97話 百足の巣
【エリー視点】
「んあ? あそこに住んでた紫髪のガキの話か?」
「はい、メリューさんの事を教えていただければ」
「いや、名前なんて知らねえが……」
僕達はメリューの部屋の中を調査した後、聞き込み調査を行っていた。
この周囲の建物はボロボロだが、竜の襲撃以前からここに住み、残っている人は少なからずいる。メリューは本当にメルセデスなのか、竜の襲撃事件の時に何があったのか、僕達は周辺住民に話を聞いて回っていた。
「別に普通のガキだったな。親はいなかった。1人で暮らしてたみたいだ。ま、孤児のガキなんて珍しいものでもなかったがな」
「竜の襲撃事件があった時、ここらへんで何があったか分かりますか?」
「さぁ? さっさと避難しちまったからな。普通に竜が来て、普通に人を殺してたぞ?」
目の前の少し禿げたおじさんは酒の瓶に口を付け、少し呷る。
確かに竜が現れたのならすぐにどこかへ避難する。あの部屋で何が起こったのか誰も知らなくても不思議ではない。
「メリューさんは貴族ではないのですか?」
「あのガキが貴族? んなバカな。あいつはずっとあの部屋で夜を過ごしてた。身なりだって普通に汚かったし、貴族だなんてありえねーな」
その人の証言に僕たちは首を捻る。本の出版は貴族の道楽。貴族程のお金を持っていないと出来ないはずだ。
なのに……あの部屋で寝泊まりし続け、身なりも汚かった?
「満足か?」
「……はい、ありがとうございました。これは心ばかりのお礼です」
「へ、分かってんじゃねーか」
目の前の男性は僕が指でつまんでいた硬貨を乱暴にひったくる。
小さく礼をしその場を後にする。男性はすぐに酒を飲み始めた。ここはもう住宅街ではなく、スラムと化していた。
「すみません、エリー様。私達の領民があのような態度を……」
「いえいえ、あんなのは可愛いもんです。冒険者やってればあんなのどうってことないですよ」
「エリーは逞しくなったなぁ……」
「おめえが一番無礼なんだよ、クラッグ」
無礼過ぎて打ち首に出来るレベルだ。
そうして複数人に聞き込みをしていく。その中で気になる証言があった。
「そう言えば竜の大事件の前、メリューちゃんの部屋に出入りしている子がいたわねぇ」
「え……?」
子供をあやすおばさまがそう言った。
「詳しく伺っても?」
「えぇ。……とはいっても言える事なんてほとんど無いわ。メリューちゃんと同じくらいの歳の子でね、竜の大事件の3年か4年くらい前からかしら? メリューちゃんと遊ぶ子がいたわね」
「遊ぶ?」
「えぇ、朝から……だったかしら? よく覚えては無いけれど、メリューちゃんの部屋を尋ねてきたり、外に出て遊んだり、夕方ごろには帰っていったわね。あぁ、メリューちゃんに友達が出来たのねぇ、って思ったものよ」
……友達? 別に、普通か……?
「おかしいところは無かったと?」
「はて? 友達に、おかしいところ……?」
僕の質問におばさまの方が首を傾げる。これは特別奇怪な行動はしていなかったようだ。
「……どんな子だったか伺っても?」
「私は話したことないから詳しい事は分からないんだけど、そうねぇ……青髪の長いポニーテールの女の子でね、年はメリューちゃんと同じくらいで……あぁ、紅色の花の髪留めを付けていたわ」
「え? 紅色の花の髪留め……?」
おばさまの言葉に、何故かアリア様が小さく反応した。
「ん? アリア様?」
「え? あ……い、いえ。す、少し勘違いです」
「……そうですか?」
アリア様は小さく首を振る。なんだろう?
