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95話 小説書きの妖術使いメリュー

【エリー視点】


「小説の……作者を調べたいのですか?」

「はい、アリア様にこの街の印刷所を紹介して頂きたいのですが……」


 クラッグの部屋に強襲を掛けて、翌日、僕達は『(かす)かな水の知恵』の作者について調べる為、英雄都市のお城を訪れていた。

 その作者の事を知っているであろう印刷所をアリア様に紹介して貰う為だ。


 何故小説の作者を? とアリア様は小首を傾げていたから、かいつまんで説明をする。


「……なるほど、かしこまりました。『幽かな水の知恵』の作者、メリュー様の事について伺う為に印刷所との仲介役を務めれば宜しいのですね?」

「はい。よろしくお願いします」


 僕はアリア様に頭を下げた。

 その本の作者はメリューという名前らしい。奥付にそう書いてあった。


「しっかし、イリス姉様も分からんな。今度は小説の作者の捜索か? お前たち、イリス姉様の命で動いているんだろ? 姉様に振り回されて、お前たちも大変だな」

「リチャード様……こう何度もアリア様の元を訪れていていいのですか? 貴方にも仕事があるでしょう?」

「べ、べべ、別にいいのだっ! 後少しで妻になる者に会いに来るのは別に全くおかしい事ではないのだ! し、仕事は後でやるのだっ……!」


 僕達はアリア様の元を尋ねてきたのに、そこには当然のようにリチャードがいた。おめぇ、仕事サボってんだろ。


「さぁっ! 王子っ! もう時間だっ! 仕事に鍛錬! 楽しい時間がやって来たぞ!」

「う゛えっ……!? も、もうそんな時間なのかっ!? い、いや……ま、まだ大丈夫だろう? あともう少し紅茶を飲む時間がある筈だっ……! そうだろう!? ドルマン!」

「残念だが、王子! 楽しい時間というのは閃光の様に過ぎ去るものだ! 大丈夫! 仕事に鍛錬もきっと楽しいぞっ!」

「や、やめろぉ……! 離せぇっ! ド、ドルマン! 離せぇっ……!」


 そう叫びながらリチャードはお付きの冒険者ドルマンに引き摺られ、この部屋を出ていった。必死の抵抗に何の意味もなく、リチャードはドルマンの歩みを止められず、「た~~す~~け~~ぇ……」この部屋のドアがバタンと閉められリチャードは姿を消した。


「リチャード様も大変ですね」

「まぁ、あんぐらいでいいと思います」


 アリア様は苦笑し、リチャードは程よく鍛えられていた。


「えぇと……小説の作者の事ですね?」

「はい。アリア様はこの小説読まれたことはありますか?」

「ありますよ。この都市で人気の小説ですし……それにこの本の作者、メリュー様は武の実力者としても知られていましたから」

「え? そうなんですか?」


 アリア様は本の作者を知っているのか?


「武術の表舞台には姿を現しませんでしたが、不思議な術を使う妖術使いとして名前が挙がることはよくありました。お父様たちから名前を伺ってませんか?」

「あー……」


 記憶を探る。そう言えば初めてマックスウェル様やバーハルヴァント様から話を伺った時に武に秀でた者として名前を紹介されていた。


「すみません、気が付くべきでした」

「いえ、それは仕方がないでしょう」

「アリア様はメリュー様とお会いしたことがあるのですか?」

「いえ……彼女も7年前の竜の襲撃事件で行方不明になった1人ですので……」


 それは何とも面倒な。作者本人に会えないという事だ。

 というよりも『彼女』か。名前からしてそうだろうと思っていたが、メリューさんも女性という事になる。


「妖術使い、ですか……?」

「はい……あ、いえ、多分使っていたのは魔術だと思われるのですが……その術式がとても複雑らしく、魔術に秀でた者も彼女の魔術を完全に再現出来ないみたいで……。それを予備動作なくノータイムでどんどん打ち出してくるので、魔法使いとは呼ばれなくなった……みたいなエピソードがあるみたいです」

「へぇ」


 魔術とは違う何かを使っていたのか、それともただ単純にものすっごい魔術を使っていただけなのか。


「はいはーい。わたしも開発する術式複雑過ぎて、あれは魔術ではなく神の奇跡だ、って言われる事よくあるよ」

「フィフィーも別格だからなぁ」


 『魔導の鬼』という異名を持つくらいフィフィーは魔術に精通している。神器と性能が変わらない、と言われるくらいに彼女の魔術は物凄かった。間近で見ていると、ほんと、驚く。

 そのメリューさんも、フィフィーと同じような感じだったのだろうか?


