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92話 クラッグとの出会い(2)

 冒険者としての1歩を踏み出してから数週間が経った。


 いくつもの依頼をこなし、僕は少しずつ冒険者としての仕事に慣れ始めて来ていた。もちろんまだまだルーキー中のルーキーではあるけれど、一番最初の物凄くあたふたしたような出来事が減ってきたような気がする。

 王女の仕事と冒険者の仕事の両立にも慣れて来ていた。……いや、ファミリアのドッペルメイクに頼っている部分も多分にあるのだが……。


 クラッグと一緒に仕事することも多かった。

 同じF級として仕事が被ることもあるし、仕事の取り合いをするよりかは一緒に同じ仕事をした方がミスも少なかった。取り分のお金は減るが、僕は最初からお金には困ってない。姫だし、私。


 仕事の内容は薬草摘み、弱いモンスターの間引き、他にも街の仕事の手伝い、鉱山の力仕事の手伝い、農家の家の手伝い、など様々多岐に渡った。

 どうやら冒険者の下級とは他の人たちの雑用係であるみたいだ。

 こうして仕事をしてみると、職業には貴賤なんてない、という事が身に染みて分かってくる。つまり、どんな雑用だって大変だということだ。

 王族の仕事が一番崇高で大変なんてことは、どうもないようだった。


 仕事をして実感することは、仲間は大切であるという事だ。

 特別な絆を感じる、とかそういう話ではなく、ただ単に人手というのは何物にも代えがたいという話だ。今までやってきた仕事量を全部1人でこなせなんて言われたら、僕はとっくに冒険者を辞めて逃げ出しているだろう。

 だから結局のところ、クラッグと一緒に仕事をやることが一番楽で合理的なのだという結論に至っている。


 この頃には既にもう何度も彼にからかわれており、彼の事を「さん」付けで呼ばなくなっていた。呼び捨てでいいし、あんな焦げ茶。

 ……色々と教えて貰う事は多いし、僕よりも強くて尊敬するべき人なのだが……あぁ、ダメだ、いつか絶対にあいつをぎゃふんと言わせてやりたい。


 今日は少し遠出の仕事だった。

 クラッグとは王都の門で待ち合わせをしており、たくさんの人が交わり、行き、過ぎていく場所の中で、僕は城門の壁に背を付けながらクラッグを待っていた。

 がやがやとした喧騒の中、この濃い数週間を思い返して仕事仲間を待っていた。


「おい見ろよ、いい女がいるぞ?」


 そんな時に声がした。

 ふと顔を上げると、その声を発したであろう男性と目が合う。5人のグループの様で、にやにやとした笑みを浮かべながら僕に指をさしていた。


 服装からして貴族の人たちだった。

 見たことのない顔である。王都に住んでいるけど王族である私に会うことの出来ない貴族……身に着けている物からも考えると、男爵か子爵といったところだろうか。


 そんな男性のグループがへらへらと笑いながら僕に近づいてくる。


「おい、女。何してんの? なぁ、ちょっと俺達と遊ばね?」

「お前、その格好冒険者? 遊んでやるからちょっと来いよ。金が欲しけりゃやるぜ?」

「へー、結構綺麗な顔してんじゃん。冒険者なんて小汚い奴らばっかだと思ってたけど」


 貴族に絡まれる。

 やはり男性に絡まれるというのは不快感を覚える。しかも口が悪い。悪意を感じる。

 ……こうして目の前のナンパ男達と比較してみると、この前のクラッグのナンパはまだまだ優しい方だったのだろうか?