「メリューちゃんも可愛い子だったけど、その子もかなり可愛い子でねぇ。2人で裏路地にいた時、怖いチンピラ複数人に襲い掛かられたことがあるらしいのよ」
「えっ!? 大丈夫だったんですかっ!?」
「終わってみれば全員タマが潰れてたって、そのチンピラたち!」
「…………」
うちの男性陣が反射的にタマを押さえて青い顔をする。取り敢えず、その子がかなりの武闘派だという事が分かった。
「その子の名前、分かりますか?」
「そうねぇ……確か……」
おばさまが顎に指をあてて考える。
「ディア、って呼ばれてたかしらね?」
調査を一通り終え、一度メリューの部屋に戻る。
「さて、どういうことかねぇ?」
これまで得た情報を纏める。分かった事、分からない事、気になる事、それらを整理していく。
その時、僕はなんとなくふと本棚が目に入った。
「……で、メリューの友達だって言う、ディアって奴についてどう思う?」
「どうだろう? 友達がいるってことは何もおかしい訳では無いけど?」
話が進む中、僕はふらりと本棚の方に近づいた。
「事件と関係がない可能性の方が高いんじゃないかな?」
「どうしてそう思う? リック?」
「その子とメリューが会うようになったのは竜の襲撃事件の3,4年前だって言ってた。事件の数か月前、とか本が出版される数か月前、だったら如何にも怪しいけど、3,4年前だったら時期的に特に怪しいとは言えないんじゃないかな?」
「なるほど」
僕は本棚に近づき、そこに並べられたタイトルを見る。本は燃えているのもあったけれど、一部分燃え残っているのも割とあった。火事の時に積もった灰と7年で積もった埃を手でふき取る。良く見えなかった本のタイトルが見えるようになる。
「今分かってないことは、メリューの本に暗号が隠されているか、竜の事件当日この部屋で何があったか、ディアという女子は何者か、っていうあたりか。これを調べる良い方針は無いか?」
「うーん……」
「……あれ?」
話し合いとは関係ない所で、僕は小さく声を上げてしまった。
「どうした? エリー?」
「…………」
気になるタイトルを見つけた。
その本を手に取り、灰を綺麗に落とす。これは魔術の本ではなく、小説だった。ページをバラバラとめくる。古ぼけた本は少し堅くなっていた。
そして、あるページをめくる。
少し、驚く。
「…………」
「……エリー?」
僕は皆に振り返った。
「……ディア、見つけた」
「え?」
「……え?」
皆が疑問の声を上げる。僕はその本を持って皆のいるテーブルの上に置く。
開くページは奥付だ。いつ出版されたか、どこで出版されたか、などの情報が書いている中でこう書いてあった。
『著者;ディア』
「…………」
皆の息を呑む声が聞こえてくる。
印刷所の責任者アゲロスさんはこのような事を言っていた。
『メリューさんと同じような時期に、他にもう1人別の女の子が本を印刷してくれとお金を積んできたのですが……そちらは正直いまいちでしたね』みたいなことを言っていた。
印刷の日付を見る。メリューの本の出版日ととても時期が近かった。
「えぇと……これはどういうことだ?」
皆が首を捻る。
メリューと遊ぶディアという子がいた。メリューは小説を出版しており、それとほぼ同時期にディアという子も小説を持ち込み、出版していた。
これが何を意味するか、まだよく分からない。
でも、
「分かるのは……メリューとディアはただの遊び友達だっていう訳じゃないってことだ」
「…………」
小説を同時期に印刷所に持ち込んでいる。
これには何か、意図の様なものを感じた。
コンが感心しながら頷く。
「お手柄ですな、エリー殿。良く気付けましたな、こんなこと」
「…………」
「……エリー殿?」
気付けたのは必然だ。この本のタイトルが僕にとって、とても特徴的だったからだ。
気付ける人は気付ける、分からない人には分からない。そういうタイトルだった。
……ロビンの村で遊んでいた時の事、その時に謎の人間に出会った。フードを被り、仮面を付け、その人は『百足』と呼ばれていた。その人は『叡智』のワードを盗み聞いた僕を拘束した。
あの村の村長は、『儂も昔、百足に所属してた』と言っていた。『百足』は何かしらの集団だった。
『百足』という謎の集団。そしてそれは『叡智』という力と関係があることは容易に察しがついた。
そして、目の前の本のタイトル。表紙に大きく載っているタイトルにはこう書かれていた。
『百足の巣』、と……。
気が付ける人には気が付けるメッセージ。『叡智』の一端に触れ、そのキーワードを知っている者ならば琴線に触れるタイトル。
誰かに気が付いて欲しい一冊。
この本にメッセージがこもっていることは明らかだった。
ちょっと文量少ないので、次話『98話 アリアの告白』は2日後 8/2 19時に投稿します。




