第六話 なぜ彼女は知っていたのか?
フィルはディナストから北の街道へその日の内に出発した。保存食をいくつか購入し、ダガーも三本追加した。ここから歩いて王都ティプトアまで向かうとなると1週間くらいかかるだろう。乗合馬車を利用したほうが時間の短縮になるが、足がつくのでそれは避けたい。
ティエンからの報告も待ちたかったが、それはクルティオに任せた。クルティオのことはティエンに伝えてあるから、彼女にこそ報償は相応しい。そしてフィルの行き先が分からないとティエンに伝えてくれる。
時間を短縮するために、一日目は走ることにした。魔法を使おうかと思ったが、ティプトアの王城に忍び込むときに魔力は残しておきたい。それに、盗賊として王城に盗みに入るなんて、これ以上の名誉はないだろう。危険は大きいが、やりがいのあるクエストでもある。それよりも、目的ができたのが大きいのかもしれない。
太陽が西の地平線に沈む頃、フィルは自分のすぐ後ろに四足の足音が付いて来ていることに気がついた。普通の動物に比べて非常に軽く、そのせいで気がつくのが遅れたのかもしれない。顔をそちらに向けると、背の低い鹿が並走している。
「オルシナか?」
その瞬間、フィルの周りの景色が歪み、それに合わせて鹿の姿が獣から人型になる。フィルは足を止める。
「もー、気がつくのが遅いよ。僕が悪い妖精だったら、フィーはいくつ生命があっても足りないな」
「ああ、全くだ」
「素直でよろしい。まぁ、フィーの走り方もすごいよね。僕より足音してないし。その道を極めれば結構なところに行けるだろうにね」
「これからその道のために、一仕事しようとしてるんだけど」
「知ってるよ。見てたもの」
「見てたの?」
「あれれ、そう言わなかったっけ? あぁ、そうか前は時間が足りなくて伝えてなかったかも。僕達の種族は、場所につくか、人につくか、どちらかだからね。今僕はフィーについてるわけ」
オルシナのもしゃもしゃの顔に付いている水色の大きな瞳が小さくなる。
「据え膳食わない男もいるもんだねって」
「ガキが言ってくれるじゃないか」
「だから僕のがお姉さんだよ。だけど、僕がついてたから、フィーは今も生きてるんだよ。運が良かったと思うところ、多かっただろ?」
フィルは首をひねる。クルティオと会えた事自体、運が良かったと言えるか。オルシナはフィルの考えていることが分かっているのか、首をふる。
「違う違う、それは運じゃない。むしろ運命かな」
「運命?」
「そう、危険な運命だよ」
再びフィルは首をひねる。
「端的に説明するよ。フィーはクルティオに名乗ってないだろ?」
水色の瞳がフィルを貫く。言われて、初めて気がつく。そうだ、俺はクルティオに名前を教えていない。教える前に彼女は眠ってしまった。それなのに、目が覚めてすぐ彼女は俺の名前を呼んだ。
「そんなバカな」
「うわぁぁ、その反応、分かりやすすぎ」
「いや、だけど、そんなことあるはずがないじゃないか」
「つまりクルティオは最初からフィーを知ってたんだよ。狙い撃ちだね。フィルウィルド・グランス・アッシュフォード。グランス家の力が欲しいのか、それとも、フィーの能力を買ったのかな?」
「そんな有名なつもりじゃないんだけどな」
「グランス家で、成人してない男子はフィーだけでしょ。手をつけやすいと思ったのか、それとも、フィーの実力を認めてくれたのか」
ぴょんぴょんと跳ねながら、オルシナはフィーの視線の高さを維持する。
「学園を逃げ出したのに?」
「落ちこぼれだったからじゃないでしょ。ああ、違うな。魔法に関しては、落ちこぼれって言っていいのかも。だけど、僕から見ても、フィーの能力は魔法に特化してないからね」
「魔法はさっぱりだったね。それでも基礎的なものいくつか覚えることができたんで、十分かな。それよりも、オルシナはクルティオのことを知ってるのか?」
オルシナは首をふる。
「正直言うと、分からない。僕との出会いが先だったのが幸運だったのかもしれない、とは思う。自分でソーサレスって名乗ってたし、分かりやすく言うと魔女だよ」
「でも俺は助けてもらったしな。それじゃあ比護の鎖は?」
「うーん、教えちゃっていいのかな、判断が難しいよ」
「神の遺物とか?」
「いいや、そんなんじゃない。まぁ、別にいっかな。フィーにとってはもしかしたらとても大切なアイテムになるかもしれないしね。うん、やっぱり僕はフィーのことを気に入ってるから、これくらいサービスしてもいいのかなってこと」