「申し訳ありませんがお断りさせて頂きます。僕はこれから仕事ですので」

「なんだぁっ!? 生意気に口ごたえしやがって! 俺達を誰だと思ってるんだよっ!」


 丁寧に断ったはずなのに、男は怒声を上げながら僕の腕を掴んだ。そっちこそ私を誰だと思っているんだ。


「離して下さい! 憲兵が来たら困るのはそっちですよ! すぐ近くに門番がいるんですよ!?」

「はぁっ!? 俺達に口ごたえしやがって! 憲兵なんて来ねえよ! 俺達は貴族だぞ!」


 何を馬鹿な、と思い僕は門の出入り口に立っている門番の方を見た。

 驚いた。

 門番はこっちを見ていなかった。いや、見て見ぬ振りをしていた。この横暴を見逃そうとしていたのだ。


「貴族の俺達を諫める奴なんていねえよ」


 そう言われ愕然とした。

 いくら門番の方を見てもその人は彼らを諫めようとしない。門番の人はちらちらとこちらを見て、そして見ていない振りをしている。門番の人は僕に絡んでいる人が貴族だと知り、それを止めようとせず、そして貴族の男性たちはそれをちゃんと分かっていた。

 私は失望した。

 何に……というのはよく分からないけど、何かに失望した。


「まずは俺達に生意気な口を利いたこと、頭を下げて謝って貰おうか」


 僕の腕を掴む男性が、嗜虐の笑みを浮かべながら僕をそう脅した。


 殴って逃げるか、それともここで私の身分を明かしてこいつらに泡を吹かせるか。どちらにしろ、それをやったら僕はもう冒険者ではいられなくなるだろう。

 折角……折角5年も冒険者になる準備をしてきたというのに……それはとても嫌だった。


 頭を下げてしまうか。

 頭を下げて、それで済むのなら簡単だろう。

 王族は簡単に人に頭を下げてはいけない。謝りたいと思った時でも、余程の事がない限り頭を下げてはいけないのだ。

 でも今の僕はただの冒険者エリーだ。権力を持たない普通の冒険者なのだ。


 失うものが何もないのならこの場は謝ってしまうのがいいのだろうか。

 ……本当は嫌だけど。


 男たちはニヤニヤ笑っていた。


「よぅ! エリーわりぃ、遅刻した。待ったかー?」


 僕が少しだけ頭を傾けた時、この場に合わない陽気な声がこの場に響いた。

 焦げ茶色の髪の待ち合わせていた人物、クラッグだ。


「って、あらら……?」


 クラッグは首を傾げながら僕と僕の腕を掴んでいる貴族の男たちを見渡した。


「……嫌がってるように見えるんだけど?」

「あぁ? なんだよお前? 誰だ?」

「…………」


 貴族の男たちは眉に皺を寄せる。僕はほんの少し頭を傾けている。それが何だか少し恥ずかしかった。


「なんだ、てめー? この女の連れか?」

「どっか行けよ。邪魔だよ。金が欲しけりゃやるからさぁ!」

「邪魔すんならお前の家をまっ平らにしてやんぞぉ!」

「…………」


 男たちは笑い、クラッグは顎に手を当て口をへの字に曲げていた。

 そしてふんと鼻息を1つ鳴らし、こう言った。


「……いいかエリー、1ついい事を教えてやろう」

「え?」

「頭というのは下げたいと思った時に下げるもんだ。下げたくねえ時には別に下げなくてもいいんだぞ?」


 そう言ってクラッグは笑った。僕は目を丸くした。


「てめー! 何べちゃくちゃ喋ってんだよ! さっさとここから消えろよっ!」


 でも貴族の男がそう叫ぶ。言葉を貰ったからといってこの状況が改善する訳では無い。


「で、でもどうするんですか、クラッグ? な、殴って逃げるの?」


 貴族を殴ったりなんかしたらそれだけで一生日陰者だ。この貴族がしつこい奴ならば、この国中に手配書が回ってしまう。僕は姿を暗ませられるけど……クラッグはこの国にいられなくなる。


「よし、気分がいい。エリーにはもう1ついいことを教えてやろう」

「え?」

「とっても効率的なナンパ撃退法だ」


 クラッグは楽しそうに笑った。

 その笑い顔を見てこの人は一体何をやらかすつもりなのだろうと不安になる一方で、あぁ、どうしてだろう……なんだかほっとした気分にもなった。

 なんだか安心できた。


「てめー! 俺達に歯向かったらお前はお終いだ…………」


 貴族の男が叫んでいる最中――その言葉が途切れる。

 空気が一瞬にして冷えて、氷のように凍り付いたかの様な錯覚に陥った。世界が凝縮され、縮まっていくような、そんなあり得ない感覚を味わう。


 ぞっとした。

 クラッグの目が鬼のように鋭くなり、その体から禍々しい何かが一瞬だけ飛び出して、この世界を埋め尽くしていくのような、そんな感じがしたのだ。


 それは殺気だった。ただの殺気だった。

 でも僕は自分の心臓を鷲摑みにされたかのような錯覚に陥った。


 それは僕に向けられた殺気ではなかった。でも、僕の体はぶるりと震えた。

 ……じゃあこの殺気を直接受けた彼らは?


