93話 ニンジャ大作戦(女子会)
【エリー視点】
「……という訳で! 今日はクラッグの身辺調査を行いますっ!」
「わー!」
「わーっ!」
僕がそう宣言すると、気楽な雰囲気で周囲から拍手が起こる。
今日は僕が計画したクラッグ調査の日だった。
調査を依頼し仲間に加えたのはフィフィーとコンの2人で、前の女子会のメンバーと一緒だった。今回は情報収集能力に長けたニンジャのコンにとても期待をしている。
「あれだよね、エリー。ロビンって人物って前にエリーが言ってた昔の友達だよね?」
「イエス、フィフィー」
フィフィーには昔僕が遭遇したロビンの村の事件のことを話している。『叡智』に関する手掛かりが無いか事情を話したのだが、フィフィーは『叡智』について何も知らなかった。
今回の調査を行うきっかけになったのは、クラッグが放った一言だった。
『俺達はどうしようもない世界に漂う放浪者だからな』
ちょっと格好つけたただの一言ではあるものの、それは昔ロビンが僕に言った台詞と酷似していた。
もしかして……本当にもしかして、クラッグの正体はロビンなのでは?
そんな疑問を覚えた。
だから今僕たちはクラッグの宿の部屋の前にいる。
自分の相棒のことを調べてしまう為だった。ここからが作戦開始だ。
「……クラッグ殿は外で仕事をしているのでござるね?」
「うん、クラッグは今日リックさんと組んでいつもの調査の仕事をしているよ」
ここら辺はフィフィーに手を回して貰って、今日はそのようになる様人員を組んで貰った。邪魔者は入らない。
「じゃあ、コン。鍵開けよろしく」
「分かったでござる」
「ん……?」
目の前にはクラッグの部屋の扉。まずはコンのニンジャスキルで鍵を開けるところから始まるのだが……何故かフィフィーが小さな疑問の声を発した。
「……あれ?」
次に声を発したのはコンだった。なんだろう、と僕は思ったのだが、コンはおもむろに扉の取っ手を回した。
がちゃりと扉が開いた。
「……鍵かかってなかったでござる。始めから開いていたでござる!」
「え? なんでっ?」
「いや、冒険者ってルーズだから……部屋に鍵なんてかけない人ばっかだよ」
コンと僕は驚き、フィフィーは当然のように呟いた。
「不用心でござらんか!?」
「ま、まぁ……安宿だったらそもそも鍵なんて付いてないとこもあるし……奪われる程大切なものを持たないのが冒険者だし」
「そういえばそうだったよ」
僕が鍵をかけて宿の部屋を出る度に、クラッグに「変わってんな、エリーは」と笑われるのだ。そしてそれは冒険者のスタンダードだった。
「……これってもしや、見られても困るもんなんて何も無いってことなのではござらんか?」
「……初めっから調査失敗の予感」
予想される困難すらないまま、僕達はクラッグのプライベートゾーンに足を踏み入れた。
「ぱっと見変なところはないでござるね」
「そうみたいだね」
部屋の中に入り、内側から鍵をかけ、僕達は部屋の調査を開始した。
でも、調査と言えるほどこの部屋には物が多くはなかった。
ほとんどがホテルの備品であり、クラッグの荷物は部屋の端に汚い麻袋がちょこんと置かれているだけだった。
漁る。
「あー、クラッグさんはほとんど物を持ち歩かない人みたいだね」
小さな麻袋の中身を机の上に並べるも、その中身はほとんどなかった。財布、ナイフ、パン、ホテルの鍵、水を入れる用の袋、あると何かと便利なロープ、国内の地形が荒く描かれた地図、それと……、
「う゛わ゛あ゛ああぁぁぁっ……! エロ本っ!」
僕は袋から取り出したそれを地面に叩きつけた。裸の女性の絵が描かれた複数枚の紙が閉じられて本の様な形になっている。立派な本とは言い難い雑な作りだが、巷で人気の商品であることは確かだった。
「あはは、クラッグさんも男だねぇ」
「エリー殿、動揺し過ぎでござる」
「だって! だって……! うわぁっ……!」
顔が赤くなるのを感じる。
「エリー殿は初心なのでござるなぁ……」
「悔しい! コンが余裕なのが悔しいっ!」
動揺しているのは僕だけだった。
きょどっている僕を尻目に、フィフィーが持ち物漁りを続行した。2人はエロ本が出てきたことを大して気にしていない様だった。
「次が……最後かな? 本が出てきたよ」
「ほ、本!? またエロ本っ!?」
