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96話 家に残された痕跡

【エリー視点】


「んー……」


 小説を読む。

 それは水に宿った亡霊と1人の男性のヒューマンドラマであった。亡霊の女性は怨念を周囲にまき散らそうとするが、1人の男性がそれを防ぐ。2人は少しの言葉を交わし、男性は亡霊の女性の生前の事が気になっていく。

 その記録を探りながら、亡霊と戦い、やがて心を交わし、全てが明らかになった時、亡霊の女性はその無念を男性に知って貰ったことで安らかに成仏していく……というお話だった。


 それがメリューというこの英雄都市の小説家が書いた『(かす)かな水の知恵』という小説の内容だった。この英雄都市で流行っている小説だった。


「……なんか隠された暗号とか、メッセージとかあったかー?」

「ぜーんぜん、わからーん」


 僕達は宿の部屋の中でその小説を読み耽る。

 僕達はこの本の作者メリューという女性は、僕達が神殿都市で出会った女性メルセデスと同一人物なのではないかと考えている。


 命を狙われていた彼女は、作品を通じて何かメッセージを残したのではないか? そういった推測を元にこの作品に暗号が隠されていないか、秘密が潜んでいないかをじっくり探しているのだ。

 だが誰もが首を傾げるばかりで何も答えは得られていない。

 メリューという小説家がメルセデスであるという前提が間違っている場合もあるのだ。


「少し気になったのがさ……」


 フィフィーが手を上げて言う。


「この小説……句読点や改行がとても多いんだよね。こうよくよく見ていると、不自然な句読点があったり、意図の分からない改行があったり……」

「それが?」

「……なんか、文字数合わせしているようにも……見えなくも……ない?」


 自信が無いようにフィフィーは首を傾げる。


「なるほど……。でも結局は何も分からん。暗号があるとして、それを解く規則性が分からんとどうしようもない。そもそもこの小説に暗号が仕込まれているのかどうかすら分からん」

「うん」

「という訳で……」


 クラッグがぱたんと本を閉じる。


「取り敢えず印刷所のおっさんが言ってたメリューの住所に行ってみないか? ここで頭捻っているだけよりかは有意義だろ」

「確かに……そうかもね」


 印刷所のアゲロスさんは僕達にメリューさんの住所を教えてくれていた。でもそれは嘘の住所かもしれないし、そこは竜の襲撃事件の被害が今も癒えていない場所だとも言われている。

 何も手掛かりはないかもしれないが、行かない理由は何も無い。ふぅとため息を吐き、皆が出掛ける準備をする。


 そこでふと僕は思いを巡らす。

 僕はこの本の作者がロビン……あるいはロビンと繋がりがあるのだと考えていた。ロビンが過去に言った言葉とこの小説の文章がほとんど一致している部分があったからだ。


 とすると、ロビンとメルセデスの間には何か関係がある?

 メルセデスにはロビンに関する詳しい情報は話していない。とすると、あっちも僕とロビンに繋がりがあったことを知らない? だから話題に上がらなかった?


 分からない事ばっかりだ。


「さて、じゃあそろそろ行くか」


 思考を中断させるかのようにクラッグが声を上げる。


「……ちなみにクラッグさ」

「ん?」


 先程本を読むのを止め、メリューの住所を訪ねようと言った件について……、


「本読むのに疲れただけなんじゃないの?」

「ば、ばばば、馬鹿言え。そ、そそ、そんなこと無いだろ……?」


 クラッグは動揺していた。




* * * * *


 所々が崩れ落ち、汚れてしまった住宅街へと足を踏み入れる。

 石造りの家々は所々が黒ずんでおり、7年前の竜の襲撃の火の跡がありありと残っていた。7年前からほとんど手を付けられていないのだろう、細かい瓦礫も取り除かれること無く散乱し、その隙間から青々とした植物も顔を覗かせている。

