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88話 必殺技作成委員会(女子会)

【エリー視点】


「忍法っ! 火遁滅殺炎の術っ!」


 黒いドレスを着た目の前の少女がそう言いながら、大きな炎の魔術を展開する。「忍法」とは言っているが、何の変哲もない炎の魔法である。


「やっ!」


 僕は魔術で水の盾を展開しながら、その炎の中に突撃する。強引に炎の中を掻き分け進んだ。


「なっ……!?」


 相対している少女は驚き体を強張らせる。まさか炎の中を突っ切って最短距離を攻めてくるとは思わなかったのだろう。持っていたクナイを慌てて振るが、その程度では僕の動きは止められない。


 左手の手首と短剣をクナイに絡ませ、巻き込みクナイを手から弾く。それと同時に右手の短剣を少女の首筋に当てる。

 少女の頬に一筋の汗が垂れる。僕たちの動きは止まる。勝敗は決した。


「はいそこまで。勝者エリー。お疲れ様」

「ふわー! 完敗でござるぅっ!」


 審判をしていたフィフィーがそう言うと、今僕と戦っていた少女、ニンジャのコンがごろりと床に転がる。


「炎の魔術は威力が高いけど、敵の動きを止める壁になるという訳じゃないからね。そこら辺は注意が必要だよ、コン」

「魔術じゃないでござる! 忍法でござる!」

「ま、いいけれど」


 ここはファイファール家の訓練場の中、僕とコンとフィフィーは女子だけの3人で訓練を行っているのだった。

 刃を振り回す女子会が行われているのだった。


「あー! 拙者ももっと強くなりたいっ! フィフィー殿、エリー殿、リック殿と3人も年の近いS級に囲まれるとか冗談じゃないでござるっ! 嫉妬しちゃうでござるっ!」

「一番強いのはクラッグだけどね」


 この地団太を踏む黒いドレスの少女は自称ニンジャのコンである。

 アリア様に仕えるアルムスさんの部下であり、昔イリスとしての私とほんの少し縁があった少女だ。勿論イリスとエリーが同一人物であることを知らない。


「コンはB+級ぐらい?」

「丁度そうでござる。うーむ……強くなる為にはやはり新たな必殺技を開発するしか……」

「いや、地道に修行しなよ」

「でも必殺技はロマンでござるっ!」


 コンが少年のように目をキラキラさせていた。


「忍法・火遁炎雷陣でしょ? 忍法・影霧隠れの術でしょ? あと、忍法・洲塔無参陀亜針卦炎ストームサンダーハリケーンとかを編み出したでござる!」

「最後のちょっと待って?」


 それはニンジャの技ではないと思う。


「……強くなりたいのなら、1つ技を覚えるよりも地道な基礎訓練の方が大事だと思うけど」

「エリー殿は分かってないでござる! 必殺技は大事でござる! 男のロマンなのでござる!」

「そうだよっ! 必殺技とかその名前を考える事とかは男のロマンなんだっ!」

「あれっ!? フィフィー……!?」


 いきなりフィフィーがコンの側に回った。フィフィーそっち側だったの?


「正直、この前のリチャード王子の『武器にかっこいい名前を付ける』は仕方のない事なんだよ……。ロマンなんだよ……」

「少年心にとって必殺技は大事なのでござる!」

「そうだ! エリーは少年心が分かってないよ!」

「ここにいるの全員女子なんだけど!?」


 僕ら男のロマンの管轄範囲外なんだけど!?


「あれ? ……フィフィーって実はそういうの好きなの?」

「はは……実は、割と……」


 フィフィーは少し顔を赤くしながら照れ臭そうに頭を掻いていた。


「……という訳で、今日の訓練はエリー殿の必殺技を考えよう、の会とするでござるっ!」

「わあーっ!」

「ちょっと待って!?」


 コンがそう宣言し、フィフィーが楽しそうにぱちぱちと拍手していた。


「でもエリーは必殺技1つも持ってないでしょ?」

「まぁ、持ってないけどさ……」

「1つぐらいは持っておいた方がいいって。今後の冒険者活動にも有利になるだろうしさ」

「そうでござるよ。必殺技は作っておいて損するもんじゃないでござるよ」

「そんな就職の資格みたいな……」


 正直どうでもいいなと思ったけど、どうでもいいから流されておいた。


「必殺技って言ってもなー、どうやって作るもんなの?」

「それは難しい問いだねぇ。若き青春の衝動とか溢れ出る少年心のパトスとか、きっかけは色々あるんだけどさぁ……」


 フィフィーが腕を組みながらよく分からないこと言う。しかし、コンはうんうんと頷いている。分からないのは僕だけだった。なんで僕少数派なんだろ?


