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滅ぶ世界のヒストリア  作者: なつ
第一章 大きな運命を操る乙女
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第十一話 それは魔女裁判のために

「・・・レビテート」

 フィルは広場の隅で浮揚の魔法を唱える。深夜、月は太陽を追うようにすでに西に落ちていて、光は殆ど無い。城へと通じる橋の手前に二人衛兵が立っているが、そのうちの一人が松明を手に持っているくらいだ。フィルが使える浮揚の魔法では、あの城壁を越えるほどの高さまで上がれない。が、ゆっくりとなら移動できる。

 フィルは堀の内側に移り、水面ギリギリを越える。そのまま城壁に沿って、橋の下まで進む。黒装束のおかげもあるだろうが、フィルの姿は殆ど闇に溶けている。もともと忍び足の能力に長けているが、魔法を利用した移動でもその能力は顕在で、城の庭園側に入っても、誰もフィルに気がつくものはいない。もっとも時間も真夜中、庭園に人の姿はほとんどないが。

「さて、ここまでは順当だな」

 フィルはひとりごちた。次はどこから城内に忍び込むか、だ。幸いなことに樹木も多く、影も多い。時折衛兵がゆっくりと石畳を歩いている姿もあるが、まるで警戒している様子はない。ここまでは簡単なクエストだ。フィルが知っている城への入り口は一箇所のみ。おそらくまっすぐ進めばさらに大きな入口があるだろうが、そもそも比護の鎖がどこにあるのかも分かっていないのだから、どこから侵入してもその後の展開は変わらない。

 昼に案内された扉の近くに来た。付近に兵士はいない。警戒しながら扉に近づき、鍵穴を覗く。暗い、ということは、光がないということだ。おそらく会議場である昼間に案内された部屋までは誰もいないだろう。鍵は……掛かっていない。不用心この上ないが、ありがたいことだ。フィルはそっと体を城内に潜り込ませる。

 ほとんど真っ暗だ。それでもフィルは慣れたもので、上り階段を音を立てずに進む。すぐに部屋に着く。左右の扉はどちらも閉まっていて、人の気配もない。左手の、城の中心へと向かう扉の前に移動する。

 一度深呼吸。扉のノブに手をかけると、どうやら鍵がかかっているようだ。もう一つの扉に向かうか、この扉の鍵開けをするか。ここまでは順調だが、ここから先はそうもいくまい。鍵穴を確認する。わずかだが、奥には光がある。人工的な光だ。もしかしたら魔法かもしれない。さっと針金を取り出すと、フィルは鍵穴に刺した。

 瞬間、フィルの口が塞がれる。

 しまった、と思った時には後ろから抱きかかえられるようにして、両手も封じられる。

「お早い訪問、感謝感謝」

 聞き覚えのある声だ。それもごく最近聞いた。

「こっちのこれはルール違反だから、フィーの侵入には目をつぶる。だけど、その前にフィーに確認したいことがあるんだ。拒否権はないよ」

 ティップだ。周りの音には警戒していた。にも関わらず、背後を取られ、体を抑えられている。拒否などできるはずがない。フィルがコクコクと頷くと、よし、と声がしてフィルの束縛が解かれた。振り返ると、案の定ティップだ。昼間の格好と変わりがない。真っ暗だというのに、その白い髪が光って見える。

「じゃあ、とりあえずこっちに」

 そう言うと、さっとフィルが解錠しようとしていた扉を開けた。廊下はまっすぐ続いていて、フィルの身長を倍するくらいのところに光が等間隔で浮かんでいる。そのお陰で足元まではっきりと見えている。フィルの前を歩くティップはまったく警戒していない。屈辱的だ。何度か角を曲がり、やがて途中の部屋に入った。部屋は更に明るく、燭台も多い。アンティークとも言える家具が並んでいて、おそらく、価値のあるものだろう。ライティングビューローの前にある豪華な椅子にも細かな文様のあるレースが飾られている。それとは別の、シンプルな丸椅子にフィルに座るようジェスチャーをすると、ティップは部屋の片隅にある、柔らかそうなベッドに腰掛けた。

