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滅ぶ世界のヒストリア  作者: なつ
第一章 大きな運命を操る乙女
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第四話 田舎町ディナスト

 フィルはクルティオを背負ってディナストへの道を歩いていた。フィルの肩で寝息を立てている様は、間違いなく幼い少女のものだ。けれど、あれだけの魔法を使えるとなるともしかしたらフィルよりもかなり年上かもしれない。色々と聞きたいことがあったが、残念ながらまだその機会はなかった。

 あの後、地面にゆっくりと落ちてきたクルティオを受け止めると、彼女は言った。

「この魔法の欠点は、すんごい魔力を使うってことなのよね。私、倒れるように寝るから、変なことしちゃダメだからね。ついでに、できれば安全なところまで運んでおいて」

 最後の方はほとんど目をつむり言葉になっていなかった。

 多少ペースは落ちるが、それでもあと一日も歩けばディナストに着けるだろう。いや、夜通し歩いたほうがいいか。簡易なテントセットの入った荷物は、元来背中に背負うものだが無理やり前側に持ってきて運んでいる。それにこのテントは一人用でしかない。沈みかけている太陽の光を背中から受けながら考える。それならこのまま歩き続けていれば、夜明け頃には到着できる。

 その背後からガタガタという乗合馬車の音が聞こえてくる。整備された道から一歩退き、後ろを振り返ると、例の乗合馬車だ。ゆっくりとそのペースが遅くなり、フィルの前で止まった。

「おう、あんちゃん、ちょっと見ない間に状況が変わったな」

「ナイスタイミング、助かった。ここからならいくらだ?」

「怪我人か?」

「いや、怪我じゃない。多分、魔力の使いすぎだと思う」

「オーケー、後ろに乗せな。一人分で構わない。100セシルで十分だ」

「助かるよ。ディナストはどれくらいだ?」

「3時間もかからん位だな」

 乗合馬車の車両の床にさっとシーツを敷いて、クルティオを寝かすと、フィルは御者の隣に座った。

「あん? 何でこっちに来やがるんだ?」

「あんたの言っていた危険に出くわした」

「へぇ。それでお前さん、無事に逃げ切れたってわけか?」

 御者が馬にムチを入れる。二匹の馬が小さく嘶いてから、ゆっくりと乗合馬車が東に向かって歩き始める。フィルはしばらく考えてから、いいや、と答える。

「あんな奴から、逃げきれるはずがない」

「でも現にお前、生きてるじゃないか」

「あの子の魔法だよ」

「へぇ、それはすごい」

「マンティコアだった。分かるか?」

「はぁ? マンティコアだ? そんな凶暴な獣がこんな田舎に出るもんか」

「ライオンより一回りでかかったし、人間のような顔だった。はっきり言って生きた心地しなかった」

「それにしたって、マンティコアみたいな高度な魔物……」

 この世界に存在するはずがない……フィルも学園でそう学んだ。前大戦で4人の英雄が魔物たちとの戦いに勝利し、強力な魔物たちは現世界に姿を現すことができなくなったはずだ。もちろん大戦の前からこちらの世界に来ていたのなら話は別だが、そのほとんどは大戦以降に討伐されている。