「……例えばどんな術を使っていたんですか?」

「ええと……確か、口から吐く炎が狼の形を取って自立して動いていたり、あと彼女の爪に引っ掛かれるだけで槍も魔術もボロボロと崩れ落ちていったり……」

「なるほど……。フィフィーはどう思う?」

「うん、魔法使いとして凄いと思う。でもわたしなら再現できると思うよ」


 なるほど、なるほど。


「とにかく印刷所に行ってみますか。当時のメリューさんと直接会っている人もいるだろうし」


 そう言ってこの部屋を後にする為、僕達は出されていた紅茶をぐいと呑み込んだ。




* * * * *


 インクの臭いがつんとする。プレス機がごうごうと音を立て、次から次へと文字の書かれた紙が生産されていく。

 僕達はアリア様の紹介の元、印刷所へとやってきていた。


「『幽かな水の知恵』のメリューさんですか。はい、彼女が原稿を持って来た日の事は今でも覚えておりますよ」

「詳しく話を伺っても?」

「はい、もちろん」


 印刷所の工場の中、現場の責任者であるアゲロスさんは僕達に話をしてくれた。


「本が持ち込まれたのが約8年前……竜の襲撃の1年ほど前だったでしょうか。小さな子がやって来たなぁ、と思ったら、自分の書いた本をたくさん印刷して売ってくれ、と言うのですよ。いきなりのことでしたから少しびっくりしましたね」

「小さい……? いくつだったのですか?」

「当時14歳だって言ってましたね」


 14歳……それは確かに若い。本を出版する人の年齢層は分からないが、まだ未成年の14歳はかなり早い方だとは思う。


「それをこの印刷所でたくさん本にすることになったのは、やはりその小説に将来性を感じたからですか?」

「いえ、ただ単純に金を積まれたからです」

「へ……?」


 現場責任者のアゲロスさんはにこにこと穏やかな顔をしながら中々シビアな事を言っていた。金……金か……。


「当時私達の主な仕事は水神教会の聖書や福音書を印刷することでした。長い時間をかけて広まった有名な小説や戯曲なども印刷し本にする仕事もありましたが、なにぶん1日に印刷できる量は決まっています。自分の小説を世に広めるため本をたくさん製本する、ということは私達印刷所に大量のお金を積んでくれる人たちにしか出来ませんでした。まぁ、貴族の道楽みたいなものでしたな」

「なるほど……。ではメリューさんは貴族であったと?」

「家名までは言って下さりませんでしたが……そうですね、私達は彼女をどこかの貴族だと考えています。積まれた金の量も平民では難しい量でしたし」


 これはいいヒントだ。英雄都市に住んでいる貴族とは限らないけれど、この都市の付近に家を構える貴族には違いないだろう。


「それで出版してみたらびっくり。その本が面白いと、どんどんこの都市で流行っていって……いやぁ、私達が出した本が広まっていくという快感を味わえましたよ。忙しくなる喜びを感じました」

