第十二話 フィルウィルド・グランス・アッシュフォードの挫折
「僕のフィーを悪者扱いはやめてほしいなぁ。それじゃあフィーに味方してる僕まで悪者みたいじゃないかっ」
ほんのりと黄金色に輝きながら、オルシナがピョンピョンと跳ねる。
「これは、驚いた」
「驚いた、じゃないよ」
プクリと膨らんだ頬にある毛並みもピョンピョンと跳ねるように動く。
「鹿の妖精か……サイヴの友人かな? フィーは幸運の妖精が憑いているのか、合点がいったよ」
「あら、あなたも女王を知ってるのね。うん、それは褒めてあげよう。だったら分かると思うけど、フィーが悪いんじゃないんだよ」
「ああ、分かっているよ。フィーが悪いんじゃない、真面目すぎるんだな」
「そう。だから、フィーを敵対視するなんてダメ」
「じゃあ、どうしろっていうんだい? 俺はフィーを友人だと思っているが、だからと言って比護の鎖を渡す訳にはいかない。本来であれば、存在を知られていることでさえマズい状態なんだ」
「僕も知っているよ。格守の玉、比護の鎖、天保の剣。どれもアルマナクに書かれているアーティファクトだからね」
「それは、妖精だから知っている、ということだろ?」
「悪い妖精だっている。もともと妖精っていうのはいたずらモノだから。僕と違って、それを悪い魔物に知らせてしまう妖精だっているだろう。その妖精が、そのほうが面白いと判断すれば、ね」
「分かった。とにかく、存在はすでにバレている、と。それでも、フィーに比護の鎖を渡すわけにはいかない」
「どうせフィーには手に入れることができないと思ってるくせに」
「ああ、その通りだが?」
大きくため息を付き、オルシナはフィーに振り返った。首をプルプルと振るたびにオルシナの黄金の髪が揺れる。
「残念だけど、彼の言う通りだよ、フィー」
「そんなの、分かんないじゃないか」
「部屋を出た瞬間に、もう一度彼に捕まって終了。フィーと力の差がありすぎる。捕まれば、良くて投獄、悪くて処刑」
それに、とオルシナは続ける。
「彼は残酷。そうでなきゃ、国王になんてなれない。人を殺すことに躊躇しない」
「結果、多くの同胞を救えるならね」
「だけど俺には……」
「クルティオとどういう契約を結んだんだ?」
「比護の鎖を手に入れる。期限は、一応、今年中に。その前に俺は、マンティコアの件で彼女に助けられているから、受けることにした」
「一応今年中、か。ということは、期限についてはそれほど重要ではないのだろうな。だったら、僕が提案するのは、根本的にフィーがもっと能力を高めること、かな。比護の鎖を手に入れるのは今じゃなくていい」
「それは妙案だ」
フィルの代わりにティップが答える。
「俺もフィーを殺すのは忍びないと思っていた。それにフィーには可能性を感じている」
「僕の友達の情報によると、天保の剣、あれが今敵に奪われているよ」
「は?」
「サバラート国に託したアーティファクト、残念ながらあそこの国王はバカだったみたいだね」
「ちょっ! その情報、俺は知らなかったんだけど」
「そりゃあ、別の大陸の出来事だもの。確か高速艇と遠隔通信の手はずは整えているんだろうけど、急いだほうがいいね。僕からのアドバイス。うーん、こんなこと教えると、まるで僕が人間の味方みたいだけど、僕が味方してるのはフィーだけだよ」
「……」
僅かな沈黙の後、ティップの強い瞳がフィルを睨む。
「これは国王の命令だ。あと五日後に、東の港町イーストゲートからサーラ行きの船が出る。それに乗ってあっちの大陸に行ってくれ」
「だけど、俺はっ!」
「命令だ。フィーには拒否権はない。俺に勝てないからな。そうだな、国の宝を奪おうとした重罪人の逃亡、結構な箔だろう。フィーのおやじも喜ぶぜ」
「大失敗じゃないか」
「それくらいの名目がなきゃ、フィーのおやじはお前が国外に行くことを許さないだろ」
「だけどっ」
「命令だと言っている。お前が強くなって、また挑戦したいと思うなら、戻って来た時に挑戦すればいい」
オルシナを見ると、ただ大きく頷く。
「……分かった」
「よし。それじゃあ、この部屋を出た瞬間から、近衛兵にフィーを追わせよう。俺は手を出さない。船の手配もしないから、見事潜り込んでくれ」
「じゃあ、俺からも一つ命令だ」
ティップが口笛を鳴らす。
「ちゃんとルワンに会いに行けよ」
次の瞬間、フィルは部屋を飛び出した。
・
木々の間にある林道を王直属の近衛兵たちが走っている。丁寧に松明を持っていて、それでは自分の居場所を知らせているようなものだ。ティップの強さに比べれば、雑魚のようなものだ。こうしてすぐに身を隠すことができたのだから。
イーストゲートは王都ティプトアから東に向かえばたどり着ける。が、普通に移動すると十日以上かかる距離だ。追われる身である以上、まさか馬車に乗る訳にはいかない。となると走っていかなければ間に合わない。後のことを考えるのもめんどくさい。それなら、魔法も使ってしまったほうがいい。
「・・・ア・ジェイル」
フィルは小さな声で囁いた。韋駄天の魔法だ。同時に、僅かな光がフィルの足を包み込む。合わせて、フィルの体が軽くなる。
「いたぞ、あそこだ!」
光を見られたのか、近衛兵の一人が大きな声を上げる。
「捕まえろ!」
松明の光が四散して、フィルを取り囲むように動く。けれど、無駄なことだ。フィルは一気に東に向かって走りだした。通常なら全速力に近いスピードだ。魔力が持つ限り走り続ければ、逃げ切るのはたやすい。
松明の光が小さくなる。途中何度か振り返ってみたが、フィルの足に追いつける近衛兵はいないようだ。王の身を守る近衛兵であれば、フィルのように多少なりとも魔法を使えるものを雇ったほうがいいだろうに。もっとも、王自身が強いから必要ないのだろう。
フィルは空が白むまで走り続けた。