「俺はお前さんたちをディナストに降ろしたら、そのまま王都に向かう。そっちで王城に報告しよう」

「俺の証言を信じてくれるのか?」

「お前が報告するより、俺からのが信じられると思うがな」

 にっと御者が笑う。

「あんた、良い奴だな」

「がはは、最初からそう言ってるじゃねぇか」

「俺はフィー。フィルウィルド・グランス・アッシュフォードが本名だ。ちょっと、肩の荷が降りたよ」

「俺はガン・ド・ロ・サンパーニ。今後贔屓にしてくれりゃ俺は十分だぜ。さあ、お前も後ろで休んでな」

 ありがとうと答えると、フィルは後ろの車両に移った。左右にある備え付けの椅子に座ると、フィルは目を瞑った。



「おう、着いたぞ」

 すぐに起こされ驚いたが、すぐに寝てしまったのはフィルの方だ。自分がそんなにも疲れていたことに驚きだ。

「とりあえず宿の前だ。その子はどうする? このままこっちで王都まで連れて行くか?」

 フィルが考えてから首を振る。

「いや、俺が頼まれたんだ。とりあえず宿で休ませるよ」

「分かった。さっきも言ったが王都で報告しておくが、お前からも機会があったら伝えてくれ。町の衛兵じゃ取り合ってくれないかもしれないが、隊長を捕まえれば話しくらい聞いてくれるだろう。俺の名を出しても構わんからな」

 ガハハとガンは笑う。クルティオを背負って後ろから降りると、フィルは御者台に周りガンと握手した。

「ありがとう、助かったよ」

 乗合馬車はそのまま村を出て行く。フィルは宿の扉を開けて入った。むわっと酒の臭いが充満している。たいていの宿は一階が酒場になっているが、ここも例外ではないようだ。客はそれほど多くない。それでも小さな町としては賑わっていると言えるだろう。席には着かずカウンターに向かう。

「らっしゃい。何を飲む?」

「泊まりに来たんだけど」

「おお、旅人かい、そりゃ夜遅くまでどうも」

 宿の主人と思われる髭面の男が、くるりとペンを回して宿帳を開く。

「て、お前、その子クーちゃんじゃないか」

「ん、知ってるのか?」

 フィルは肩で寝息を立てている少女を見てから宿の主人に向き直った。

「ああもちろんさ。昨日までここに泊まってたからな。もっともディナストじゃ輝く月夜しか宿はないからな。昨日はもっと年配の紳士と一緒だったんだが、まさかお前、誘拐じゃねぇだろうな」

「誘拐犯の背中でこんな安心した寝顔見せるかよ」

「まぁ、俺には興味ないことだ。一晩450セシルだ。ここに名前を書いて、前払い」

 金を払い記帳すると、すぐに部屋に案内された。ベッド2つと間に小さな本棚。その上の燭台に小さな炎が灯っている。片方のベッドにクルティオを寝かせると、フィルはまた部屋を出て酒場に戻った。カウンターのある椅子に座り、メニューからアルコールを注文する。

「お前まだ子供じゃないのか?」

「飲みもん頼まなきゃ、情報は売れないってあんたの顔に書いてあるぜ。それにもう18だ」

「さよか。で、何を知りたいんだ?」

 フィルの前に薄い水色の液体が入ったグラスが置かれる。

「西の街道に出るっていう魔物のことだ」

「そんなことか。んなもん、そこらに張り紙がされてんだろ。気をつけろって」

「何が出るんだ?」

「まさかお前、倒して名を上げようとしてんのか?」

 やめとけ、と宿の主人は首をふる。

「あいにくその魔物に出会って逃げ切れたもんはいないって話だ。被害の残骸だけが報告されている。大きな獣に襲われたんだろうって衛兵共は言ってるな」

「大きな獣、ね。魔物か獣か」

「どっちでも危険であることには変わりねぇ。だが、前大戦の勇者様が強力な魔物を封印してくださったんだ。もし出てくるのが下等な魔物ならこんなに被害が拡大するとは思えないんだがな」

「野盗や山賊の可能性は?」

「そっちのが現実的だ。残骸は偽装かもしれない」

 フィルは水色の液体の中に現れては消える小さな気泡を目で追う。

「どうした? もう酔ったのか?」

「結局、何も分かっていないというのが実情か。明日にでも衛兵に聞いてみるよ」

「本気でお前、倒そうとしていんのか」

「報奨が出るならそれも考えるけど、まだその段階でもないんだろ? だから情報収集さ」

 ぐいっとグラスを空けると、フィルは部屋に引き返した。


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