「違う違う、普通の本」
最後に出てきたのは『幽かな水の知恵』というタイトルの創作小説の本だった。古い本ではなく、なるべく安価に作られている簡易的な本だった。
「あ、これ、この都市では結構人気の小説でござるよ」
「そうなの? コン?」
小説や演劇での人気の流行というのは地域によって違ってくる。それは作者の住む場所や劇団の活動場所による違いであって、例えば小説の場合、同じ本を国中に広まる程多数刷るというのはとても労力がかかる為、大抵はその作者の住む地域でのみ広まるという事が多かった。
「しかし、クラッグが本を読むなんて……これには事件性を感じる……」
「いや、エリーはクラッグさんの事どれだけ馬鹿にしてるの?」
だってクラッグに本なんて似合わない。
「……さっきの本で荷物は最後だね。特に怪しい物はなかったかなぁ」
僕はクラッグが本を持っていることが怪しいと主張したが、それはどうでもいいと2人に取り合ってもらえなかった。
「怪しい物は無いかもしれないけど……荷物少な過ぎではござらぬか?」
「そう? 冒険者ってこんなものじゃない?」
「いやいや、着替えとかも無いでござるよ。流石にそれはおかしいのでは?」
「あー……」
コンの疑問にフィフィーは苦笑していた。
旅が楽になるようにと、荷物をなるべく減らそうとする冒険者は多い。その中でよく議題として挙げられるのは着替えの問題だった。
「クラッグさんは着替え無し派だからねぇ。毎日同じもの着てるよ」
「え……? それは不潔なのでは?」
「冒険者にとっては普通かなぁ? 汚れるのが嫌だったらそもそも冒険者になんてならないし」
結構しっかりとしているフィフィーでさえ着替え2枚派だ。同じものを2日ぐらい続けて着て、洗濯物が乾くまでやり過ごしているのである。
僕は着替え3枚派。毎日着替えは行っているが、荷物はかさばるし洗濯は毎日するから少し面倒である。今回は王女としても来ているから、そっちの着替えは大変多いけれど。
「え……? でも流石に凄く汚れたら洗濯するでござるよね? 洗濯物が乾くまでクラッグ殿はどうしているのでござるか……?」
「洗濯物が乾くまで裸待機」
「あるいは、濡れたまま着るね。別に死にゃしないしね」
「なんと……」
冒険者の文化にコンは口をあんぐりと開けていた。分かる。僕も初めの頃はそんな冒険者の服装事情に驚いたぐらいだった。なんだかんだで貴族の生活をしているコンには理解し難い事だろう。
クラッグは着替え無し派であるが、クラッグが特段おかしい訳では無いのである。
「……ちなみに、2人の荷物はどんな感じでござるか? 拙者少々不安になってきたでござる」
「ま、まぁ……普通だよ。着替えとか大きい荷物は宿の部屋に置いてあるけど、今持ってるのは財布でしょ? ナイフでしょ? 手拭いに水袋に軽食に怪我した時用の包帯とか……あとは武器の杖かな」
小さなポーチからフィフィーが物を取り出していく。大きな荷物は部屋に置いてあるみたいだけど、これだけでもこの部屋に残されたクラッグの荷物と量がそこまで変わらない。
杖だけはポーチからではなく腰に括り付けてあるものである。
「僕はフィフィーよりも荷物多いね。フィフィーと同じものを除けば、手鏡に針と糸と、それと少し化粧道具かな」
「化粧道具?」
コンが小さく首を傾げる。イリスとしての私の癖で持ち歩いているものである。冒険者やってるとすぐ汚れるから、あまり意味を為していないけど……。
「あと……あ、これもあったや」
フィフィーよりも一回り大きな自分のポーチを漁っていると、その端の方に小さな緑色の御守りを発見した。
「ん?」
「なんでござるか? これ?」
フィフィーとコンが小さく疑問の声を上げる。
僕の手には緑色の宝石が吊るされていた。こぶし大よりも1回り小さい大きさの宝石に細いチェーンが付けられている。ネックレスとして作られたものだったと思うけど、しかし、おしゃれとして身に付けるには緑色の宝石は少々大き過ぎた。
「この宝石は御守りなんだけど……ってあれ? 御守りだっけ? ……いつも御守りとして持ち歩いてるんだけど……そういえば誰から貰ったんだっけな?」
自分で緑の宝石を目の前にぶら下げて小首を傾げる。
小さい頃に貰ったものだったからよく覚えていない。どうだったか?