「悪いね。こんなところに案内してしまって」

 ティップが笑いながら手を立てに振る。近所の市場にいたおばさんたちのような仕草だ。

「今日忍びこむのはいい作戦だと思ったんだけどね」

「うん。悪くなかったと思うよ。実際まだ警備なんて準備してなかったし。明日の朝に会議でも開いて警備を強化する話をしようと思ってたくらいだ」

 だったら何故、と思っているともう一度笑いながらティップが続ける。

「だけど、こちらから訪ねて行く手間が省けてよかったよ。どうしたらいいか困ってたんだ。うちのメイドが厳しくて、外出の許可がさっぱり降りないんだよ、これが」

「抜けだそうと思えば簡単なはずだ」

「まぁまぁ。幸いなことに、抜けだす必要なく、先にフィーが訪ねてきてくれた。フィーにだって分かってるだろ、あの宣言をした時の、俺の態度の変化に」

「困った、というのと、見つけた、というのが混ざったような表情だったな」

「比護の鎖について、どこで知った?」

 ティップから笑顔が消える。

「黙秘権はありか?」

「なしだ。どうあがいてもフィーじゃ俺に勝てない。俺が四人の英雄の一人だと気がつく才気はあっても、俺に敵う実力はない」

「クルティオだよ。報告で聞いてるだろ? ソーサレスのクルティオ」

「ジェルの秘宝と言ったが、それはどういう意味だ?」

「? 知らないのか? 俺もそれはクルティオにそう言われたからそう言っただけなんだが。ティップの本名がジェル、とか?」

「いいや、違う。だが、聞き覚えのある名だな。違うか、名前とは限らない……」

 顎に手を持って行き、ティップは眉をひそめる。

「じゃあ、アスエリエル、が本名か?」

 考えていた表情から今度は口をぽかんと開けて、驚いた表情に変わる。すぐさまティップはにやりと笑うと、口を鳴らした。

「それも本名じゃないけどな。うん、フィーはやはりすごい奴だと思うよ。才気だけじゃない運もある。まるで妖精にでも憑かれているみたいにね」

「そりゃ、どうも」

 その表現に驚いたが、フィルは表に出さないよう意識した。うまくいったかは分からない。

「それじゃあアスエリエルはやっぱりティップなんだな」

「ああ、その通りだよ。念の為に聞くが、どこからの情報だ?」

「ルワンだ」

「あー、はいはい、あの色情魔な。いや、うん、彼女のことは覚えているが、結構前じゃないか?」

「あっちはそうは思ってないみたいだったぜ。今でもティップのことを思ってる」

「確かに、ひどいことをしたとは思っている。それでも、彼女がまだ貴族としてやっていけているのはこちらからの資金提供があったからだ」

「どうして彼女に近づいたんだ?」

「彼女、不憫だろ? 誰のかも分からない子を身ごもって、産んで。それでも健気に生きていて」

「……違うな。友人に嘘は良くないんじゃないか?」

「ふん。友人だと思っていないくせに。まあいいか。友人になるには、こちらに裏がないことを示さないといけないよな」

 大きなジェスチャーをしながら立ち上がる。フィルが座っている椅子の脇を通り過ぎ、そこで立ち止まるとティップは今までよりも声のトーンを落とした。

「魔女裁判だよ」

 フィルも立ち上がり、振り返る。

「正確に言うと、相手は魔女か分からない。そして、相手がいるのかも分からない。この国には比護の鎖があるわけだが、これは俺たちがこの世界を平和に保つために必要なものだ。そもそも存在さえ知られていないハズのものだ。フィーの言葉を借りるなら、封印を守っているもの、と言ってもいい。そして、俺がここに持ってきて、国という形でこの大陸を統一することで、一層魔に属する者からは縁遠いものにした。彼女に接触したのは、ここが国になる前のことだが、当時王侯貴族に取り入ろうとするものが多くてね。俺だけじゃなく、多くの者が俺みたいに働き、相手が安全なのか、調べていたわけさ」

「それじゃあルワンは」

「シロだったってこと。ただのかわいそうな女性、悪いけれどこちらからの評価はそれだけだ。俺のことを慕ってくれてるというのは、嬉しいことだけどね。うん、フィーに言われたんじゃ、今度また挨拶に顔を出すよ。けど」

 ティップのスラリとした身長が振り返り、フィルよりも高い位置から、いや、威圧があるせいだろう、鋭い眼光がフィルをとらえる。

「クルティオがクロだ。彼女こそが、俺達が探していた魔女の一人だ。人類の敵だな。フィーがそのまま彼女に味方するなら、友人であるが、敵として見なければならなくなる」

「……ティップは俺のおやじとも友人なんだろ?」

 何を今更、という表情をティップは見せる。

「おやじのモットーを知ってるか? 仲間を裏切るな。どんな形であれ、俺はクルティオと約束をした。彼女は、俺の命を救ってくれた。彼女を裏切ることは、もう俺にはできない」

「そうか、分かった。それじゃあ、この部屋を出た瞬間から、フィーは敵だ。悪いけど、容赦できない」

 あくまで慇懃に動きながら、ティップはフィルに扉から出て行くようにジェスチャーをする。フィルがそちらに向かおうとすると、ちょどフィルのお腹辺りが明るくなる。

「ちょーっと待ちなさいよ!」

 少年のような声が聞こえたかと思った瞬間、鹿の妖精であるオルシナが実体化した。



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