「……あっ、あっ……あ……」


 膝を折り、口から泡を吹き、目は焦点を失っていた。体は痙攣しているかのように震え、顎をがくがくと鳴らしていた。

 5人の男全員が恐怖の渦に捕らわれた。一瞬で正気を傷つけられていた。


「む……やりすぎたか? 手加減したつもりだが……まぁ、いいか」

「…………」

「さ、行こうぜ、エリー」


 クラッグは頭を掻きながら眉を顰めるが、すぐに僕の背中を叩いて促す様にし、歩き出してしまった。始めから彼らなど歯牙にもかけないどうでもいい存在としていたかのように、クラッグが彼らの方に振り返ることはもうなかった。

 僕はその状況に戸惑っていたが、彼に促されるままに一緒に歩きだした。打ちひしがれる彼らを横目でちらと眺めながら、でもすぐに前を向いて歩き出した。


「しつこい奴は目と殺気で殺せ! これが一番楽で、効果的だ」


 クラッグは王都の門を悠々と潜りながらわははと笑い、歩いた。


「で、でも……大丈夫でしょうか……あの貴族達、クラッグを指名手配しないかな……」

「大丈夫だ。手は出してねーもん」

「で、でも……それでも難癖をつけて来るかも……」

「それも大丈夫。だってあいつらの心はもう折れている」


 ……確かに彼の言う通り、もうあの男たちはクラッグに歯向かう意思すら無くなっているだろう。


「エリー、自由は重いぞ。重いけど、それが冒険だ」

「…………」


 ……そうだ、僕は冒険者なのだ。世界を見たくて冒険者になったのだ。

 もっと世界の素敵なものを見たり、ああいった理不尽を勉強したいから、僕は城という鳥かごから飛び出した。

 自由を学び、色とりどりの世界を旅したいのだ。


「クラッグ……さっきはありがとうね?」

「別にいいさ。嫌いな貴族をぎゃふんと言わせられて楽しかった」


 クラッグは意地悪く笑った。僕も苦笑せざるを得ない。


「……いつかは大嫌いな王族もぎゃふんと言わせてみたいもんだ」

「え? 王族も嫌いなの?」

「わはははっ!」


 僕はちょっとショックを受けながら、彼の背中を追う。……彼にぎゃふんと言わせられないように、僕は力を付ける必要があるのだと感じた。


「これからもよろしくね、クラッグ」

「おう、よろしく、エリー」


 そう言って笑い合った。




* * * * *


 それからも僕達はよく2人で仕事をするようになった。気が付けば2年という月日を共に過ごすことになる。

 クラッグはどうしようもなくちゃらんぽらんで、騒ぎは起こすし、貴族に喧嘩吹っ掛けるし、仕事に手を抜いたりするし、すぐ面倒臭がるし、セクハラはしてくるし……全くもってダメな奴だった。


 でも彼の教えてくれる世界が好きだった。

 彼と旅する時間はとても心地の良いものだった。


 そんな彼は言った。


『俺達はどうしようもない世界に漂う放浪者だからな』


 僕はその言葉に聞き覚えがあった。7年前、僕の友達のロビンが言っていた台詞だ。

 言い回しが酷似している。なぜ、君があの人の言葉を口にするのだろうか。


 クラッグ、もしかして、君は……そうなのだろうか?


 今度の調査対象はクラッグだ。


やっと3話の台詞回収。あと、69話のナンパ撃退法も。


次話『93話 ニンジャ大作戦(女子会)』は3日後 7/19 19時に投稿予定です。

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