「それはいいですね。そういう事はよくあるんですか?」

「いえ、彼女は特別でしたね。メリューさんと同じような時期に、他にもう1人別の女の子が本を印刷してくれとお金を積んで来たですが……そちらは正直いまいちでしたね」


 じゃあ、貴族の人が本を印刷してくれと頼むのはそこまで変な事ではないと。若かったことは若かったのかもしれないけど。


「メリューさんは他に本を出版されたのですか?」

「いえ。出したのはその1冊だけでしたね」

「行方不明なのは分かっているのですが……メリューさんに連絡を取る手掛かりとかはないでしょうか?」

「手掛かり、ですか……?」


 無茶を言っているのは分かっている。連絡を取る手段がないから行方不明だというのに。竜の襲撃で食べられてしまって痕跡を残さず死亡している可能性だってあるのだ。

 アゲロスさんは顎に手を当て少し悩む。


「……彼女から住所を教えて貰ったことがあります」

「本当ですか?」

「はい。ですが、どう考えても嘘の住所……または貴族が道楽で買った普通の一部屋ですね。どちらにしても行方不明の彼女がそこにいるとは思えないのですが……」

「取り敢えず教えて下さい」

「分かりました」


 アゲロスさんが住所の書かれた紙を持ってきてくれる。土地勘のない僕達にはそれがどのような場所か分からないけど、その住所を見たアリア様は眉を顰めた。


「ここは……」

「アリア様?」

「……確かに貴族の住む場所ではありませんね。少しお金の無い一般家庭が住むような場所でした」

「でした?」


 アリア様が少し悲しそうに笑う。


「……この場所、まだ復興が進んでいないのですよ。竜の被害の爪跡がくっきりと残っていて、廃墟のような場所となっています」

「……なるほど」


 先程の『どちらにしても行方不明の彼女がそこにいるとは思えない』というアゲロスさんの言葉にはそういう意味も含まれていたのか。


「あと聞きたいことは……そのメリューさんの、容姿……かな?」

「容姿聞いてもどうしようもねぇ感じはするけどな。偶然街ですれ違える訳でもねえ」

「まぁ、そうなんだけどさ……」


 クラッグの指摘に頭を抱える。容姿の情報が役に立つのは居場所の目測がついてからだ。でも、聞くことに損はないのでとりあえずアゲロスさんに聞く。


「メリューさんは紫色の髪をしていましたね。黒い服を身に纏っていて……あ、服の情報は別に要らないでしょうか? もう8年も経ってますしね」

「紫色の髪?」

「はい、紫色の長い髪がふわふわと揺れていて、若いながら少し妖しい雰囲気を纏わせた少女でした。14歳にしては……こう言うのもなんですけど、胸も大きく、もう少し年を取れば艶やかな女性になりそうな感じでしたね」

「…………」


 なるほど……妖術使い、と呼ばれるだけあって少し妖しい雰囲気を醸し出していた人のようだ。小説家というだけあって、少し浮世離れした感じもあったのかもしれない。


 …………。

 ……あれ? なんか、既視感が……?


「そういえば、少し口を開いた時に尖った八重歯が見えましてな。怪しい雰囲気と相まってその少女が吸血鬼のようにも見えましたよ」

「……吸血鬼?」


 ……吸血鬼? ……紫色の髪の女性?

 8年前に14歳だとしたら、今は22歳な訳で……詳しい年齢は聞かなかったけど……確かにその位で……。


「……アゲロスさん」

「はい?」

「その人、語尾に『のじゃ』とか『じゃぞ』とか付ける少し古風な話し方をしてませんでしたか?」

「え? はい、そんな個性的な話し方していましたが……何故知っているのですか? エリーさん?」


 アゲロスさんは首を傾げる。そして、アリア様も不思議そうな顔をしていた。


「…………」

「…………」


 でも事情を知る僕たちは沈黙していた。

 心当たりがあった。めちゃくちゃ心当たりがあった。


 紫色の長い髪をして、22歳くらいの妖艶な女性で、『のじゃ』を付ける吸血鬼みたいな人……。

 それは神殿都市で僕達に護衛の依頼を頼んだ酔っ払いだった。『叡智』に通じている人で、『アルバトロスの盗賊団』に追われていると言っていた人。

 逃げ続け、逃げ続け、逃げ続け……どうしようもない人生に疲れ果ててしまった人。

 疲れたから、今は少し眠っている人。


 ……どうやら彼女は名前を変えていたらしい。


「メルセデスっ……!?」


 紫色の髪の女性メルセデス。

 きっと彼女がメリューなのだ。


 びびった。

 65話でメリューの名前を出しているのは把握してたんだけど、30話でメリューの名前を出してたのはすっかり忘れてた。

 これじゃあ、65話時点で英雄都市にメルセデスがいたことを明らかにしてたようなもんなのか……。

 ミスで、びびったけど……まぁいいや、これで。


次話『96話 家に残された痕跡』は3日後 7/28 19時投稿予定です。

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