 竜の爪痕の様な傷も建物に刻みつけられている。


 廃墟の様な住宅街に僕たちはやって来ていた。


「この都市は7年前の竜の襲撃以来、都市の復興に努めて来ました。しかし、人手や財源の不足、復興場所の優先順位などから手を付けられていない場所も複数存在します。お恥ずかしいですが、この住宅街はその1つです」


 ここに案内してくれたアリア様はそう言う。

 僕達はメリューの住所だと言われている場所に来ていた。


 今にも崩れそうなボロボロの建物が並ぶ場所にも関わらず、ここには人が住み着いている。竜の襲撃事件が起こる前、ここは元々平均的な家庭よりも少し貧困層の人達が住む場所であったという。そういう人たちは自分たちの家が災害によって崩壊したからといって他に行く場所がない。

 仮設の住宅をファイファール家は用意したようだが、そこに移動することも出来なかった人たち、あるいはそうして出ていった人たちの空き部屋に住み着く人たち。そういう人がここを根城としているのだ。


 アリア様は少し髪型と服装を変えて、貴族だと分からないような姿でここにいる。流石に貴族がこのような場所に足を運ぶのは問題だ。アリア様にとっても、ここに住む人達にとっても。


「住所によると……この建物の2階のようです」

「…………」


 アリア様はある建物の前で足を止める。

 そこは3階建ての石造の建物で、建物の角が大きく削られ穴が開いている。2階の柱がいくつか折れているようで、3階の床が大きく傾いている。至る所に竜の鉤爪のような跡があり、火が這った様な焦げた黒い模様があり……とても控えめに言ってボロボロな建物だった。


「……今にも崩れそうだな」

「そうだねぇ……」


 7年も経っているのならすぐに崩れるという事はないと思うけど……。


「な、中に入って調査するのは危険でしょうか……。もし建物が崩れたら……」

「大丈夫ですよ、アリア様。ここにいる奴らはアリア様を除いて全員瓦礫に生き埋めにされても死ぬような奴らじゃないです」


 不安そうにするアリア様を励ます。

 ……いやぁ、か弱くねーなぁ、僕達。


「アリア様は拙者の傍から離れないで下さいね? いざとなったら抱えて窓から飛ぶでござるから」

「よ、よろしくお願いします、コン」


 アリア様はコンの裾をぎゅっと握った。かわいい。


「おっしゃー、行くぞぉ、お前らぁ」

「ういーっす」


 土方のおっさんの様な声を発し、僕達は倒壊寸前の建物の中に入っていった。

 瓦礫をどかしながら進む。メリューの部屋は201号室。2階の一番端の部屋だ。


 天井は傾き、四角形だったはずの部屋はゆがめられている。内壁が若干崩れ、隣の部屋の様子が見えてしまっている。床にはいくつかの穴が開き、すぐに1階に降りられる新設設計となっていた。


「あちゃー……こりゃ、ぼろぼろ」

「……火の手も上がっていたみたいだな」


 石造りの建物自体は燃えていないのだが、木で出来た周りの調度品は黒く焦げており、酷く壊れていた。机は折れ、椅子は砕け、本棚の中にある本は形を成していなかった。


「本の数……あまりないね」

「そうだな」


 本棚は小さく、そこまで数が入るものではなかった。よく分からないけど、小説家になろうと志す人が読む本の量ではないと思う。

 本棚の中にあったボロボロの本を手に取る。埃をはたき、燃え残った部分のタイトルを見ると、それは『魔術』に関する技術的な本であった。小説のような創作物ではなかった。


 本棚の捜索を続けると、確かに小説のような創作物の本がいくつかあったが、それは全体の量としては少なく、ほとんどが魔術に関する本であった。

 ……メリューは小説家になろうと思って小説を書いていたのではない?

 あくまで彼女の興味は魔術の方にあった?