「……よくあるのは、持ってる神器の性能がそのまま必殺技になったりするかな。エリーも神器持ってるでしょ?」

「あ、うん……持ってるは持ってるけど……」


 僕は2本の短剣を腰から抜き取る。

 僕の短剣は少々歪な形をしている。片方は普通の短剣なのだが、もう片方の刃の先がボロボロなのだ。折れて砕けた剣を無理矢理短剣に打ち直したような無骨さがあった。

 ボロボロではあるけれど、この刃にはどこか品格を感じていた。


「え? エリー殿のその双剣は神器だったのでござるか?」

「うん。……と言ってもこの神器は必殺技にはなり得ないよ。だって僕の意志で発動できない神器だもん」


 『双刃の御守り』、この神器は自動発動型の神器だった。

 所有者が危機に陥った際、自動で防御陣を張る神器だ。僕は任意でこの神器を発動することが出来ず、剣の気まぐれに任せるしかないという、なんともまぁ使い辛い神器だった。


「うーん……」

「ん? どうしたの? フィフィー?」


 フィフィーが僕の双剣を見ながら顎に手を当て何かを考えていた。


「いやね、それが自動発動するタイプの神器だって話は聞いてたけど……」

「…………?」

「この前の戦いでその神器が発動した時……発動の予兆、みたいなもの? 端から見て、双剣の魔力とエリーの魔力が同調していって、混ざり合うような感じがあったんだよ」

「え? そうなの?」


 フィフィーの言う『この前の戦い』はヤサカさんとの戦いだろう。ヤサカさんの最後の1撃をこの神器は防いだのだ。

 ……この神器は僕の意思に関わらず、しかも予兆なく発動されるものだと思っていたんだけど……予兆はあったみたい?


「案外さ、エリーがその神器を使いこなせていないだけで、本当は自分の意思で発動できる神器なのかもしれないよ?」

「そういうものかな?」

「そういう可能性はあるよ」


 僕は相棒を手の中でくるくる回した。


「でもエリー殿はS-級でござるよね? S級程の人が神器を操り切れていないって事、あるでござるか?」


 コンが首を傾げた。フィフィーが答える。


「ざらにあるよ。っていうか神器の力を全て引き出せている人なんてほとんど誰もいないんじゃないかな? わたしだってまだまだ神器を完全には使いこなせてないし、リックなんて半分も力を引き出せてない、って自分で言ってたよ」

「え? そうなの?」


 リックさんの神器は『アルマスベル』という氷の魔剣だ。

 氷の閃光を放ったり、氷の結晶を生み出したり、周囲の気温を急激に冷やしたりと、『冷却する』という事に関してやりたい放題の神器である。

 前に巨大なモンスターに剣を差し込み、モンスターを体内から一瞬で凍らせたのを見たことがある。

 あの恐ろしい魔剣が半分の力も出せていないの?


「フィフィー殿の神器はどんな感じなんでござるか? あ、いや、秘密ならいいんすけど?」

「わたしのは封印の神杖『ガンバンイオン』だよ。色々なものを封印できるの」


 フィフィーは腰に括り付けていた杖を取り出す。木で出来た杖であり、その杖の先端には花を付けるかのように宝石が咲いていた。


「色々なものって?」

「ほんと、色々なもの。戦闘中に飛んでくる相手の魔術を封印したり、敵の武器を封印したり、物体を封印したり、呪いを封印したり、とにかく面倒なものは封印しちゃえる便利な神器だよ」

「それは……もう十全に使いこなせてるんじゃない?」

「いやいや、わたしもまだまだだよ。強過ぎる魔術とかは封印できないし、もっと広範囲の……例えば敵のスピードとか、そういった『能力』とかも封印できるようになると思う。『力』そのものとか、『記憶』とか『意識』『認識』とか曖昧なものも出来るようになるんじゃないかなー……って考えてる」

「結構恐ろしいね」


 『意識』とか封印されたら、それだけで敗北だ。戦闘中、無防備な姿を惜しげなく晒すことになる。


「そんな感じで、神器っているのは秘められてる部分が多いんだよ。まだまだ進化の余地あり、だよ」

「なるほど……でも、どうやったら僕の神器、任意に発動できるようになるのかなぁ……?」


 僕は双剣を握り、そこに魔力を流し込む。当然だけど何も起きない。


「はいはいはーい!」

「はい、コン君」

「発動した時の状況を再現すればいいでござるよ!」

「嫌だよ! 首とか切られる寸前だったんだからっ!」


 ダメ元で命は懸けたくないものだ。

 あーでもない、こーでもないとぺちゃくちゃ喋る。どちらかと言うとそれは益体の無い話が多く、冗談のような案がぽろぽろ零れていく様は、和気あいあいとした普通の女子会の様だった。……話し合っているのは必殺技の開発なのだけれど。