「確か御守りとして貰ったものなんだけど……」
「はは、分かるでござる。昔から持ってるものってどうやって手に入れたか分からない物たまにあるでござるよね」
「愛着もあるから手放す気にはなれないんだよねー」
ともかく、こんなよく分からない物も持っているというだけあり、僕は人よりも荷物の多い冒険者であることは確かだった。
フィフィーに「エリーは御守り多いね」と言われる。確かに僕の武器も『双刃の御守り』なので、僕は常に御守りを2つも持ち歩いていた。
「という訳で、話を元に戻すと……クラッグさんの持ち物で特におかしい点はなかったかな」
フィフィーが話の軌道を修正する。
先程、コンは荷物が少な過ぎておかしいと言っていたが、これについては納得した様であった。
しかしそうなると、クラッグに対する調査は何も進展がない事となる。今回、クラッグとロビンの関係を調べることが目的なのだが、それについての手掛かりは何も見つけられていない。
この部屋の全体をぐるりと見渡してみても、特に気になる点はなかった。
「……そのロビンという方はクラッグ殿に似ているでござるか?」
コンは僕にそう質問した。ロビンの容姿を知っているのはこの中で僕だけだった。
「……正直似てない」
コンの質問には渋い顔をせざるを得ない。勿論あれから7年も経っているのだから、瓜二つという訳にはいかないのだが……あまりロビンとクラッグは似ていなかった。
「ロビンは可愛い系の顔立ちだったんだよ。顔は少し丸くて、目はぱっちりとしてて、少し小柄で……女装なんかさせたらかなり似合っちゃいそうな感じ」
「それは……確かにクラッグさんっぽくないね」
「7年の歳月があんなに顔を変えたのなら、時の流れは残酷だと言わざるを得ないなぁ……」
ロビンはよく、男らしく強くなって凄い冒険者になるんだっ! って言っていた……けど、顔はとても可愛い感じだから理想の自分の姿にはなれないだろう、ってずっと思っていた。
「……でも髪の色は同じだね。クラッグもロビンも焦げ茶色の髪だよ。焦げ茶色の髪の人なんてたくさんい過ぎて気にしたこともなかったけど」
「じゃあ、顔以外の情報は一致してるのかな? クラッグさんの思い出話と、そのロビンとの話で矛盾してたりすることはないの?」
「うーん……」
少し思い出す。
「……クラッグは2年前、『昔冒険者をやってたことがある』って言ってた。でもロビンは7年前の時点で冒険者ではなかった。冒険者にはなれる筈がなかった」
彼は村の外に出られなかったからだ。
「クラッグの言う『昔』がどの位なのか分からないけど、矛盾する可能性はあるかな?」
「そこら辺も調査が必要かな」
「はいはーい」
そこでコンが手を上げた。
「まずそもそもの話になるでござるけど……」
「なにかな? コン?」
「これってイリスティナ様に許可取ってるっすか? 依頼主の依頼期間中に個人的な他の調査やってたら流石に問題でござるよ?」
「…………」
「…………」
僕とフィフィーは一瞬口を噤む。寧ろイリスの最重要直接依頼と言っても過言ではない。
「あー、コン……イリス様の許可は貰ってるから」
「そうだったらいいでござるよ」
許可は出してないけど、許可は出すまでもない事だ。というより正直言って、本来のセレドニ調査よりもこっちの方が私としては超重要だ。出来るのなら、雇っている冒険者全員クラッグの調査にあたって欲しいぐらいだ。
「まぁ、クラッグさんの身辺調査はいいことだと思うよ」
フィフィーはそう言った。
「そうかい? フィフィー?」
「だってクラッグさん、正体不明で意味不明過ぎるもん」
「…………」
まぁ……確かに……。
「領域外の強さに至っているのに未だD級に留まれる位世間に知られてなく、有名な武功もない。エリーはもっと自分の相棒に疑念を持つべきだよ」
「た、確かに……」
ぐうの音も出ない。
クラッグのこれまでの経歴はよく分かっていない。ある日突然ふらりと冒険者ギルドに現れた、特に大した成績も残していない普通のD級冒険者、というのが一般的な認識である。
……んな訳が無い。あんなでたらめな強さなのに、なんの秘密もなんの功績も無い筈がない。あれだけの力を持つに至る過程で、国をいくつか救っていても何もおかしくはない。国をいくつか滅ぼしていても不思議でないのだ。
クラッグが何も秘密を抱えていない筈がないのだ。
……冒険者としての仕事上別に不都合が無かった為、無理に聞こうとは思っていなかったが。
そんな時に声がした。
「……全く、財布を忘れるなんてクラッグもバカだねぇ」
「うっせえ、リック。後で飲み物でも奢ってやるからグチグチいうな」
「はは、その言葉を待っていたよ」
廊下の向こう側から小さな声が聞こえてくる。かつかつと廊下を歩く音が響いてきた。
僕達はぎょっとする。
(えっ……!? クラッグとリックさんっ!?)