「調度品にお金がかかってない……」


 顎に手を当てながらアリア様がぼそっと呟く。


「アリア様?」

「あ、ええと……気付いたことがあって。いえ、小さい事なんですが……」

「何でもおっしゃってください」


 ちょっと恥ずかしそうに慌てるアリア様の言葉を促した。


「えぇと、関係ないことかもしれませんが……ぼろぼろに壊れていますが、この机とか椅子とか、本当に安物だと思います。普通の一般家庭が使うもので貴族が使う物ではないかと……」

「あぁ、なるほど。小説を印刷所に持ってくるのは貴族の道楽、って言っていたのだから、ここにある調度品は貴族が使うようなものでないとおかしい、ってことですか? アリア様」

「はい、リック様……か、関係ない事だったらすみません」

「いえいえ、とても重要な事です」


 リックさんの言う通り滅茶苦茶重要な事だった。

 小説を出版するには貴族の様なお金がいるけど、メリューは貴族っぽくなかった?


「はいはーい、俺も気付いたことあるぞ?」

「はい、クラッグ君、なんだい?」

「エリー先生、建物と家具の壊れ方が変でーす」


 クラッグが言う。


「竜の襲撃事件で建物が壊れる要因といったら、そりゃ竜の攻撃か火事だろう。竜の攻撃といったら、爪か牙。でも壁に付いたこの穴見てみろよ」

「穴?」


 クラッグが示す指の方向を見てみると、そこには小さな穴があった。まるで鋭い錐のようなもので突いたような穴が開いていた。


「これ……槍の跡?」

「俺もそう思う」


 穴に顔を近づける僕たちにクラッグはそう頷く。


「そもそもとして、調度品が壊れるのもおかしい。この部屋は小さい。竜が入って来られるような大きさじゃない。火が燃え移ってこの部屋に入ってくるのはいいとして、こうして調度品が壊れる筈がない」

「そうか、部屋の中で竜との戦いが行われるはずがないんだ」

「でもこの部屋では戦闘が行われた。竜とじゃない。恐らく、部屋の損傷から察すると……槍対剣だ」

「……人対人って事?」

「……火事場泥棒?」

「ならいいが、この傷跡から察すると両者すげえ達人だな。コソ泥が達人級の腕前を持っていた、ってなら分からねえが」

「…………」


 確かにそれは考えにくい。

 しかしそうなると、その2人は竜が暴れ回り、部屋が燃え盛る中、この部屋に留まり戦闘を繰り広げていたことになる。そんな事は異常である。


「メルセデスは槍も剣も使ってなかったんだろ?」

「じゃあ、メルセデス……メリュー以外の2人がこの部屋で戦っていた? メリューの部屋で?」

「何かが起こってたのは確実だわな」

「…………」


 話が少し区切れ、そして僕は不意に見つけた。タンスの中身だ。

 タンスにも炎の跡が残っていた。しかし、全焼ではない。人1人中に入ることが出来そうな大きなタンスであった。

 その中に落ちていた。


「紫色の髪……」


 タンスの燃えていない部分に紫色の長い髪が落ちているのが見つかった。あのメルセデスの髪と色合いが同じ紫だった。


「そっか……」


 クラッグが少し重い声を発した。


「じゃあ、メルセデスはその中に隠れていたんだ」

「…………」

「その中に身を潜め、何かと何かが戦う中、息を殺してじっと隠れていた。竜に溢れ、炎の中で……」


 皆が息を呑む。僕は目の前の小さな髪の毛をじっと眺める。


「きっと、多分……無力を感じながらな」

「…………」


 摘まんでいた紫色の髪をぎゅっと握る。

 メルセデスの無念を思う。

 その無念の中身はよくは分からない。

 でも、竜の襲撃の中にある、その裏を垣間見て、僕は自分の心に怒りの火が灯るのを感じた。


文章内に『小説家になろう』って言葉が入った。サイトの宣伝! 宣伝ですよ! 運営さん! 是非御贔屓に!


次話『98話 百足の巣』は3日後 7/31 19時に投稿予定です。

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