く飛んで、コーディネルは灯りを探した。

 屋敷の周りに、煌々と松明が燃やされているのが見えた。

 恐らく、屋敷には父や母、弟妹が居るはずだ。生き残った村人も避難しているだろう。

 ゴクン、と喉が鳴り、コーディネルは青ざめた。

 自分が腹を空かせていることに気が付いてしまったのだ。

「うう、あああああああああ!」

 コーディネルは屋敷に背を向けると、叫びながら飛び続けた。

 自分は、魔物になったのだ。

 このまま飛び続ければ、海に出るだろう。そして陽が上り、身を隠す間も無く灰になって死ねるはずだ。

 陽の光だけが、コーディネルの希望だった。

 しかし、その希望はあっさりと裏切られる。陽の光を浴びても、コーディネルの身体は灰にならなかったのだ。

 皮膚が焼ける痛みと、絶望と、空腹に自我を失いながら、コーディネルは落下した。

 そしてその先に、セイレーンが暮らす島があった。


 こうして、セイレーンの群れが一つ、消滅した。


 セイレーンの血を大量に飲んだコーディネルは、もはや普通のバンパイアではなくなっていた。コーディネルは、唯一残っていた青年の身体を魔力で操ると、自分の血を根こそぎ吸わせた。コーディネルは血液に含まれるバンプウィルスとともに意識を移動させ、青年の身体を乗っ取った。コーディネルは人間だった頃の身体を捨て、陽の光にも耐えられるバンパイアとなったのだ。


 銀色の短い髪と、紅い瞳を持つバンパイアの変異体は長い旅の末、エウロパ大陸に辿り着く。そこで、ぽっかりと崖に開いた洞窟を発見した。洞窟には小さな祠があり、水龍が祀られていた。水龍の気配はどこにもなかったが、蓄えられた魔力が祠を守っており、心地の良い空間だった。


 しばらくして、コーディネルはルーナと同じ紅い髪の少女と出会う。

 助けたのは、ほんの気まぐれだ。


「ルーラ」

 少女が名を告げた時、胸の中で何かが弾ける音がした。

 ルーナとルーラ。

 ルーナとの最後の約束が蘇る。

「我が名はデュオン」

 とっさに真名を偽ったのは、危険な契約でルーラを苦しめたくなかったからだ。

「我を満たせ」

 ルーラに命じながら、コーディネルはすでに自分の心が満たされていることを感じていた。

(ああ。ルーナ。会いたかった)

「……はい。デュオン様……」

 固い顔で頷くルーナに、そっと口づけをした。人間だった頃の感覚が鮮やかに蘇る。


「私の……花嫁……!」

 コーディネルはもう一度、ルーラの唇を奪った。熱く、甘く、ずっと忘れていた感情と共に。


 それは、18年越しの約束が叶えられた瞬間だった。


ブックマーク、感想、評価、誤字報告等、いつもありがとうございます!


突然のバンパイアで驚かれた方もいらっしゃると思いますが、竜神さまの正体はドラゴンではありませんでした。

バンパイアと言えば、Dですよね!? 

もしくは、「インタビュー ウィズ バンパイア」のトム・クルーズでしょうか。

え? 若い子は知らない? はは。そんな、馬鹿な……!(おろおろ)


今後ともよろしくお願いいたします。

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