オルシナは地面に止まると、ぱっと両手を前にかざす。小さく言葉をつぶやき、その手の前に鎖が現れる。幻影の魔法だろう。それから、剣と、丸い玉も現れる。
「三種のアーティファクト。うーん、何と言えばいいのだろう、魔法で創りだしたアイテムかな。その1つ、比護の鎖がここテペタ国にある。それから天保の剣はサバラート国に、格守の玉はエーナ国に。それぞれ3つの国がこのアイテムを守っているんだ。その国の要でもあるけど、本質はそうじゃない。魔物の手から遠ざけている、というのが真実。もちろん、このアーティファクトを魔物が手に入れたとしても、それを使って何かできるわけじゃない。ただ、人間側が困る、てだけかな」
「クルティオは魔物ってことか?」
「いいや、違うと思う。だけど分からない。彼女のことはアルマナクに載ってないんだ。もしかしたら、名前が違うのかもしれないな」
「偽名、か」
「それでも、フィーは王城に盗みに入るの、止める気はないだろ?」
「まぁ、クエストを受けてしまったからね。挑戦はしてみる」
「王城に盗みに入ること、そして実際に盗んでしまうこと。比護の鎖の存在を知っていること。どの要件を考えてみても、フィーは大悪人になっちゃうよ」
「成功すればそうなるのかな。箔がつくってもんじゃないか」
「僕は、強力な魔物が封印されちゃってつまんないって思ってたし、どっちでもいいんだけど」
「そのことで、ちょっと俺も考えてることがあるんだ」
「へぇ。その考えは面白そうだけど、今はあえて突っ込まないよ。僕は警告したからね。クルティオは怪しいって」
「ありがとさん」
最後オルシナは頬をふくらませて息を吐き出した。それに合わせて、また周りの風景が元に戻っていく。鹿の姿もまた消えてしまった。
・
戦闘は翌日早くに始まった。といっても、大した相手じゃない。野良の狼ニ匹だ。フィルが寝ていた一人用のテントから出ると、離れた位置からこちらを睨んでいる。テントには魔法が施されていて、街道から大きく外れない限り、自分に害をなすものが近づけない処理がされている。高価なアイテムだが、自分の家から密かにくすねて持ってきておいたものだ。とても今の手持ちじゃ手が出ない。
「あれ、どう考えても俺を狙ってるよね」
ひとりごちる。相手がこちらに入って来られない状況なのだから、戦わないのも手段だ。諦めて帰ってもらうのを待つか……あるいは、遠距離から攻撃を加え続けるか。一応攻撃に属する魔法もフィルは唱えることができるが、いかんせん、威力がない。ちょっとびっくりさせるくらいが関の山だ。以前から持っているものとディナストで補充したダガーが合計で10本。まだこちらの方がダメージを与えられる。
「グルルルルル」
とても機嫌が悪そうで、諦めてくれる様子はない。とりあえず両手で一本ずつダガーを握る。改めて間合いを取る。ほぼ直線の位置に狼二匹。そこまでの距離10メートル。フィルは前へ三歩近づいた。
「ワォォォォォォン」
向かって右の狼が吠える。刹那、フィルのスピードがあがる。直後に右のダガーを右の狼の喉元へ投げる。
ヒット。
遠吠えがくぐもる。その狼の右を通りぬけつつ、左手に持ったダガーでその前足を切りつける。
ザクッという感覚。骨に当たった瞬間に、フィルは手を離した。すぐさま左に回るが、もう一匹がいない。
背後だ!
タンッとフィルはその場で高く飛び上がり、バック中をする。その下を狼が通り抜けようとした時に、三本目のダガーをその背中に浴びせた。
地面に降り立つと、狼の動きが弱々しくなる。
一匹は倒しきったが、目の前の一匹はまだ息がある。が、もはや立ち上がる気力もなさそうだ。トドメをさしてあげるべきだろう。四本目のダガーを取り出すと、フィルは狼の喉を切った。
「ふぅ」
一息つく。倒れた狼からダガーを抜き取るが、血に濡れていて使いものにならない。途中で川でもあればいいが、なければ王都に着くまでただの荷物となる。大陸の地図を思い描く限り、一本川が走っているはずだが、この道がどう王都につながっているか分からないので、とりあえずダガー入れにしまっておいた。
それから手慣れた手つきでキャンプを片付け、小さくなった荷物を背中に背負う。街道から見える範囲で、一応乗合馬車は避けながら進むとしよう。
それに、自分がやろうとしていることが、どのような意味があるのか分からない。急ぐべきじゃないのか、急いだほうがいいのか。体力には自信がある。フィルは首を一度回してから、王都まで走って行くことに決めた。