(戻ってきたの!?)
この部屋の扉の向こう、ホテルの廊下からクラッグとリックさんの気楽な声が聞こえてきた。も、戻ってきてしまった、この部屋の主が。
そう言えば確かに荷物に財布があったよ! 財布忘れて、取りに戻ってきたのか!
(ど、どど、どうするでござるっ!?)
僕達はみんなして慌てる。クラッグ達はあと数秒でこの部屋に入ってくるだろう。そこで鉢合わせるのはあわあわしている僕達だ。この部屋を漁ってたなんて言える筈も無い。
(ど、どど、どうするっ!? タルにでも変身するっ!?)
(不自然過ぎるでしょ!)
フィフィーの案を却下する。部屋の中に覚えのないタルが3つあるなんてシュールな光景が生まれてしまう。
と、取り敢えずベットの下に……と言おうとした時、ドアのノブががちゃりと回った。
ぎゃーーーーーーーーーー!
「……ん?」
「どうした? クラッグ?」
部屋の外から疑問の声が聞こえてくる。
……扉は開かない。ドアのノブを回しているのに扉が開かれる気配がない。
「鍵がかかってやがる?」
小首を傾げる様なクラッグの声が聞こえてきて、ドアのノブががちゃがちゃと荒く何度も回される。
……そう言えば、最初この部屋には鍵が掛かってなかった。そしてこの部屋の中に侵入して、僕はこの扉の鍵を内側から閉めていた。
「おっかしーな? 俺、いつも鍵は掛けてねえんだけどな?」
「ホテルの人が清掃で部屋に入ったんじゃない? それで勘違いして、出る時に鍵を閉めた」
「あー、なるほど……ここ高級なホテルだったな」
リックさんの言葉には一理あった。本当はネズミがこの部屋を漁りに来たんだけどね!
「ま、さっさと鍵開けなよ。自分の部屋の鍵持ってるだろ?」
「持ってねえよ」
「……は?」
「鍵かけねえんだから、部屋の鍵持ち歩く意味ねぇじゃねえか」
「…………」
扉の向こう側から少しの沈黙が聞こえてくる。僕たちはドキドキしながらその会話の行く末を見守っていた。
「……仕方ない。ホテルの受付に行って、合鍵貰ってくるか」
「面倒だなぁ」
その会話を最後に、とことこ廊下の方から足音が遠ざかっていく音が聞こえてくる。僕達は冷や汗を掻きながら、緊張して口をぎゅっと結んでいた。
扉の向こうから人の気配が無くなった。
(……脱出! 脱出ーっ!)
フィフィーの張り詰めた小声で僕達ははっとし、行動を開始する。荷物の入っていた麻袋を元の位置に戻し、ニンジャのコンがこの部屋から僕たちの痕跡を消し、窓から飛び出し離脱する。
3人の女性が3階の窓から飛び降り外へと逃げる。この程度で怪我をする僕達ではない。
そのままなるべく音を立てずに、素早く駆け抜けていく。
調査は失敗。特に大した成果は得られなかった。
だけど物凄く僕たちはニンジャしてた。
僕達の女子会はいつも変であった。
* * * * *
あの日のクラッグの部屋の調査は失敗だった。特に重要な情報を得ることは出来ず、何の成果も出すことなく部屋から逃げ出し、調査は失敗だと思っていた。
でも違った。
「な、なな……なんじゃこりゃあ!?」
後日、僕はクラッグが読んでいたという本が気になって、自分でも買って読んでみた。『幽かな水の知恵』というタイトルの創作小説であり、あの杜撰なクラッグが読む本ということもあって興味が湧いた。
ホテルのベットに寝転がりながら、その小説を読む。
そして、その中の一文にこうあった。
『私達はどうしようもない世界に漂う放浪者だからだ』
「…………」
唖然とする。
この小説にもこのワードが書いてあった。
僕がこの台詞を初めて聞いたのは7年前のロビンの口からだ。そして、先日クラッグからほとんど同じ台詞を聞いた。
もしかして、クラッグはロビンと同一人物なのかと考えたが……。
クラッグはこの本を読んで、何となくこの台詞を気に入り、この台詞を口にしただけなのだろうか……?
じゃあ……じゃあ、この本の作者は? 一体?
一体何者?
こんがらがりながら夜は更ける。
次話『94話 ドキッ! 夜の襲撃突撃事件! 夜這いじゃないよ!』は3日後 7/22 19時に投稿予定です。
……タイトルは変更になる可能性があります? これでいいのだろうかぁ?