 そう簡単に神器のパワーアップ案は出ない。フィフィーがさっき言った通り神器というのは奥が深く、簡単にその能力は上がったりしないものだ。


「失礼します、エリー様、フィフィー様。それと、コン様」

「ん? ……あ、ファミリア、お疲れ様ー」


 そうこうしていると、背後から声を掛けられる。ファミリアだ。


「んん? そなたはどなたでござるか?」

「初めまして、コン様。私はイリスティナ王女様に仕えさせて頂いておりますブルース家の次男ファミリア・ドストマルク・オン・ブルースと申します。コン様のお話はイリスティナ様より伺っております。どうぞ宜しくお願い致します」

「あ、はい……ご丁寧にありがとうございます。私はコンと申します。こちらこそ宜しくお願い致します……」


 ファミリアの自己紹介に反応して、コンが慌てて丁寧な口調になり挨拶に応えた。

 自己紹介の通りファミリアは(イリス)の執事だ。小さい時から私に仕えてくれている幼馴染の様な間柄であり、ここ最近は神器ドッペルメイクの効果でずっとイリスやエリーの姿になって貰っている。


 ちょっと甘え過ぎかなー、とも思うのだけれど、彼が嫌な顔一つせず楽しそうに私の言う事を聞いてくれるからついつい甘え過ぎてしまう。彼は私を堕落させる才能を持っているのだ。


「……ブルース家」

「どうかしたの? コン?」


 コンは少しぼおっとしながらファミリアを見ていた。


「……あぁ! あのブルース家のお方ですかっ! 申し訳ありません、私、大分長い事貴族の立場を離れていた為、少しド忘れしてしまっておりましたっ! 有名なブルース家をすぐに思い出せないとは、申し訳ありません」

「いえいえ、私の方こそいつも皆様を混乱させてしまっていて……。私、男なのに女顔をしているので、初対面だと皆様戸惑ってしまって……」

「あ、あはは……」


 コンは貴族風の口調になり、バツが悪そうに頭を掻いた。

 ファミリアのブルース家はこの国で有名な貴族である。王女である私の執事が出来ることからもそれが分かる。ただ、執事なのにかなりの女顔で……執事服よりもメイドの衣装の方がずっと似合う男性だった。何度も遊んだ。


「それで? ファミリアどうしたの? 今日は休日でしょ?」

「エ、エリー殿、ブルース家の方に気安い口調は失礼なのでは……」

「いいのいいの」


 ここ最近はずっとドッペルメイクで(イリス)(エリー)の代わりをして貰っていたので、今日はお暇を与えておいた。


 ドッペルメイクという神器は、術者の意識こそ残るものの、術者本人の意思で体が動かせなくなる。コピー元の人格、性格を完全再現して変化し、術者の意識はその奥にしまい込まれる。

 つまりドッペルメイクを使う事はファミリアの自由を完全に制限していることに近い。……やっぱちょっと申し訳ないな。最近ドッペルメイク頼み過ぎだからなぁ、少し自重しないと……。


 ファミリア本人が言うには、「私は内側から見ているだけで、仕事とかは変身後のイリスティナ様がやられているようなものですから、楽っちゃ楽ですよ」と言ってくれているが、甘え過ぎるのもいけないだろう。僕が堕落する。


「こちらでエリー様とフィフィー様が訓練を為されていると伺ったので……飲み物と軽食をお持ちしました。これが済んだら今日は私も1日お休みさせて頂きます」

「そう、ありがとう。わざわざ悪いね」

「ありがとうございます、ファミリア様。すみませんね、せっかくの休日なのに」

「いえいえ、お二人はいつも主のイリスティナ様がお世話になっているので、ほんの気持ちです」


 そう言うファミリアは勿論全て分かっている。


「コン様もイリスティナ様を宜しくお願いしますね?」

「は、はい。勿論です、光栄です」


 この子は執事としてはかなり優秀だけど、人を駄目にする系の子だ。うん、我が侭言いまくるのは自重しよう。


「……ところで何をなされているのですか?」

「今、エリーの必殺技を作っているんですよ」

「必殺技?」

「かくかくしかじか」


 これまでのぐだぐだな会話を説明する。


「……なるほど、神器の任意発動ですか」

「ファミリアは何かいい案ある? ……いや、急に聞かれても困るのは分かるんだけどさ」

「いえ……というよりも……」

「ん?」


 ファミリアは少し口ごもった。


「……エリー様はその神器について何か御存じないのですか? 過去の逸話とか、前の持ち主がどうそれを扱っていたかとか、その神器の起こりとか」

「……全然知らない」


 僕は口がひくひくっとなった。

 確かに神器に纏わる過去の話が残っていたりしたら、それが神器を扱う上でのヒントとなり得たりするのだが、僕は自分が持ってるこの神器について、あまりに何も知らなかった。


「え? 知らないの? エリー、その神器の持ち主でしょ?」

「だって兄様が死んじゃったんだもん。僕にこれ渡してすぐに死んじゃったから、どこのどういう神器とか、どういう効果持ってるとか、そういうの全然聞けなかったんだもん」

「あー……」


 この神器はアルフレード兄様が死ぬ直前に僕にくれたものである。おかげで僕はこの神器についてほとんど何も知らない。


「クラッグに聞いても、そんな神器は知らねえ、って言ってたしなぁ……」

「クラッグさん、何気に神器についての知識豊富なのにね」


 槍の男セレドニの持っていた槍を神器『トラム』だと見抜いたのも奴だし、竜を操る神器『竜の鱗のオカリナ』の存在を知っていたのも奴だ。

 なんてことだ、クラッグに知的キャラは似合わないというのに……。


「あ、でも、一度だけ兄様が言ってたなぁ……」

「ん?」

「兄様がこの双剣を持ってた時、それについて聞いたら、『俺たちはこの剣に認められないといけない……と思うんだ』って、ちょっと曖昧な感じで……」

「……認められないといけない?」

「いや、よく分からないんだけどさ?」


 兄様の口調もあまり自信が無さそうだったし……。確信の無い言葉であったのは確かだ。


「……成程、『プライドの高い系神器』かな」

「え? 何それ?」


 フィフィーが変な事を言いだした。


「いや、ほんとあるんだよ、エリー。『俺は俺の認めた奴にしか使われねえっ!』っていうような雰囲気纏わせてる神器がさ」

「いや、なんなのさ、それ」

「いえ……フィフィー様の言う通りです。『プライドの高い系神器』というのは確かに存在します、エリー様」

「ファミリアまで……」


 ファミリアは苦笑いしていたが、説明してくれた。


「神器自体が持ち手を選ぶ神器というのは確かにあります。選ばれた者にしか抜けない聖剣、とかそういうものですね。神器が認めた者しか正しくそれを扱えない、あるいは大幅に機能が制限されてしまう、というものですね」

「あぁ、なるほど」


 確かにそういう話なら聞いたことがある。そうか、そういうの『プライドの高い系神器』って言うのか……。もっと名称何とかならなかったのか……。


「じゃあエリーはその神器に認められないといけないのかもね」

「神器に認められるって……具体的には何したらいいのさ?」

「それこそ世界の神秘だよ。聖剣がどういう基準で勇者を作るのか分からないのと一緒だね」


 フィフィーは肩をすくめた。なるほど、確かにそうなのだろう。

 この神器に認められる、か……。

 兄様はこの剣に認められないといけないと言った。そしてその後、この双剣を僕に譲った。じゃあ僕もアルフレード兄様の後を継いで、この神器に認められるよう努力をしなければいけないのだろうか?


 僕は剣を手の中でくるくるくるくると回す。

 目の前の相棒は一体僕に何を求めているのだろうか? 双剣は何も答えてくれなかった。


「これじゃあ、エリーの必殺技『月光天覇壁』はお預けだなぁ……」

「ちょっと待って? 何その名前っ?」


 フィフィーは何か変な名前を言い出した。それ僕の必殺技っ?


「フィフィー殿! フィフィー殿! 拙者、『影』の一文字を入れたいでござるっ!」

「じゃあ『月影天覇壁』だね。うんうん、中々いい名前なんじゃないかな?」

「これは……必殺技の開発が楽しみになってくるでござるね!」

「ねぇ? 何勝手に名前付けてるの? 僕の必殺技なんだけど?」


 っていうか、まだ必殺技の形すら出来上がってないんだけど? なんなの? すごい本末転倒なんじゃないの?


 ファミリアが隣であはは、と苦笑いをしていた。

 僕とファミリアにはフィフィー達の少年心が分からないのだった。


41話の後書きは読まないで下さいっ!

べ、別にこの話で慌ててフィフィーの神器の内容考えたって訳じゃないんだからねっ……!


次話『89話 力の夢』は3日後 7/9 19時に投稿予定です。

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